茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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㉙ 前の奥様

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 アボットに帰還してから数日、フランとジェフは私にぴったりと張り付いて離れなかった。
 それもやっと落ち着いてきたころ、私とダスティン様は二人きりでロニーに乗って出かけた。
 場所は、かつてピクニックデートをしたグリフォンに乗ってしかたどりつけない花畑だ。

「わあ、きれい!」

 数か月前に連れてきてもらった時は黄色と白の花がたくさん咲いていたが、今は青い花が咲き乱れている。
 季節が変わったことで、咲く花の種類も変わったのだろう。
 これはこれで、とてもきれいだ。

「エミー、大切な話があるんだ」

 そうだと思った。
 
 アボットがマクドゥーガル公国として独立したことで、ダスティン様はとても忙しそうにしていて、夜も遅くまで執務室に籠っているのであれからほとんど話ができていないのだ。

 今日ここに連れてきてくれたのは、二人きりで話をしたいことがあるからだということは、なんとなく予想していた。

「きみは、フランをとても可愛がってくれているな」

「ええ、フランは可愛いですから」

「フランもきみに懐いている」

「そうですわね」

「話というのは、ソフィー……フランの母親のことだ」

 ダスティン様の前の奥様について話をしたいらしい。
 私もずっと気になってはいたが、デリケートなことだからとこれまで私からは触れないようにしていた話題だ。

「シーラたちから、なにか聞いているか?」

「その……ダスティン様とはあまりうまくいっていなかったように聞いております」
 
 それ以上のことはなにも聞いていない。 

「屋敷の庭に、ソフィーの墓があるのは知っているな」

「はい。何度かフランとお花を供えたたことがあります」

「あの墓の下には……空の棺桶が埋まっている」

「え?」

 首を傾げた私に、ダスティン様はとても言いにくそうに言葉を続けた。

「ソフィーは病死したということになっているが……本当は、出奔というか……駆け落ちしたんだ」

「ええぇ?」

 予想外のことに、私は目を丸くした。

 ダスティン様と前の奥様が結婚したのは、今から七年ほど前のことだった。
 当時、もうすぐ戦が始まりそうなきな臭さが国内に漂っていた。
 そうなるとグリフォン騎士団を率いるダスティン様も戦場に向かうことになるが、他にきょうだいがいないダスティン様が戦死したらマクドゥーガル家の血が途絶えることになってしまう。
 それを避けるためにと、ダスティン様のお父様が結んだ縁談だった。

 ダスティン様は王都育ちの令嬢に辺境伯夫人は務まらないと訴えたそうだが、事業に失敗したことで困窮していた奥様の生家は、援助と引き換えに娘を押し付けてきた。

 そうして売られるように嫁いできた奥様は、案の定全くアボットに馴染まなかった。
 グリフォンを見ると悲鳴を上げ、豊かな自然を田舎だと貶し、王都に帰りたいと泣き続けていた。

 ダスティン様は、せっかく縁があったのだからと奥様と仲良くなろうと努力したが、それも報われることはなかった。
 大柄で褐色肌なダスティン様を奥様は怖がるばかりで、まともな会話すら成り立たなかった。

 それでも、貴族令嬢としての教育を受けている奥様は、マクドゥーガル家の後継を生むという役目をよく理解していた。
 
 それはダスティン様からしても同じことで、奥様の寝室に渋々ながら通い、奥様もそれを拒絶することはなかった。

 拒絶しなかったとはいえ、どれだけ優しく触れても奥様は怯え泣いていた。
 そんな相手と閨を共にするのは、ダスティン様からしても辛いことだった。

 しばらくして奥様の妊娠がわかった時、もう閨事をしなくていいのだとダスティン様は心からほっとしたのだそうだ。

 そして戦が始まり、ダスティン様が戦場にいる間にフランが生まれ、戦が終わってダスティン様が帰還する前に奥様は姿を消した。
 奥様の宝飾品が無くなっていたことと、「死んだことにして探さないでくれ」という置手紙が残っていたので、自ら出奔したのは明らかだった。

 ダスティン様のお父様は即座に捜索を開始し、奥様はバンクスへの国境を越えようとしていたところで発見された。
 奥様は一人ではなく、男性と一緒だった。
 二人は恋人同士だったのに、家の都合で引き裂かれていたというのだ。
 後継を生んで役目を果たしたのだからもう解放してくれと泣いて訴える奥様を、お父様は引き留めることはできず、病死ということで処理した。

 結果としてフランを授かったとはいえ、ダスティン様と奥様を深く傷つけてしまったことを、お父様は後悔しながら三年前に亡くなったのだそうだ。

「他に愛する男がいたのに、俺に抱かれるのは嫌だっただろうと思うと、ソフィーが気の毒でな。
 他の女を相手にしても、またあのように泣かれるとしか思えなくて……俺は女に対し欲を抱くことがなくなった」 

 ん? と私は首を傾げた。

「俺のアレは、ずっと元気になることができない状態が続いていたんだ。
 きみに夜這いをかけられるまで」
 
「ええぇ⁉ 嘘でしょう⁉」

 つまり、勃起不全だったってこと⁉
 最初の夜だってあんなに元気だったのに、信じられない!

「嘘なものか。
 きみはこんな俺を、心から求めてくれた。
 それがわかったから、元気を取り戻すことができたんだよ」

 あの夜、私はダスティン様が好きだから抱いてほしいと伝えて誘惑した。
 あれから数えきれないほど肌を重ねてきたというのに、まさか以前はそんな状態だったなんて。

「もう二度と女と関係することはないと思っていたのだが、人生とはわからないものだな」

「そうですわね……」

 元王太子殿下の気まぐれと、おそらくブライアンの思惑により私たちは強制的に電撃結婚させられた。
 私だって、あれは予想外だったのだ。
 
「きみと出会って、俺は救われた。
 俺だけでなく、フランやクレイグたちも、皆が救われた」

「そんな……私は、できることをしただけですわ」

 大好きなダスティン様に好きになってほしかっただけだ。
 そんな事情があったなんて知らなかったし、救おうなんて思っていたわけではない。

「ホールデン王国から独立するという決断ができたのも、きみのおかげだ。
 先祖代々守ってきたのだからと思っていたが、あまりの横暴ぶりに切り捨てるのに迷いがなくなった。
 これでもう、あいつらに煩わされることはない」

 ダスティン様は私の手をとり、キスをした。

「バンクスとは話はついていたんだが、実際に独立するのはもう少し先になる予定だった。
 そうなってから、きみに話をしようと思っていたんだが……その前にきみは誘拐されてしまった。
 お試しの結婚などという中途半端な状態にきみをおいていたことを死ぬほど後悔したよ。
 愛していると、本当の夫婦になりたいときちんと伝えるべきだったのに、俺が臆病で優柔不断なせいで先延ばしにしてしまっていた。
 だが、それは今日で終わりにする」

 榛色の瞳が、真っすぐに私を見た。

「エメライン、俺はきみを心から愛している。
 これからも妻として、一生傍にいてほしい」
 
 それは、私がずっと待ち望んでいた言葉だった。

「嬉しい……嬉しいです……」

 私は大きな手をぎゅっと握った。

「ですが、返事をする前に……私も、ダスティン様に聞いていただきたいことがあるのです」

 コリーンたちすら知らない、重大な秘密。
 ただひとり、伴侶となる人にだけ打ち明けようと決めていた。

「実は、私には……前世の記憶があるのです」

========

⑫フランシスで、シーラのセリフに「坊ちゃまは生まれてすぐにお母様を失くされました」というのがあります。

「亡くした」ではなく、「失くした」なのは、死別ではないことをシーラは知っていたから、という伏線でした。
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