茨姫は辺境の地で花開く

鈴木かなえ

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㉚ 前世の記憶

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 私の人生で一番大きな転機となった日は、王太子殿下と婚約した日ではない。
 ダスティン様と電撃結婚させられた日でもない。

 王太子殿下と婚約した日の、翌日だ。

 婚約式のあと、泣きすぎた私は熱を出して寝こんでしまった。
 そのまま食事もとらずに眠り続け、目を覚ましたのは翌朝になってからだった。

 熱は下がっているし、どこも痛いところはない。
 体調は悪くないのに、なにかがおかしい。
 
 目に見えるもの、手に触れるもの、五感の全てに大きな違和感があった。

 私はその正体を確かめようと、壁に取り付けられていた鏡の前に立った。
 
 そこに映ったのは、輝くような金髪の少女。
 碧の瞳はやや釣り気味ではあるが、はっきりとした可愛らしい顔立ちをしている。

 エメライン・アシュビー。五歳。
 金髪釣り目の侯爵令嬢で、王太子殿下に嫌われている婚約者。

「……悪役令嬢っぽくない?」

 そう呟いた瞬間、違和感が頭の中でパチンと弾け、その中から前世の記憶がぶわっと溢れ出した。
 
 前世の私は、日本という国で暮らす二十代後半のごく普通のOLだった。
 数年前に恋人と別れてから、休日はだいたい趣味の読書と料理をして過ごしていた。
 このままお一人様でもいいかなと思っていたのだが、好奇心から婚活アプリに登録してみて、その中でマッチングした男性と実際に会うことになり、普段よりおしゃれして出かけて……

 そこで記憶が途切れている。
 多分、交通事故かなにかで命を落としたのだと思う。

 名前も覚えていないが、会う予定だったのは柔道が趣味だという熊みたいな男性だった。
 待ち合わせ場所に現れない私に、約束をすっぽかされたと思ったことだろう。
 しかたがなかったとはいえ、申し訳ないことをした。
 彼がいい相手と巡り合えますように、と私はひっそりと祈った。

 理由はわからないが、私はエメラインとしてこの世界に生を受けた。
 前世の記憶が蘇ったというだけで、幸いにもエメラインの記憶が消えたわけではない。
 賢いエメラインは、五歳児なりに自分の置かれた状況をしっかりと理解していた。
 
 前世の私は天寿を全うすることができなかった。
 今世では私はエメラインとして幸せになり、最後は老衰で死ぬのだ。
 そのためにも、侯爵令嬢としての立場と前世の記憶をフル活用しようと心に決めたのだった。

「ごく普通の平民だった前世の私は、ほぼ毎日料理をしていました。
 私が考案したレシピは、全て前世でつくっていた料理なのです。
 温泉を利用して宿をつくろうと思いついたのも、温泉がたくさんある国で生まれ育ったからです。
 そういった宿が身近にたくさんある国だったのですよ」

 だからアボットで温泉を見つけた時、これだ! と思ったのだ。
 
「それから、ここが大事なところなのですけど、私の男性の好みは完全に前世の影響を受けています。
 前世では、大きくて頼りがいがありそうな男性を好む女性も多かったのですよ。
 私もそのうちの一人でした。
 だから、ダスティン様は私の好みのど真ん中なのです」

 優男タイプを好む女性が過半数ではあったと思うが、私と同じような好みの女性も少なくなかった。
 この世界ではモテないダスティン様だが、前世の世界ではモテモテになれると思う。

「証明できるものがあるわけではありませんけど……これが、今までだれにも打ち明けたことがない私の秘密です。
 信じてくださいますか?」
 
 榛色の瞳を見上げると、大きな手が頬に触れた。

「荒唐無稽な話だが、信じるよ。
 なんというか……いろいろと納得できたからな」

 ダスティン様も、私にあえて尋ねずにいることがあるのはなんとなく感じていた。
 納得してもらえたのなら、やはり打ち明けてよかったと思う。

「コリーンたちにも秘密にしているのだろう?
 なぜ俺にだけ教えてくれたんだ?」

「ダスティン様に、私のことをもっと理解してほしいからですわ」

 私はエメラインとして生きているが、心の根幹は前世の私のままだ。
 そんな私を理解した上で、愛してほしいのだ。

「夫婦になったら、私たちはこの世で一番近しい間柄になります。
 そうして一緒に暮らしていく中で、私が異質な存在であると感じることがあるかもしれません。
 コリーンたちみたいに主従の関係でしたら、精神的な距離を置くことも可能ですし、なんだったら主従でなくなってしまえばいいのですけど、夫婦でそうなるのは悲劇ではありませんか。
 私は、いつか愛する人と結婚することができたら、生涯添い遂げたいと思っていました。
 だから、結婚する相手にはきちんと前もって話しておこうと以前から決めていたのです」

 前世の記憶がある私だが、エメラインとして幸せになるためにこれまで頑張ってきたのだ。
 幸せな結婚生活のために、ダスティン様にだけ秘密を打ち明けた。

 誰とも結婚せず生涯を終えるなら、この秘密はお墓まで持っていくつもりのだった。

「大切な秘密を明かしてくれてありがとう。
 もし明かしてくれなくても、きみと俺なら幸せに暮らすことができると思うが、秘密を知った今のほうが心の距離が近くなったような気がするよ」
 
 ダスティン様は優しく微笑んだ。

「俺は、ありのままのきみを愛している。
 きみは可愛くて賢くて大胆で、フランを可愛がってくれて、ロニーたちにも懐かれて、俺のことを真っすぐに愛してくれる。
 きみがいない人生など、もう考えられない」

 私もそうだ。
 ダスティン様がいない人生なんて、考えるだけで泣きたくなってしまう。

「俺はマクドゥーガル公国の大公となった。
 一国の主には、隣で支えてくれる妃が必要だ」

 ダスティン様は花畑の中に跪いた。

「俺がこうして膝を折るのは、愛する妻の前だけだ。
 お試しの結婚は、もう終わりにしよう。
 これからは本物の夫婦として、きみと共にありたい。
 どうか、俺の妻になってほしい」
 
 本物の夫婦。
 そうなれることを、私がどれほど望んでいたか。

「私……お試しではない、本物の妻になれるのですね……」

 嬉しくて嬉しくて、涙がこぼれる。

「愛しています、ダスティン様……
 もう二度と離れたくない……」

「離さないよ。
 俺かきみのどちらかが死ぬまで、ずっと一緒だ」

 ダスティン様は立ち上がり、広い胸に私をぎゅっと抱きしめた。

 こうしてお試しの結婚は終わりを告げ、代わりに死がふたりを分かつまで続く本物の結婚になったのだった。

 私たちが結婚することを伝えると、フランはとても喜んでくれた。

「それって、エミーが僕の母上になってくれるってことなんでしょ?
 そうならないかなって、ずっと思ってたんだ!」

 フランはあっさりと私を母として受け入れてくれた。
 母という存在を知らずに育ったフランだが、両親がそろっているジェフと仲良くなったことで、母がどういうものかなんとなく理解し、密かにジェフが羨ましいと思っていたそうだ。

「ねぇエミー、これからは母上って呼んでもいいい?」

 はにかみながらそう言ったフランが可愛くて可愛くて、抱きしめて小さな頭に頬ずりした。

「もちろんよ! そう呼んでくれたら、とても嬉しいわ!」

 なさぬ仲の息子を、これからもずっと大切に慈しむことを私は胸に誓った。

 実の家族を捨てた私は、新たな家族を二人も同時に得て幸せを手に入れた。

====

次話で完結です!
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