日常探偵団

髙橋朔也

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七不思議の六番目、幽霊の怪 その弐

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 何はともあれ、五人は無事に正門を飛び越えて校内から脱出した。
「目が」高田は口を大きく開けて、B棟の方向を見つめた。「動いた! 動いた! 絶対動いた!」
 新島は唖然として立ちすくんでいた。土方も三島も新田も、恐怖におびえていた。今まで解決してきた七不思議のなかでも、断トツでインパクトが強い。これを目の当たりにして怖がらない者はいないだろう。二次元であるはずの絵画の黒目が下に動いたのだ。七不思議の最後の謎にして、テンプレなのに最恐のインパクトを兼ね備えている。数分、一同は沈黙した。
「新島」高田はうつむきながら、新島に語りかけた。「あの絵画は生きているんじゃないか?」
「絵画は生き物じゃない」
「早く推理してくれ」
「簡単に言うな。かなりの難問だ」
「俺達は推理は出来ない」
「俺も考えがまとまってないんだよ」
「そっか......」
 新島は頭を掻いた。「どうする? 今日のところは解散? 現場解散?」
「そういうことにするか?」
 五人は足をガクガクさせながら、それぞれ帰路についた。

 次の日、新島はあくびをしながら登校した。彼は夜更かしをして、絵画の目が動いた仕掛けを考えていたのだ。しかし、結局答えは出なかったらしい。そんなことは知らず、高田は元気よく新島に話しかけた。
「よう!」
「ああ、おはよー」
「どうした、新島。眠そうだな」
「ああ、ちょっと徹夜しててな......。ものすごく眠いんだ」
 新島の目はほとんど閉じている状態だ。
「目といえば、絵画の目が動いたじゃん」
「動いたな」
「わかったんだよ、仕掛けが」
「マジ? 期待はしないから話してみろ」
「あれじゃないか? 目の部分だけ液晶パネルになっていて、黒目が動いたのは映像だったんだ」
「ちょっと、それには無理があるんじゃないかな......。昨日、俺はちゃんと目の部分にどんな細工がしてあるか確認した。だが、至って普通の絵画だった。目の部分には細工がないように思えた」
「だったらどこに細工を施していたというんだよ?」
「そうだな......例えば、幻覚を見させる薬を音楽室にちりばめていたとか?」
「幻覚、ね。それこそ無理があるだろ」
 少し話したあとで、教室に入ってそれぞれ席に座った。
 チャイムが鳴り響くと、教室に八代が入ってきた。教卓に資料を置くと、黒板の前に立った。
「ホームルームを始めるぞ。読んでいる本を机に置け」
 今日の予定や重要事項などについて話すと、またもチャイムが轟いた。一限目と朝のホームルームの間の休み時間に入ったのだ。新島は立ち上がって教室の隅まで歩いて行き、腕を組んだ。高田もそれに気づき、新島の元まで駆け寄った。
「どうした。教室の隅にわざわざ行ったりして......。具合悪いのか?」
「眠いのは具合悪いに入るのか? それに、教室の隅に来たのは考えるためだ。絵画の目を動かすためにはどのようなトリックを使ったか、一応真剣に考えてんだよ。夜更かしをしたのも、七不思議の六番目を調べるためだったんだ」
「俺なんか、ほとんどゲームしてたよ」
「......あのさ、俺達は中学三年生だぞ? 高校受験があるんだぞ? 俺も勉強していないから偉そうには言えないが、さすがに勉強したほうがいいぞ」
「今、何か現実に引き戻された感覚がある」
「お前、今まで現実逃避していたのか」
「だって、親も教師も進路進路進路進路進路進路ってうるさいんだもん」
「『だもん』じゃねぇよ。その語尾は可愛い女の子が言ってこそ効果を発揮するんだ」
「語尾か」
「前みたいにゴビ砂漠とは言うなよ。同じことを言ったら、ただでさえつまらない高田の洒落がもっとつまらなくなるから」
「そうか? 面白い洒落だと思うのだが」
「ちっとも面白く感じないな。売れない芸人でも、もっとましな洒落を言えるはずだ」
「確かに......」
 新島は、認めるんだな、という言葉を飲み込んだ。すると、チャイムが鳴る。やがて、一限が始まる。

 同日の放課後、三年三組教室。
「新島! 絵画の目を動かすトリックはわかったか?」
「あの絵画の目は、かなりリアルに動いていただろ?」
「ああ。だから、全員が音楽室から逃げだしたんだ。目はリアルに動いた」
「絵画は生きてました、で解決だ」
「駄目だろ」
「難しいんだから仕方ない。それより、今夜も音楽室行くぞ」
 高田は何回かうなずいて同意した。「明るいうちに音楽室を見ておかないか?」
「いいけど、部室寄るか?」
「一度、寄ってみよう」
 二人は部室に行くために階段を上がっていった。その途中の踊り場には、数枚絵画が飾られている部分がある。『モナ・リザ』などの有名な絵画も混ざっているが、見るからに偽物だ。その中の一枚の絵画を、新島は凝視した。何か、惹きつけられる魅力があるようだった。
「どうした、新島?」
「この絵画、綺麗だよな」
「ヨハネス・フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』か」
「くわしいな」
「美術科は得意なんだ」
 二人で『真珠の耳飾りの少女』を眺めていると、七不思議の六番目同様のことが起こった。目が、黒目が二人を見るように少し下に動いた。高田は目が合ってしまい、階段を駆け上がっていった。
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