4 / 12
3
ラーレのことを調べようと思って、まず思い浮かんだのは、シスターだった。
ラーレのことをあまり良く思っていなかったシスターだが、確実にこの教会で彼女と共にいた時間が長いのは、彼女だろう。
シスターがラーレに仕事を押し付けていたのは、皆が知っている事実なのだから。
もちろん、神父様が見つける度にシスターをお叱りになっていたのだが……神父様のいないところで繰り返すのだから、どうしようもない。
結局、俺たち子供組がラーレを手伝うことでうまく回していたように思う。
シスターなら、俺たちの知らないラーレを知っているかもしれない。
「今の時間は……昼食後の片付けをしている頃か」
手伝うついでに、すこし聞いてみよう。
そう思い、俺は立ち上がった。
の、だが。
「……なんだよ、イキシア。男前が上がったな?」
「本気で言ってるか、それ」
「いや、痛そうだなって思う」
俺は目的も手伝いも果たすことが出来ず、頬に大きく真っ赤な紅葉をこさえて外に放り出されていた。
文字通り、放り出された。びっくりした。
「どしたよ、それ」
「シスターに思いっきりビンタされた」
じんじんと痛む頬をさすりながら、丸まって昼寝をするマシロのスケッチに勤しむザンカの隣に腰を下ろす。
相変わらず上手いな、なんて横目で見ていると、ザンカは驚いたように声を上げた。
「マジかよ。あのシスター、煙草も酒もするし依怙贔屓もヒッデーけど、暴力だけはしねーのに!」
「みう?」
ザンカの大声に起きたマシロが、まるで疑問符を飛ばすように小首をかしげて膝に乗る。
ちいさくてふわふわなこの生き物は、可愛らしくて自然と頬がほころぶ。
……だめだ、今は笑うのも痛い。
「シスターに最後に殴られたの、二階からかっこつけて飛び降りて足の骨折った時だぜ」
「あれはお前が悪い」
「うっせ。……優等生のお前がそのレベルの馬鹿やらかしたってことだろ?」
なにしたんだよ。
なんて面白半分、訝しげ半分で聞いてくるザンカに、先ほどのことを思い出しながら口を開く。
何をした、と言われても……。
「ラーレのことを教えてくれ、と、頼んだだけだ」
何故だかシスターは俺の顔が好みらしく、手伝いを申し出ると嬉しそうに笑い歓迎してくれた。
だから、そのまま聞いたんだ。
『ラーレは、どんな子だったんですか』
と。
「そしたらぶん殴られたのかよ」
「ああ。……『アンタだけは、あの子を忘れちゃダメでしょうが!』と」
お前声マネ似てねえな。
うるさい。
軽口を叩きながら、頬をさする。
ぶたれた頬は熱をもって、触るとほんの少ししびれるような痛さを伝えてくる。
シスターは、泣いていた。
俺を叩き、顔を真っ赤にさせて、泣いていた。
『イキシア、あんたは、あんただけはそんなことを言っちゃいけないだろう!』
『アンタだけは、あの子を忘れちゃいけないでしょう!』
『じゃなきゃ、あんたが忘れちまったら』
──誰が、あの子を覚えているってのさ!
……シスターの叫びが、頭から離れない。
「……お前、そんなにあいつと仲良かったか?」
「いや……普通、だった、はずだ」
なのに、なぜ、こんなにシスターの言葉に、胸が痛むのだろう。
たしかに同年代だったこともあり、親しかったようには思う。
だが、シスターに泣かれるような関係ではなかったはずだ。
……はず、なのに。
「…………」
ほんの少し、何かが欠落しているような。
大事な何かを、こぼれ落としているかのような。
そんな違和感と、ざわつくような落ち着かなさが、収まらない。
無言でうつむいていると、隣で小さく、紙のこすれる音がした。
「……実はよ、俺も変なんだよなぁ」
「……変?」
おう、と。
呟くように言って、ザンカは、スケッチブックのページを開いて見せた。
「──、」
「あいつと話したことなんて、ほとんどなかったハズなんだけどよ」
そこには、マシロと戯れる、ラーレの姿が描かれていた。
ザンカの、見かけに寄らない、繊細で柔らかなタッチで。
はじけるような笑顔で、愛おしそうな笑顔で。
マシロと共に笑う彼女の姿が、何枚も。
「これは……」
「俺は自分が描きてえって、残してえって思ったモンしか描かねぇ。……なのに、古いスケッチブックや最初のページには、こいつがよく出てくんだよな」
気味悪いったらありゃしねぇ。
なんていうザンカの目は、言葉とは裏腹に穏やかで。
「なんか、あんのかもな」
独り言のようなザンカの言葉に、「その通り」というかのように、マシロが一つ鳴き声を上げた。
ラーレのことをあまり良く思っていなかったシスターだが、確実にこの教会で彼女と共にいた時間が長いのは、彼女だろう。
シスターがラーレに仕事を押し付けていたのは、皆が知っている事実なのだから。
もちろん、神父様が見つける度にシスターをお叱りになっていたのだが……神父様のいないところで繰り返すのだから、どうしようもない。
結局、俺たち子供組がラーレを手伝うことでうまく回していたように思う。
シスターなら、俺たちの知らないラーレを知っているかもしれない。
「今の時間は……昼食後の片付けをしている頃か」
手伝うついでに、すこし聞いてみよう。
そう思い、俺は立ち上がった。
の、だが。
「……なんだよ、イキシア。男前が上がったな?」
「本気で言ってるか、それ」
「いや、痛そうだなって思う」
俺は目的も手伝いも果たすことが出来ず、頬に大きく真っ赤な紅葉をこさえて外に放り出されていた。
文字通り、放り出された。びっくりした。
「どしたよ、それ」
「シスターに思いっきりビンタされた」
じんじんと痛む頬をさすりながら、丸まって昼寝をするマシロのスケッチに勤しむザンカの隣に腰を下ろす。
相変わらず上手いな、なんて横目で見ていると、ザンカは驚いたように声を上げた。
「マジかよ。あのシスター、煙草も酒もするし依怙贔屓もヒッデーけど、暴力だけはしねーのに!」
「みう?」
ザンカの大声に起きたマシロが、まるで疑問符を飛ばすように小首をかしげて膝に乗る。
ちいさくてふわふわなこの生き物は、可愛らしくて自然と頬がほころぶ。
……だめだ、今は笑うのも痛い。
「シスターに最後に殴られたの、二階からかっこつけて飛び降りて足の骨折った時だぜ」
「あれはお前が悪い」
「うっせ。……優等生のお前がそのレベルの馬鹿やらかしたってことだろ?」
なにしたんだよ。
なんて面白半分、訝しげ半分で聞いてくるザンカに、先ほどのことを思い出しながら口を開く。
何をした、と言われても……。
「ラーレのことを教えてくれ、と、頼んだだけだ」
何故だかシスターは俺の顔が好みらしく、手伝いを申し出ると嬉しそうに笑い歓迎してくれた。
だから、そのまま聞いたんだ。
『ラーレは、どんな子だったんですか』
と。
「そしたらぶん殴られたのかよ」
「ああ。……『アンタだけは、あの子を忘れちゃダメでしょうが!』と」
お前声マネ似てねえな。
うるさい。
軽口を叩きながら、頬をさする。
ぶたれた頬は熱をもって、触るとほんの少ししびれるような痛さを伝えてくる。
シスターは、泣いていた。
俺を叩き、顔を真っ赤にさせて、泣いていた。
『イキシア、あんたは、あんただけはそんなことを言っちゃいけないだろう!』
『アンタだけは、あの子を忘れちゃいけないでしょう!』
『じゃなきゃ、あんたが忘れちまったら』
──誰が、あの子を覚えているってのさ!
……シスターの叫びが、頭から離れない。
「……お前、そんなにあいつと仲良かったか?」
「いや……普通、だった、はずだ」
なのに、なぜ、こんなにシスターの言葉に、胸が痛むのだろう。
たしかに同年代だったこともあり、親しかったようには思う。
だが、シスターに泣かれるような関係ではなかったはずだ。
……はず、なのに。
「…………」
ほんの少し、何かが欠落しているような。
大事な何かを、こぼれ落としているかのような。
そんな違和感と、ざわつくような落ち着かなさが、収まらない。
無言でうつむいていると、隣で小さく、紙のこすれる音がした。
「……実はよ、俺も変なんだよなぁ」
「……変?」
おう、と。
呟くように言って、ザンカは、スケッチブックのページを開いて見せた。
「──、」
「あいつと話したことなんて、ほとんどなかったハズなんだけどよ」
そこには、マシロと戯れる、ラーレの姿が描かれていた。
ザンカの、見かけに寄らない、繊細で柔らかなタッチで。
はじけるような笑顔で、愛おしそうな笑顔で。
マシロと共に笑う彼女の姿が、何枚も。
「これは……」
「俺は自分が描きてえって、残してえって思ったモンしか描かねぇ。……なのに、古いスケッチブックや最初のページには、こいつがよく出てくんだよな」
気味悪いったらありゃしねぇ。
なんていうザンカの目は、言葉とは裏腹に穏やかで。
「なんか、あんのかもな」
独り言のようなザンカの言葉に、「その通り」というかのように、マシロが一つ鳴き声を上げた。
あなたにおすすめの小説
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
なんて、か弱く嘆いてなんていられない、私は幸せになるために嫁いだのだから。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
【完結/番外追加】恋ではなくなったとしても
ねるねわかば
恋愛
十一年前、彼女は納得して切り捨てられた。
没落した貴族家の令嬢アリーネは、王都の社交サロンで同伴者として生きる道を選んだ。
歳月は、すべてを思い出に変えたはずだった。
会うたびにかつての婚約者を目で追うのは、ただの癖。
今ある思いは、恋ではない。
名がつくことのない二人の関係は、依頼主と同伴者となり、またその形を変えていく。
2万字くらいのお話です。
出会ってはいけなかった恋
しゃーりん
恋愛
男爵令嬢ローリエは、学園の図書館で一人の男と話すようになった。
毎日、ほんの半時間。その時間をいつしか楽しみにしていた。
お互いの素性は話さず、その時だけの友人のような関係。
だが、彼の婚約者から彼の素性を聞かされ、自分と会ってはいけなかった人だと知った。
彼の先祖は罪を受けず、ローリエの男爵家は罪を受け続けているから。
幸せな結婚を選ぶことのできないローリエと決められた道を選ぶしかない男のお話です。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
妹なんだから助けて? お断りします
たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。