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ラーレのことを調べようと思って、まず思い浮かんだのは、シスターだった。
ラーレのことをあまり良く思っていなかったシスターだが、確実にこの教会で彼女と共にいた時間が長いのは、彼女だろう。
シスターがラーレに仕事を押し付けていたのは、皆が知っている事実なのだから。
もちろん、神父様が見つける度にシスターをお叱りになっていたのだが……神父様のいないところで繰り返すのだから、どうしようもない。
結局、俺たち子供組がラーレを手伝うことでうまく回していたように思う。
シスターなら、俺たちの知らないラーレを知っているかもしれない。
「今の時間は……昼食後の片付けをしている頃か」
手伝うついでに、すこし聞いてみよう。
そう思い、俺は立ち上がった。
の、だが。
「……なんだよ、イキシア。男前が上がったな?」
「本気で言ってるか、それ」
「いや、痛そうだなって思う」
俺は目的も手伝いも果たすことが出来ず、頬に大きく真っ赤な紅葉をこさえて外に放り出されていた。
文字通り、放り出された。びっくりした。
「どしたよ、それ」
「シスターに思いっきりビンタされた」
じんじんと痛む頬をさすりながら、丸まって昼寝をするマシロのスケッチに勤しむザンカの隣に腰を下ろす。
相変わらず上手いな、なんて横目で見ていると、ザンカは驚いたように声を上げた。
「マジかよ。あのシスター、煙草も酒もするし依怙贔屓もヒッデーけど、暴力だけはしねーのに!」
「みう?」
ザンカの大声に起きたマシロが、まるで疑問符を飛ばすように小首をかしげて膝に乗る。
ちいさくてふわふわなこの生き物は、可愛らしくて自然と頬がほころぶ。
……だめだ、今は笑うのも痛い。
「シスターに最後に殴られたの、二階からかっこつけて飛び降りて足の骨折った時だぜ」
「あれはお前が悪い」
「うっせ。……優等生のお前がそのレベルの馬鹿やらかしたってことだろ?」
なにしたんだよ。
なんて面白半分、訝しげ半分で聞いてくるザンカに、先ほどのことを思い出しながら口を開く。
何をした、と言われても……。
「ラーレのことを教えてくれ、と、頼んだだけだ」
何故だかシスターは俺の顔が好みらしく、手伝いを申し出ると嬉しそうに笑い歓迎してくれた。
だから、そのまま聞いたんだ。
『ラーレは、どんな子だったんですか』
と。
「そしたらぶん殴られたのかよ」
「ああ。……『アンタだけは、あの子を忘れちゃダメでしょうが!』と」
お前声マネ似てねえな。
うるさい。
軽口を叩きながら、頬をさする。
ぶたれた頬は熱をもって、触るとほんの少ししびれるような痛さを伝えてくる。
シスターは、泣いていた。
俺を叩き、顔を真っ赤にさせて、泣いていた。
『イキシア、あんたは、あんただけはそんなことを言っちゃいけないだろう!』
『アンタだけは、あの子を忘れちゃいけないでしょう!』
『じゃなきゃ、あんたが忘れちまったら』
──誰が、あの子を覚えているってのさ!
……シスターの叫びが、頭から離れない。
「……お前、そんなにあいつと仲良かったか?」
「いや……普通、だった、はずだ」
なのに、なぜ、こんなにシスターの言葉に、胸が痛むのだろう。
たしかに同年代だったこともあり、親しかったようには思う。
だが、シスターに泣かれるような関係ではなかったはずだ。
……はず、なのに。
「…………」
ほんの少し、何かが欠落しているような。
大事な何かを、こぼれ落としているかのような。
そんな違和感と、ざわつくような落ち着かなさが、収まらない。
無言でうつむいていると、隣で小さく、紙のこすれる音がした。
「……実はよ、俺も変なんだよなぁ」
「……変?」
おう、と。
呟くように言って、ザンカは、スケッチブックのページを開いて見せた。
「──、」
「あいつと話したことなんて、ほとんどなかったハズなんだけどよ」
そこには、マシロと戯れる、ラーレの姿が描かれていた。
ザンカの、見かけに寄らない、繊細で柔らかなタッチで。
はじけるような笑顔で、愛おしそうな笑顔で。
マシロと共に笑う彼女の姿が、何枚も。
「これは……」
「俺は自分が描きてえって、残してえって思ったモンしか描かねぇ。……なのに、古いスケッチブックや最初のページには、こいつがよく出てくんだよな」
気味悪いったらありゃしねぇ。
なんていうザンカの目は、言葉とは裏腹に穏やかで。
「なんか、あんのかもな」
独り言のようなザンカの言葉に、「その通り」というかのように、マシロが一つ鳴き声を上げた。
ラーレのことをあまり良く思っていなかったシスターだが、確実にこの教会で彼女と共にいた時間が長いのは、彼女だろう。
シスターがラーレに仕事を押し付けていたのは、皆が知っている事実なのだから。
もちろん、神父様が見つける度にシスターをお叱りになっていたのだが……神父様のいないところで繰り返すのだから、どうしようもない。
結局、俺たち子供組がラーレを手伝うことでうまく回していたように思う。
シスターなら、俺たちの知らないラーレを知っているかもしれない。
「今の時間は……昼食後の片付けをしている頃か」
手伝うついでに、すこし聞いてみよう。
そう思い、俺は立ち上がった。
の、だが。
「……なんだよ、イキシア。男前が上がったな?」
「本気で言ってるか、それ」
「いや、痛そうだなって思う」
俺は目的も手伝いも果たすことが出来ず、頬に大きく真っ赤な紅葉をこさえて外に放り出されていた。
文字通り、放り出された。びっくりした。
「どしたよ、それ」
「シスターに思いっきりビンタされた」
じんじんと痛む頬をさすりながら、丸まって昼寝をするマシロのスケッチに勤しむザンカの隣に腰を下ろす。
相変わらず上手いな、なんて横目で見ていると、ザンカは驚いたように声を上げた。
「マジかよ。あのシスター、煙草も酒もするし依怙贔屓もヒッデーけど、暴力だけはしねーのに!」
「みう?」
ザンカの大声に起きたマシロが、まるで疑問符を飛ばすように小首をかしげて膝に乗る。
ちいさくてふわふわなこの生き物は、可愛らしくて自然と頬がほころぶ。
……だめだ、今は笑うのも痛い。
「シスターに最後に殴られたの、二階からかっこつけて飛び降りて足の骨折った時だぜ」
「あれはお前が悪い」
「うっせ。……優等生のお前がそのレベルの馬鹿やらかしたってことだろ?」
なにしたんだよ。
なんて面白半分、訝しげ半分で聞いてくるザンカに、先ほどのことを思い出しながら口を開く。
何をした、と言われても……。
「ラーレのことを教えてくれ、と、頼んだだけだ」
何故だかシスターは俺の顔が好みらしく、手伝いを申し出ると嬉しそうに笑い歓迎してくれた。
だから、そのまま聞いたんだ。
『ラーレは、どんな子だったんですか』
と。
「そしたらぶん殴られたのかよ」
「ああ。……『アンタだけは、あの子を忘れちゃダメでしょうが!』と」
お前声マネ似てねえな。
うるさい。
軽口を叩きながら、頬をさする。
ぶたれた頬は熱をもって、触るとほんの少ししびれるような痛さを伝えてくる。
シスターは、泣いていた。
俺を叩き、顔を真っ赤にさせて、泣いていた。
『イキシア、あんたは、あんただけはそんなことを言っちゃいけないだろう!』
『アンタだけは、あの子を忘れちゃいけないでしょう!』
『じゃなきゃ、あんたが忘れちまったら』
──誰が、あの子を覚えているってのさ!
……シスターの叫びが、頭から離れない。
「……お前、そんなにあいつと仲良かったか?」
「いや……普通、だった、はずだ」
なのに、なぜ、こんなにシスターの言葉に、胸が痛むのだろう。
たしかに同年代だったこともあり、親しかったようには思う。
だが、シスターに泣かれるような関係ではなかったはずだ。
……はず、なのに。
「…………」
ほんの少し、何かが欠落しているような。
大事な何かを、こぼれ落としているかのような。
そんな違和感と、ざわつくような落ち着かなさが、収まらない。
無言でうつむいていると、隣で小さく、紙のこすれる音がした。
「……実はよ、俺も変なんだよなぁ」
「……変?」
おう、と。
呟くように言って、ザンカは、スケッチブックのページを開いて見せた。
「──、」
「あいつと話したことなんて、ほとんどなかったハズなんだけどよ」
そこには、マシロと戯れる、ラーレの姿が描かれていた。
ザンカの、見かけに寄らない、繊細で柔らかなタッチで。
はじけるような笑顔で、愛おしそうな笑顔で。
マシロと共に笑う彼女の姿が、何枚も。
「これは……」
「俺は自分が描きてえって、残してえって思ったモンしか描かねぇ。……なのに、古いスケッチブックや最初のページには、こいつがよく出てくんだよな」
気味悪いったらありゃしねぇ。
なんていうザンカの目は、言葉とは裏腹に穏やかで。
「なんか、あんのかもな」
独り言のようなザンカの言葉に、「その通り」というかのように、マシロが一つ鳴き声を上げた。
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