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ジェネレーションギャップという物をご存知だろうか。
世代による文化や価値観などの思想のズレを示す、アレである。
「今の若い子と話してると、ジェネレーションギャップを感じるわ~」
とか。
「えっうそ。もうこう言わないの?うわ、ジェネレーションギャップってこういう事……」
とかいうアレである。
だが、しかし。
俺は声を大にして言いたい。
「たかだか数年から数十年のズレなんてジェネレーションギャップのうちにも入らねぇわ」
こちとら時代錯誤500年だぞ。
目の前に広がる、自分の記憶とは掛け離れた街の光景に。
元勇者である俺は露骨に顔を顰めて呟いた。
※※※
勇者。
それは約500年前に実在した、この国──いや、この世界の英雄である。
闇と光が拮抗し、均衡の崩れたその時代。
魔物を統べる魔王と、魔力を持たない人間達は互いを排斥し合い、世界の全てを我が手中に収めんと戦に明け暮れていた。
魔物達はその圧倒的な身体能力と魔力を用い、街を焼き。
人間達はそれに対抗すべく、化学の力を突き詰め果てには神に縋った。
そしてその争いの頂点に立っていたのが、魔物──魔族の王たる魔王と、化学と神の加護を手に入れた勇者だ。
魔王と勇者の戦いは熾烈を極めた。
戦いは七日七晩に続き、そして魔王は勇者により倒されたという。
だが、その戦いで勇者も力を使い果たし息絶えた。
互いの希望を喪った各種族達は己たちの行いを悔い改め、手を取り合い生きていくことを誓ったのだった──。
と、言うのがこの世界に伝わる正史なわけだが。
「歴史ってアテになんねぇもんだなぁ……」
「そんなものだろう。歴史なんて、結局生き残った勝者のご都合主義だからな」
ガヤガヤと賑やかな街にあるオープンテラス。
虚空を見上げる俺の目の前にはオシャレなカップに注がれた、白いホイップクリームの眩しいストロベリーホイップフラペチーノ。
そして俺、元勇者の目の前に座りそれを携帯通信機──今はスマホ、って言うんだったか──で”映え”るようにと激写している褐色肌の男が、かの有名な魔王である。
もう一度言おう。魔王だ。
「……そろそろ飲んでいいか?」
「まだだ。影が入った……もう1枚」
「長ぇよ」
知らないのか?太陽光の下で青空をバックに撮るのが一番綺麗に写るんだ。
知らねぇし興味もない。早く飲ませろ。
甘党め。僕のブラックコーヒーを飲んでていいぞ。
飲めねぇから言ってんだよ。
他愛のない会話は歩道を挟んだコンクリートの道路を走る魔力燃料車の音にかき消され。
街を歩く人々の手には化学の英智たるスマホが握られ。
魔物と人間が手を取り合い笑い合う。
そんな、俺らの時代からすれば夢のような光景に──俺と魔王は、シラケた視線を送るしか出来なかった。
※※※
俺、元勇者の名前はもうない。
正確にはあるんだが、『勇者』として祭り上げられた瞬間から、俺は『勇者』でしかなくなった。
500年前のあの時代、全ての人間が──いや、全ての奴らが腐っていた。
魔物も人間も、己たちの領土を拡大し、お互いの技術や能力を奪うことしか考えていない。
だが、戦争には英雄が必要だ。
民の希望となり、羨望を集め、『己たちは正しいのだ』と洗脳するための生贄。
──それが、勇者だ。
俺は、田舎で、静かに暮らしていた。
裕福とは言えないが、家族が居て、好きな女の子だっていたんだ。
くせっ毛で、ソバカスが可愛くて、よく笑う女の子だった。結構お互いいい感じだったんだぜ?
俺、顔は悪くないからさ。
──幸せ、だったんだ。
幸せって、簡単に壊れちまうんだよなぁ。
あの時の俺は、そんな当たり前のことも知らなかった。
隣町に、王都から話題の菓子屋の出店が来るって聞いたから。
あの子と、妹と、お袋がはしゃいでさ。食わせてやろう、って、そう思って。
男一人で買うのは少し気恥しい、こんな田舎町じゃあお目にかからないようなお菓子を大事に抱えて。
帰ってきたら、……街は燃えていた。
必死に駆け回って、そのせいで炎を吸った喉が焼けた。
今朝挨拶したおばちゃんや、昨日一緒に遊んでやった近所のガキの変わり果てた姿を横目に見ながら、やっと家にたどり着いて。
当然っちゃァ当然なんだが、俺の大事なモノは全部、全部──壊れていた。
あの子は、見つからなかった。
真っ赤に染まった、半分以下になっちまった妹を抱きかかえて、涙の跡に「怖かったよなぁ」とか、「痛かったろうな 」とかぼんやり考えて、炎が熱いのも忘れた頃に、俺は保護された。
──王都の、聖騎士と名乗る連中に。
そして、俺は『勇者』になった。
まさかアレがぜんっっっっっぶ王家の仕込みだとは思わないだろ」
「まあ、だろうな。通常、魔物は街を滅ぼす時にわざわざ殺して回ったりはしない。『炎咆哮』でまるっと焼き払うだけだ」
わざわざ殺して回るのなんて、人間の仕業くらいだ。
そう呟く魔王は、温くなったブラックコーヒーを優雅に啜る。
魔王。彼も俺と同様、名前はない。
魔族というのは生まれたその時に種族が決まる。
魔王は、生まれた時から『魔王』だった。
この男は白銀の長髪を顔の横で緩く結び、黒いリボンを飾っている。スラリとした、だがしなやかな筋肉の着いた身体は均等が取れていて、この時代の職がモデルというのも納得なナイスガイだ。
………これも死語、というか、もう使わないんだってな。ショックだわぁ……。
「薄々勘づいてはいたけどさ。旅の道中に『俺の街を燃やし家族やらを惨殺したのは王都の兵士だった』って真相に辿り着いた時の俺の絶望感よ」
「お前、僕の城にたどり着いた時、目が死んでいたからな」
「信頼するパーティーの連中も城の回しもんとか思わんだろ」
「むしろよく城までたどり着いたもんだ」
「死なせてくれなかったからな」
「いや、メンタル的に」
「あー……殆ど道中のこと覚えてねぇからそのおかげじゃないか? 」
「そのせい、と言うべきか、そのおかげ、と言うべきか迷うな……」
俺たちの周りには防音魔法が張られている。
おかげ様で周りが聞いたら黒歴史一直線な会話を誰かに聞かれる心配もない。魔法って便利だなぁ。
今思い出しても目が死ぬが、あの頃は本当に地獄だった。
やっと魔王の城に着いたと思ったら、パーティーのメンバーは殺し合うわ自殺するわでバタバタ死ぬし。
半ばやけくそで、それでも『これが終われば自由になる』と、それだけを信じて剣を取り、魔王と対峙し──……そして。
お互いボロボロになった、七日目の夜。
俺と魔王は、王都の聖騎士団と、魔族の軍勢によって、殺された。
……殺されたと、思ってた。
「……………………なんっで500年後の世界に吹っ飛んでるんだろな?」
「僕にもわからん。どうせ死ぬなら、世界の半分くらい道連れにしてやりたかったんだがな」
「……お前、余裕そうな顔してるけどだいぶキテたもんな……」
「ほぼ生まれて直ぐからずっと国に尽くして来た結果が、民からの見捨てられと全否定だったんだ。そりゃ世界くらい滅ぼすだろう?」
「規模がデカいんだよなぁ~~」
最後に見えたのは、地に伏せた俺たちを見向きもせずに、重苦しく赤黒い闇の塊を取り囲む聖騎士団の連中と、魔族の軍勢。
そして最後に聞こえたのは──
「神がご降臨された!」
という、謎の言葉。
──クソみてえな世界だ。
いくら時代が変わっていようと、こんな世界大嫌いだ。
歴史書だって、信用ならない。俺らが消えた後、何が起こったのか分からないが、あんなお綺麗な話では無いのは確かだ。
そんな、嘘くせぇ世界でも。
「………………ストロベリーホイップフラペチーノは、美味いんだよなぁ」
だから、勇者と魔王は、もう少し未来を堪能することにした。
抜けるような青空の眩しい、昼下がりのことである。
世代による文化や価値観などの思想のズレを示す、アレである。
「今の若い子と話してると、ジェネレーションギャップを感じるわ~」
とか。
「えっうそ。もうこう言わないの?うわ、ジェネレーションギャップってこういう事……」
とかいうアレである。
だが、しかし。
俺は声を大にして言いたい。
「たかだか数年から数十年のズレなんてジェネレーションギャップのうちにも入らねぇわ」
こちとら時代錯誤500年だぞ。
目の前に広がる、自分の記憶とは掛け離れた街の光景に。
元勇者である俺は露骨に顔を顰めて呟いた。
※※※
勇者。
それは約500年前に実在した、この国──いや、この世界の英雄である。
闇と光が拮抗し、均衡の崩れたその時代。
魔物を統べる魔王と、魔力を持たない人間達は互いを排斥し合い、世界の全てを我が手中に収めんと戦に明け暮れていた。
魔物達はその圧倒的な身体能力と魔力を用い、街を焼き。
人間達はそれに対抗すべく、化学の力を突き詰め果てには神に縋った。
そしてその争いの頂点に立っていたのが、魔物──魔族の王たる魔王と、化学と神の加護を手に入れた勇者だ。
魔王と勇者の戦いは熾烈を極めた。
戦いは七日七晩に続き、そして魔王は勇者により倒されたという。
だが、その戦いで勇者も力を使い果たし息絶えた。
互いの希望を喪った各種族達は己たちの行いを悔い改め、手を取り合い生きていくことを誓ったのだった──。
と、言うのがこの世界に伝わる正史なわけだが。
「歴史ってアテになんねぇもんだなぁ……」
「そんなものだろう。歴史なんて、結局生き残った勝者のご都合主義だからな」
ガヤガヤと賑やかな街にあるオープンテラス。
虚空を見上げる俺の目の前にはオシャレなカップに注がれた、白いホイップクリームの眩しいストロベリーホイップフラペチーノ。
そして俺、元勇者の目の前に座りそれを携帯通信機──今はスマホ、って言うんだったか──で”映え”るようにと激写している褐色肌の男が、かの有名な魔王である。
もう一度言おう。魔王だ。
「……そろそろ飲んでいいか?」
「まだだ。影が入った……もう1枚」
「長ぇよ」
知らないのか?太陽光の下で青空をバックに撮るのが一番綺麗に写るんだ。
知らねぇし興味もない。早く飲ませろ。
甘党め。僕のブラックコーヒーを飲んでていいぞ。
飲めねぇから言ってんだよ。
他愛のない会話は歩道を挟んだコンクリートの道路を走る魔力燃料車の音にかき消され。
街を歩く人々の手には化学の英智たるスマホが握られ。
魔物と人間が手を取り合い笑い合う。
そんな、俺らの時代からすれば夢のような光景に──俺と魔王は、シラケた視線を送るしか出来なかった。
※※※
俺、元勇者の名前はもうない。
正確にはあるんだが、『勇者』として祭り上げられた瞬間から、俺は『勇者』でしかなくなった。
500年前のあの時代、全ての人間が──いや、全ての奴らが腐っていた。
魔物も人間も、己たちの領土を拡大し、お互いの技術や能力を奪うことしか考えていない。
だが、戦争には英雄が必要だ。
民の希望となり、羨望を集め、『己たちは正しいのだ』と洗脳するための生贄。
──それが、勇者だ。
俺は、田舎で、静かに暮らしていた。
裕福とは言えないが、家族が居て、好きな女の子だっていたんだ。
くせっ毛で、ソバカスが可愛くて、よく笑う女の子だった。結構お互いいい感じだったんだぜ?
俺、顔は悪くないからさ。
──幸せ、だったんだ。
幸せって、簡単に壊れちまうんだよなぁ。
あの時の俺は、そんな当たり前のことも知らなかった。
隣町に、王都から話題の菓子屋の出店が来るって聞いたから。
あの子と、妹と、お袋がはしゃいでさ。食わせてやろう、って、そう思って。
男一人で買うのは少し気恥しい、こんな田舎町じゃあお目にかからないようなお菓子を大事に抱えて。
帰ってきたら、……街は燃えていた。
必死に駆け回って、そのせいで炎を吸った喉が焼けた。
今朝挨拶したおばちゃんや、昨日一緒に遊んでやった近所のガキの変わり果てた姿を横目に見ながら、やっと家にたどり着いて。
当然っちゃァ当然なんだが、俺の大事なモノは全部、全部──壊れていた。
あの子は、見つからなかった。
真っ赤に染まった、半分以下になっちまった妹を抱きかかえて、涙の跡に「怖かったよなぁ」とか、「痛かったろうな 」とかぼんやり考えて、炎が熱いのも忘れた頃に、俺は保護された。
──王都の、聖騎士と名乗る連中に。
そして、俺は『勇者』になった。
まさかアレがぜんっっっっっぶ王家の仕込みだとは思わないだろ」
「まあ、だろうな。通常、魔物は街を滅ぼす時にわざわざ殺して回ったりはしない。『炎咆哮』でまるっと焼き払うだけだ」
わざわざ殺して回るのなんて、人間の仕業くらいだ。
そう呟く魔王は、温くなったブラックコーヒーを優雅に啜る。
魔王。彼も俺と同様、名前はない。
魔族というのは生まれたその時に種族が決まる。
魔王は、生まれた時から『魔王』だった。
この男は白銀の長髪を顔の横で緩く結び、黒いリボンを飾っている。スラリとした、だがしなやかな筋肉の着いた身体は均等が取れていて、この時代の職がモデルというのも納得なナイスガイだ。
………これも死語、というか、もう使わないんだってな。ショックだわぁ……。
「薄々勘づいてはいたけどさ。旅の道中に『俺の街を燃やし家族やらを惨殺したのは王都の兵士だった』って真相に辿り着いた時の俺の絶望感よ」
「お前、僕の城にたどり着いた時、目が死んでいたからな」
「信頼するパーティーの連中も城の回しもんとか思わんだろ」
「むしろよく城までたどり着いたもんだ」
「死なせてくれなかったからな」
「いや、メンタル的に」
「あー……殆ど道中のこと覚えてねぇからそのおかげじゃないか? 」
「そのせい、と言うべきか、そのおかげ、と言うべきか迷うな……」
俺たちの周りには防音魔法が張られている。
おかげ様で周りが聞いたら黒歴史一直線な会話を誰かに聞かれる心配もない。魔法って便利だなぁ。
今思い出しても目が死ぬが、あの頃は本当に地獄だった。
やっと魔王の城に着いたと思ったら、パーティーのメンバーは殺し合うわ自殺するわでバタバタ死ぬし。
半ばやけくそで、それでも『これが終われば自由になる』と、それだけを信じて剣を取り、魔王と対峙し──……そして。
お互いボロボロになった、七日目の夜。
俺と魔王は、王都の聖騎士団と、魔族の軍勢によって、殺された。
……殺されたと、思ってた。
「……………………なんっで500年後の世界に吹っ飛んでるんだろな?」
「僕にもわからん。どうせ死ぬなら、世界の半分くらい道連れにしてやりたかったんだがな」
「……お前、余裕そうな顔してるけどだいぶキテたもんな……」
「ほぼ生まれて直ぐからずっと国に尽くして来た結果が、民からの見捨てられと全否定だったんだ。そりゃ世界くらい滅ぼすだろう?」
「規模がデカいんだよなぁ~~」
最後に見えたのは、地に伏せた俺たちを見向きもせずに、重苦しく赤黒い闇の塊を取り囲む聖騎士団の連中と、魔族の軍勢。
そして最後に聞こえたのは──
「神がご降臨された!」
という、謎の言葉。
──クソみてえな世界だ。
いくら時代が変わっていようと、こんな世界大嫌いだ。
歴史書だって、信用ならない。俺らが消えた後、何が起こったのか分からないが、あんなお綺麗な話では無いのは確かだ。
そんな、嘘くせぇ世界でも。
「………………ストロベリーホイップフラペチーノは、美味いんだよなぁ」
だから、勇者と魔王は、もう少し未来を堪能することにした。
抜けるような青空の眩しい、昼下がりのことである。
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