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第52話  操るものと止めるもの

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「お前か、俺の部下をいじめたのは」
王城にいたルビアを見つけ、エリックは怒りをあらわにする。

「あら、あなたはアドガルムの王太子ね。随分早いおつきだこと」
嘲笑うかのごとく見返してくるルビアだが、エリックは全く笑うことなどない。

冷酷な目をして、グリフォンの上から見下す。

「帝国の手の者だと言ったな。このような事をして、ただですむと思うなよ」
エリックの鋭い目がより鋭くなる。

「キュアを返してもらおうか」
ゾクゾクするような冷たく低い声音で、ルビアにそう命令をする。

「あら、帰りたいなんて思ってなさそうだけど?」

(本当に氷みたいね。でも噂通り見た目は良い男だわ)
エリックの圧に負けないように口元には絶えず笑みを浮かべ、ルビアはちらりと目線を移した。

ふらふらと現れるキュアは虚ろな目をしており、こちらの言葉など聞こえていないようだ。

明らかに正気を失った目だ、何らかの魔法か薬物を使われたのだろう。

「貴様。ただですむと思うなよ」
エリックは怒りに剣を振るいルビアに迫ろうとするが、多数の者がエリックを阻む。

氷漬けにして足止めするが、なかなか近づくことが出来ない。

「国中の者を操っているのか」
中には姿を消した隠密隊も混じっており、やつれてしまったレナンの母もいる。

何とか元に戻せないか。

操られたキュアの攻撃も厄介だ、熱を持った光線がエリックを狙う。

追いついたニコラも気配を消し、ルビアに近づこうとするが、邪魔が多過ぎる。

気づかれずに側に行くのは難しそうだ。

王城に駆けつけたレナンとオスカー達は、氷漬けになった者や王城を見て、エリックがなるべく人を傷つけないようにしているのを理解する。

魔法は使うが人の命までは奪おうとしないエリック。

弱った母には攻撃することもなく魔法で足止めすらしない、そんなエリックの気遣いにレナンは涙が浮かんでしまう。

数々の攻撃を躱して、エリックは懸命に声を掛けていた。

「キュア! 俺がわからないか!」
部下にそう呼びかけるも、キュアの手から放たれる魔法は減りはしない。

その様子にレナンはショックを受けた。

あのキュアがエリックに対して攻撃をしているのだ。

普段は主を尊敬し、けして逆らうことなく従う忠実な女性、今や虚ろな目で次々と魔法を繰り出してエリックに襲いかかっている。

グリフォンに乗るエリックは機動力に優れているが、キュアの光が追尾し、追い詰めている。

エリックがそれらを体に当たる前に切り払い、魔法で撃ち落とすが切りがない。

「キュア、もうやめて!」
その声でキュアがレナンに気づいた。
細剣を握って向かってくる。

「下がってレナン様!」
オスカーが剣を握り、守るように対峙する。

「レナンに近づけさせるな! だが、死ぬなよ」
エリックの命にオスカーは気合いを入れる。

「切りたくはないのよ、お願い。もとに戻って!」
オスカーは苦々しげな目でキュアを見つめる。

加減はする、しかし正気を失ったキュアをそれで止められるかわからない。

下手したら傷をつけてしまう。

何とか足止めしようと木を操るが、ことごとく光の矢で撃ち抜かれてしまう。

距離を詰めてくるキュアにレナンは頭を抱え、いやいやと首を振る。

いくらなんでも二人が切り合う姿など見たくない。

「もう、やめてーー!」
レナンを中心に光の輪が広がる。

それらは操られている人をつつみ、どんどん正気を取り戻させていた。







「何だ……一体何してたんだ?」
光が当たった者たちから黒い靄が抜け、正気を取り戻していく。

ルビアの魔法が消滅していったのだ。

キュアの光とは違い、払うだけではない。

文字通り消えてしまい、ルビアがいくら魔力を出しても黒い靄は戻らない。

「何なのよ、これ……」
レナンが魔法を使えるとは聞いていない。

むしろ落ちこぼれとしか聞いていないのに、この光はなんだ?

キュアよりも強く、そして魔石で魔力を増幅させているルビアよりも魔力が多い。

(違う、光魔法だけではない。魂に直接関与する魔法が、この王女も使えるんだわ)
ルビアは死霊術師だ。

魔法とはまた違う力を使っている。

ルビアが人を操るために取り付かせていた死霊を簡単に剥がし、消滅させるなんて、ただの使い手ではない。

歯噛みした。

人質として帝国につれていこうとしていたのに、これでは無理だ。

自分との相性が悪過ぎる。

(ダミアンあたりに変わってもらおうかしら)
王太子をものに出来ないのは惜しいが、仮に操れたとしてもあの女がいるのでは難しい。

何とか引き剥がさないと。

そんな事を考えていたら、いつの間にか近くにいたニコラの刃がルビアに襲いかかる。

「!!」
間一髪で避けたが、長い髪がバサリと犠牲になった。

「あたしの髪が!!」
怒りが湧いてニコラを見るが、すでに姿はない。

「終わりだ」
そう言ってニコラが背後から振り下ろした剣は空を切る。

「これは……まさか転移魔法?」
姿形どころか気配もなくなった。

(魔力の残滓は、俺では追えないな)
ニコラはキュアに目をやるが、かなり疲労している。

追跡を頼むのは無理そうだ。






エリックは苛立ちを隠さなかった。

ここにレナンだけを呼び寄せたのは帝国の策略だろう、レナンを害する為に皇子たちをアドガルムへと寄越し、エリックを足止めしたのだ。

皇子という身分の者がくれば、エリックはアドガルムに留まらざるを得ない。

小賢しい策略に頭が沸騰しそうだ。

自分の到着が遅れていたらレナンが怪我をしていたかもしれないと思うと、尚更殺意しかわかない。

「帝国の動きをつぶさに観察、報告を怠るな。アドガルムに喧嘩を売ったことを後悔させてやる」
疲弊した影や隠密隊に容赦なく命令を下し、情報屋・ログにも同様に伝えた。

「俺からレナンを奪おうとするものは容赦しない」
顔は覚えた。

次は確実に仕留めてやると、エリックは憎悪の目でヴァルファル帝国の方を睨みつけた。







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