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第184話 帝国の平定

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 帝国の皇宮内では皆が忙しく走り回っていた。

 それは離宮でも同じ事であった。

「イシス様、こちらのお目通りをお願いします」
 目の前に置かれた書類をイシスは淡々と目を通し、サインをしていく。

 イシスに与えられた仕事は陳情書の確認だ。

 土地勘があり、問題に対しての理解が早いイシスのお陰で、解決に要する時間が短く済んでいる。

「本当に助かります、マオ様はこういう事が不得手でして」
 書類を持ってきた男性が申し訳なさそうにしていた。

「まぁそうよね。帝国は広いし、まず地名や場所を覚えることからでしょうからね。どうしても難しいわよ」
 別に不満はない。

 マオの生い立ちについては耳にしていた。

 一応リオンの側室という立場なので、仕事の文旦の都合上マオとの交流を最低限しようという話だ。
 だがマオは頻繁に話に来てくれる。

 お菓子や本を持ってきて、いつも滞在時間を延長してまで居座り……けしてサボるためではないと思いたい。

「リオン様は帝国についてだいぶ覚えたようだけど、あなたも覚えが早いわ。アドガルムの者は皆そうなの?」
 書類を渡しに来たこの男は、アドガルムの宰相の息子と聞いていた。

 融通の利かない性格で明らかにお坊ちゃんだと思ったイシスだが、その勤勉さに驚く。
 知らない事をそのままにせず、気になった点はすぐに調べに入るし、記憶力もいい。

 宰相の息子、カイルは事もなげに言う。

「俺くらいの記憶力の者はごろごろいます。リオン様やエリック様くらいのものはそうそういませんが」
 エリックの名を出した途端にカイルの表情が悔しそうに歪むのに気が付いた。

(彼はあまりエリック様に好意を持っていないようね)
 とどうでもいい事を発見してしまった。

「そう。まぁ早いところ情勢が落ち着くといいけど」

「そうしたら、あなたはどうするのですか?」
 カイルもお飾りの側室だというのは聞いている。そして死にたがっているという事も。

「何も考えていないわ。今はギルナスと共に力を尽くすだけよ」
 ギルナスは体力を見込まれ、街の復興の方に回っている。
 
 イシスの暗殺を心配し、なかなか了承しなかったが、「それでは生かしてもらっている意味がない」とイシスに叱られ、渋々出かけて行っている。

 勿論ギルナスが安心できるようにリオンは離宮の守りを強化してはいるが。
「一応君に何かあったら困るからね」
 と、マオに渡していた護りの魔石をイシスにも渡している。

 その送られたバングルに付いている青い魔石を見て、時折イシスは悩まし気なため息をついていることに、侍女達やギルナスは気づいていた。

 詳細を知らない侍女たちは、お渡りが来ないという事に疑問を持っているようであったが、口に出す事など出来ないのでイシスは普通に暮らせている。

 ただ、先の目標がない。

 ここに居るのは楽ではあるが、楽しいわけではなく、他に行く当てもない。だから復興後に何をしようという夢もない。

「リオン様に本気で迫るという事はしないのですか?」

「……本気で言ってる? そんな事したら私殺されるわ」
 イシスが何もしないから何もされないわけで、迫ったとしたらリオンもマオも激怒するのは目に見えている。

「そうですか。イシス様がリオン様に好意を持っているようにも見えたので」

「そんなもの持っていない!」
 バンと机に手を置き、イシスは真っ赤になって反論する。

「あいつを好きになるなんて絶対にない! そんな事になるくらいなら、死んだ方がましだ」

「嘘ですね」
 さらりとカイルは言い放った。

「そんなに顔を赤くしていうのだし、イシス様は側室。立場上問題ないですし、何より愛を持っているのなら良いのでは?」

「あなた本当にアドガルムの宰相候補? 随分王族の意思に反する考えを持っているようだけど」

「そんな事はないです。側室を持つことの方が寧ろ一般的な考えで、アドガルムの考えが少数派ですから」
 確かに周辺国も帝国も王には側室はいるし、推奨されている。

 世継ぎや王族の後継者候補を増やすことは悪い事ではない。

「エリック様やレナン様もそのような方を持つかもしれませんよ」
 カイルの言葉に首を傾げる。

(そんな事あるかしら?)
 リオンに期待する事は出来るのだろうか。

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