絶対零度の悪役令嬢

コトイアオイ

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7.夏休み

癒しが行方不明な件

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 ジワジワと汗ばむような季節、試験を終えた後の数日は風のように過ぎ去り、魔法学園は夏休み期間に突入した。

 この世界でも日本と同じように四季は存在する。だから、夏は同じように暑い。一つ違うことと言えば、ミンミンと鳴く夏の風物詩、蝉がいないことくらい。漫画の作者、蝉が嫌いだったのか?


しかし暑い中、馬車に何時間も揺られて家に帰ったわけではない。そこは私の魔法で、暑さを回避した。


私の適性魔法は水属性、水を操ることはすなわち、それを瞬時に固形へと変換させることも可能だ。ホッカイロみたいに、小さな氷を手に持ちながら、自分の周りの空気の温度を調整している。

魔法を一定量消費し続けるため、疲労はあるが快適な旅を送ることが出来る。


あぁ、適性が水で良かったわ…。ヒロインの適性は確か光属性とか何とかだっただろうけど、こんな暑い日に光が何の役にたつよ?そういう見た目だけの魔法より、私は機能性を選ぶわ。


この冷却魔法、魔法道具にしたら絶対売れる。私の商売魂がそう叫んでいる。



貴方の快適、冷涼な旅をサポートします!


早くも、商品のキャッチコピーや謳い文句を考えてみた。


 家に帰ったら色々と楽しみだなぁ。私の魔法を扱う力も、学園での授業の成果があったのか、格段に向上している。もしかすると、通信機のノイズも改良できるのではないだろうか。


人が見ていないのをいいことに、私は密やかな笑みをもらす。




『そなた、悪どい顔をしておるぞ』




…悪魔が見ていたのを忘れていた。



それにしても、失礼な悪魔だ。私の歓喜と期待による微笑みを、悪どい顔などと表現するとは。


そうだ、冷たいものといえば…セパルの身体も常に低温だな。そこらへんの原理も聞いてみたい。


楽しみが増えた私は、笑いを堪えられなかった。


「ふふふ、家に帰ったら何から始めようかしらねぇ…!」



『じゃからそなた、何故そんなに邪悪な笑みなのじゃ。どう見ても悪役じゃぞ』



セパルの言葉にドキリとした。



私の喜びの顔が悪役面ですと…?


学園という(攻略対象がゴロゴロいる)魔の巣窟で常に気を張っていたためか、私は知らぬ間に感情をかなり抑えていたようだ。そして、そこを出た今、感情がボロリと零れ出ている模様。


それにしても、悪どいって…。邪悪って…!どうなってんの、私の表情筋。


確かに私の顔の作りは、マリンのように可愛い系ではない。年を重ねるにつれて「可愛い」より、「綺麗」という褒め言葉が多くなってきた。


 一人落ち込むクリスティーヌは、自分が学園内で何と呼ばれているか知らなかった。


身分の高さや、気軽に人と馴れ合わない点から、一部のコアなファンは「氷の女王」と尊敬の念を込めてそう呼んでいるが、それは彼女の知るところではなかったのだ。



 自分の二つ名も知らないクリスティーヌは、小刻みに揺れる馬車の中で、手荷物から手鏡をそっと取り出す。


そして、折りたたみ式の手鏡をパカリと開けて、自分の顔を見つめる。


そこには、悪い顔をした少女がバッチリ映っていた。邪悪、まさに邪悪の権化である。



……私は行動というより、顔に気をつけた方がいいな。


顔で誤解されたら悲し過ぎる。一応、ポーカーフェイスは得意だが、気が抜けた瞬間にこうなるのでは要注意だ。得意と自負することこそ、油断の元!


それからの馬車の中で、私は手鏡を前に笑顔のチェックをし続けた。



しかし、その手鏡によって私はさらにストレスを抱えることになった。


 ガタゴトと揺られる中で、ずっと手鏡を持っていたら、途中で手を滑らせてしまい、盛大に割ってしまったのだ。


パリーンと予想以上の音を立てながら、鏡は砕け散り、その音の大きさに驚いた私は悲鳴を上げた。

すぐに、異変を察知した御者が慌てて馬を止めた。しかし、私の様子を見た御者は、高そうな鏡の無残な姿にこの世の終わりのような悲鳴を上げた。


貴族の令嬢の高そうな鏡が割れている。その事実に御者は私の怒りを予想し、「あ、俺…終わったな」という絶望の表情だ。

御者は、私が帰省するために学園側が用意した御者で、公爵令嬢だからくれぐれも粗相のないようにと伝えられていたようだ。それが、この鏡粉砕…、顔が真っ青を通り越して土気色になっている。


前世がただのOLな私としては、鏡くらい…という気持ちだ。ただ、鏡が割れるのはあまり縁起が良くないという気持ちはあるけど。


しかし、この世界における身分制度の問題はなかなか厳しい。御者は必死に謝り、地面に額をつけている。そう、日本のお家芸…土下座である。


す、すみません。ぼーっと鏡持っててごめんなさい!そこまでしなくていいです!


何だか私の方が申し訳ない。大きなストレスを御者に与えてしまったようだ。そもそも、御者は悪くない。道が舗装されているとはいえ、多少の揺れは仕方が無いのだから。私がぼーっと鏡を見つめていただけで。


「あの、もう結構ですから…。私の鏡が割れたのは私の非ですわ。貴方に責任を負わせるつもりは毛頭ありません」


意識して優しく微笑む。ここでさっきの邪悪な笑みを浮かべたら、御者は震え上がってしまうだろう。



「…!で、ですがっ…」


「この話をこれ以上続けることこそ無意味。私が良いと言っているのです。あなたは先程のように仕事に専念して下さいませ」


「は、はいっ!あ、ありがとうございます!全力で迅速に安全にご自宅までお連れします!」


御者が涙声で返事をして、仕事に戻る。私はここでも心が休まることはなかった。割れた鏡の破片を、怪我をしないように水魔法で拾い上げていく。取り敢えず、空にしたポーチに突っ込んでおいて、家に着いてから処分しよう。


あー。癒し、癒しが欲しいなぁ。


それからは、ただただ無心で座っていた。

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