44 / 57
7.夏休み
おかえり
しおりを挟む
馬車でのプチトラブルはあったが、夕方頃、ようやく自宅に辿り着いた。あの後御者は「一生ついていきます、お嬢様!」と涙ながらに宣言していた。彼はうちで契約しているわけではないのだが。
私が「また宜しく頼みますわね」と告げると、御者は元気よく返事をして頭を下げた。
御者のストレスは改善されたようで良かった。
それに、待ち焦がれた家に到着したのだ。いつまでもそんな小さな事にこだわっている場合ではない。魔法道具ちゃん達が私を呼んでいる…!
スキップしたい気持ちを抑えていると、玄関口に誰かが現れた。
全身真っ黒でこの上なく怪しいが、彼は私の護衛をしていたという青年だ。灰色の髪からグレイと勝手に命名した彼は、こちらに向かってボードを掲げている。黒いマスクは今日も彼のトレードマークを譲らない。
『おかりえなさい。ケーキ、ある』
嬉しいけど、絶妙に字を間違っている。ここは指摘してあげるべきなのか、少し悩む。
しかし黙っていても、彼のためにならない。そう思って私は誤字について教える。
「あの、ただいま。グレイ…大変嬉しいのだけど、そのボードの字、正しくはこう」
グレイがボードを持っていない方の手で握っていたペンを取り、訂正する。これで良し!と思って顔を上げると、グレイはプルプル震えて一瞬の後にビュッと音をたてて後ろに後退した。
器用な後退りの仕方である。全く足の動きが見えなかった。
『感謝、でも、近い』
ボードには淡々と文字が書かれていたが、グレイ自身はオロオロと視線をさまよわせている。
前の時といい、彼は接触恐怖症的な何かだろうか?
グレイのことは置いといても、ケーキが楽しみだ。
彼に玄関のドアを開けてもらうと、ウォレス家で働く召使い、侍女達が長い回廊にずらりと並んでいた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言うと、全員がざっと頭を下げる。ある意味、凄い光景だ。しかし、ここでは当たり前の日常であり、私も当然の様にその挨拶を受ける。
「ただいま帰りましたわ。まずはお父様に帰宅の挨拶をしますので、通してくださるかしら」
私がそう言うと、侍女長が「かしこまりました」と返事をしながら、チラリと私の後ろを窺う。その意味を察して、私は自分の言い忘れに気付いた。
兄のことだ。本来は同じ馬車で帰る予定だったが、彼は友人の家に寄ってから帰ることになった。そのため、帰宅したのは私一人となっている。
それを侍女長に告げると、彼女は納得したように頷き、父の部屋へ私を案内する。私は彼女に続いて、静かに歩き出す。
久し振りの我が家は懐かしく、どこかほっとする。
懐かしさを感じながら歩き、父の部屋の前で立ち止まる。侍女長は扉の前まで私を案内すると、「それでは、私は失礼致します」と去っていく。
何となく緊張して、ドアを控えめにノックする。しかし、小さめのノック音が終わらないうちに、ドアが大きく開かれた。
「おぉ、クリスティーヌ!おかえり、元気にしていたか?」
そこからは、親と子の和やかな会話が続いた。殿下とは上手くやっているかと聞かれたが、そこだけは苦笑いだった。むしろ、婚約破棄を目指していますと心の中で主張する。それにセパルも、『王子なんぞ、人間の中でもしがらみが多いものだしの…』と同意する。
父との会話が終わってからは、一旦自室へ戻って荷物の整理をした。そして、少し部屋で寛いでから夕食へ向かい、母とも顔を合わせた。
こうして、帰省した当日は久々に家族の顔を見て、穏やかな夜を過ごした。
私が「また宜しく頼みますわね」と告げると、御者は元気よく返事をして頭を下げた。
御者のストレスは改善されたようで良かった。
それに、待ち焦がれた家に到着したのだ。いつまでもそんな小さな事にこだわっている場合ではない。魔法道具ちゃん達が私を呼んでいる…!
スキップしたい気持ちを抑えていると、玄関口に誰かが現れた。
全身真っ黒でこの上なく怪しいが、彼は私の護衛をしていたという青年だ。灰色の髪からグレイと勝手に命名した彼は、こちらに向かってボードを掲げている。黒いマスクは今日も彼のトレードマークを譲らない。
『おかりえなさい。ケーキ、ある』
嬉しいけど、絶妙に字を間違っている。ここは指摘してあげるべきなのか、少し悩む。
しかし黙っていても、彼のためにならない。そう思って私は誤字について教える。
「あの、ただいま。グレイ…大変嬉しいのだけど、そのボードの字、正しくはこう」
グレイがボードを持っていない方の手で握っていたペンを取り、訂正する。これで良し!と思って顔を上げると、グレイはプルプル震えて一瞬の後にビュッと音をたてて後ろに後退した。
器用な後退りの仕方である。全く足の動きが見えなかった。
『感謝、でも、近い』
ボードには淡々と文字が書かれていたが、グレイ自身はオロオロと視線をさまよわせている。
前の時といい、彼は接触恐怖症的な何かだろうか?
グレイのことは置いといても、ケーキが楽しみだ。
彼に玄関のドアを開けてもらうと、ウォレス家で働く召使い、侍女達が長い回廊にずらりと並んでいた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言うと、全員がざっと頭を下げる。ある意味、凄い光景だ。しかし、ここでは当たり前の日常であり、私も当然の様にその挨拶を受ける。
「ただいま帰りましたわ。まずはお父様に帰宅の挨拶をしますので、通してくださるかしら」
私がそう言うと、侍女長が「かしこまりました」と返事をしながら、チラリと私の後ろを窺う。その意味を察して、私は自分の言い忘れに気付いた。
兄のことだ。本来は同じ馬車で帰る予定だったが、彼は友人の家に寄ってから帰ることになった。そのため、帰宅したのは私一人となっている。
それを侍女長に告げると、彼女は納得したように頷き、父の部屋へ私を案内する。私は彼女に続いて、静かに歩き出す。
久し振りの我が家は懐かしく、どこかほっとする。
懐かしさを感じながら歩き、父の部屋の前で立ち止まる。侍女長は扉の前まで私を案内すると、「それでは、私は失礼致します」と去っていく。
何となく緊張して、ドアを控えめにノックする。しかし、小さめのノック音が終わらないうちに、ドアが大きく開かれた。
「おぉ、クリスティーヌ!おかえり、元気にしていたか?」
そこからは、親と子の和やかな会話が続いた。殿下とは上手くやっているかと聞かれたが、そこだけは苦笑いだった。むしろ、婚約破棄を目指していますと心の中で主張する。それにセパルも、『王子なんぞ、人間の中でもしがらみが多いものだしの…』と同意する。
父との会話が終わってからは、一旦自室へ戻って荷物の整理をした。そして、少し部屋で寛いでから夕食へ向かい、母とも顔を合わせた。
こうして、帰省した当日は久々に家族の顔を見て、穏やかな夜を過ごした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる