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7.夏休み
おかえり
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馬車でのプチトラブルはあったが、夕方頃、ようやく自宅に辿り着いた。あの後御者は「一生ついていきます、お嬢様!」と涙ながらに宣言していた。彼はうちで契約しているわけではないのだが。
私が「また宜しく頼みますわね」と告げると、御者は元気よく返事をして頭を下げた。
御者のストレスは改善されたようで良かった。
それに、待ち焦がれた家に到着したのだ。いつまでもそんな小さな事にこだわっている場合ではない。魔法道具ちゃん達が私を呼んでいる…!
スキップしたい気持ちを抑えていると、玄関口に誰かが現れた。
全身真っ黒でこの上なく怪しいが、彼は私の護衛をしていたという青年だ。灰色の髪からグレイと勝手に命名した彼は、こちらに向かってボードを掲げている。黒いマスクは今日も彼のトレードマークを譲らない。
『おかりえなさい。ケーキ、ある』
嬉しいけど、絶妙に字を間違っている。ここは指摘してあげるべきなのか、少し悩む。
しかし黙っていても、彼のためにならない。そう思って私は誤字について教える。
「あの、ただいま。グレイ…大変嬉しいのだけど、そのボードの字、正しくはこう」
グレイがボードを持っていない方の手で握っていたペンを取り、訂正する。これで良し!と思って顔を上げると、グレイはプルプル震えて一瞬の後にビュッと音をたてて後ろに後退した。
器用な後退りの仕方である。全く足の動きが見えなかった。
『感謝、でも、近い』
ボードには淡々と文字が書かれていたが、グレイ自身はオロオロと視線をさまよわせている。
前の時といい、彼は接触恐怖症的な何かだろうか?
グレイのことは置いといても、ケーキが楽しみだ。
彼に玄関のドアを開けてもらうと、ウォレス家で働く召使い、侍女達が長い回廊にずらりと並んでいた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言うと、全員がざっと頭を下げる。ある意味、凄い光景だ。しかし、ここでは当たり前の日常であり、私も当然の様にその挨拶を受ける。
「ただいま帰りましたわ。まずはお父様に帰宅の挨拶をしますので、通してくださるかしら」
私がそう言うと、侍女長が「かしこまりました」と返事をしながら、チラリと私の後ろを窺う。その意味を察して、私は自分の言い忘れに気付いた。
兄のことだ。本来は同じ馬車で帰る予定だったが、彼は友人の家に寄ってから帰ることになった。そのため、帰宅したのは私一人となっている。
それを侍女長に告げると、彼女は納得したように頷き、父の部屋へ私を案内する。私は彼女に続いて、静かに歩き出す。
久し振りの我が家は懐かしく、どこかほっとする。
懐かしさを感じながら歩き、父の部屋の前で立ち止まる。侍女長は扉の前まで私を案内すると、「それでは、私は失礼致します」と去っていく。
何となく緊張して、ドアを控えめにノックする。しかし、小さめのノック音が終わらないうちに、ドアが大きく開かれた。
「おぉ、クリスティーヌ!おかえり、元気にしていたか?」
そこからは、親と子の和やかな会話が続いた。殿下とは上手くやっているかと聞かれたが、そこだけは苦笑いだった。むしろ、婚約破棄を目指していますと心の中で主張する。それにセパルも、『王子なんぞ、人間の中でもしがらみが多いものだしの…』と同意する。
父との会話が終わってからは、一旦自室へ戻って荷物の整理をした。そして、少し部屋で寛いでから夕食へ向かい、母とも顔を合わせた。
こうして、帰省した当日は久々に家族の顔を見て、穏やかな夜を過ごした。
私が「また宜しく頼みますわね」と告げると、御者は元気よく返事をして頭を下げた。
御者のストレスは改善されたようで良かった。
それに、待ち焦がれた家に到着したのだ。いつまでもそんな小さな事にこだわっている場合ではない。魔法道具ちゃん達が私を呼んでいる…!
スキップしたい気持ちを抑えていると、玄関口に誰かが現れた。
全身真っ黒でこの上なく怪しいが、彼は私の護衛をしていたという青年だ。灰色の髪からグレイと勝手に命名した彼は、こちらに向かってボードを掲げている。黒いマスクは今日も彼のトレードマークを譲らない。
『おかりえなさい。ケーキ、ある』
嬉しいけど、絶妙に字を間違っている。ここは指摘してあげるべきなのか、少し悩む。
しかし黙っていても、彼のためにならない。そう思って私は誤字について教える。
「あの、ただいま。グレイ…大変嬉しいのだけど、そのボードの字、正しくはこう」
グレイがボードを持っていない方の手で握っていたペンを取り、訂正する。これで良し!と思って顔を上げると、グレイはプルプル震えて一瞬の後にビュッと音をたてて後ろに後退した。
器用な後退りの仕方である。全く足の動きが見えなかった。
『感謝、でも、近い』
ボードには淡々と文字が書かれていたが、グレイ自身はオロオロと視線をさまよわせている。
前の時といい、彼は接触恐怖症的な何かだろうか?
グレイのことは置いといても、ケーキが楽しみだ。
彼に玄関のドアを開けてもらうと、ウォレス家で働く召使い、侍女達が長い回廊にずらりと並んでいた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
そう言うと、全員がざっと頭を下げる。ある意味、凄い光景だ。しかし、ここでは当たり前の日常であり、私も当然の様にその挨拶を受ける。
「ただいま帰りましたわ。まずはお父様に帰宅の挨拶をしますので、通してくださるかしら」
私がそう言うと、侍女長が「かしこまりました」と返事をしながら、チラリと私の後ろを窺う。その意味を察して、私は自分の言い忘れに気付いた。
兄のことだ。本来は同じ馬車で帰る予定だったが、彼は友人の家に寄ってから帰ることになった。そのため、帰宅したのは私一人となっている。
それを侍女長に告げると、彼女は納得したように頷き、父の部屋へ私を案内する。私は彼女に続いて、静かに歩き出す。
久し振りの我が家は懐かしく、どこかほっとする。
懐かしさを感じながら歩き、父の部屋の前で立ち止まる。侍女長は扉の前まで私を案内すると、「それでは、私は失礼致します」と去っていく。
何となく緊張して、ドアを控えめにノックする。しかし、小さめのノック音が終わらないうちに、ドアが大きく開かれた。
「おぉ、クリスティーヌ!おかえり、元気にしていたか?」
そこからは、親と子の和やかな会話が続いた。殿下とは上手くやっているかと聞かれたが、そこだけは苦笑いだった。むしろ、婚約破棄を目指していますと心の中で主張する。それにセパルも、『王子なんぞ、人間の中でもしがらみが多いものだしの…』と同意する。
父との会話が終わってからは、一旦自室へ戻って荷物の整理をした。そして、少し部屋で寛いでから夕食へ向かい、母とも顔を合わせた。
こうして、帰省した当日は久々に家族の顔を見て、穏やかな夜を過ごした。
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