絶対零度の悪役令嬢

コトイアオイ

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8.文化祭

セパルとシエル

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 文化祭で人が賑わう廊下を小走りで通り抜け、シエルは講堂の前で足を止めた。講堂ではクリスティーヌ達のクラスが劇を公演しており、今回の文化祭でも注目度の高い出し物だと評判だ。それを証明するかのように、講堂は所狭しと人が押し寄せており、後から遅れて来た者はほとんど劇を見ることができない。


あー、惜しいことをした…。

入口までしか近づけないため、声は聞こえても演者の姿ははっきりと見えない。


クラスの仕事の引き継ぎが遅れてしまい、駆けつけた時にはこれだ。もうどうしようもない。


 既に劇では山場を終え、今は白雪姫と王子が幸せになりましたよというアナウンスが流れている。見えない上に、劇自体がもう終幕だ。…これは次の回で見直すしかないな。


劇の終わりを告げる声に合わせて会場内で大きな拍手が響き渡る。


まぁ、ほぼ見てないけど、一応拍手しとくか…。


控えめに拍手をした後、講堂から出てくる人の流れを予測して、シエルは一旦講堂から離れた。どのみち、次の公演まではまだ時間がある。暫くは近くの中庭で飯でも食おう。



来た道を少し戻り、昼飯を調達してから中庭のベンチに腰を下ろす。この中庭は鬱蒼と茂った木々などにより日当たりが悪く、人があまり来ないという隠れ休憩(さぼり)スポットなのだ。


人混みにうんざりしてここに来てみたが、やはり誰もいない。


 そうしてしばらくは、気楽に買ってきたたこ焼きを頬張っていたのだが、何かの気配が近づいてくるのを感じてシエルは辺りに視線を巡らせた。


何だ?この気配…。人間にしては随分と主張の激しいような。


ベンチから立ち上がり木陰に身を潜めて、シエルはその気配の持ち主を覗き見る。


警戒していたが、時折足を引きずって中庭にやってきたのは、シエルのよく知る人物だった。先程見逃した劇に出ていたはずのクリスティーヌだ。


…ティーヌ?足を痛めてんのか?


顔色も悪い彼女がふらつくのを見て、シエルは咄嗟に駆け寄ろうとした。


しかし、クリスティーヌにしか見えない彼女は突然キレ始めた。いつもの彼女とは全く異なる口調と態度で。


「ふぉぉぉお!!もう限界じゃ!妾頑張ったじゃろ!取り敢えずの窮地は脱したぞクリスティーヌ!妾に感謝するのじゃぞ!?全く世話のかかる…」



「……は?…ティーヌ?だよなァ…?」



呆然と問いかけたシエルの声に、クリスティーヌはビクリと大げさに肩を揺らした。木陰から姿を現したシエルを見て、明らかに「しまった!」という顔色だ。何だ、普段は猫かぶりだったとか?いや、それにしても別人過ぎるだろう。


混乱しているシエルを見て、クリスティーヌは束の間考え込み…次の瞬間にはビシッとシエルを指差して宣言した。 


「そなた!この事は口外するでないぞ!そして、暫くこやつの面倒を見てやれ!」


「いや、えっと…話飛び過ぎ…じゃなくて…。そもそもあんた、ティーヌじゃないのか?…あんた誰だ」


どう見ても、普段のティーヌとは違う。こんなに偉そうで強引じゃねーしな…。あと、いちいち言動がうるさい。秘密にして欲しいなら、もっと小声で話せよ。


疑わしい者を見るようにして観察していると、彼女は胸に手を当ててふんぞり返った。


「ふん!聞いて驚くが良い。妾はセパル。クリスティーヌと契約した誇り高き悪…ま…。あっ」


「…悪?」


「あー、その…守護霊的な?やつじゃ」


絶対嘘だろ。何か今、悪って言いかけてたぞ。その後小声だったけど、悪魔って言ってなかったか?契約と言ってる時点で怪しい。

ティーヌ、お前、とんでもないやつと契約したもんだな…。色んな意味で彼女が心配になる。悪魔との契約は勿論気になるが、今は置いとくか。


「…あんたが悪魔でも俺は気にしねぇけど。それより、ティーヌに何かあったんだな?」


「むむ、妾のことも他言するなとクリスティーヌは言っておったが…。知られた今は仕方あるまい。そなたは信用されておるみたいじゃし…」


そう言って、セパルと名乗った悪魔は先程起こったことについて語り始めた。劇でのアクシデントで予定にない強さの魔物が現れ、クリスティーヌは腕に軽傷を負い、足も痛めたようだということ。その時に一気に魔力を使い果たしたせいで、意識を失ったこと。そこにセパルが駆けつけ、クリスティーヌに憑依することで劇を何とか乗り越えたということ。


「まぁ、そういうわけなのじゃ。憑依は妾でも疲れる。さて、事情も説明した所で…」


説明を終えたセパルの視線は、シエルが手に持っているたこ焼きに釘付けだった。分かりやすいセパルの無言の要求に、シエルはそっとたこ焼きを差し出した。


「食っていいけど、それ激辛だぞ」


「構わぬ。有難く頂こう。じきに妾は憑依を解くのでな、後は宜しく頼むぞ」


ベンチに座り、もくもくと激辛のたこ焼きを食べてから、セパルはふっと憑依を解いた。先程まで威勢よく話したり食べたりしていたクリスティーヌの身体は、途端に力を失って倒れ込む。



「…!ほんッと急だな!確かにじきにとは言ったけど…憑依解くなら一言くれよ」


隣に座っていたので、言葉ほど焦りはしなかったが、どうも心臓には良くない。ぐったりとシエルの胸元にもたれかかるクリスティーヌを抱きとめ、シエルはようやく一息ついた。


 変わったお嬢様だと思っていたが…クリスティーヌはさらに予想以上の令嬢だった。悪魔にあれだけ懐かれた令嬢が他にいるか?そういった人とは違う境遇が、彼女の価値観に影響し、彼女独特の空気感を作っているのだろう。


高嶺の花と言われるのはその美貌と性格だけではなく、彼女の得難い経験による独特の雰囲気を皆が知らずと感じているからかもしれない。


 苦しそうに顔を顰めるクリスティーヌの頭を自身の膝の上に乗せ、艶のある髪にそっと指を通してみる。サラサラと流れ落ちる髪や、今は陰を落とす長い睫毛を見ていれば、彼女の美しさを実感する。 


人々が遠目に見つめる「高嶺の花」を、この時間だけは自分が独り占めしていることに、シエルは微かな愉悦を感じていた。


「ティーヌが起きたらびっくりするだろうなァ…。いつの間にか移動して、目の前に何でか俺がいるわけで…。しかも、悪魔の存在も俺に知られてるし」


彼女はセパルと違って、感情表現は控えめな方だが、だからこそ普段の冷静な表情以外も見てみたい衝動に駆られる。


色々な想いが混在しているが、彼女と暫く二人きりでいるのも悪くない。


そして、シエルはクリスティーヌが眠る間に、怪我の手当を簡単にしておくことにした。
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