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2 海の国の聖人候補

266 ガウラム邸

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266

領主であったガウラムの屋敷は、領地がよく見渡せる気持ちの良い高台にあった。

木造と石造りが混じり合ったマホロ独特の様式で、少し日本のお城にも似ていた。
建物こそ古び、このところの騒動の影響なのか、壊れた箇所もあるが、庭の植栽は綺麗に整えられ、水が撒かれ全てが青々としたままだ。

当主亡き後も、折に触れ誰かが手入れを続けていた跡が見える。

(前のご領主は、本当に尊敬されていたんだなぁ)

木製の立派な門を抜け、正面玄関を入ると、使用人頭で代々家令を勤められているというセンリさんが迎えてくれた。

どうやら、このセンリさんが中心となり、この家はかろうじて今まで守られてきた様子だ。これからのことを考えても、家のことを熟知したしっかりした方がいてくれたことは、本当に心強い。

私は、まずセンリさんにこれからの計画について告げた。
私の言葉に、最初こそ驚いたセンリさんだが、さすがは家令を長く勤められた方らしく、事情を素早く理解し、直ぐに必要な対応を他の方々に指示し始めてくれた。

私たちはこの領地の現在の状況を知るため、資料が保管されている執務室へ向かった。

申し訳なさそうなセンリさんに案内され開けられた扉。

その扉の奥を見た私たちは、センリさんの態度の意味を理解し、そして暫し絶句するしかなかった。

そこには、代々の受け継がれてきたはずであろう領主の椅子も、素晴らしい設えであっただろう机も、美しかっただろう絵画もキャビネットすらもなく、外され剥ぎ取られた額縁の跡があちこちにあり、床には領地に関する金にならない資料だけが雑然と積み上げられ放置されている。

「ご領主様の、自分の父親の大事な仕事部屋を、ここまで蹂躙するなんて……本当に何もかも売り払ったんだね!あの人は!!」

タイチが情けなさと怒りが混じった顔で唸るように呟く。

「若様が二周忌の喪に服する三日間、使用人全員に屋敷を離れるよう命令なさいました。
……戻った時にはこの通りの有様で……」

恥じ入るようなセンリさんの声に、私も全てを察した。

私はタイチの背中を叩き、気持ちを切り替えるよう促した。

皮肉にも、今の私たちに必要なのは〝価値なし〟と打ち捨てられたのだろう、この古い羊皮紙や板の山だ。

とにかく仕事を始めるため、セーヤとソーヤに回廊を使って、別荘から使えそうな机と椅子を持ってきてもらった後、センリさんに説明してもらいながら、急遽呼んでもらってあった崩壊直前まで経理担当だった方と、妖精ふたりに私とタイチで、資料の山をひっくり返して整理し、現在の領内の財務状況を、できる限り詳しく見ていった。

屋敷の方々がしっかりしていてくれたおかげで、必要な数字のある書類はかなり最近のものまで書き留められていたので、これからの計画に必要な情報はほぼ集められた。

と、同時に最近のものには領主のサインさえなく、若様は目すらも通していなかったことが分かって、さらに情けない思いだ。

タイチはキッペイとの手紙のやり取りの中で、勉強の大切さを知り、キッペイが贈ったという私の書いた教科書を使って独学ながら一生懸命勉強を続けていたらしい。
子供用教科書が終わってからはキッペイが通信教育のように、タイチの勉強をサポートしていたそうだ。

(帰ったらキッペイも褒めてあげなきゃ)

そのおかげもありいまでは数字もかなり得意で、おじさんの会計の手伝いもしているし、大陸語もアキツ語も読み書きできるそうだ。

(頑張ったなぁ、えらいぞタイチ!)

おかげで、作業はかなりのスピードで進めることができ、しばらく資料に没頭していると、センリさんが、皆が集合したことを告げにやってきた。

私とタイチは、概要を記した資料をまとめると、すぐにみんなの待つ場所へ向かった。ここからの話し合いが、この港のこれからを決めることになる。

「大丈夫ですよ、きっとうまくいきます。メイロードさま」

私を気遣うタイチの笑顔が頼もしい。やはり私の考えは間違っていない。
私も笑顔でタイチに答えた。

「そうね、みんなでこの街を立て直しましょうね!」

案内された場所は広い三和土タタキで、大人数での会議や話し合い、時には祭りの準備にも使われるという、街の集会場のような場所だった。

壁にはもうボロボロになってきている領地全体がレリーフ風に刻み込まれた大きな木製地図が掛けてあり、その前に置かれた領主の席であっただろう場所には、台座だけが残されていた。

領主の執務室の惨状から、ここには何も残されていないと判断した私は、必要な数の机や椅子、飲み物や軽食を、セーヤとソーヤに回廊を通じてマリス邸と回廊内から運んでもらい、お屋敷の方々と一緒に設営してもらった。

さらに必要なもののリストの作成も依頼し、センリさんたちと詰めてもらうことにした。それと同時に使用人の給与や維持費など、当座に必要な資金の概算も出してくれるよう依頼した。

〔お金になりそうな物は、なにもかも持ち出されているみたいだから、必要な物から揃えられるようにしてね〕

〔了解です。一応〝盗まれたもの〟のリストも作っておきますね〕
〔金になりそうなものは、スプーン一本残してないみたいですよ。強盗でもここまでキッチリ盗む奴はいないですよ〕

〔まぁ、ここまでしてくれると、彼を擁護する材料がひとつもなくて、返ってすっきりするわね〕

私はちょっと笑ってしまった。

用意したテーブルには、すでに厳しい顔をした人たちが並んでいる。

その中には、急遽アタタガに頼んで連れて来てもらった首都マホロ商人ギルドのタスカさんに、同じく冒険者ギルドのアーセルさん他、現地にあった各ギルド関係者(休眠地に指定されると、各ギルドも現地での活動が停止するそうだ)。漁業関係の親方たち。ヨシンさんやエダイさんも、もちろん席についている。

「重大事だというから来たが、なんだこの子供が何かするのか?」

いかつい漁師の親方のひとりが声を上げる。

それに対してタスカさんとアーセルさんが瞬時に反応して立ち上がり、厳しく叱責する。

「メイロードさまは皇族とも取引される、シド帝国の大商人であらせられます。浅はかな考えで、迂闊なご判断されませんように……」

「メイロードさまは、あの剣神レシータ・ゴルム様とも盟友で、一級をお持ちの凄腕冒険者なのだ。お前たちなど本気を出されたら一捻りだと知れ! 失礼な態度は断じて許さんぞ!」

ふたりの言葉に、会場が静まり返る。

目の前にいる十歳にしてもちょっと身長低めの子供の、その姿とあまりにも似つかわしくない経歴に、皆が戸惑っているのはよく分かる。だが、ここでは私は偉そうにしていたほうがいいだろう。

美少女が薄く笑って黙っている姿は凄みがある、とセイリュウがアドバイスしてくれたので、なるべくそれっぽくしてみるが、正解なのかどうかはわからないので、セーヤとソーヤに念話で何度も確認する。

〔ど、どうかな。偉そうに出来てる?〕

〔えーえ、いい感じに美少女の凄みが出てます〕
〔複雑に編み上げ沢山のリボンとビーズで飾ったお髪も美しすぎますし、お顔がはっきり見えづらくした深い紺色のお帽子も、素晴らしく威圧感を出しております〕

〔ありがとう。もし、偉そうな態度が崩れそうになったら、すぐ教えてね!〕

〔ちゃんとサマになっていらっしゃいますから、ご安心を〕
〔ダイジョーブですって!〕

ふたりの声援を受け、内心は緊張でドキドキだったが、できうる限りの チョー余裕ぶった態度で、私はゆっくり席に着いた。

そして、なるべくゆっくりとはっきりした声で宣言した。

「これから、この領地についての重大なお話をさせて頂きます。始めてよろしいですか?」

もちろん、苦労して痙攣ヒキツらないよう頑張った、偉そう風味の美少女スマイルで。
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