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2 海の国の聖人候補

303 エジンさんの研究所

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303

「これのどこが研究所?」

朽ち果てた民家の入り口に立った私は、呆然とその見事な〝あばら家〟を見上げた。

どうしても気になって、昨日の選考会の書類にあった、豆の調味料の研究をしているという場所に来てみたのだが、そこはマホロの街の外れも外れ、魔獣が出て来てもおかしくなさそうな林の中、大きいがあまりにも古い家だった。

知らなければ、私も廃墟だと思っただろう。

「メイロードさま、本当にこんなところに食べ物の研究をしている人がいるんですか?」

訝しげなソーヤの言葉に、私もちょっと同意したくなってきた。

だが、よく見れば家の周りには桶やら混ぜ棒やらがたくさん積んであり、何かを作っている気配は確かにある。

「とにかく人を探して、声をかけてみましょう」

建物が歪んでしまっているせいか、全く開きそうにない玄関を諦め、裏の方へ回ってみると、湯気が大量に立ち登る中、作業をしている人がいた。

見れば、どうやら豆を煮上げている様子だ。

「あのぉ~」

控えめに声をかけると、その人は、すぐに私に気づいてくれた。

「ああ、冷蔵庫の面接の時にいらっしゃったお嬢様ですね。面接には落ちたはずですが、何か?」

頭に布を巻き、汗だくで作業する、この〝豆の調味料を研究をしている〟青年の名はエジンという。
まだ20代の若々しい青年だが、あまり力仕事向きの体格ではないようで、力仕事の作業には苦労しているようだ。

(どちらかといえば、研究室で白衣を着て試験管を振っている姿が似合う雰囲気かなぁ……大変そう)

それにしても、一度会ったきり、しかも正面ではなく奥に座っていただけの私を覚えているとは、なかなかの記憶力。
ちょっと天才肌の匂いがする青年だ。

「ほら、エジン!!さっさと豆を広げないとまた失敗するよ!」

奥からは女性の声で叱責が飛び、エジンさんは慌てて作業へ戻る。

「すいません。お話はこの作業の後でいいですか?」

「ええ、もちろんです。待たせて頂いてかまいませんか?」

「あばら家ですが、どうぞご自由に見てください。一応椅子とテーブルは、この奥の右側にあります。まぁ、台所なんで、お茶でも適当に飲んでいて下さい。安物しかないですけど……」

エジンさんはそう言うと、慌てて作業部屋らしき所に駆けていった。

こうなったら、今はエジンさんの作業が終わるまで、待つしかない。どうせなら……と、その間、この傾いた建物の探訪をすることにした。

表に打ち捨てられた古い看板を見ると、どうやら、ここはかつて味噌蔵だったようだ。

かつての味噌蔵をそのまま利用しているようで、今もかなりの数が積まれている。大きな樽を作る技術がない為なのか、他に理由があるのかはよく分からないが、子供の私が入ると頭が隠れる程度の小ぶりの樽が、沢山並んでいた。

(ラベルも特に貼ってないし、この樽は研究用ってわけでもないのかな……)

豆はやはり大豆のようで、大きな桶には水に漬けられて次の出番を待っている大豆もあった。

(どうやら、いろいろ条件を変えながら仕込んでいるみたいには見えるんだけど……)

ボロボロの建物ではあるが、エジンさんはちゃんと研究をしている様子で、木板には沢山のデータが書き込まれ、大量に積まれている。

面白そうなので、資料を片っ端から読んでみた。

そして、ちょっと笑ってしまった。

この世界ではまだ発酵や微生物について、何も研究されていない。
だから、味噌を作るための、所謂〝種麹〟を作る作業は運次第もいいところで、とても手間と時間のかかるものなのだそうだ。
そしてそれは〝豆の妖精〟の為せる技であると考えられているようだ。

(あながち間違ってもいないけど、なるほど〝豆の妖精〟か)

エジンさんは、それをなんとか改善して歩留まりを良くしようと研究をしている。
この味噌蔵に研究所を移してから〝豆の妖精〟の歩留まりが改善してきている様子で、どうやらここは〝豆の妖精〟の住処らしい、と資料では希望的観測がなされていた。

(なるほど、蔵付きの酵母を利用して歩留まりを上げたわけだ。賢いね……でもなぁ……)

味噌を作る段階で取れるヒシオについても、研究はしているようだが、こちらは更に難しいようで、商品として流通させられるようなものは、今だにできていないようだ。

できた味噌は、一部売却して研究費を捻出しているようだが、経済状況は厳しいらしく、いくつか督促状らしきものが無造作に置かれている。このままでは、いつまでここを維持できるか怪しいものだ。

だが、それは困る。私としては、完全異世界産醤油は悲願の品だ。

ぜひ彼の研究は助けたい。
この資料による研究の進め方と、エジンさんの雰囲気に、私には、彼ならば少しだけ後押しをしてあげれば、必ず成功できるという確信めいたものがあった。

彼の資料を読み込みながら、遂に醤油が手に入るかもしれない実感が出てきてワクワクが止まらず、はしゃぐ私を見ていた付き添いのソーヤも、

「どうやら、美味しいものに出会えそうな予感が致しますね」

っと、嬉しそうに笑った。
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