利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
115 / 840
2 海の国の聖人候補

304 山村の味噌作り

しおりを挟む
304

資料をざっと読み終わったので、お茶でも飲んで落ち着こうと、エジンさんの言っていた台所へと移動する。

(あー、またか……)

そこは、グッケンス博士ほどではないものの、そこそこの惨状を呈していた。
エジンさんの言っていた食卓兼用らしい机の大半は、よく分からない箱や筒それに板紙に占領されていた。周囲も研究と生活がごっちゃになっているようで、なかなかの雑然ぶりだ。

人の家を勝手に掃除するわけにもいかないが、この机ではゆっくりお茶は出来そうもない。

「仕方ない、取り敢えずそちらの比較的ものの少ない場所だけ整理して、ティーテーブルと椅子を持ってきて置きましょうか」

私とハイスペックな家事妖精ソーヤは、いつもの通り、ちゃっちゃと掃除を始めた。グッケンス博士の部屋の掃除に比べれば、この程度何でもない。但し、魔法は極力使わないようにしたが、それでも1時間はかからず、スッキリした窓際に優雅なティーテーブルと椅子を設えることができた。

(私たちって有能!)

テーブルの上には私が工房に特注したアフターヌーンティー用の3段の皿に盛られた、サンドウィッチ、チーズと野菜のキッシュ、クッキーにスコーン。

お茶は私がプロデュースした〝皇女の薔薇ープリンセス・ローズティー〟を用意した。もちろんガラスの茶器も持ち込んでいる。

作業が終わったらしいエジンさんは、台所に入ってギョッとしていた。

「申し訳ありません。勝手に少し掃除してしまいました」

「あ、いや、ありがとうござます。こんなに台所が片付いたのを見るのは初めてで、ちょっとびっくりしました。うちにまだテーブルを置けるような空間があったんですねぇ……」

私に促されて、ティーテーブルの前の椅子へ座りながら、エジンさんは周りをキョロキョロ見渡している。

「お疲れになったでしょう。どうぞこちらも召し上がって下さい」

私はお茶やサンドウィッチを勧めた。エジンさんは、見たこともない料理に好奇心を刺激されたようで、まじまじと見ながら食べ始め、ひとつひとつに感動を口にした。

「この脂肪は動物性ですよね。沿海州では動物性の脂肪を使った料理はとても少ないです。これは素晴らしい味ですね。これは大陸の……帝国の食材ですよね? 興味深いです」

「ええ、帝国でも以前はごく一部の方しか食せなかった牛の乳を原材料としたバターやチーズといった食材を使っています。今では、庶民にもだいぶ普及して参りました」

私の言葉に耳を傾けつつ、エジンさんはどんどん食べていく。
いらない遠慮はしないところも、私には好感の持てる相手だ。

「そういえば自己紹介していませんでしたね。
私はメイロード・マリスと申します。シド帝国の者ですが、現在旅行で当地に滞在しております。

ここ沿海州ではアキツのマホロに居を構えておりまして、そのご縁でマホロの商人ギルドにも出入りしているのです。
一応、私も商人ですので……」

「ははぁ、では、あの〝魔石冷蔵庫〟を持ち込まれたのは、あなたですね」

「どうして、そう思われるのですか?」

「そりゃ、ここの商人ギルドの今までのやり口とあまりにも違いますからね。あの冷蔵設備は素晴らしい提案ですが、素晴らしすぎて、今までの彼らの行動と結びつかないですよ。
沿海州の商人は、大陸のように揉まれてないですからね。特にギルドはこのところ身動き取れてない感じでしたし……
それに、あの面接会場であなたが一番上に置かれているのは、タスカ幹事の態度で分かりましたしね」

よく観察している。やはりエジンさん、かなりの切れ者のようだ。

「エジンさんは、マホロの方ではないんですよね」

「ええ、ずっと山間のヤナシという地域で育ちました」

ヤナシは海から離れた地域で、山の幸と畑で採れる豆類が主な収入源だったという。昔から味噌も作られており、エジンさんの家も味噌作りをしていたそうだ。

だが、歩留まりが悪く味噌にならないままダメになる場合も多かったそうだ。しかも、少しでも腐敗を防ごうと山間部では貴重な塩を多用して作らざるを得ず、味も品質も、決して良くはなかったそうだ。

「味噌は需要がありましたから、もっといいものがたくさん作れれば、山間の村には、本当に貴重な収入源になるはずなんです。でも〝豆の妖精〟は、人の意向にはなかなか沿ってはくれません。でも、ちゃんとできる時もあるということは、何か条件があるはずなんです。それをどうしても突き止めたい!そう思っています!」

熱く語るエジンさんに、私の心も決まった。

「私に、エジンさんの研究の後援をさせて頂けませんか?」
しおりを挟む
感想 3,006

あなたにおすすめの小説

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。