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2 海の国の聖人候補
304 山村の味噌作り
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304
資料をざっと読み終わったので、お茶でも飲んで落ち着こうと、エジンさんの言っていた台所へと移動する。
(あー、またか……)
そこは、グッケンス博士ほどではないものの、そこそこの惨状を呈していた。
エジンさんの言っていた食卓兼用らしい机の大半は、よく分からない箱や筒それに板紙に占領されていた。周囲も研究と生活がごっちゃになっているようで、なかなかの雑然ぶりだ。
人の家を勝手に掃除するわけにもいかないが、この机ではゆっくりお茶は出来そうもない。
「仕方ない、取り敢えずそちらの比較的ものの少ない場所だけ整理して、ティーテーブルと椅子を持ってきて置きましょうか」
私とハイスペックな家事妖精ソーヤは、いつもの通り、ちゃっちゃと掃除を始めた。グッケンス博士の部屋の掃除に比べれば、この程度何でもない。但し、魔法は極力使わないようにしたが、それでも1時間はかからず、スッキリした窓際に優雅なティーテーブルと椅子を設えることができた。
(私たちって有能!)
テーブルの上には私が工房に特注したアフターヌーンティー用の3段の皿に盛られた、サンドウィッチ、チーズと野菜のキッシュ、クッキーにスコーン。
お茶は私がプロデュースした〝皇女の薔薇ープリンセス・ローズティー〟を用意した。もちろんガラスの茶器も持ち込んでいる。
作業が終わったらしいエジンさんは、台所に入ってギョッとしていた。
「申し訳ありません。勝手に少し掃除してしまいました」
「あ、いや、ありがとうござます。こんなに台所が片付いたのを見るのは初めてで、ちょっとびっくりしました。うちにまだテーブルを置けるような空間があったんですねぇ……」
私に促されて、ティーテーブルの前の椅子へ座りながら、エジンさんは周りをキョロキョロ見渡している。
「お疲れになったでしょう。どうぞこちらも召し上がって下さい」
私はお茶やサンドウィッチを勧めた。エジンさんは、見たこともない料理に好奇心を刺激されたようで、まじまじと見ながら食べ始め、ひとつひとつに感動を口にした。
「この脂肪は動物性ですよね。沿海州では動物性の脂肪を使った料理はとても少ないです。これは素晴らしい味ですね。これは大陸の……帝国の食材ですよね? 興味深いです」
「ええ、帝国でも以前はごく一部の方しか食せなかった牛の乳を原材料としたバターやチーズといった食材を使っています。今では、庶民にもだいぶ普及して参りました」
私の言葉に耳を傾けつつ、エジンさんはどんどん食べていく。
いらない遠慮はしないところも、私には好感の持てる相手だ。
「そういえば自己紹介していませんでしたね。
私はメイロード・マリスと申します。シド帝国の者ですが、現在旅行で当地に滞在しております。
ここ沿海州ではアキツのマホロに居を構えておりまして、そのご縁でマホロの商人ギルドにも出入りしているのです。
一応、私も商人ですので……」
「ははぁ、では、あの〝魔石冷蔵庫〟を持ち込まれたのは、あなたですね」
「どうして、そう思われるのですか?」
「そりゃ、ここの商人ギルドの今までのやり口とあまりにも違いますからね。あの冷蔵設備は素晴らしい提案ですが、素晴らしすぎて、今までの彼らの行動と結びつかないですよ。
沿海州の商人は、大陸のように揉まれてないですからね。特にギルドはこのところ身動き取れてない感じでしたし……
それに、あの面接会場であなたが一番上に置かれているのは、タスカ幹事の態度で分かりましたしね」
よく観察している。やはりエジンさん、かなりの切れ者のようだ。
「エジンさんは、マホロの方ではないんですよね」
「ええ、ずっと山間のヤナシという地域で育ちました」
ヤナシは海から離れた地域で、山の幸と畑で採れる豆類が主な収入源だったという。昔から味噌も作られており、エジンさんの家も味噌作りをしていたそうだ。
だが、歩留まりが悪く味噌にならないままダメになる場合も多かったそうだ。しかも、少しでも腐敗を防ごうと山間部では貴重な塩を多用して作らざるを得ず、味も品質も、決して良くはなかったそうだ。
「味噌は需要がありましたから、もっといいものがたくさん作れれば、山間の村には、本当に貴重な収入源になるはずなんです。でも〝豆の妖精〟は、人の意向にはなかなか沿ってはくれません。でも、ちゃんとできる時もあるということは、何か条件があるはずなんです。それをどうしても突き止めたい!そう思っています!」
熱く語るエジンさんに、私の心も決まった。
「私に、エジンさんの研究の後援をさせて頂けませんか?」
資料をざっと読み終わったので、お茶でも飲んで落ち着こうと、エジンさんの言っていた台所へと移動する。
(あー、またか……)
そこは、グッケンス博士ほどではないものの、そこそこの惨状を呈していた。
エジンさんの言っていた食卓兼用らしい机の大半は、よく分からない箱や筒それに板紙に占領されていた。周囲も研究と生活がごっちゃになっているようで、なかなかの雑然ぶりだ。
人の家を勝手に掃除するわけにもいかないが、この机ではゆっくりお茶は出来そうもない。
「仕方ない、取り敢えずそちらの比較的ものの少ない場所だけ整理して、ティーテーブルと椅子を持ってきて置きましょうか」
私とハイスペックな家事妖精ソーヤは、いつもの通り、ちゃっちゃと掃除を始めた。グッケンス博士の部屋の掃除に比べれば、この程度何でもない。但し、魔法は極力使わないようにしたが、それでも1時間はかからず、スッキリした窓際に優雅なティーテーブルと椅子を設えることができた。
(私たちって有能!)
テーブルの上には私が工房に特注したアフターヌーンティー用の3段の皿に盛られた、サンドウィッチ、チーズと野菜のキッシュ、クッキーにスコーン。
お茶は私がプロデュースした〝皇女の薔薇ープリンセス・ローズティー〟を用意した。もちろんガラスの茶器も持ち込んでいる。
作業が終わったらしいエジンさんは、台所に入ってギョッとしていた。
「申し訳ありません。勝手に少し掃除してしまいました」
「あ、いや、ありがとうござます。こんなに台所が片付いたのを見るのは初めてで、ちょっとびっくりしました。うちにまだテーブルを置けるような空間があったんですねぇ……」
私に促されて、ティーテーブルの前の椅子へ座りながら、エジンさんは周りをキョロキョロ見渡している。
「お疲れになったでしょう。どうぞこちらも召し上がって下さい」
私はお茶やサンドウィッチを勧めた。エジンさんは、見たこともない料理に好奇心を刺激されたようで、まじまじと見ながら食べ始め、ひとつひとつに感動を口にした。
「この脂肪は動物性ですよね。沿海州では動物性の脂肪を使った料理はとても少ないです。これは素晴らしい味ですね。これは大陸の……帝国の食材ですよね? 興味深いです」
「ええ、帝国でも以前はごく一部の方しか食せなかった牛の乳を原材料としたバターやチーズといった食材を使っています。今では、庶民にもだいぶ普及して参りました」
私の言葉に耳を傾けつつ、エジンさんはどんどん食べていく。
いらない遠慮はしないところも、私には好感の持てる相手だ。
「そういえば自己紹介していませんでしたね。
私はメイロード・マリスと申します。シド帝国の者ですが、現在旅行で当地に滞在しております。
ここ沿海州ではアキツのマホロに居を構えておりまして、そのご縁でマホロの商人ギルドにも出入りしているのです。
一応、私も商人ですので……」
「ははぁ、では、あの〝魔石冷蔵庫〟を持ち込まれたのは、あなたですね」
「どうして、そう思われるのですか?」
「そりゃ、ここの商人ギルドの今までのやり口とあまりにも違いますからね。あの冷蔵設備は素晴らしい提案ですが、素晴らしすぎて、今までの彼らの行動と結びつかないですよ。
沿海州の商人は、大陸のように揉まれてないですからね。特にギルドはこのところ身動き取れてない感じでしたし……
それに、あの面接会場であなたが一番上に置かれているのは、タスカ幹事の態度で分かりましたしね」
よく観察している。やはりエジンさん、かなりの切れ者のようだ。
「エジンさんは、マホロの方ではないんですよね」
「ええ、ずっと山間のヤナシという地域で育ちました」
ヤナシは海から離れた地域で、山の幸と畑で採れる豆類が主な収入源だったという。昔から味噌も作られており、エジンさんの家も味噌作りをしていたそうだ。
だが、歩留まりが悪く味噌にならないままダメになる場合も多かったそうだ。しかも、少しでも腐敗を防ごうと山間部では貴重な塩を多用して作らざるを得ず、味も品質も、決して良くはなかったそうだ。
「味噌は需要がありましたから、もっといいものがたくさん作れれば、山間の村には、本当に貴重な収入源になるはずなんです。でも〝豆の妖精〟は、人の意向にはなかなか沿ってはくれません。でも、ちゃんとできる時もあるということは、何か条件があるはずなんです。それをどうしても突き止めたい!そう思っています!」
熱く語るエジンさんに、私の心も決まった。
「私に、エジンさんの研究の後援をさせて頂けませんか?」
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