利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3 魔法学校の聖人候補

412 セルツの居酒屋で

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412

魔術学園都市セルツは、魔法学校を中心とした魔法に関わる施設が集まったこの地域を支えるために作られた街だ。

元々は、少数の山岳民族だけが住んでいたこの山中を切り開き、魔法に関わる人を入植させ、皇室の直轄領として整備したという。他の地域よりも魔法を扱える人々の人口が多いため、魔石を使った水道システムがあるなど、生活水準は高く、また街中での危険な魔法の使用制限が明確に設けられているといった他の街とは違ったルールのある街だそうだ。

魔術師育成のための大改革が行われ、5つあった魔法学校が統廃合された時、この最も古くからあったセルツに全ての施設が集められたため、現在の人口はかなり増えている。とはいえ、イスに比敵するほどの面積のある街としては、少々少なすぎる人口である。

(魔法系の研究施設と学校が、街の半分以上の面積を使ってしまっているからね。まぁ、そういう街だから仕方ないんだろうけど……)

この街で生活している人々は、多かれ少なかれ魔法と関わりを持っている。たとえば食材を支えている農業関係の人々の多くは、元からこの地に住んでいた山岳民族の方たちとその子孫だそうで、彼らの農作業には、魔法学校が畑のための魔法薬を提供し、短期間での収穫を可能にしたり、実の入りを良くするといった恩恵が与えられている。

「ここは決して、農業に向いた土地じゃありませんが、おかげでいつでも十分な安定した収穫があるんですよ」

市場で野菜を商っているおじさんは、私にそう自慢した。

なるほど、持ちつ持たれつ、この街を維持するために協力しあっているようだ。

私は市場の中をソーヤとあちこち見て回りながら、色々な食材を手に入れた。
あまり目新しいものはなかったが、魔法薬の効果で実が大きく充実したものが多く、味の良さそうな果物や野菜がたくさんあり、それを自分で目利きしながら選べるのが楽しくて、ついつい夢中になって買い出しをしてしまった。

特に山岳民族の方々が昔から育てているというトマトとメロンは非常に濃い味で、試食で食べさせてもらうと信じられないほど甘かった。ソーヤの絶賛コメントや美味しそうに食べる私の様子に気を良くしてくれたのか、野菜談義ですぐ仲良くなれた市場の人たちからは、あまり市場に出回っていない少量生産の野菜の話や、この街のこと、魔法学校についてもいろいろな噂話を聞くことができた。

どうやら、魔法学校の生徒がこの市場で直接野菜を買っていくことはほとんどないらしい。魔法学校への納入品も決まった店から定期的に行われているそうで、一般の方々は普段あまり魔法学校の生徒とは接点はないそうだ。そのせいか市場の方々も、私のことを魔法学校の人間だと思わなかったようで(単に小さくて、学生に見えなかったのかもしれないが)、かなりあからさまに、文句や批判的な話もしてくれたのは運が良かった。

(まぁ、魔法学校ありきの街だから、表立っては言えないこともあるよね、とは思う)

魔法学校の人たちが現れるのは、魔法横丁以外では飲食店ぐらいらしい。だが、それも最近はめっきり減っているそうで、街の人たちは不思議に思っているそうだ。これは、おそらく私が大食堂を改善してしまった影響だと思われる。
この街全体に乳製品をすぐに普及させるのは無理だけれど、セルツの街の人たちも大食堂とは違う美味しいものが食べられるように少し考えた方がいいかもしれない。

「魔法学校の人たちは、金払いはいいんだけどせっかちでわがままな人が多くてね。ここの街の人たちは、みんなのんびりしているから、どうも苦手なんだよ」

独立独歩で裕福な人も多い魔法学校の人たちは、普段から人を使う立場の人も多いので、時に横柄に見える態度を取ってしまうことがあるようだ。それも慣れれば、どうということもないのだけど、ちょっとだけ触れ合うことになる街の人々には、どうしても〝扱いにくい人たち〟として認識されてしまうのだろう。

(もっと街の人たちと友好的な関係を築くことはできないのかな。そのほうが、お互いに有益だと思うんだけど……)

市場を一通り見て回った後は、野菜売りの方に教えてもらった街の食堂でお昼を食べてみることにした。〝オロンコロ亭〟と言うその店はオロンコロ族という先住民族出身の家族が営む店で、昼は定食、夜は酒を出しているそうだ。

中二階のある木造の店はかなり広く、壁にはオロンコロ族の民族衣装なども飾られている。
ちょうど開店の時間だったので中へ入ると、昼には少し早い時間だったので、店の中はまだ静かで、ゆっくりと食べることができそうだった。
定番の焼肉や芋料理も気になったが、今日は初めてなのでこの店の定番だという野菜とウサギの煮込みを頂いた。パンはおかわり自由で、目の詰まった硬めのパンがたっぷり置かれる。早速食べてみると、やっぱりもうひとつ旨味が弱くはあったが、これはこれで素朴ないい味だ。ここならではの味の濃いトマトを使うことで、なんともいえない滋味のある料理に仕上がっている。

「お嬢ちゃん、美味しいかい?」

店のおばさまが声をかけてくれる。

「は、はい。とっても美味しいです。ここのトマトは濃い味でいいですね」

おばさまはそうだろうという顔で、自慢そうに頷いた。料理には自信があるらしい。

そこからはしばし料理談義。この地方の料理のことも色々聞いてみた。やはりトマトはよく使われている食材だそうだ。私はふと思いついて、マジックバッグの中から乾燥させたバジルを取り出し、おばさんに渡した。

「これ、私の住む地方でトマトと合わせるバジルという葉を乾燥させたものです。もし良ければ使ってみてください」
「え、いいのかい? ありがとよ、うれしいね。早速使ってみるよ。これは珍しいものなのかい?」
「いいえ、栽培も難しくないですよ。もし、気に入られたようならイスのサイデム商会に問い合わせればタネも売ってくれるでしょう。この街にも出張所があると思いますよ。最近では色々とスパイスを扱い始めているので、聞いてみるといいですよ」

料理人もしているおばさまは、乾燥しているバジルの葉の匂いを嗅いでピンとくるものがあったらしく、嬉しそうに受け取ってくれた。

「たしかにこれはトマトと合いそうだね。こんないいものを、ありがとうね。サイデム商会の出張所は高級品だけじゃないんだね。相談してみることにするよ。今日は私が奢りだ。ぜひまた来ておくれ」

いい食材と出会えてよっぽど嬉しかったのか、おばさまは上機嫌で食後にフルーツまで出してくれた。私は、お代はいらないというおばさまに無理やりお金を渡して(だって、ソーヤがすでに3人前も食べてたし、さすがにダメでしょ)、5つもリンゴを渡されながら、必ず近いうちにまた来ることを約束して、見送られながら店を後にした。

(今度来た時、どんな味になっているか楽しみだな)
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