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3 魔法学校の聖人候補
418 一年生の夏休み
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418
〝エリクサー〟騒動もひと段落ついた頃、魔法学校は夏休みの季節になっていた。とはいえ、《基礎魔法講座》に苦しむ一年生の多くには、帰郷するような余裕はない。先生方は毎年こういった居残り組の補習に付き合ってくれるので、なんとか二学期までにみんなに追いつこうと、単位の足りない学生たちは夏休みの間も毎日練習を重ねている。
逆に、《基礎魔法講座》で単位を落とす者がほぼいない貴族たちは社交のために領地やパレスへ戻っていくので、学校の中は庶民の比率がぐんと高くなり、勉強は厳しいものの、どことなくのびのびした雰囲気になっている。
「ワタクシも面倒な社交などより、皆さんと過ごしたいのですけれど、これも貴族たるものの蔑ろにするわけにはいかない義務でございますから……」
伯爵令嬢であるクローナも、そう言って憂鬱そうにパレスの伯爵邸へと向かっていった。ストレートな性格の彼女はどうやら社交が得意ではないらしい。それでもいくつか重要なパーティーの予定が組まれているため、残るという選択はできないのだそうだ。
「 マリスさんが、夏休み中に特訓して私より進んでしまったらと思うと、気が気ではないですわ。ぜひ、お便りで勉強のご様子など教えてくださいませね」
オーライリにそう頼んで渋々帰っていったそうだ。
(あいかわらずだなぁ)
今日は、補習授業でシゴかれてだいぶお疲れのトルルと生徒会の仕事があるため学校に残ったオーライリが、グッケンス博士の研究棟へ遊びにきている。とは言っても、博士は出張中でいないのだが。
それでも憧れの《特級魔術師》のお宅訪問に、ふたりは並々ならぬ好奇心を持っているようで、きっちり時間通りにウキウキした表情でやってきた。
「この建物のすべてを使っているなんて、さすがはグッケンス博士、スケールが違いますね。この居間の調度品もとても趣味がよろしくて、素晴らしものばかりですし、ため息が出ます」
興奮気味のオーライリ。
現在使用中の調度品の多くは、私が博士の魔窟を整理した時に発掘したものだ。国宝クラスの絵画や花瓶も無造作に放り出されていたのを、私とソーヤで洗浄・修復し、居住スペースへ美しくレイアウトした。黄金系のギラギラした調度品もごっそりあったが、それらは博士の貰い物や礼品らしく特に趣味というわけではないそうなので、極力それらは使わず、落ち着きのあるインテリアを目指している。
もうひとつ、ふたりを驚かせていることがあるとすれば、ここに使われている魔法だろう。
私がお世話係兼内弟子となってこちらにいる時間が長くなってから、研究棟の居住スペースは、私のアイディアと博士の魔法の融合で、かなり面白いことになっている。
入り口から廊下部分は魔法を応用したセンサーライトになっていて、人が通ると自動で明かりがつく。お手洗いは《水の魔石》を使ったウォシュレット風に改造してあるし、職人さんに発注して作ってもらった大量の本を収納できるスライド式の3段収納の書架も並んでいる。床にはお掃除ロボット風の仔犬のようなモコモコのものが走り回っているし、天井では空気を攪拌するための大きなファンがゆっくり回っている。
「本当にすごい。さすがはグッケンス博士。見たこともないような魔法が散りばめられているのね。それに、置かれている絵や花瓶までどれもため息が出るような素晴らしいものばかり!」
(ええ、ここの調度品はみんな素晴らしかったですよ。でも、私が来るまでは、どれも埃だらけの上、ほとんど使える状態じゃなかったですけどね)
私は心の中でそう思いながらも、顔には出さず微笑みを絶やさないようふたりをソファーまで案内した。
トルルは連日の補習授業で、かなり単位を取り戻したようだが、まだまだ苦手な分野に取りこぼしがあるそうで、夏休み後半だけでも帰郷しようとしていた望みが絶たれ、かなりしょげていた。オーライリは補習を早々に切り上げられたものの、生徒会主催の競技会が夏休み明けすぐに行われるため、その準備に追われ忙しいそうだ。
私はふたりのために用意したアイスクリームとベリーソースを乗せた、ふわふわの氷を使ったカキ氷の入ったガラスの器を差し出した。
「わぁ、綺麗なお菓子ね。これ氷よね。上の冷たいクリームも氷なの? この溶けるような食感に、ねっとりとした食感が合わさって、たまらないわね。それに、このベリーソースの酸味が食欲をそそるわ」
やはり女子は、美味しくてかわいいスイーツを前にすると、疲れた気持ちが癒されるようで、ふたりとも笑顔で美味しそうに食べてくれた。
躰が冷え過ぎないよう、暖かいハーブティーを用意しながら、ふたりと話していると二学期の競技会の話になった。
「マリスさんは聴講生ですから、あまり関係ないかもしれませんが、この競技会は1年生にとっては最初の正式な序列決定試験のようなものなんです。来年の寮や選択できる教科もこれで決まるので、皆真剣ですよ」
オーライリによると、二学期が始まるとすぐに競技会のための選考会が始まるのだそうだ。一学期の実技の成績でふるいにかけられた生徒たちによる予選を経て、決勝大会が行われ、この時は多くの貴族、時には皇族の方々も御臨席されるそうだ。
(まぁ、貴族の子供達が活躍することはわかっているわけだから、父兄参観のつもりで来るんだろうね)
「そんなの、もし出ることになったら緊張して失敗しちゃうよ! まぁ、私は予選も厳しいけどね」
トルルは、貴族たちに囲まれた競技会を想像するだけで震えがきている。
「トルル、そんなに緊張しないで。皆さんが見にくるのは三年生のトップの競技と、先生方の模擬戦なんだから。一年生の私たちにはそんなに注目は集まらないわ」
オーライリは笑いながら、トルルが緊張するようなことはないと話してくれた。なるほど、次の即戦力となる魔法使いとこの国最高峰の魔法使いの技を見ることが目的ということなのだろう。
「トルルも頑張って競技会に出られるといいですね」
私の言葉に、トルルは
「聴講生は気楽でいいよね」
と、恨みがましく言いつつ、かき氷を食べている。本当にその通りなので、私は傍観者として競技会を楽しみにすることにした。
(きっとグッケンス博士の模擬戦が見られるよね。楽しみだな)
私はグッケンス博士が新人の〝国家魔術師〟の集団を完膚なきまでにやりこめたという話を思い出し、やられる方には気の毒だけど、先生方の模擬戦を見られることにワクワクしていた。
〝エリクサー〟騒動もひと段落ついた頃、魔法学校は夏休みの季節になっていた。とはいえ、《基礎魔法講座》に苦しむ一年生の多くには、帰郷するような余裕はない。先生方は毎年こういった居残り組の補習に付き合ってくれるので、なんとか二学期までにみんなに追いつこうと、単位の足りない学生たちは夏休みの間も毎日練習を重ねている。
逆に、《基礎魔法講座》で単位を落とす者がほぼいない貴族たちは社交のために領地やパレスへ戻っていくので、学校の中は庶民の比率がぐんと高くなり、勉強は厳しいものの、どことなくのびのびした雰囲気になっている。
「ワタクシも面倒な社交などより、皆さんと過ごしたいのですけれど、これも貴族たるものの蔑ろにするわけにはいかない義務でございますから……」
伯爵令嬢であるクローナも、そう言って憂鬱そうにパレスの伯爵邸へと向かっていった。ストレートな性格の彼女はどうやら社交が得意ではないらしい。それでもいくつか重要なパーティーの予定が組まれているため、残るという選択はできないのだそうだ。
「 マリスさんが、夏休み中に特訓して私より進んでしまったらと思うと、気が気ではないですわ。ぜひ、お便りで勉強のご様子など教えてくださいませね」
オーライリにそう頼んで渋々帰っていったそうだ。
(あいかわらずだなぁ)
今日は、補習授業でシゴかれてだいぶお疲れのトルルと生徒会の仕事があるため学校に残ったオーライリが、グッケンス博士の研究棟へ遊びにきている。とは言っても、博士は出張中でいないのだが。
それでも憧れの《特級魔術師》のお宅訪問に、ふたりは並々ならぬ好奇心を持っているようで、きっちり時間通りにウキウキした表情でやってきた。
「この建物のすべてを使っているなんて、さすがはグッケンス博士、スケールが違いますね。この居間の調度品もとても趣味がよろしくて、素晴らしものばかりですし、ため息が出ます」
興奮気味のオーライリ。
現在使用中の調度品の多くは、私が博士の魔窟を整理した時に発掘したものだ。国宝クラスの絵画や花瓶も無造作に放り出されていたのを、私とソーヤで洗浄・修復し、居住スペースへ美しくレイアウトした。黄金系のギラギラした調度品もごっそりあったが、それらは博士の貰い物や礼品らしく特に趣味というわけではないそうなので、極力それらは使わず、落ち着きのあるインテリアを目指している。
もうひとつ、ふたりを驚かせていることがあるとすれば、ここに使われている魔法だろう。
私がお世話係兼内弟子となってこちらにいる時間が長くなってから、研究棟の居住スペースは、私のアイディアと博士の魔法の融合で、かなり面白いことになっている。
入り口から廊下部分は魔法を応用したセンサーライトになっていて、人が通ると自動で明かりがつく。お手洗いは《水の魔石》を使ったウォシュレット風に改造してあるし、職人さんに発注して作ってもらった大量の本を収納できるスライド式の3段収納の書架も並んでいる。床にはお掃除ロボット風の仔犬のようなモコモコのものが走り回っているし、天井では空気を攪拌するための大きなファンがゆっくり回っている。
「本当にすごい。さすがはグッケンス博士。見たこともないような魔法が散りばめられているのね。それに、置かれている絵や花瓶までどれもため息が出るような素晴らしいものばかり!」
(ええ、ここの調度品はみんな素晴らしかったですよ。でも、私が来るまでは、どれも埃だらけの上、ほとんど使える状態じゃなかったですけどね)
私は心の中でそう思いながらも、顔には出さず微笑みを絶やさないようふたりをソファーまで案内した。
トルルは連日の補習授業で、かなり単位を取り戻したようだが、まだまだ苦手な分野に取りこぼしがあるそうで、夏休み後半だけでも帰郷しようとしていた望みが絶たれ、かなりしょげていた。オーライリは補習を早々に切り上げられたものの、生徒会主催の競技会が夏休み明けすぐに行われるため、その準備に追われ忙しいそうだ。
私はふたりのために用意したアイスクリームとベリーソースを乗せた、ふわふわの氷を使ったカキ氷の入ったガラスの器を差し出した。
「わぁ、綺麗なお菓子ね。これ氷よね。上の冷たいクリームも氷なの? この溶けるような食感に、ねっとりとした食感が合わさって、たまらないわね。それに、このベリーソースの酸味が食欲をそそるわ」
やはり女子は、美味しくてかわいいスイーツを前にすると、疲れた気持ちが癒されるようで、ふたりとも笑顔で美味しそうに食べてくれた。
躰が冷え過ぎないよう、暖かいハーブティーを用意しながら、ふたりと話していると二学期の競技会の話になった。
「マリスさんは聴講生ですから、あまり関係ないかもしれませんが、この競技会は1年生にとっては最初の正式な序列決定試験のようなものなんです。来年の寮や選択できる教科もこれで決まるので、皆真剣ですよ」
オーライリによると、二学期が始まるとすぐに競技会のための選考会が始まるのだそうだ。一学期の実技の成績でふるいにかけられた生徒たちによる予選を経て、決勝大会が行われ、この時は多くの貴族、時には皇族の方々も御臨席されるそうだ。
(まぁ、貴族の子供達が活躍することはわかっているわけだから、父兄参観のつもりで来るんだろうね)
「そんなの、もし出ることになったら緊張して失敗しちゃうよ! まぁ、私は予選も厳しいけどね」
トルルは、貴族たちに囲まれた競技会を想像するだけで震えがきている。
「トルル、そんなに緊張しないで。皆さんが見にくるのは三年生のトップの競技と、先生方の模擬戦なんだから。一年生の私たちにはそんなに注目は集まらないわ」
オーライリは笑いながら、トルルが緊張するようなことはないと話してくれた。なるほど、次の即戦力となる魔法使いとこの国最高峰の魔法使いの技を見ることが目的ということなのだろう。
「トルルも頑張って競技会に出られるといいですね」
私の言葉に、トルルは
「聴講生は気楽でいいよね」
と、恨みがましく言いつつ、かき氷を食べている。本当にその通りなので、私は傍観者として競技会を楽しみにすることにした。
(きっとグッケンス博士の模擬戦が見られるよね。楽しみだな)
私はグッケンス博士が新人の〝国家魔術師〟の集団を完膚なきまでにやりこめたという話を思い出し、やられる方には気の毒だけど、先生方の模擬戦を見られることにワクワクしていた。
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