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3 魔法学校の聖人候補

454 癒しの《白魔法》仮説

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454

私は、少し波の音が聞こえるマホロの別荘内に作った、自分の小さな研究室で考えていた。
内容は《白魔法》そして《魔法薬》のこと。

私の仮説はこうだ。

〝《魔法薬》を生み出したのも、最初の《白魔法》使いその人である〟

そのことがまったく知られていないのは、彼があちこちで〝無名の薬師〟としてこの《魔法薬》という新しい薬の作り方を伝えたせいだ。彼は英雄王の追跡を逃れながら旅の薬師として、これを草の根から広げたのだと思う。

これはロキ教授からお借りした〝ある田舎医師の備忘録〟と題された古文書を読んだことで、ほぼ確信となった。この備忘録の書き手こそ、最初の《白魔法》の使い手であり、そこには彼が生涯医師そして薬師として活動しながら薬の研究を続けていたことが詳細に書かれていた。

彼の研究の過程についても、その備忘録を読むことで、ある程度把握することができた。
彼の考えた《魔法薬》とは、魔法によって人を癒し病気やケガを取り除くことができる《白魔法》を別の方法で再現することはできないか、という発想から始まっていた。

そして、これははっきりとは書かれていなかったが、どうやら彼は私と同じ〝回廊持ち〟だったと推察される。
それを利用して、彼は一年中あらゆる場所を旅しながら、膨大な種類と量の薬の素材をストックしていたようなのだ。

いくらでも実験できる魔法力と決して枯渇しない素材のバックストック、そして癒しの《白魔法》の効果を薬の素材を使うことで一部代替させられるのではないかという発想、この3つが揃った時《魔法薬》は誕生したのだ。

これによって必要な魔法量の比率を下げ、作れる人間の数を増やし、《白魔法》使いが側にいなくとも難しい病気の治療が可能となった。《白魔法》の普及が進まず悩んでいた彼ならではの発想の転換と言える。

彼の斬新な考えとそれを実現した努力には驚くしかない。そして私のこの仮説が正しいのならば、逆のアプローチも可能なのではないか、そう閃いたのだ。

(彼が魔法を薬へと変換していった手法を遡ってみよう!)

古代からレシピが変わっていない《魔法薬》の素材を《魔法》に置き換えていくことで、魔法のみによって成立する薬、つまり治癒の《白魔法》を復元できるのではないか、これが私の発想だ。

そのため、学校中の古い文献をあたり古代からレシピが変わらない《魔法薬》を探したところ、それは癒し系最強の薬《ハイパーポーション》だとわかった。意外なことに《エリクサー》が誕生したのは、だいぶののちの時代でこれの誕生に最初の《白魔法》使いは関係していなかった。

(やはり、材料の特殊性といい、作り方の複雑さといい《エリクサー》は明らかに別格なんだよね。
まぁ、そこは今は考えても仕方ない。とにかく分析対象は《ハイパーポーション》に決めよう)

〝ハイパーポーション〟に使われる素材は、貴重ではあるがエリクサーほど特殊ではなくそれほど珍しいものではないが、必要とされる量が凄まじい。そのため、薬に落とし込めるよう素材の成分を高めるために、何段階も抽出と凝縮を繰り返す工程が必要とする。
当然ながら、ものすごく素材の材料費がかかり魔法力必要、時間もかかる非常に高価な《魔法薬》だ。

ところがこれには、別のやり方がある。《聖性》を持つ術者が、強力な魔法力を使うことで、ショートカットが可能になり、少ない素材でもかなり近いものを作れてしまうのだ。そう、それを私は過去に経験している。
私は過去に〝ハイポーション〟を作ってしまったことが何度もある。最初にハイポーションを作ってしまったあの時は〝ヴァージン・ヒーリングドロップ〟という特殊な素材のせいだけだと思っていたが、その後、そうではない場面でも、魔法力の過剰投入で、同じ現象を起こしている。

なぜそうなるのか、他の人との差異について知る機会は今までなかったが、〝魔法薬研究会〟に入ったことで、一般的な《魔法薬》について多くを知ることができたため、自分の特殊性に気づくことができた。
おそらく素材、魔法力そして《聖性》の3つが揃わなければ、《魔法薬》作成時の規定量以上の魔法力注入による《魔法薬》の底上げ効果は起こらなかったのではないかと、今は考えている。

つまり私は無意識に、本来薬の素材によって強化されるべき作用を魔法力に置換して補い生成していたのだ。

「素材の持つ効果・効能に対応し代替となる《基礎魔法》を選び出しそれを組み合わせて、それを強化するために大きな魔法力を注ぎ込む。これで再現できる……と思うんだよね」

そう考えると、《白魔法》の習得に〝完全なる礎〟という《基礎魔法》コンプリートが必要な理由も納得がいく。本来、そこに欠けがあっては、さまざまな病気に対応できる万能の癒しの《白魔法》は使えないのだ。

最初の《白魔法》使いは、癒しの《白魔法》に特化してそれを褒美として神に付与され、弟子たちに伝えたけれど、多分そこには色々と欠けた部分があったのではないだろうか。

(やはり、伝わらなかったのには、理由があったんだなぁ)

不完全にしか再現されない《白魔法》に気づけなかったのは、仕方がないことだと思う。条件をある程度満たした術者には弱い効果ながらも使えてしまう、というのもまずかった。彼らは効果の弱さを〝修行不足〟と捉え、伝承はうまくいっていると思ってしまったのだろう。

だが、神の恩寵も〝完全なる礎〟もない術者では、長く修行を積んでも完全な癒しの魔法は使えない。

残念だが私の結論は、癒しの《白魔法》は使用者を極端に選ぶ汎用性が期待できないもの、ということになってしまった。滅ぶのも仕方のないことだったのだ。

寄せては返す波の音を聞きながら、私はこの悲しい結論に深くため息をつくしかなかった。
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