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3 魔法学校の聖人候補

493 赤い靄

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イスのパーティーは帝都パレスに比べるとずっとカジュアルだ。

商人たちは時間に追われ忙しくしているため、形式張ったことに時間を取られることを好まないこともあり、サガン・サイデムクラスの重要人物のパーティーでも〝私的な〟ものであれば、招待状やりとりぐらいで、それ以上の面倒ごとはない。

花を贈ったりといった習慣も任意で、基本的な飾り付けは主催者が行う。今回は、サイデム商会の催事部が取り仕切っているため、装飾はややパレス風で、要所要所に金装飾を配置したなかなかゴージャスなものになった。

特にパーティーを好むわけではないサイデムおじさまだが、それでも年に数回はイスでもこうしたパーティーを行なっている。主な目的は情報収集、そして有力者や貴族たちとの顔つなぎだ。この時期に行われたことはいままでなかったそうだが、ランダムに行われる私的なパーティーは珍しくはないので、それを不思議に思う人はいない。

サイデム商会の精鋭が作り上げ、万事整った会場には、開始時間が近づくに連れ招待状を持った人々が集まり始め、どうやら今回も欠席者の少ない盛況のパーティーになることはまちがいなさそうだ。

今日は〝大地の恵み〟亭の新作料理が食べられるとあって、皆さん食べる気満々だ。みなさんその話題で盛り上がっているし、人の目が食べ物に向いてくれているのは、こちらとしても都合がいいので、しっかりおもてなしをさせてもらうことにしよう。

おじさまは私をそろそろ社交に慣れさせようと考えているようだったが、結局私は〝メイロード・マリス〟の顔を広めることをやはり避けることにした。おじさまを〝勉強の妨げになるから〟と押し切り、気合十分だったセーヤもがっかりさせてしまったが、セーヤは今日のためゴージャスで素敵な帽子を作ってくれた。私はその帽子で顔と髪を隠しつつ、おじさまの後ろに付き従って会場に入った。

それでも美しい帽子に〝ドレープス〟の最新流行のドレスを身にまとった姿は、かなり人目を引いてしまい、私に挨拶をしようとする人が次々と近づいてくる。特に十代の若そうな男の子たちは、我先にとやってきて本当に困ってしまった。

「美しいお嬢様、ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、申し訳ございません。いま、あちらで呼ばれておりますので、後ほど……」

そんなやりとりを数回繰り返したところで、私は本当に面倒になってしまい、お料理を作っている店の子たちと話したりしたかったのも諦め、パーティー開始から早々に《幻影魔法》を使って隠れることにした。

〔キャサリナ、現れました〕

仕方なく隠れつつ、パーティーの中心で華麗な技を披露しながら料理を作るシェフたちの様子を見ていると、ソーヤから念話が届いた。

〔あの女は、皇室とも取引のある高級家具問屋の息子の同伴者としてやってきています。この男を先日たぶらかしていたことは確認して、招待状を送っておいたのに上手く食いついたようです〕

なるほど、エスコート役としては申し分ない相手だ。キャサリナは〝ドレープス〟でオーダーした美しいシルエットのドレスをまとい、堂々とした態度で会場に笑顔を振りまいている。

(ん? なんだろう、この赤色のモヤ)

キャサリナの周囲には、不思議な赤色の煙のようなものが漂っていた。《真贋》で見える擬物の周囲に漂うもの似ているが、これは……何?

不思議に思って観察していると、その赤いモヤの範囲にいる人々が、明らかにキャサリナへと目を向け初め、次々に好意的な表情で話しを始めた。

(あ、この赤いモヤは《魅了》の効果が見えてるんだ)

どうやら《真贋》が警戒すべき効果が発動されていることを見せてくれているらしい。私は用心のため、ここへきた時から《抗魔の結界》を自分の周囲へ張り巡らせていたのだが、試しにそれを解除してみるとその赤いモヤはほとんど見えなくなった。

と同時に、何やら〝甘い気持ち〟とでも言うようなものが心に入り込んでくるのを感じた。無条件の〝好感〟を生み出す《魅了》の効果なのだろうが、ひたひたと少しづつ侵食してくるは、おそらく最初から強く警戒している者でなければまずわからないだろう。

私は再び《抗魔の結界》を自分の周囲に展開しつつ、キャサリナを観察してみた。どうやら私の《聖性》と《真贋》が組み合わさることで、このモヤをはっきりと見せてくれているらしい。《聖魔法》である《抗魔の結界》を使うと、はっきり見える上に、それを結界が弾き返し無効化する様子もしっかりと見える。やはりモヤが現れている場所は彼女の右腕に隠された増幅効果を持つ腕輪らしく、その辺りが最も濃い赤に染まっていた。

(それにしても……)

私はキャサリナについて、だいぶ良い方に想像していたようだ。

なぜなら私の目の前にいるキャサリナは、特に美人というわけでもなく、特にスタイルが良いというわけでもない、ものすごく化粧の濃い派手な女性でしかなかったのだ。

(あの、ド派手な化粧を取ったらおそらく普通の中年女性だよねぇ)

周囲の男性たちが、彼女を褒め称え賞賛する様子に、私は改めて彼女の《魅了》のすごさを感じた。おそらく彼らにはキャサリナは十倍増しの美女に見えているに違いない。

すっかり場の主役となったキャサリナは上機嫌で、彼女のシモベと化している同伴者に料理や飲み物を運ばせ、それをかなりの勢いで食べながら、社交を楽しんでいた。

「あら、本当に美味しいわね。やっぱりこの間行った時もっと強引に入って食べてくればよかったわ」

そんな彼女の言葉にも、周囲の人間は一切嫌悪感を見せることなく、ニコニコと彼女に同意するのだから、訳がわからない。本当にタチの悪い魔法だ。

私がキャサリナの《魅了》の効果に半ば呆れていると、人々がざわつき始めた。本日のパーティーの主催であるサガン・サイデムが中央へ登場したのだ。

「サイデム様、今日も素晴らしいお料理ですわね」
「サイデム様、本日はお招きいただき光栄です」
「サイデム様、今日も素敵なお召し物ですわね」

自身も〝ドレープス〟の最新流行の衣装に身を包んだサガン・サイデムは、確かに日頃の下町気質をうまく隠して、上品さすら感じさせる雰囲気で鷹揚に人々の言葉にうなづいていた。

(こうしてみると、それなりにサマになってるのよね、おじさまも)

そして、キャサリナが動き出す。それは、獲物を見つけた野生動物のように素早い動きだった。

「サガン・サイデム様。ぜひあなた様とお話がしたいのですけれど、少しお時間をいただけますかしら?」

事前に、とりあえずキャサリナの誘惑に引っかかってくださいとお願いしてあったこともあり、赤いモヤの中で、おじさまはにこやかにうなずき、ふたりは少し離れた場所に移動すると、すぐにキャサリナの本格的な〝誘惑〟が始まった。

(おじさま、少しだけ我慢してね)
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