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4 聖人候補の領地経営
616 領地を巡ろう
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616
十の地域に分けた〝マリス領〟そのうち、いま私がいる領主の館や税務局、役所のあるカングンの町があるのが第五区だ。そしてシラン村があるのが第四区、会議を開いたムルコ村があるのが第六区となる。この三つの州についてはすでに《無限回廊の扉》を設置済みだし、その州の代表者とも顔合わせをしているので、とりあえず後回しにする。
距離的にも領内の外周部分に当たり、寒冷な穀倉地帯で一番貧しい状況にある第七、八、九の三区にまずは向かいたいところだ。
私の用意した寒冷地用の小麦ならば、厳しい冬も越えられる。二毛作も可能なはずだ。もちろん土地が痩せないよう他の作物とのローテーションも考える必要があるが、農地は広大な面積があるので大丈夫だろう。もうすでに種は届けてあるので、植えられているかもしれない。
(特に八区は、山に入って魔物を獲るような危険な仕事をせざるを得ない人たちが多いそうだし、早く安全な農業主体にしてあげたんだよね)
厳しい時期にどれぐらいの収穫があるのか、早く結果が知りたいとは思うが、それはしばらくお預け。
私はまず第七区へと向かう。アタタガ・フライに運んでもらうソーヤとふたりの気軽な旅だ。目指すは七区の中心の街コルヤース。
眼下に見えるコルヤースの町の周囲は畑が広がっていて、いろいろな野菜も育てられていた。
(でも……あれ?)
私は眼下の光景に、少し違和感を感じながら第七区の中心の街へとやってきた。
七区は〝マリス領〟の主要街道が通っているため、輸送業が発達しており、他の地域からの穀物などをまとめて買い取り売り捌く卸売り商も多い。
いつものようにコルヤースの街のだいぶ手前でアタタガ・フライに降ろしてもらい、そこからコルヤースに向かう街道を歩いていくと、多くの荷馬車とすれ違った。馬はこの世界では高価なためだろう、ロバのような大きさのおおきなツノと太い脚をした生き物数頭で、重そうな荷馬車を引かせている。
「ソーヤ、あれはなんていう動物?」
「ああ、あれは家畜化した珍しい魔物で〝ドグポ〟といいます。魔物といっても草食ですし、小さいですが、引く力がとても強くて、よく働きます。でも、いけませんね、アレは……肉質は悪いし臭みも強い、血には毒性もあるんです。なのであんまり美味しくないんですよ。まぁ、おかげで他の魔物にも狙われにくいんですが……」
「毒性があるのに、食べたことあるのね。そ、そうかぁ、筋肉質すぎて硬いのかな」
さすがソーヤ、最終的には美味しいか美味しくないかが評価基準。しっかり血抜きをすれば食べられないこともないが、食指は動かないらしい。
コルヤースの方向からやってくるおおきな荷馬車は、きっと仕入れた小麦を運ぶ者たちで、一頭立ての小さな荷車でコルヤースへ向かっているのは、この近郊の農村の人々だろう。小さな村では小麦の現金化は難しいし、物資も買えない。そこで問屋に売るために皆この街道を通りコルヤースの街へ向かうのだ。
彼らが運んでいるのは収穫が終わったばかりの、あまり実入りの良くない品種の麦だ。実の入りが悪ければ取引に使える量も減ってしまうし、品質も劣ってしまうため、買い叩かれることになる。
それでも似たような事情の領内ならまだまし。これを他の地域へ売ろうとすれば、当然競争力は弱いし、買値も下がる。
(早く新しい小麦の種で、実の入りのいい小麦を作らなきゃ、収入は増えないよね)
コルヤースの街の入り口は、想像通り荷馬車でごった返していたが、ありがたいことに荷馬車とそれ以外は別の列だったため、思ったより早く中へ入ることができた。
私が村の中へ入った途端に、ザザザザッっと土を蹴る音がして、前から十人ほどの大人の男の人がこちらへ走ってきた。見覚えがあるな、と思ったらひとりはこの間のムルコ村の会議でお会いしたこの地域の代表者オキュラさんだった。私の前にやってきた息を切らせたオキュラさんは、それでもしっかりと膝をついて礼をとり、挨拶をしてくれる。
「はぁ、はぁ……よ、よよ、ようこそコルヤースへおいでくださいました!」
どうやら私が現れたら知らせるよう、門番に命令が下っていたようだ。私が街の入り口の検問所で身分証を出したところで、オキュラさんたちに連絡が入ったらしい。
「そんなに急がれなくてもよろしかったのに……」
汗だくのオキュラさん以下、この町の重鎮らしき方々の息を切らせた様子に、私は少し反省した。
(ちゃんと先触れをしてあげないとこうなるのね。いや、先触れはしてあったんだけど、もっと正確な時間と場所を知らせてあげないと慌てさせることになっちゃうのね)
私としては別に出迎えなどしてくれなくてもいいのだが〝領主の訪問〟は、街にとってはおおきな出来事で、おろそかにはできないのだろう。とはいえ、これから私は突然村や街に現れる領主になる予定だ。こういった対応は必要ないことは、おいおい伝えていく必要がありそうだ。その辺りの温度差は、今後のコミュニケーションを重ねることで解消していくしかない。
「出迎えありがとう。それでは案内をお願いいたします」
ここで私が、「連絡ちゃんとしなくてごめんねー」といったことを言ってしまうと、だれかの責任問題になったりする可能性があるとセイツェさんから聞いていたので、私は微笑んでおくだけに留めた。
(うかつに謝ることもできないんだから、面倒よね領主って!)
十の地域に分けた〝マリス領〟そのうち、いま私がいる領主の館や税務局、役所のあるカングンの町があるのが第五区だ。そしてシラン村があるのが第四区、会議を開いたムルコ村があるのが第六区となる。この三つの州についてはすでに《無限回廊の扉》を設置済みだし、その州の代表者とも顔合わせをしているので、とりあえず後回しにする。
距離的にも領内の外周部分に当たり、寒冷な穀倉地帯で一番貧しい状況にある第七、八、九の三区にまずは向かいたいところだ。
私の用意した寒冷地用の小麦ならば、厳しい冬も越えられる。二毛作も可能なはずだ。もちろん土地が痩せないよう他の作物とのローテーションも考える必要があるが、農地は広大な面積があるので大丈夫だろう。もうすでに種は届けてあるので、植えられているかもしれない。
(特に八区は、山に入って魔物を獲るような危険な仕事をせざるを得ない人たちが多いそうだし、早く安全な農業主体にしてあげたんだよね)
厳しい時期にどれぐらいの収穫があるのか、早く結果が知りたいとは思うが、それはしばらくお預け。
私はまず第七区へと向かう。アタタガ・フライに運んでもらうソーヤとふたりの気軽な旅だ。目指すは七区の中心の街コルヤース。
眼下に見えるコルヤースの町の周囲は畑が広がっていて、いろいろな野菜も育てられていた。
(でも……あれ?)
私は眼下の光景に、少し違和感を感じながら第七区の中心の街へとやってきた。
七区は〝マリス領〟の主要街道が通っているため、輸送業が発達しており、他の地域からの穀物などをまとめて買い取り売り捌く卸売り商も多い。
いつものようにコルヤースの街のだいぶ手前でアタタガ・フライに降ろしてもらい、そこからコルヤースに向かう街道を歩いていくと、多くの荷馬車とすれ違った。馬はこの世界では高価なためだろう、ロバのような大きさのおおきなツノと太い脚をした生き物数頭で、重そうな荷馬車を引かせている。
「ソーヤ、あれはなんていう動物?」
「ああ、あれは家畜化した珍しい魔物で〝ドグポ〟といいます。魔物といっても草食ですし、小さいですが、引く力がとても強くて、よく働きます。でも、いけませんね、アレは……肉質は悪いし臭みも強い、血には毒性もあるんです。なのであんまり美味しくないんですよ。まぁ、おかげで他の魔物にも狙われにくいんですが……」
「毒性があるのに、食べたことあるのね。そ、そうかぁ、筋肉質すぎて硬いのかな」
さすがソーヤ、最終的には美味しいか美味しくないかが評価基準。しっかり血抜きをすれば食べられないこともないが、食指は動かないらしい。
コルヤースの方向からやってくるおおきな荷馬車は、きっと仕入れた小麦を運ぶ者たちで、一頭立ての小さな荷車でコルヤースへ向かっているのは、この近郊の農村の人々だろう。小さな村では小麦の現金化は難しいし、物資も買えない。そこで問屋に売るために皆この街道を通りコルヤースの街へ向かうのだ。
彼らが運んでいるのは収穫が終わったばかりの、あまり実入りの良くない品種の麦だ。実の入りが悪ければ取引に使える量も減ってしまうし、品質も劣ってしまうため、買い叩かれることになる。
それでも似たような事情の領内ならまだまし。これを他の地域へ売ろうとすれば、当然競争力は弱いし、買値も下がる。
(早く新しい小麦の種で、実の入りのいい小麦を作らなきゃ、収入は増えないよね)
コルヤースの街の入り口は、想像通り荷馬車でごった返していたが、ありがたいことに荷馬車とそれ以外は別の列だったため、思ったより早く中へ入ることができた。
私が村の中へ入った途端に、ザザザザッっと土を蹴る音がして、前から十人ほどの大人の男の人がこちらへ走ってきた。見覚えがあるな、と思ったらひとりはこの間のムルコ村の会議でお会いしたこの地域の代表者オキュラさんだった。私の前にやってきた息を切らせたオキュラさんは、それでもしっかりと膝をついて礼をとり、挨拶をしてくれる。
「はぁ、はぁ……よ、よよ、ようこそコルヤースへおいでくださいました!」
どうやら私が現れたら知らせるよう、門番に命令が下っていたようだ。私が街の入り口の検問所で身分証を出したところで、オキュラさんたちに連絡が入ったらしい。
「そんなに急がれなくてもよろしかったのに……」
汗だくのオキュラさん以下、この町の重鎮らしき方々の息を切らせた様子に、私は少し反省した。
(ちゃんと先触れをしてあげないとこうなるのね。いや、先触れはしてあったんだけど、もっと正確な時間と場所を知らせてあげないと慌てさせることになっちゃうのね)
私としては別に出迎えなどしてくれなくてもいいのだが〝領主の訪問〟は、街にとってはおおきな出来事で、おろそかにはできないのだろう。とはいえ、これから私は突然村や街に現れる領主になる予定だ。こういった対応は必要ないことは、おいおい伝えていく必要がありそうだ。その辺りの温度差は、今後のコミュニケーションを重ねることで解消していくしかない。
「出迎えありがとう。それでは案内をお願いいたします」
ここで私が、「連絡ちゃんとしなくてごめんねー」といったことを言ってしまうと、だれかの責任問題になったりする可能性があるとセイツェさんから聞いていたので、私は微笑んでおくだけに留めた。
(うかつに謝ることもできないんだから、面倒よね領主って!)
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