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4 聖人候補の領地経営
626 憑りつかれたモノたち
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626
眼下の光景は、背筋が凍るほど壮絶なものだった。
本来、自然界に生きるものたちは本能的に生態系を守る。そして、その均衡を崩さないよう生活をするものだ。自分が生きるために必要なもの以上に獲物を狩ったりすることが、結局自分たちを苦しめることになると彼らは知っている。
だが、そうした本能すら、《狂化》のせいで崩壊してしまっているとしか思えない。いまもアタタガ・フライから見下ろす“厭魅”を中心とした広範囲の地域では、ただ目の前の何かを殺すことに取りつかれたモノたちによる無意味な殺し合いが続いている。
“厭魅”の影響範囲は同心円に広がっていて、中心に近い部分には、壮絶な殺し合いに生き残った強い魔物が一定の距離を保ちながらうろうろしている。三メートルは超えるミスリルクローベアやキングバイソン、三つ目トロールといった大型のごつい魔物たちが、お互いにけん制しあっているのだ。
その中でも散発的に殺し合いは起こっていて、大型の魔物たちの雄たけびや咆哮が不気味に響き続けている。
外周に近づくと“厭魅”の影響を受けたものたちが、影響を受けていないものに襲いかかっていて、食べられるでもなく無残に打ち捨てられた小動物の姿がそこら中にみえるという、ひどいありさまだ。
これ以外にも“厭魅”の強い呪いを浴びたモノたちは、さらに森のいろいろな場所へと移動し、そこでも殺戮を繰り返している。この地を離れて呪いの影響が徐々に薄れれば、やがて正気は取り戻すだろうが、戦うために傷つくこともいとわなくなってしまっている彼らが、そのときまで生きていられる保証もない。
「なんてひどいことを……」
空中から見えるその残酷で悲しくも哀れな光景に、私は手を強く握りしめていた。
〔メイロードさま、魔法が破られそうです!〕
“厭魅”の本体に近づきすぎたのだろう。《退魔結界》にかなりの負荷がかかってきて、亀裂を生じ始めていた。私はすぐに再度結界を張り直し、さらにその上に二重に同じ結界を作った。
「どうやら、思った以上に強力な呪詛をまき散らしているようね。これにさらされては動物たちはひとたまりもないでしょう。早く解呪してあげないと被害が広がるばかりだわ」
私とともにじっとこの様子を見ていたレンが、苦しそうな口調で私に告げた。
「残念ですが、私があの忌まわしい塊と戦った時より、ずっとアレの放つ瘴気は強くなっている気がいたします。あれは、ああやって殺し合わせた者たちの絶望や恨みも自らの糧にしているのかもしれません」
たしかに“厭魅”とはそういう性質の呪いの塊。悪い気配が濃いほど効力が増すというのはあり得る話だ。
「この悲惨な状況も、“厭魅”の餌ってこと? 本当に救いようのない最悪の石ね! 偵察からもどったら、一刻も早く排除のために動きましょう! こんなのすぐにやめさせなくちゃだめよ」
「はい、仰せの通りに!」
レンから進軍の指示が“守護妖精”たちに出され、私たちが戻るころには第一陣が出発の指示を待つばかりになっていた。
「できるだけ派手に攻撃をして、引きつけながら“厭魅”から魔物や動物たちを離して頂戴。いまは敵を見つけて攻撃することだけが彼らを支配しているから、必ず誘導できるはずよ。がんばってね」
飛ぶことができる“守護妖精”たちは、機動力も防御力もなかなかのものだ。その点はとても信頼できる。攻撃力は並みだが、陽動が主体のこういった作戦ならばうってつけだ。
思惑通り“守護妖精”による挑発行動はうまくいき、つぎつぎに姿を現していく“守護妖精”を見つけた魔物たちは、我先に襲おうと近づいていた。それを、間一髪でかわしながら、妖精たちは徐々に退却し続け、大量の魔物や動物を引き連れながら、森を移動していく。
(よしよし、ほとんどの全部引き連れて移動しているね。なんとかそのまま“厭魅”の勢力圏の外まで連れて行ってね)
まずは、あの魔物たちが“厭魅”のほうへ戻って来ないようにしなくてはならない。私の仕事もそこからだ。
地響きを上げて妖精たちを追う《狂化》した者たちの上を飛び、アタタガ・フライに、それと対峙する妖精たちの背後へと下してもらった私は、魔法を使って今度は自ら上空へ浮上した。目の前にはおびただしい数の魔物と動物の群れ。
空中に制止した私の手には、美しい翠色が妖しくきらめくガラス細工のような魔法の弓。
(では、行きましょうか、ミゼル!)
眼下の光景は、背筋が凍るほど壮絶なものだった。
本来、自然界に生きるものたちは本能的に生態系を守る。そして、その均衡を崩さないよう生活をするものだ。自分が生きるために必要なもの以上に獲物を狩ったりすることが、結局自分たちを苦しめることになると彼らは知っている。
だが、そうした本能すら、《狂化》のせいで崩壊してしまっているとしか思えない。いまもアタタガ・フライから見下ろす“厭魅”を中心とした広範囲の地域では、ただ目の前の何かを殺すことに取りつかれたモノたちによる無意味な殺し合いが続いている。
“厭魅”の影響範囲は同心円に広がっていて、中心に近い部分には、壮絶な殺し合いに生き残った強い魔物が一定の距離を保ちながらうろうろしている。三メートルは超えるミスリルクローベアやキングバイソン、三つ目トロールといった大型のごつい魔物たちが、お互いにけん制しあっているのだ。
その中でも散発的に殺し合いは起こっていて、大型の魔物たちの雄たけびや咆哮が不気味に響き続けている。
外周に近づくと“厭魅”の影響を受けたものたちが、影響を受けていないものに襲いかかっていて、食べられるでもなく無残に打ち捨てられた小動物の姿がそこら中にみえるという、ひどいありさまだ。
これ以外にも“厭魅”の強い呪いを浴びたモノたちは、さらに森のいろいろな場所へと移動し、そこでも殺戮を繰り返している。この地を離れて呪いの影響が徐々に薄れれば、やがて正気は取り戻すだろうが、戦うために傷つくこともいとわなくなってしまっている彼らが、そのときまで生きていられる保証もない。
「なんてひどいことを……」
空中から見えるその残酷で悲しくも哀れな光景に、私は手を強く握りしめていた。
〔メイロードさま、魔法が破られそうです!〕
“厭魅”の本体に近づきすぎたのだろう。《退魔結界》にかなりの負荷がかかってきて、亀裂を生じ始めていた。私はすぐに再度結界を張り直し、さらにその上に二重に同じ結界を作った。
「どうやら、思った以上に強力な呪詛をまき散らしているようね。これにさらされては動物たちはひとたまりもないでしょう。早く解呪してあげないと被害が広がるばかりだわ」
私とともにじっとこの様子を見ていたレンが、苦しそうな口調で私に告げた。
「残念ですが、私があの忌まわしい塊と戦った時より、ずっとアレの放つ瘴気は強くなっている気がいたします。あれは、ああやって殺し合わせた者たちの絶望や恨みも自らの糧にしているのかもしれません」
たしかに“厭魅”とはそういう性質の呪いの塊。悪い気配が濃いほど効力が増すというのはあり得る話だ。
「この悲惨な状況も、“厭魅”の餌ってこと? 本当に救いようのない最悪の石ね! 偵察からもどったら、一刻も早く排除のために動きましょう! こんなのすぐにやめさせなくちゃだめよ」
「はい、仰せの通りに!」
レンから進軍の指示が“守護妖精”たちに出され、私たちが戻るころには第一陣が出発の指示を待つばかりになっていた。
「できるだけ派手に攻撃をして、引きつけながら“厭魅”から魔物や動物たちを離して頂戴。いまは敵を見つけて攻撃することだけが彼らを支配しているから、必ず誘導できるはずよ。がんばってね」
飛ぶことができる“守護妖精”たちは、機動力も防御力もなかなかのものだ。その点はとても信頼できる。攻撃力は並みだが、陽動が主体のこういった作戦ならばうってつけだ。
思惑通り“守護妖精”による挑発行動はうまくいき、つぎつぎに姿を現していく“守護妖精”を見つけた魔物たちは、我先に襲おうと近づいていた。それを、間一髪でかわしながら、妖精たちは徐々に退却し続け、大量の魔物や動物を引き連れながら、森を移動していく。
(よしよし、ほとんどの全部引き連れて移動しているね。なんとかそのまま“厭魅”の勢力圏の外まで連れて行ってね)
まずは、あの魔物たちが“厭魅”のほうへ戻って来ないようにしなくてはならない。私の仕事もそこからだ。
地響きを上げて妖精たちを追う《狂化》した者たちの上を飛び、アタタガ・フライに、それと対峙する妖精たちの背後へと下してもらった私は、魔法を使って今度は自ら上空へ浮上した。目の前にはおびただしい数の魔物と動物の群れ。
空中に制止した私の手には、美しい翠色が妖しくきらめくガラス細工のような魔法の弓。
(では、行きましょうか、ミゼル!)
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