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4 聖人候補の領地経営
665 怪しい人々
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665
入植者を決めるために公募を行いさらに面接までする領主など聞いたことがありません、と役場の人に半ば呆れ気味に言われてしまった。
完全トップダウンでの意思決定が常識のこの世界、もちろんこの領地でのトップは私なので、私が新しい村にこれだけの人数を入植させる、と言いさえすれば、あとは部下が勝手にやってくれるのが普通なのだそうだ。好条件をつけて入植希望者を募るというだけでもかなり変わったことだと苦笑いしていた。
役人が適当に入植者を決めて(実際の選定は各地の責任者に丸投げ)、有無も言わさず移動させられることになっても誰も疑問は抱かない。
領民が、領主のやろうとしていることに逆らうすべなど、最初からないのがこの世界……ということのようだ。
(でも、そんなの嫌だしなぁ。やっぱり、行ってもらうからには、出来る限りいい人材にいい環境で働いてもらいたいよね)
今回はありがたいことに、新天地に行きたいとたくさんの人が応募してくれているので、そういった強制的な入植をしなくてよかったことには私もほっとした。だが、私の〝こっそり面接〟により落選させた人たちの中には、最初から最後まで嘘を突き通していた人が何人かいて、その人たちを《真贋》で見てみると、なかなかにドス黒い煙の立ち上り方だったのだ。
ここまで〝真っ黒〟なのはなぜなのかと、彼らの素性があまりに気になったので、セーヤとソーヤに調査してもらったところ、やはりいろいろと悪いものが釣れてしまった。
「最初にメイロードさまが真っ黒認定されたこのテーエンゴという男は、結構な札付きの泥棒でした。今回は、農家をしている自分の弟の名前を騙ってましたね。引越し費用を掠め取ろうとしたのか、村に入り込んで盗みをしようとしたのかまではわかりませんが、小悪党です」
イスにあるマリス邸のキッチンカウンターで緑茶を飲みながら、私はセーヤとソーヤからの、相変わらず〝どうやって調べたの?〟と言いたくなるような、詳細な報告に耳を傾けていた。ちなみにお茶菓子はみたらし団子。すでにソーヤにはたんまり食べさせた。
「次の真っ黒男ですが、こちらはケルッツアという名で、いわゆる情報屋でした。破格の待遇の入植者募集に秘密の匂いを感じたんでしょうか。村に潜入してオイシイ情報を盗ろうという目論見だったようです。身分も人から買ったもので予習もだいぶしていたらしく、自分が落とされたことに驚いていましたよ。そのあと、身分を貸した男のところに合格できなかったのだから金を返せと乗り込んでました。どっちもどっちですが、醜い喧嘩でしたね」
「なるほどねー、情報屋かぁ。やっぱり面接には立ち会っておいてよかった。早々に〝イワムシ草〟の秘密を売られたんじゃ困るもん」
はっと気がつくと、私のお団子がひとつ減っている。
「ソ~ヤ~」
「わ、私からの報告は真っ黒女のアリリンですね」
つまみ食いをごまかそうと話し始めるが、口の横にはべっとりみたらしの蜜がついている。私は、ナプキンを渡しつつ、ソーヤに話を続けさせた。
「このアリリンという女は、酒場で働いていて、今回はその酒場である男から潜入を頼まれた、ということのようです」
「その男の情報はあるの?」
「それが……男は金だけ渡して身分は一切明かさなかったそうです。ただ、言葉が少し違ったそうで、もしかしたらシドの人間ではないかもしれないということでした」
「なんだか怪しい話ね。一体何が目的だったのかなぁ、盗賊の下見?」
ソーヤも不思議らしく、調べたことを書いた紙束を見つめている。
「男はかなり村の構成人数を気にかけていたそうです。山奥にできる村の人数をそこまで知りたい理由がわかりませんが……」
ソーヤの報告はそれはそれでなかなか気味の悪いものだ。
「それにしても〝条件が良すぎる〟っていうのが、こんな怪しい人たちの入植希望を生むとはね。実際、そこまで好条件だとは思わないんだけどなぁ」
お団子を食べながら、私はこの土地で暮らす人たちの生活の厳しさと、潜んでいる様々な危険に少しだけ憂鬱な気分になっていた。そんな私の表情を読んだのか、ソーヤがこんなことを言い始めた。
「実は時間がありましたので、何組か合格した方たちについても調べたのですが、皆さん一様にとても喜ばれていました。マズロさんご家族は、五人のお子さんがいるのですが、そこに三つ子の男の子が生まれたそうで、もう食べさせていけないと養子に出すことを考えていたところに今回の話があり、家族十人で入植されるそうですよ。
ケリッケさんご家族は、ここ数年害虫の被害が酷くて、ほとんど稼ぎがない状況だったそうで、家族が離れて出稼ぎをするしかない状況だったといいます。今回の募集によって一家離散せず暮らせると喜んでいました」
ふたりからいくつかの家族のとても喜んでいる様子を聞かせてもらい、私は笑顔を取り戻した。
「それは嬉しいことね……いい報告をありがとう、セーヤ・ソーヤ」
今回のマリス領新特産品開発計画の最初の試みで、幸せになる領民が増えてくれたら本当に嬉しいことだ。そんな彼らの生活が豊かになるかどうかも、私の行動次第となる。
「みんなのために〝イワムシ草〟必ず量産化に成功しなきゃね」
私たちはお茶で乾杯しながら、新事業の成功を誓った。
入植者を決めるために公募を行いさらに面接までする領主など聞いたことがありません、と役場の人に半ば呆れ気味に言われてしまった。
完全トップダウンでの意思決定が常識のこの世界、もちろんこの領地でのトップは私なので、私が新しい村にこれだけの人数を入植させる、と言いさえすれば、あとは部下が勝手にやってくれるのが普通なのだそうだ。好条件をつけて入植希望者を募るというだけでもかなり変わったことだと苦笑いしていた。
役人が適当に入植者を決めて(実際の選定は各地の責任者に丸投げ)、有無も言わさず移動させられることになっても誰も疑問は抱かない。
領民が、領主のやろうとしていることに逆らうすべなど、最初からないのがこの世界……ということのようだ。
(でも、そんなの嫌だしなぁ。やっぱり、行ってもらうからには、出来る限りいい人材にいい環境で働いてもらいたいよね)
今回はありがたいことに、新天地に行きたいとたくさんの人が応募してくれているので、そういった強制的な入植をしなくてよかったことには私もほっとした。だが、私の〝こっそり面接〟により落選させた人たちの中には、最初から最後まで嘘を突き通していた人が何人かいて、その人たちを《真贋》で見てみると、なかなかにドス黒い煙の立ち上り方だったのだ。
ここまで〝真っ黒〟なのはなぜなのかと、彼らの素性があまりに気になったので、セーヤとソーヤに調査してもらったところ、やはりいろいろと悪いものが釣れてしまった。
「最初にメイロードさまが真っ黒認定されたこのテーエンゴという男は、結構な札付きの泥棒でした。今回は、農家をしている自分の弟の名前を騙ってましたね。引越し費用を掠め取ろうとしたのか、村に入り込んで盗みをしようとしたのかまではわかりませんが、小悪党です」
イスにあるマリス邸のキッチンカウンターで緑茶を飲みながら、私はセーヤとソーヤからの、相変わらず〝どうやって調べたの?〟と言いたくなるような、詳細な報告に耳を傾けていた。ちなみにお茶菓子はみたらし団子。すでにソーヤにはたんまり食べさせた。
「次の真っ黒男ですが、こちらはケルッツアという名で、いわゆる情報屋でした。破格の待遇の入植者募集に秘密の匂いを感じたんでしょうか。村に潜入してオイシイ情報を盗ろうという目論見だったようです。身分も人から買ったもので予習もだいぶしていたらしく、自分が落とされたことに驚いていましたよ。そのあと、身分を貸した男のところに合格できなかったのだから金を返せと乗り込んでました。どっちもどっちですが、醜い喧嘩でしたね」
「なるほどねー、情報屋かぁ。やっぱり面接には立ち会っておいてよかった。早々に〝イワムシ草〟の秘密を売られたんじゃ困るもん」
はっと気がつくと、私のお団子がひとつ減っている。
「ソ~ヤ~」
「わ、私からの報告は真っ黒女のアリリンですね」
つまみ食いをごまかそうと話し始めるが、口の横にはべっとりみたらしの蜜がついている。私は、ナプキンを渡しつつ、ソーヤに話を続けさせた。
「このアリリンという女は、酒場で働いていて、今回はその酒場である男から潜入を頼まれた、ということのようです」
「その男の情報はあるの?」
「それが……男は金だけ渡して身分は一切明かさなかったそうです。ただ、言葉が少し違ったそうで、もしかしたらシドの人間ではないかもしれないということでした」
「なんだか怪しい話ね。一体何が目的だったのかなぁ、盗賊の下見?」
ソーヤも不思議らしく、調べたことを書いた紙束を見つめている。
「男はかなり村の構成人数を気にかけていたそうです。山奥にできる村の人数をそこまで知りたい理由がわかりませんが……」
ソーヤの報告はそれはそれでなかなか気味の悪いものだ。
「それにしても〝条件が良すぎる〟っていうのが、こんな怪しい人たちの入植希望を生むとはね。実際、そこまで好条件だとは思わないんだけどなぁ」
お団子を食べながら、私はこの土地で暮らす人たちの生活の厳しさと、潜んでいる様々な危険に少しだけ憂鬱な気分になっていた。そんな私の表情を読んだのか、ソーヤがこんなことを言い始めた。
「実は時間がありましたので、何組か合格した方たちについても調べたのですが、皆さん一様にとても喜ばれていました。マズロさんご家族は、五人のお子さんがいるのですが、そこに三つ子の男の子が生まれたそうで、もう食べさせていけないと養子に出すことを考えていたところに今回の話があり、家族十人で入植されるそうですよ。
ケリッケさんご家族は、ここ数年害虫の被害が酷くて、ほとんど稼ぎがない状況だったそうで、家族が離れて出稼ぎをするしかない状況だったといいます。今回の募集によって一家離散せず暮らせると喜んでいました」
ふたりからいくつかの家族のとても喜んでいる様子を聞かせてもらい、私は笑顔を取り戻した。
「それは嬉しいことね……いい報告をありがとう、セーヤ・ソーヤ」
今回のマリス領新特産品開発計画の最初の試みで、幸せになる領民が増えてくれたら本当に嬉しいことだ。そんな彼らの生活が豊かになるかどうかも、私の行動次第となる。
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私たちはお茶で乾杯しながら、新事業の成功を誓った。
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