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4 聖人候補の領地経営
718 暗示
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718
教会の中では、襟の高い黒い服を着た男たちに囲まれるように、すでに数人の子供たちが座っていた。
子供たちの服装はまちまちで、街育ちの子も田舎育ちの子もいるようだ。年齢もそれぞれ違うが、どの子も十代にはなっていなさそうだ。その子たちの表情は、当然だが一様に不安げで、だいぶ疲れてもいるようだ。かなり泣きはらした目をした子や、いまにも泣き出しそうな子もいた。
(どう見ても、この子たちは来たくて来ている風じゃないよね。買われてきたのか、さらわれてきたのか……どちらにせよ望んで来ているとは思えないよね)
とてもかわいそうに思えてたが、それを表情に出さないよう私は顔を伏せた。いまはこの子たちを助けるためにも誘拐された子供を演じなければならない。
どうやら私が最後のひとりだったようで、私が建物に入ると教会の扉は閉ざされ、日の光のあまり入らない構造なのか、室内はかなり薄暗くなっている。その中で、子供たちはベンチ風の椅子へと座るよう促され、祭壇に向かい合うように並んで腰をかけた。
「よく〝歓迎の儀式〟に間に合わせましたね。院長もお喜びでしょう」
私を連れてきた三人の魔術師が、同僚か上司らしき人に何やらほめられている。どうも、この儀式に間に合わせるよう急いで来たということのようだ。
たくさんの蝋燭が並べられた祭壇の周囲だけが明るく照らされた教会内部は、信者には荘厳に映るだろうが、いまの私にはただただ不気味でしかなかった。他の子供たちは、私以上にこの光景を気味悪く思っているようで、どの子の顔も青ざめて、一番小さな女の子は隣に座っていた少し大きな男の子にしがみついている。
短い沈黙のあと、私たちの目の前にある祭壇の影からひとりの人物が姿を現した。
それは非常に端正な顔をした男性で、年齢は三十歳ぐらい。着ているものは他の男たちと同じ襟の高い黒い服だが、彼だけはたくさんの飾りのついた中央に五角形をしたたくさんの宝石があしらわれた首飾りをしていた。
彼は優しげな笑みを浮かべ、私たちを見渡してからこう言いつつ、その首飾りを掲げた。
「安心なさい。ここは神の家、地上でもっとも安全な場所です。誰もそなたたちを傷つけたりすることはありませんよ。ここは、とても良いところです。大丈夫、何も心配は入りません」
笑顔の男の掲げたペンダントからは、光が放たれ子供たちはそれに目を奪われている。だが、私には光以外に赤黒い靄のようなものも見えていた。
(これは、以前にも似たようなものを見たことがある気がする……)
そんなことを思っていると、周囲の子供たちの表情が徐々に変わっていくのがわかった。不安そうな表情が消えていき、徐々に安らかな落ち着いた表情になっていったのだ。
私はといえば、赤黒い靄は私の近くに寄るとかき消えてしまうので、全然影響は受けない。私の〝聖なる〟加護がこの靄を消しているとすれば、これは良くないものなのだろう。
《真贋》のスキルと聖性を持つ私は、邪悪な効果を持つこうした魔法を可視化することができる。それに以前はこうした場合、攻撃を防ぐために《抗魔の結界》を張って事前防御する必要があったのだが、いまではわざわざ結界を張らずともこの程度の精神攻撃魔法は、何もせずとも自然に弾き返せるようになっている。
この進化は《聖なる歌声》を根気よく練習し続けて聖性が上昇したため、というのがミゼルの見解だ。
もちろん、今回の場合も靄と、それが消える様子が見えているのは私だけで、仕掛けてる首飾りをつけた人物にも見えてはいないので、私が攻撃を弾いていることもわからない。
過去の経験から、この暗示をかけるやり方は、詐欺師キャサリナが使っていた古代に造られた特殊な魔法を宿したアーティファクト《魅了の腕輪》に近いものなのではないかと予想できた。
(ここはこのペンダントの暗示にかかったようなふりをしておかないといけないよね)
私は周囲の子供たちの様子に合わせて、少しぼうっとしたような表情を作り、なんとかその場を凌ぐ。
黒い服の男たちはその様子に満足したのか、すぐに教会から出るよう促され、そのまま寝泊まりする場所へと連れて行かれた。だが、私たちはまだ隔離状態にあるようで、他の子供たちとは一切接触しない別の建物に収容され、その日は服もそのままで、決して美味しいとはいえないスープとパンだけの食事をとって、大部屋でみんな一緒に眠ることになった。
ベッドだけが置かれた寒々しい部屋での初めての夜を迎えた子供たちの中には、夜になって泣き出してしまう子や、情緒の安定しない子もあり、私は声をかけたり励ましたりしながら長い夜を過ごすことになった。子供たちはまだ不安に思う心もこれまでの記憶も完全には失っておらず、あのペンダントによる暗示は決してそう強力なものでないのだと感じられた。
だが、このルーティーンはそれから一週間続くことになった。朝起きて食事をし、教会へ行ってあの光るペンダントによって暗示をかけられたあと、少しづつこの〝孤児院〟のルールを教えられる、そんな毎日だ。
最初の数日で徐々に恐怖を取り除き、次には〝自ら進んでここへ来た〟という暗示を刷り込み、〝聖戦士〟となるために、立派な魔術師への道をここで歩むことに疑問を抱かなくなるよう子供たちは毎日暗示をかけられ続け、一週間後には気高い使命のためにここで清貧に暮らしながら修行する、というストーリーを信じて生きるよう精神をコントロールされていった。
(なるほど、あのペンダントはやはり効果が弱いんだ。だから何度も暗示を重ねて、精神支配を強固にしていったのね)
ペンダントを使ったこの〝歓迎の儀式〟と呼ばれる洗脳が終了し、制服が支給される頃には、子供たちはすっかり以前の記憶を忘れ、〝聖戦士〟となるために自ら望んで魔法を学びにやってきた選ばれた孤児であると思い込まされていた。私は、希望に満ちた笑顔ですっかりここに馴染んでいる子供たちを見て、本当に悲しくなったが、いますぐにこの子たちを助け出すことが難しい以上、彼らの暗示を解くわけにもいかなかった。
(ごめんね……いまはまだ動けないけど、このままにしては置かないから……)
教会の中では、襟の高い黒い服を着た男たちに囲まれるように、すでに数人の子供たちが座っていた。
子供たちの服装はまちまちで、街育ちの子も田舎育ちの子もいるようだ。年齢もそれぞれ違うが、どの子も十代にはなっていなさそうだ。その子たちの表情は、当然だが一様に不安げで、だいぶ疲れてもいるようだ。かなり泣きはらした目をした子や、いまにも泣き出しそうな子もいた。
(どう見ても、この子たちは来たくて来ている風じゃないよね。買われてきたのか、さらわれてきたのか……どちらにせよ望んで来ているとは思えないよね)
とてもかわいそうに思えてたが、それを表情に出さないよう私は顔を伏せた。いまはこの子たちを助けるためにも誘拐された子供を演じなければならない。
どうやら私が最後のひとりだったようで、私が建物に入ると教会の扉は閉ざされ、日の光のあまり入らない構造なのか、室内はかなり薄暗くなっている。その中で、子供たちはベンチ風の椅子へと座るよう促され、祭壇に向かい合うように並んで腰をかけた。
「よく〝歓迎の儀式〟に間に合わせましたね。院長もお喜びでしょう」
私を連れてきた三人の魔術師が、同僚か上司らしき人に何やらほめられている。どうも、この儀式に間に合わせるよう急いで来たということのようだ。
たくさんの蝋燭が並べられた祭壇の周囲だけが明るく照らされた教会内部は、信者には荘厳に映るだろうが、いまの私にはただただ不気味でしかなかった。他の子供たちは、私以上にこの光景を気味悪く思っているようで、どの子の顔も青ざめて、一番小さな女の子は隣に座っていた少し大きな男の子にしがみついている。
短い沈黙のあと、私たちの目の前にある祭壇の影からひとりの人物が姿を現した。
それは非常に端正な顔をした男性で、年齢は三十歳ぐらい。着ているものは他の男たちと同じ襟の高い黒い服だが、彼だけはたくさんの飾りのついた中央に五角形をしたたくさんの宝石があしらわれた首飾りをしていた。
彼は優しげな笑みを浮かべ、私たちを見渡してからこう言いつつ、その首飾りを掲げた。
「安心なさい。ここは神の家、地上でもっとも安全な場所です。誰もそなたたちを傷つけたりすることはありませんよ。ここは、とても良いところです。大丈夫、何も心配は入りません」
笑顔の男の掲げたペンダントからは、光が放たれ子供たちはそれに目を奪われている。だが、私には光以外に赤黒い靄のようなものも見えていた。
(これは、以前にも似たようなものを見たことがある気がする……)
そんなことを思っていると、周囲の子供たちの表情が徐々に変わっていくのがわかった。不安そうな表情が消えていき、徐々に安らかな落ち着いた表情になっていったのだ。
私はといえば、赤黒い靄は私の近くに寄るとかき消えてしまうので、全然影響は受けない。私の〝聖なる〟加護がこの靄を消しているとすれば、これは良くないものなのだろう。
《真贋》のスキルと聖性を持つ私は、邪悪な効果を持つこうした魔法を可視化することができる。それに以前はこうした場合、攻撃を防ぐために《抗魔の結界》を張って事前防御する必要があったのだが、いまではわざわざ結界を張らずともこの程度の精神攻撃魔法は、何もせずとも自然に弾き返せるようになっている。
この進化は《聖なる歌声》を根気よく練習し続けて聖性が上昇したため、というのがミゼルの見解だ。
もちろん、今回の場合も靄と、それが消える様子が見えているのは私だけで、仕掛けてる首飾りをつけた人物にも見えてはいないので、私が攻撃を弾いていることもわからない。
過去の経験から、この暗示をかけるやり方は、詐欺師キャサリナが使っていた古代に造られた特殊な魔法を宿したアーティファクト《魅了の腕輪》に近いものなのではないかと予想できた。
(ここはこのペンダントの暗示にかかったようなふりをしておかないといけないよね)
私は周囲の子供たちの様子に合わせて、少しぼうっとしたような表情を作り、なんとかその場を凌ぐ。
黒い服の男たちはその様子に満足したのか、すぐに教会から出るよう促され、そのまま寝泊まりする場所へと連れて行かれた。だが、私たちはまだ隔離状態にあるようで、他の子供たちとは一切接触しない別の建物に収容され、その日は服もそのままで、決して美味しいとはいえないスープとパンだけの食事をとって、大部屋でみんな一緒に眠ることになった。
ベッドだけが置かれた寒々しい部屋での初めての夜を迎えた子供たちの中には、夜になって泣き出してしまう子や、情緒の安定しない子もあり、私は声をかけたり励ましたりしながら長い夜を過ごすことになった。子供たちはまだ不安に思う心もこれまでの記憶も完全には失っておらず、あのペンダントによる暗示は決してそう強力なものでないのだと感じられた。
だが、このルーティーンはそれから一週間続くことになった。朝起きて食事をし、教会へ行ってあの光るペンダントによって暗示をかけられたあと、少しづつこの〝孤児院〟のルールを教えられる、そんな毎日だ。
最初の数日で徐々に恐怖を取り除き、次には〝自ら進んでここへ来た〟という暗示を刷り込み、〝聖戦士〟となるために、立派な魔術師への道をここで歩むことに疑問を抱かなくなるよう子供たちは毎日暗示をかけられ続け、一週間後には気高い使命のためにここで清貧に暮らしながら修行する、というストーリーを信じて生きるよう精神をコントロールされていった。
(なるほど、あのペンダントはやはり効果が弱いんだ。だから何度も暗示を重ねて、精神支配を強固にしていったのね)
ペンダントを使ったこの〝歓迎の儀式〟と呼ばれる洗脳が終了し、制服が支給される頃には、子供たちはすっかり以前の記憶を忘れ、〝聖戦士〟となるために自ら望んで魔法を学びにやってきた選ばれた孤児であると思い込まされていた。私は、希望に満ちた笑顔ですっかりここに馴染んでいる子供たちを見て、本当に悲しくなったが、いますぐにこの子たちを助け出すことが難しい以上、彼らの暗示を解くわけにもいかなかった。
(ごめんね……いまはまだ動けないけど、このままにしては置かないから……)
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