利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

768 楽しいお掃除

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768

サイデムおじさまが、散らかり放題になるまで、この部屋の掃除をさせなかったのには理由がある。

〝帝国の代理人〟となったおじさまの元には、いままでとは規模の違う仕事がたくさん舞い込むようになっている。そしてその多くには、いままで以上に重大で公表の有無が大きな変化をもたらす可能性のある事柄が含まれている。そうした情報の取り扱いを慎重にしなければならないのは当然だろう。そしておじさまの根城であるこの部屋には〝極秘〟扱いの書類があちこちにごっそり積まれているという状態だなのだ。

(もちろん、普段はそういった書類は鍵のしっかりかかる場所に保管してから掃除係の方にお願いするんだろうけど、このところそうした時間すら惜しくなっているおじさま、自分のいないときには部屋ごと魔法で封じるという荒技を使って誰も入れなくしてるんだよね)

この執務室は応接室と社長室の機能を兼ね備えた作りになった、そうはない超豪華仕様の内装だ。実の所おじさま自身はさして調度品へのこだわりはないのだが、さすがにこの世界で最も権力のある商人となったおじさま、それでは済まされない。

当然、この部屋の調度品はサイデム商会選りすぐり品ばかり。バイヤーたちが厳選に厳選を重ねて揃えた、由緒正しい高額家具で埋め尽くされている。

こうした素晴らしい家具ばかりの部屋の掃除では、いくつか注意すべきことがある。まず、基本は現状復帰に留めるということ。これはどの部屋の掃除でも共通することだが、整理整頓好きの人間は、往々にしてやりすぎてしまう。こういった完璧な清掃は、掃除される側が容赦なく徹底的にやってよろしい、という指示を出した場所以外はやらない方がいい。
乱雑に見えても、普段使用している人にはその人なりの秩序が存在する。それを見極め、できる限りそれを保ったままにし、元の状態から物を動かさずに掃除を行うのだ。

これはなかなか骨の折れることだが、私もおじさまとはもうだいぶ長い付き合いだし、この部屋も見慣れているので、あまり悩むことなく〝見苦しくない程度〟に部屋を整えていくことができる。この信用があるから、おじさまも何も言わずに私に掃除を任せてくれるのだ。

グッケンス博士の部屋のようなカオスを解消する場合は、相談しながらそれこそたくさんの家具の買い替えから居住空間全体の構成の変更まで、膨大な時間をかけて再構築しなければならない。でも、それが済んだ現在では、博士の部屋もやはり現状復帰を基本としたお掃除をしている。

(部屋が綺麗になっても、それで居住者が不便を感じてたら意味ないからね)

次に気をつけるのは、アンティークの家具の掃除だ。私の魔法を使った掃除技術は、かなり美しい状態へ戻すことができるのだが、やりすぎると古い家具の味わいが消えてしまう。やろうと思えば、昨日買ってきたような状態にだってできてしまうので、常に控えるよう気をつけないと危険なのだ。これは普通の人にはあまりない悩みだが、せっかくの重厚感あふれる家具には、その古びた感じも味わいだ。

(前に博士が皇帝陛下から褒賞として賜ったという、先代皇帝ご愛用の癒し効果が付与された特別なアンティーク長椅子を、ついまっさらの新品ペカペカにしちゃったことがあるんだよね。別に博士は気にしてなかったけど、なんか重厚感が消えて、部屋にそぐわなくなっちゃったんだよねぇ……用心用心、やりすぎ用心)

それから魔法まで剥がさないようにする、というのも忘れてはいけない。この部屋には、魔法による防音効果や盗聴防止効果が付与されている。おおよそ三か月ぐらいは持続可能なもので、定着させるための魔法陣が部屋のあちこちに仕込まれていたりするのだ。

こうした持続的な魔法が仕込まれたものは、ときに直接壁や床に書かれていたり、紙などに書いたものが貼られていたりするので《索敵》の技術を応用して、その位置を割り出し、傷つけたりしないよう細心の注意を払う。

(お掃除のために、この軍での重要技術とされる高度な《索敵》を使う私をみて、グッケンス博士が呆れてたけど、便利なんだから使うでしょ。いいじゃないの、楽できて)

私は指揮棒よろしくお手製のハタキを手に、《索敵》で確認した魔法の痕跡の位置を回避しつつ、《清浄》の魔法を、それぞれの家具の状態に合わせて部屋全体に多重展開。風魔法を掃除機のように使って床の埃やゴミも集め、カーペットも綺麗にしていく。

(うん、良い調子!)

瞬く間に綺麗になっていく広い部屋。ご機嫌で掃除をしていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「サイデム様、扉を開けていただけますでしょうか?」

私は掃除のために、他の部屋に迷惑をかけないよう、軽く音を遮り埃が他の部屋に行かない《結界》を作っていたので、ドアも開かない状態になっていた。

声の主は、秘書課の方の聞き覚えのある声だったので、私はすぐ《結界》を解除し、ドアを開いた。

「申し訳ありません。こちらは清掃中です。ここの住人にはこの階の会議室に移動していただきました」

私が笑顔でそういうと、顔見知りの彼女は納得した顔だ。

「ああ、お疲れ様です。助かります。サイデム様は会議室でございますね」

そして秘書さんは、後ろにいたなかなか気合の入った貴族服に身を包んだ男性と共に、会議室へと向かっていった。

(どうもアポなしっぽいなぁ……誰だろう)
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