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4 聖人候補の領地経営
769 特別融資
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769
「サイデム様、マーゴット伯爵様が、どうしてもご挨拶したいと見えられておりまして……お通ししてもよろしゅうございますでしょうか」
ソーヤに運ばせた書類に埋もれていたサイデムは、おずおずと切り出された秘書の言葉に不機嫌を隠さず眉をしかめた。
「はぁ……マーゴット伯爵か……コイツは社交界に顔が効く。別に味方にする必要はないが、敵にまわられるとなにかと面倒な男だ。それに、先先代には世話になっているしな……わかった。応接室へお連れしてくれ。すぐにいく」
実はサガン・サイデムとマーゴット家には縁がある。
金融業で財を築いたマーゴット家から、サイデムはいままで何度か巨額の融資を受けているのだ。先先代のマーゴット伯爵とは年は離れていたが、商売人として非常に気が合い、自らも庶民出身の彼は若かりし頃のサイデムに大変目をかけてくれた。この晩年の先先代マーゴット伯とサイデムは盟友といっていい関係でもあったのだ。その恩もあり、サイデムは現当主のまったく商売に興味も才もないマーゴット伯爵に対しても、常日頃から礼節を持って対応している。
(コイツに先先代ぐらいの才覚があれば、マーゴットの爺さんももう少し安心してくたばれたんだろうがなぁ……まぁ、貴族らしいというのは、いまの時代そう悪くはないがな)
さっさと用事を済ませようと早足で応接室へ向かったサイデムは、部屋の前で待っていたマーゴット伯爵の侍従が開けた扉を入り、笑顔で挨拶をした。
「イスへようこそおいでくださいました、マーゴット伯爵様」
すっかりくつろいでサイデム商会自慢の高級茶を味わっていたマーゴット伯爵は、いつもの人懐こい笑顔で手を振っている。
「いや、このような突然の来訪、ご迷惑だと心得ております。ただ、今年の避暑はイスを中心に北東部を巡ることにいたしましたので、サイデム殿には、〝ご挨拶〟だけでもと思ったのです」
「ご配慮痛み入ります」
この〝ご挨拶〟という言葉には、イス滞在中の買い物や商取引をサイデム商会を通して行うという意味が込められている。
「それは大変光栄なことでございます。うちの店から専任の担当を派遣させていただきますので、その者になんでもお申し付けください」
「おお、それは重畳。それから、もうひとつご提案があるのですが、よろしいでしょうか」
優雅な仕草でマーゴット伯爵が侍従に手を振ると、机の上に何枚かの書類が置かれた。
「マーゴット伯爵家は、先だっての幼児大量誘拐監禁事件の被害者である子供たちに大変心を痛めております。ぜひ彼らのための専門学校設立にもご協力したかったのですが、やはり皆さまご関心があるとみえて、信じられない速さでご寄付は集まってしい、ご協力できませんでした……」
「いつもながら、マーゴット伯爵家の慈善活動に対する姿勢は素晴らしいですな。今回はそのお心遣いをお断りするような形になってしまい、誠に申し訳ございません」
頭を下げるサイデムに、笑顔で首を振るマーゴット伯爵。
「いやいや、こればかりは仕方のないことです。……ですが、彼らの助けになるのは寄付ばかりではないと考えました。それで、このご提案を今回の専門学校設立の指揮を取っておられるサイデム殿にお見せしたいと、持って参ったのです」
マーゴット伯爵の差し出した書類を一読したサイデムは、なるほどと感心した。
それは〝魔法屋専門学校第一回卒業生に対する特別融資計画〟というもので、最初の卒業生となる誘拐事件の被害者たち限定の、特別利率の低い融資枠をマーゴット金融が請け負うという提案だった。
(まぁ、間違いなく侍従の誰かの提案なんだろうが、これは確かに魅力的だ。〝魔法屋〟は露天でも稼げる仕事、卒業すればはどこでも仕事はできる。だが、多くの子供たちは卒業後の生活基盤がない。家や店を持ち、安定した生活をしていけるようになるまでの道は、平坦ではないだろう。彼らが仕事としての〝魔法屋〟を開業するための資金、それを低金利で貸してもらえたら、必ずやる気のある子供たちのためになる)
「これは、素晴らしいご提案でございますな。確かに、彼らが飛躍するためには、最高の援護となりましょう」
「ありがとうございます。では、このことぜひ理事会の皆様へお伝えくださいませ。では、お忙しいでしょうから、本日はこれにて」
マーゴット伯爵は用事を済ませると、すぐに立ち上がった。さすがに、彼もいまが長居をしていい状況かどうかは理解しているようだ。
「ぜひ近いうちに〝大地の恵み〟亭へご招待させてください、マーゴット伯爵様」
「それは嬉しいですね。あの店は本当に予約が取れないですから」
最後まで笑顔のマーゴット伯爵は、侍従たちとともに颯爽と去っていった。
(なるほど、この採算度外視の融資は理事会へのアピールか。どうやらマーゴット、今回の寄付をした方々に察しがついているな……まぁ、マーゴット金融の調査部は筋金入りだ。しかたあるまい……)
「ったく、面倒なことをしてくれるぜ」
サイデムは頭を掻きながら、会議室へと戻って行こうとしたが、途中でメイロードに呼び止められた。
「おじさま、掃除終わりましたよ。書類も運びましたから、執務室へ戻ってくださーい」
「おお、早いな。じゃ、飯にするか」
「今日はお弁当を作ってきてますから、ラーメンはだめですよ」
「ええ! なんだよ、小さいやつにするから、ちょっとだけ食べさせろって!」
「ダメでーす! 野菜たっぷりクラムチャウダーがありますから、それで我慢してください!」
「それはうまそうだが……やっぱりラーメンも……」
ふたりはそんなやりとりをしながら執務室へ戻っていくのだった。
「サイデム様、マーゴット伯爵様が、どうしてもご挨拶したいと見えられておりまして……お通ししてもよろしゅうございますでしょうか」
ソーヤに運ばせた書類に埋もれていたサイデムは、おずおずと切り出された秘書の言葉に不機嫌を隠さず眉をしかめた。
「はぁ……マーゴット伯爵か……コイツは社交界に顔が効く。別に味方にする必要はないが、敵にまわられるとなにかと面倒な男だ。それに、先先代には世話になっているしな……わかった。応接室へお連れしてくれ。すぐにいく」
実はサガン・サイデムとマーゴット家には縁がある。
金融業で財を築いたマーゴット家から、サイデムはいままで何度か巨額の融資を受けているのだ。先先代のマーゴット伯爵とは年は離れていたが、商売人として非常に気が合い、自らも庶民出身の彼は若かりし頃のサイデムに大変目をかけてくれた。この晩年の先先代マーゴット伯とサイデムは盟友といっていい関係でもあったのだ。その恩もあり、サイデムは現当主のまったく商売に興味も才もないマーゴット伯爵に対しても、常日頃から礼節を持って対応している。
(コイツに先先代ぐらいの才覚があれば、マーゴットの爺さんももう少し安心してくたばれたんだろうがなぁ……まぁ、貴族らしいというのは、いまの時代そう悪くはないがな)
さっさと用事を済ませようと早足で応接室へ向かったサイデムは、部屋の前で待っていたマーゴット伯爵の侍従が開けた扉を入り、笑顔で挨拶をした。
「イスへようこそおいでくださいました、マーゴット伯爵様」
すっかりくつろいでサイデム商会自慢の高級茶を味わっていたマーゴット伯爵は、いつもの人懐こい笑顔で手を振っている。
「いや、このような突然の来訪、ご迷惑だと心得ております。ただ、今年の避暑はイスを中心に北東部を巡ることにいたしましたので、サイデム殿には、〝ご挨拶〟だけでもと思ったのです」
「ご配慮痛み入ります」
この〝ご挨拶〟という言葉には、イス滞在中の買い物や商取引をサイデム商会を通して行うという意味が込められている。
「それは大変光栄なことでございます。うちの店から専任の担当を派遣させていただきますので、その者になんでもお申し付けください」
「おお、それは重畳。それから、もうひとつご提案があるのですが、よろしいでしょうか」
優雅な仕草でマーゴット伯爵が侍従に手を振ると、机の上に何枚かの書類が置かれた。
「マーゴット伯爵家は、先だっての幼児大量誘拐監禁事件の被害者である子供たちに大変心を痛めております。ぜひ彼らのための専門学校設立にもご協力したかったのですが、やはり皆さまご関心があるとみえて、信じられない速さでご寄付は集まってしい、ご協力できませんでした……」
「いつもながら、マーゴット伯爵家の慈善活動に対する姿勢は素晴らしいですな。今回はそのお心遣いをお断りするような形になってしまい、誠に申し訳ございません」
頭を下げるサイデムに、笑顔で首を振るマーゴット伯爵。
「いやいや、こればかりは仕方のないことです。……ですが、彼らの助けになるのは寄付ばかりではないと考えました。それで、このご提案を今回の専門学校設立の指揮を取っておられるサイデム殿にお見せしたいと、持って参ったのです」
マーゴット伯爵の差し出した書類を一読したサイデムは、なるほどと感心した。
それは〝魔法屋専門学校第一回卒業生に対する特別融資計画〟というもので、最初の卒業生となる誘拐事件の被害者たち限定の、特別利率の低い融資枠をマーゴット金融が請け負うという提案だった。
(まぁ、間違いなく侍従の誰かの提案なんだろうが、これは確かに魅力的だ。〝魔法屋〟は露天でも稼げる仕事、卒業すればはどこでも仕事はできる。だが、多くの子供たちは卒業後の生活基盤がない。家や店を持ち、安定した生活をしていけるようになるまでの道は、平坦ではないだろう。彼らが仕事としての〝魔法屋〟を開業するための資金、それを低金利で貸してもらえたら、必ずやる気のある子供たちのためになる)
「これは、素晴らしいご提案でございますな。確かに、彼らが飛躍するためには、最高の援護となりましょう」
「ありがとうございます。では、このことぜひ理事会の皆様へお伝えくださいませ。では、お忙しいでしょうから、本日はこれにて」
マーゴット伯爵は用事を済ませると、すぐに立ち上がった。さすがに、彼もいまが長居をしていい状況かどうかは理解しているようだ。
「ぜひ近いうちに〝大地の恵み〟亭へご招待させてください、マーゴット伯爵様」
「それは嬉しいですね。あの店は本当に予約が取れないですから」
最後まで笑顔のマーゴット伯爵は、侍従たちとともに颯爽と去っていった。
(なるほど、この採算度外視の融資は理事会へのアピールか。どうやらマーゴット、今回の寄付をした方々に察しがついているな……まぁ、マーゴット金融の調査部は筋金入りだ。しかたあるまい……)
「ったく、面倒なことをしてくれるぜ」
サイデムは頭を掻きながら、会議室へと戻って行こうとしたが、途中でメイロードに呼び止められた。
「おじさま、掃除終わりましたよ。書類も運びましたから、執務室へ戻ってくださーい」
「おお、早いな。じゃ、飯にするか」
「今日はお弁当を作ってきてますから、ラーメンはだめですよ」
「ええ! なんだよ、小さいやつにするから、ちょっとだけ食べさせろって!」
「ダメでーす! 野菜たっぷりクラムチャウダーがありますから、それで我慢してください!」
「それはうまそうだが……やっぱりラーメンも……」
ふたりはそんなやりとりをしながら執務室へ戻っていくのだった。
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