利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

文字の大きさ
580 / 840
4 聖人候補の領地経営

769 特別融資

しおりを挟む
769

「サイデム様、マーゴット伯爵様が、どうしてもご挨拶したいと見えられておりまして……お通ししてもよろしゅうございますでしょうか」

ソーヤに運ばせた書類に埋もれていたサイデムは、おずおずと切り出された秘書の言葉に不機嫌を隠さず眉をしかめた。

「はぁ……マーゴット伯爵か……コイツは社交界に顔が効く。別に味方にする必要はないが、敵にまわられるとなにかと面倒な男だ。それに、先先代には世話になっているしな……わかった。応接室へお連れしてくれ。すぐにいく」

実はサガン・サイデムとマーゴット家には縁がある。

金融業で財を築いたマーゴット家から、サイデムはいままで何度か巨額の融資を受けているのだ。先先代のマーゴット伯爵とは年は離れていたが、商売人として非常に気が合い、自らも庶民出身の彼は若かりし頃のサイデムに大変目をかけてくれた。この晩年の先先代マーゴット伯とサイデムは盟友といっていい関係でもあったのだ。その恩もあり、サイデムは現当主のまったく商売に興味も才もないマーゴット伯爵に対しても、常日頃から礼節を持って対応している。

(コイツに先先代ぐらいの才覚があれば、マーゴットの爺さんももう少し安心してくたばれたんだろうがなぁ……まぁ、貴族というのは、いまの時代そう悪くはないがな)

さっさと用事を済ませようと早足で応接室へ向かったサイデムは、部屋の前で待っていたマーゴット伯爵の侍従が開けた扉を入り、笑顔で挨拶をした。

「イスへようこそおいでくださいました、マーゴット伯爵様」

すっかりくつろいでサイデム商会自慢の高級茶を味わっていたマーゴット伯爵は、いつもの人懐こい笑顔で手を振っている。

「いや、このような突然の来訪、ご迷惑だと心得ております。ただ、今年の避暑はイスを中心に北東部を巡ることにいたしましたので、サイデム殿には、〝ご挨拶〟だけでもと思ったのです」

「ご配慮痛み入ります」

この〝ご挨拶〟という言葉には、イス滞在中の買い物や商取引をサイデム商会を通して行うという意味が込められている。

「それは大変光栄なことでございます。うちの店から専任の担当を派遣させていただきますので、その者になんでもお申し付けください」

「おお、それは重畳。それから、もうひとつご提案があるのですが、よろしいでしょうか」

優雅な仕草でマーゴット伯爵が侍従に手を振ると、机の上に何枚かの書類が置かれた。

「マーゴット伯爵家は、先だっての幼児大量誘拐監禁事件の被害者である子供たちに大変心を痛めております。ぜひ彼らのための専門学校設立にもご協力したかったのですが、やはり皆さまご関心があるとみえて、信じられない速さでご寄付は集まってしい、ご協力できませんでした……」

「いつもながら、マーゴット伯爵家の慈善活動に対する姿勢は素晴らしいですな。今回はそのお心遣いをお断りするような形になってしまい、誠に申し訳ございません」

頭を下げるサイデムに、笑顔で首を振るマーゴット伯爵。

「いやいや、こればかりは仕方のないことです。……ですが、彼らの助けになるのは寄付ばかりではないと考えました。それで、このご提案を今回の専門学校設立の指揮を取っておられるサイデム殿にお見せしたいと、持って参ったのです」

マーゴット伯爵の差し出した書類を一読したサイデムは、なるほどと感心した。

それは〝魔法屋専門学校第一回卒業生に対する特別融資計画〟というもので、最初の卒業生となる誘拐事件の被害者たち限定の、特別利率の低い融資枠をマーゴット金融が請け負うという提案だった。

(まぁ、間違いなく侍従の誰かの提案なんだろうが、これは確かに魅力的だ。〝魔法屋〟は露天でも稼げる仕事、卒業すればはどこでも仕事はできる。だが、多くの子供たちは卒業後の生活基盤がない。家や店を持ち、安定した生活をしていけるようになるまでの道は、平坦ではないだろう。彼らが仕事としての〝魔法屋〟を開業するための資金、それを低金利で貸してもらえたら、必ずやる気のある子供たちのためになる)

「これは、素晴らしいご提案でございますな。確かに、彼らが飛躍するためには、最高の援護となりましょう」

「ありがとうございます。では、このことぜひお伝えくださいませ。では、お忙しいでしょうから、本日はこれにて」

マーゴット伯爵は用事を済ませると、すぐに立ち上がった。さすがに、彼もいまが長居をしていい状況かどうかは理解しているようだ。

「ぜひ近いうちに〝大地の恵み〟亭へご招待させてください、マーゴット伯爵様」
「それは嬉しいですね。あの店は本当に予約が取れないですから」

最後まで笑顔のマーゴット伯爵は、侍従たちとともに颯爽と去っていった。

(なるほど、この採算度外視の融資は理事会へのアピールか。どうやらマーゴット、今回の寄付をした方々に察しがついているな……まぁ、マーゴット金融の調査部は筋金入りだ。しかたあるまい……)

「ったく、面倒なことをしてくれるぜ」

サイデムは頭を掻きながら、会議室へと戻って行こうとしたが、途中でメイロードに呼び止められた。

「おじさま、掃除終わりましたよ。書類も運びましたから、執務室へ戻ってくださーい」
「おお、早いな。じゃ、飯にするか」
「今日はお弁当を作ってきてますから、ラーメンはだめですよ」
「ええ! なんだよ、小さいやつにするから、ちょっとだけ食べさせろって!」
「ダメでーす! 野菜たっぷりクラムチャウダーがありますから、それで我慢してください!」
「それはうまそうだが……やっぱりラーメンも……」
ふたりはそんなやりとりをしながら執務室へ戻っていくのだった。
しおりを挟む
感想 3,006

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話 2025.10〜連載版構想書き溜め中 2025.12 〜現時点10万字越え確定

よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。 美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。 第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。