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4 聖人候補の領地経営

770 接待しましょう

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770

「素晴らしいじゃないですか! マーゴット伯爵、いい提案をしてくれますねぇ」

今日のお昼は野菜の肉巻きを中心としたお弁当。おじさまはちまちまといろいろなものを食べるよりも、ガツンと食べられるものがお好きなので、こうして野菜と肉が取りやすいメイン料理を中心にしたお弁当を作るようにしている。今日も残さずきっちり食べてくれた。
そして食後、なぜかおじさまお気に入りの異世界直輸入品極上ほうじ茶を淹れながら、私は先程おじさまを訪ねてきたマーゴット伯爵が提案したという〝魔法屋専門学校第一期生を対象とした特別融資〟について話を聞いていた。

「まぁ、若造でしかも何の信用のない奴が金を借りることは至難の業だ。たとえ貸し手がいたとしても、とてつもなく金利が高いしな。それを考えれば、学校を出たばかりの魔法屋が金を借りられるだけでもマーゴットの提案はかなり破格な条件だ」

「そうですよねぇ……」

この世界でお金を借りるというのは、思った以上に大ごとだ。人口も流動的で、シド帝国にも戸籍制度はほぼない(私の領地では完備してるけどね)。庶民が持てる信用情報を含む身分証は〝ギルドカード〟ぐらいなのだ。

そういうわけで、ギルドカードはとても重要なものだ。ギルドカードのランク次第で借りられる額も変わるし、私のように有力者の裏書きがされたギルドカードが持てれば、金利も大幅に優遇される。だがそんな人は一握り。だから多くの人はひたすらお金が貯まるまで我慢するしかないし、腕に自信があれば一攫千金を狙って危険な冒険にも出るのだ。

「事務局でも卒業生たちの処遇については、すでに相談はしてきています。いまの予定では、第一期の卒業生には寄付金から当座の生活費を差し上げることにはなっているんですけど、まぁ、確かにそれだけじゃ何かあったときに不安ですよね」

マーゴット伯爵の置き土産の書類に目を通しながら、私は子供たちの行く末を思った。

「ああ、思った以上に多くの子供たちの親が見つかっていないし、本人たちも長く故郷を離れて育っているから、知人もないしな。頼れるのが魔法屋の腕だけとなると、最初は日銭を稼ぐような仕事しかないだろうな」

「魔法屋の仕事の需要は常にありますから、食べるのには困らないにしても、そこから先ですよね。マーゴット伯爵、よくこんなことを提案してくれましたね。すごいです」

私が感心していると、おじさまはふっと苦笑いを浮かべる。

「まぁ、十中八九この融資を考えたのは、腕利きの侍従たちだと思うがな。あそこで金勘定をしている連中は先先代からの教えを忠実に引き継いだ金貸しだ。この提案もしっかり裏付けのある利率に設定してあるし、損が出ないよう値踏みがされてる。〝魔法屋ギルド〟を〝魔術師ギルド〟の傘下に置いたことも、いい信用になっているだろうしな。ったく抜け目のない連中さ。
そんな内情、マーゴット伯爵は知らんだろうがな。いまの伯爵は、この〝慈愛に溢れた特別な優遇〟について盛大に吹聴してマーゴット伯爵家の信用と評判を上げるのが仕事なのさ」

「なるほど……貴族社会ではそれもまた重要なお仕事ですね」

「まぁな」

おじさまはデザートに用意した、ラム酒に漬け込んだドライフルーツをたっぷりと入れて焼き上げたあと、じっくり寝かせてしっとりとした味わいになったフルーツケーキをぱくつきながら、彼らの目的について話してくれた。

「マーゴット家の狙いは、この専門学校の理事会へ食い込むことだ。どうやら、今回の寄付の送り主について当たりをつけているらしい。俺が〝帝国の代理人〟であることも要因だろうが、とにかく動いた金が大きいからな。きっとマーゴット金融の調査部がそこから探り当てたんだろう。

マーゴット伯爵の家は、貴族とはいえ上位貴族と違い、皇宮とは縁遠い。マーゴット伯爵が社交界で大きな顔をするためには、是が非でも皇宮との結びつきを持ちたいわけだが、金貸し伯爵と皇宮は接点がなさすぎるだろう」

「それで、理事会へ食い込むことで、やんごとない方々との接点を作っていこうと……」

「まぁ、そういうことだな」

三つ目のフルーツケーキにフォークを突き立てながら、おじさまはうんざりという顔だ。

「ともかく、この融資の話は受けるしかないだろう。お前もそのつもりでな。だが、ヤツに利用されないよう気をつけろよ」

「はい。でも、まだ会ったこともない方ですし、会う機会もなさそうですけどね」

私は社交界には興味もないし、そんな暇があったらしたいことがありすぎる。とりあえず、おじさまの接待には協力して、あとはお任せすることにしよう。

「じゃ、ご馳走でもしてご機嫌をとりますか」

私もほうじ茶を啜りながら、マーゴット伯爵に食べさせる特別料理をあれこれ考え始めていた。
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