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4 聖人候補の領地経営
777 綺麗な妖精さんはお好きですか?
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777
「役所へ来る人が倍増?」
私は今日も今日とて楽になったとはいえ、決してなくなることはない書類仕事を領主館でしている。
「守護妖精の皆さんは、確かに即戦力になってくれています。読み書きは完璧ですし、妖精の間での意識共有のおかげで、必要な情報が瞬時に全員に伝えられるので、仕事を覚える速度も信じられないほど早いですし、事務処理ももう他の文官たちを超える速度でこなしてます。それに、メイロードさまの薫陶のおかげか、住民の方々にも大変評判がよろしくてですね……」
「?」
そう言うキッペイの顔には、不思議な笑いが浮かんでいる。
妖精さん同士ということもあって、接客の先輩であるセーヤとソーヤを講師とし住民たちに対する接し方の指導をお願いしたのだが、ふたりの指導の基本は、最初に私がセーヤ・ソーヤに伝えた〝お客様を私だと思って接する〟というルールに準じたものだった。
それを守護妖精たちは忠実に守り、それは丁寧な接客態度で役所での仕事をしてくれている。
私の依頼を受けたこの臨時の妖精職員五十名は、領内の公共施設に分散して配属された。半分は内勤、もう半分は住民との接触の多い申請窓口などの業務なのだが、彼らの登場で役所の窓口は一気に華やかになった。
私はあまり気にしていなかったのだが、もともと花の妖精である彼らは超のつく美形揃い、しかも近づけば優しい花の香りをふんわりとさせているという優雅さ。そんな妖精さんが、丁寧に大切に扱ってくれるとあって、住民たちからは大好評なのだが、大好評が過ぎている面があるらしい。
「世の中には馬鹿な男どもが多いってことですよ」
キッペイはやれやれと言う顔をしながら、説明してくれた。
実の所、守護妖精たちに厳密な性別はないのだが、基本的に花の妖精たちは女性的でスレンダーな容姿をしている。そのため人間からすると、やたらと別嬪の女性に見えるわけだ。それが、大切な人に対するような丁寧さで笑顔をいつも向けながら接してくれる。こうなると、女慣れしていない勘違い連中が沸いてしまう、ということらしい。
腕っ節に自信のある男たちの中には、役所の中で守護妖精たちに強引な口説きを始める輩も出てきたそうで、他の人たちの迷惑になる連中も現れたらしい。
「それは良くないね。それじゃ、妖精さんたちには内勤にまわってもらった方がいいのかな……」
私は思わぬ事態にどうしようかと考え始めたが、キッペイによるとそれもほぼ解決済みだそうだ。
ある男が、用事もないのに役所へ日参していた。冒険者らしく筋骨隆々としたこの大男は、住民サービスの窓口対応をしていた守護妖精のひとり〝ネルケ〟に完全に惚れていて、声高に〝こんなところで働くよりいい生活をさせてやる〟とか、〝俺はこの街で一番強い冒険者だ〟とか、言い募っていた。
ネルケは、もちろん親切丁寧に対応を続けていたが、申請窓口に陣取って睨みを効かせ、男性客を威嚇するという彼の態度はすぐさま問題となった。その態度と大声に他の住民たちが怯える様子を危険だと感じたネルケは、念話を使い妖精ネットワークで相談。すぐさまこれを〝排除対象因子〟と判断した。
すっとネルケは窓口から離れ、フロアに出ていく。窓口から出てきたネルケを、相変わらずしつこく追い回し、その肩に触ろうとする大男。いつもならば軽くかわしていたネルケ、だが今回は違った。大男の腕を掴むと、そのか細い腕からは信じられない腕力で、笑顔のままその腕をねじり上げた。
男はあまりの痛さに悲鳴をあげるが、一歩も動くことはできずにいる。
「お客様、大変申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑となっておりますので、もう少しお静かにしてくださいませ」
いつもと変わらぬ涼しげな微笑みを絶やさず、美しい声でそう言うネルケに、恥をかかされたとでも思ったのかその大男は逆上し、ネルケが力をゆるめた瞬間に、強引に手を振り解くと奇声を上げながら掴みかかってきた。
だが、か細く見えてもネルケは〝守護妖精〟神の眷属として危険な大森林を守っている戦士だ。
掴みかかろうとする大男に顔色ひとつ変えず、ネルケは軽くいなしてその腕をスルッと避けると、逆に男の上腕に手をかけ、そのまま周囲が驚くほどの高さまで跳ね上げると、ぽんと投げ飛ばした。
そして次に瞬間には、ズンッと大きな音がして、男はフロアの真ん中に投げ出され、目を回していた。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました。お怪我をされた方はございませんか?」
もちろん、その場所に人がいないことは確認して投げ飛ばしたネルケだったが、呼吸ひとつ乱さず、何事もなかったかのような笑顔で周囲にいる人々にそう聞くその姿はかなり衝撃的だったようで、役所にいる妖精たちがとてつもなく強く、無礼を働く者には容赦がない、という噂は、あっという間に領内を駆け巡ったそうだ。
「あー、なるほどね。それで、解決しちゃたんだ」
「まぁ、そうでございますね。これで少しは節度を守ってくれるようになったとは思いますよ。相変わらず、うろつく男性は多いですけどね。それに……実は男性のように迷惑になる者は少ないですが、女性の方にも役所へ日参されている方がいるようです」
(みんな美形好きか! しょうがないわねぇ……)
「役所へ来る人が倍増?」
私は今日も今日とて楽になったとはいえ、決してなくなることはない書類仕事を領主館でしている。
「守護妖精の皆さんは、確かに即戦力になってくれています。読み書きは完璧ですし、妖精の間での意識共有のおかげで、必要な情報が瞬時に全員に伝えられるので、仕事を覚える速度も信じられないほど早いですし、事務処理ももう他の文官たちを超える速度でこなしてます。それに、メイロードさまの薫陶のおかげか、住民の方々にも大変評判がよろしくてですね……」
「?」
そう言うキッペイの顔には、不思議な笑いが浮かんでいる。
妖精さん同士ということもあって、接客の先輩であるセーヤとソーヤを講師とし住民たちに対する接し方の指導をお願いしたのだが、ふたりの指導の基本は、最初に私がセーヤ・ソーヤに伝えた〝お客様を私だと思って接する〟というルールに準じたものだった。
それを守護妖精たちは忠実に守り、それは丁寧な接客態度で役所での仕事をしてくれている。
私の依頼を受けたこの臨時の妖精職員五十名は、領内の公共施設に分散して配属された。半分は内勤、もう半分は住民との接触の多い申請窓口などの業務なのだが、彼らの登場で役所の窓口は一気に華やかになった。
私はあまり気にしていなかったのだが、もともと花の妖精である彼らは超のつく美形揃い、しかも近づけば優しい花の香りをふんわりとさせているという優雅さ。そんな妖精さんが、丁寧に大切に扱ってくれるとあって、住民たちからは大好評なのだが、大好評が過ぎている面があるらしい。
「世の中には馬鹿な男どもが多いってことですよ」
キッペイはやれやれと言う顔をしながら、説明してくれた。
実の所、守護妖精たちに厳密な性別はないのだが、基本的に花の妖精たちは女性的でスレンダーな容姿をしている。そのため人間からすると、やたらと別嬪の女性に見えるわけだ。それが、大切な人に対するような丁寧さで笑顔をいつも向けながら接してくれる。こうなると、女慣れしていない勘違い連中が沸いてしまう、ということらしい。
腕っ節に自信のある男たちの中には、役所の中で守護妖精たちに強引な口説きを始める輩も出てきたそうで、他の人たちの迷惑になる連中も現れたらしい。
「それは良くないね。それじゃ、妖精さんたちには内勤にまわってもらった方がいいのかな……」
私は思わぬ事態にどうしようかと考え始めたが、キッペイによるとそれもほぼ解決済みだそうだ。
ある男が、用事もないのに役所へ日参していた。冒険者らしく筋骨隆々としたこの大男は、住民サービスの窓口対応をしていた守護妖精のひとり〝ネルケ〟に完全に惚れていて、声高に〝こんなところで働くよりいい生活をさせてやる〟とか、〝俺はこの街で一番強い冒険者だ〟とか、言い募っていた。
ネルケは、もちろん親切丁寧に対応を続けていたが、申請窓口に陣取って睨みを効かせ、男性客を威嚇するという彼の態度はすぐさま問題となった。その態度と大声に他の住民たちが怯える様子を危険だと感じたネルケは、念話を使い妖精ネットワークで相談。すぐさまこれを〝排除対象因子〟と判断した。
すっとネルケは窓口から離れ、フロアに出ていく。窓口から出てきたネルケを、相変わらずしつこく追い回し、その肩に触ろうとする大男。いつもならば軽くかわしていたネルケ、だが今回は違った。大男の腕を掴むと、そのか細い腕からは信じられない腕力で、笑顔のままその腕をねじり上げた。
男はあまりの痛さに悲鳴をあげるが、一歩も動くことはできずにいる。
「お客様、大変申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑となっておりますので、もう少しお静かにしてくださいませ」
いつもと変わらぬ涼しげな微笑みを絶やさず、美しい声でそう言うネルケに、恥をかかされたとでも思ったのかその大男は逆上し、ネルケが力をゆるめた瞬間に、強引に手を振り解くと奇声を上げながら掴みかかってきた。
だが、か細く見えてもネルケは〝守護妖精〟神の眷属として危険な大森林を守っている戦士だ。
掴みかかろうとする大男に顔色ひとつ変えず、ネルケは軽くいなしてその腕をスルッと避けると、逆に男の上腕に手をかけ、そのまま周囲が驚くほどの高さまで跳ね上げると、ぽんと投げ飛ばした。
そして次に瞬間には、ズンッと大きな音がして、男はフロアの真ん中に投げ出され、目を回していた。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました。お怪我をされた方はございませんか?」
もちろん、その場所に人がいないことは確認して投げ飛ばしたネルケだったが、呼吸ひとつ乱さず、何事もなかったかのような笑顔で周囲にいる人々にそう聞くその姿はかなり衝撃的だったようで、役所にいる妖精たちがとてつもなく強く、無礼を働く者には容赦がない、という噂は、あっという間に領内を駆け巡ったそうだ。
「あー、なるほどね。それで、解決しちゃたんだ」
「まぁ、そうでございますね。これで少しは節度を守ってくれるようになったとは思いますよ。相変わらず、うろつく男性は多いですけどね。それに……実は男性のように迷惑になる者は少ないですが、女性の方にも役所へ日参されている方がいるようです」
(みんな美形好きか! しょうがないわねぇ……)
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