利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

793 シャトー・ラーゼン

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793

カラリナ・ラーゼン男爵令嬢が召使いに命じて取り出したのは〝シャトー・ラーゼン〟とエチケットに書かれた一本の赤ワインだった。

エチケットとはそのワインに関する情報が書かれた表書きで、それぞれのワインの名前、産地、生産者、作られた年号といったワインを選ぶ上で必要な情報をわかりやすく見られるよう共通化したものだ。

これまではワインにそうした情報は書かれておらず、売り手を信用して買うか、小さな木製タグに手書きされた共通性のない情報を頼りに選ぶのが普通だったそうだ。だが、もうこの世界でも安価な紙がしっかり流通しているので、いい機会だと思い、こうした取り組みも〝研究所式ワイン醸造〟のマニュアルに組み込むことにした。

やはりこうしてみるとエチケットには作り手の個性がよく反映されており、カラリナ嬢の手にしたワインのラベルも板木を使った朴訥な黒一色の印刷ながら小さくお城が描かれていたり、年号部分が手書きだったりと、初々しい小さなワイナリーらしい個性に溢れている。

「おお、そうですか。ご領地ではいよいよ出荷できる品質のワインができたのでございますね。それはぜひとも味わせていただきたいですな」

そこで私はカラリナ嬢が何を言わんとしているのか納得がいった。それはおじさまとサイデム商会に対する感謝だ。

おじさまは〝ラボ〟の生産が可能になり、それが爆発的に受け入れられたあと、ワインビジネスのコンサルタント業を開始した。もちろんノウハウに関する資料は〝イス研究所〟がしっかり作ってくれてあったので、土地による差異はあってもワイン醸造の再現性に問題はない。もちろん土地は選ぶし、どこでもまったく同様にできるわけではないが、しっかり品種改良をしてあるので、ある程度のクオリティと量産性は保証できるし、軌道に乗るまでのアフターケアもしっかり行われている。

(そうした資料が研究所へフィードバックされることで、さらに研究が進むしね)

おじさまはこのビジネスについて契約時のコンサルタント料をとても安く設定した。それは貴族用牧場ビジネスのぼったくり……もとい高額商品ゆえの契約価格からすると何十分の一という激安価格だった。
これは私の意向を反映させてくれたもので、なるべく貧しい領地に普及させてほしいとお願いしたから。ではどこで利益を出すのかといえば、領内消費分を除いたワインはすべてサイデム商会の流通ルートで販売するという付帯契約によってだ。ワインを適正価格でサイデム商会が引き取り、そうして集められた良質なワインの卸売りを一手に行うことで収益を確保する。

つまり、サイデム商会と契約した領地でいいワインが多く生産されるようになれば、領地もおじさまも儲かるという仕組みだ。決して商売が上手くない貴族たちにとっては、生産さえしっかり行えば確実な利益が保障され、面倒な流通はプロに任せられるというこの契約は、願ったり叶ったりだろう。

そしていまテーブルに置かれた〝シャトー・ラーゼン〟は、このご当地ワイン生産プロジェクトの成果のひとつということらしい。

「私どもの領地には、特産品と呼べる品物があまりなく、お恥ずかしいお話ではございますが、領民からの基本税すら毎年予想を下回るような状況にございます。とはいえ、何をすべきなのか……もちろん考えてこなかった訳ではございません。ですが、祖父の代も父の代になってからも、試みた施策はことごとく失敗し、赤字を出すばかりで、これまで誇れるものは何ひとつ作り出せませんでした……」

貴族の令嬢が、自分にとって恥となるような状況を人前で話すのはとても勇気のいることだし、家の失敗を開示することにもある。にもかかわらず、カラリナ嬢は一切の躊躇いを感じさせることなく、力強い口調で話を続けた。

「ですが、ここに私の領地の新しい名産品ができました。サイデム様が私どもの領地でも取り組むことが可能だとおっしゃってくださり、懇切丁寧にご指導くださったおかげでございます。正直、そこまで丁寧にご指導いただけるとは期待していなかったと、父や兄は申しておりました。それがなければ、きっとこのワインもこんなに早く出来上がりはしなかったことでしょう」

カラリナ嬢の目はキラキラしている。彼女にとってはサイデム商会とおじさまは領地の危機を救った尊敬できる人物なのだろう。おじさまもいい仕事をしたものだ。

他のお嬢様方からも拍手が上がり、ルミナーレ様も満足げな表情を浮かべられている。

「シドに新しき味がこれからたくさん生まれそうですわね。楽しみだこと。サイデム商会は良い仕事をしておりますわね。これは是非とも皇宮の皆様にもお伝えしなくては。サイデムは〝帝国の代理人〟に相応しい仕事をしているとね」

「恐れ入ります。すべては神々のご加護でございましょう。商売の神ヘステストに感謝を。そして皇帝陛下の素晴らしき善政にさらなる感謝を」

「そうですね。では、神々と皇帝陛下にこの〝シャトー・ラーゼン〟の若々しい葡萄酒で乾杯を捧げましょう」

そして私を除く皆様はワインのグラスを掲げで乾杯された。

(やっぱり飲みたかったな……新物のワイン……うー)

自分で自分に課した〝お酒は二十歳ハタチになってから〟というこの世界ではあまり意味のない制限を破れない自分の頑固さに呆れながら、私はなんとか笑顔を保っていた。
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