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4 聖人候補の領地経営

794 お見合い終了

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ワイン事業のお話を通じておじさまの有能さと慈悲深さが伝わったことで、その好感度は爆上がりとなったようだ。おかげですっかり和んだ雰囲気の中、食事会は進みデザートタイムとなった。

それぞれの前に運ばれてきたのは茶色く丸いものが乗ったお皿。華やかなデザートを期待していたであろうお嬢様方は真っ黒な半球体を前に不思議そうな顔をしている。

すかさずそれぞれの横に立った給仕の方が、その丸い物体の上に小さな器に入ったソースをかけていく。

「こちらは木苺の温かいソースでございます」

そう言っている間に半球状の物体はソースの熱が加わって溶けていき、崩れた半球体の中からは色鮮やかな果物に囲まれたムースケーキとマルマッジの果汁を冷たく冷やしてクラッシュしたグラニデが現れた。

「こちらはチョコレートの半球体に閉じ込められていた、十種の果物そしてマルマッジの香り高い氷菓とムースを合わせましたデザートでございます」

このパフォーマンス付きの色鮮やかなデザートにお嬢様たちのお顔はキラキラだ。

マルマッジの爽やかな柑橘系の香りはとてもチョコレートと相性がいい。濃厚なチョコレートの味と木苺のホットソース、そして爽やかなマルマッジの香りが渾然一体となった味は、甘み・酸味・苦味のバランスが絶妙で、甘党にもそうでない方にも好まれる味に仕上げられている。
今回は温かいソースを使っているため、香りは一段とカグワしく立ち上り、添えられたグラニデの冷たさとともに、この瞬間にしか味わえない美味になっている。

「これはとても楽しいデザートですわね。家でも食べられたら嬉しいのですけれど……」
「そうですわね。うちの料理人にも相談してみましょう」

お嬢様たちは、当然この新しい美味をパレスで披露したいとお思いになるだろうが、その道はなかなか険しいと思う。

残念ながら、サイデム商会でも取り組んでもらっているカカオの生産は、かなりの難事業になっており、生産の目処がなかなかたたない状況が続いている。まだ五年ことによると十年は一般への供給は開始されないという話だ。

もちろん私も手をこまねいていたわけではない。

かつて私がチョコレートを作りたいがために沿海州の奥地に作ったカカオ農園が、いまのところカカオ農園のただひとつの成功事例ということで、イス研究所から栽培研究の視察に行ってもらったりもしたのだ。

だが研究員の報告は、私の期待とは違ったものだった。

あの沿海州のカカオ農園はすべてが奇跡的なバランスで成り立っているそうだ。研究員の言葉によれば、なぜカカオがあの場所に大量に生えているのかも謎だが(ごめんなさい。私がスキルを使って一気に増やしました)、それだけでなく、あの土地には精霊の祝福が信じられないほどの力で発揮されているのだそうだ。そのおかげでカカオ栽培におけるあらゆる条件が完璧に整えられた状態が維持されており、カカオはいまも最高の状態で育っているそうだ。

(どうやらあのとき助けることになったあの森の御神木〝ザネの眼〟が、恩義を感じて私の作った農園を守護してくれているみたい。だから、私の農園では大丈夫でも他ではうまくいくとは限らず、あの農園はあまり参考にならないって研究員の人ががっかりしてたんだよねぇ……そんなことになっているとは、私も知らなかったよ。どおりであそこでは毎年最高品質のカカオができるわけだ)

私はお嬢様たちから〝イスで作れる料理がどうしてパレスの料理人に作れないのか〟と、責め立てられるそれぞれのお屋敷に勤める料理人の皆さんの顔が浮かんでしまい、この菓子は現状では再現が厳しいということを説明せずにはいられなかった。

「大変申し訳ございませんが、この菓子に使われております材料のいくつかは大変貴重でございまして、この店の外での再現はまだまだ難しいと思います。早く外へお売りできるような量が収穫されるようになるといいのですけれど……」

私の言葉にルミナーレ様が反応する。

「〝カカオの誘惑〟とこの店以外では、まだまだ使えないのですね。正妃様はその方がお喜びになるかもしれませんが……」

そう言って笑われているルミナーレ様にお嬢様方が反応する。

「正妃様がお名前をおつけになったというパレスの超有名菓子店〝カカオの誘惑〟……これはあの店のチョコレートなのでございますか?」
「素晴らしく美味しいですが、本当に手に入れるのが大変な、あのお菓子でございますか?」

いまでは国の叙勲などの記念品として正妃様より下賜される品物のひとつとなっている〝カカオの誘惑〟のチョコレート詰め合わせは、貴族たちの間でも大人気だが、安くはない上に個数制限も厳しく、簡単には手に入らないレアな商品だ。

「そうですよ。あの店はここにいるメイロードの店です。メイロードは王妃様にもことのほか可愛がられておりますものね」

ルミナーレ様の言葉に一同に驚きの表情が広がった。

それはそうかもしれない。彼女たちにしてみれば、お声を聞くどころか遠くからお姿を拝見することすらほとんどない雲上人である正妃リアーナ様から可愛がられているということは、羨望を通り越して仰ぎ見なければならないような対象なのだ。

「昔から本当に面白いものを作る子なのですよ。小さい頃からメイロードは他とは違うものを持っていましたよね……ねぇ、サイデム」
「面白いで済まされますな、奥方様。後見人の私はコレのやることには肝を冷やしてばかりでございますよ」
「ほほほ、まぁサイデムが怯えるほどなのですね。悪い子ね、メイロード」
「あ、いえ、そんな……」

私はからかわれて戸惑うばかりだが、お嬢様方の私をみる目が変わったのは感じた。

(ああまずい、私から話題を逸らさないと、おじさまの私への文句が止まらなくなる)

「皆さま、慣れない土地でさぞお疲れになられたことでございましょう。では、この後はご逗留いただきますお宿へ、ご案内させていただきますね、キリよろしくね」

私はこれ以上ない笑顔でそう宣言し、なんとかそこでの話題を強制終了した。

そして、お見合い兼お食事会は、食後のしばしの歓談を経て終了し、まだ話足りなそうなお嬢様方は馬車へと案内されていったのだった。




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