655 / 840
5森に住む聖人候補
844 ヒスイ
しおりを挟む
844
私もこれまでに何度か入る機会があったけれど、この世界に存在するダンジョンというのは、とても不思議で重要な場所だ。
突然できたりなくなったりするダンジョンの発生理由についてはさまざまな説があるそうだが、まだ定説とされるような理由は明らかにはなっていないとグッケンス博士は言っていた。
ダンジョンには洞窟、塔、遺跡などなどさまざまな形のものがあり、地下へと降るもの、高くへ昇るもの、広いもの、狭いもの、その形は千差万別だ。共通するのは、すべてになんらかの魔物がいて、たくさんの売りものになる素材があるということ。そして、その多くがこの世界での生活にとって大事な資源の宝庫であるということだ。だから危険があろうとも冒険者たちはダンジョンを目指す。
過去にはその存在は秘密にされてきたそうだ。莫大な富を生むかもしれないダンジョンが見つかれば、なんとかして自分たちでそれを独り占めしようとして、多くの人々が命を落としたという。だがそれは過去の話、現在では多くのダンジョンはギルドによって秩序を保った状態で運用されている。とはいえ新しいダンジョンが見つかれば、大きな利益になるファーストアタックに挑戦しようとする命知らずがたくさんやってくるのは変わらない。
冒険者ギルドという組織が信用を得ている現在では、ほとんどの場合、ダンジョンを見つけた者がその存在を隠すということはない。それは過去の経験から、ダンジョン内部を安全に探索できるようになるまでには、個人ではどうにもならないほどの時間と資金が必要だということが広く知られているからでもあるし、発見者に対して商人ギルドと冒険者ギルドから莫大な報奨金が出るためでもある。
(いち冒険者がダンジョンを見つけたところで、闇雲に入れば命が危ないし、どうにもならないもんね。ダンジョンの存在を隠して独り占めするためには時間もお金もものすごくかかるし、まぁ……ギルドからガッツリ報奨金をもらう方が手っ取り早いよね)
多くの人たちの仕事や人生が絡んだ巨万の富を生み出すダンジョン。
このドライアドは、そんな人々が血眼で追い求めている未発見ダンジョンの位置情報をいとも簡単に手に入れられてしまうそうだ。
(この子を野に放ったままにしておくのは危険すぎるわ。たとえ少しでもこんなトンデモ能力を持つドライアドの存在が知られたら、必ず執拗に狙われてしまうだろうし、バンダッタの街にも災いを招きかねない)
私はこのドライアドとこの地の安全のために、この妖精さんを守ることに決めた。
「わかりました。あなたのその綺麗な緑の瞳の色から名前をつけましょう。あなたは森を守り、地の道を知る者〝ヒスイ〟です」
私がそう告げた途端、山全体が動くような振動と木々のざわめきが起こる。
「ご心配には及びません。私の打ち震えるようなこの喜びに、山の木々が反応しているのでございます。私は〝ヒスイ〟これより私はいついかなるときもメイロードさまの目となり耳となり、その御心のままに働きましょう。どうぞなんでもお命じくださいませ!」
やる気に満ちたヒスイの様子に、私はため息と共にこう言った。
「人に姿を見せることは極力控えてね。わたしたち以外の人とは、あまりたくさん話さないように。特に〝ダンジョンのありかがわかる〟なんていうことは、絶対人に言ってはダメよ。あなたにもこの街にも、それは危険を及ぼすことだから」
「了解いたしました。もちろんでございます。
人は大層ダンジョンを大事にしているようでしたので、メイロードさまがご興味を持たれるかと思いお伝えしただけのこと。すべてはメイロードさまの御心のままに……」
ドライアドにとってはダンジョンに関する情報など、特に意味のあるものではないようで、至極あっさりと箝口令に承知してくれた。
そこからは私の従者となったことで知っておいた方が良いことをいくつか確認し《無限回廊の扉》を使うことで、かなり遠距離でも《念話》が使えることも教えた。
「私の住む家には必ず解放状態の《無限回廊の扉》を設置してあるから、ヒスイの住む場所の近くにもこれを設置しておけば私が世界のどこにいても連絡は取れるわ。何かあったら《念話》で教えてね」
「それはなんと素晴らしいことでございましょう! メイロード様、私の力が必要なときはいついかなるときでも《念話》で即刻お命じくださいませ!」
「あ、ありがとう、ヒスイ」
ヒスイはかなり積極的な性格のようだ。
そのあとは、ヒスイに森に住むものの視点から、現在のバンダッタを含むガウラム領の状況を聞いてみた。
「バンダッタ湾に面しておりますアカツキ山は、メイロードさまがそのお力で手厚く癒してくださいましたおかげをもちまして、以前と変わらぬ美しい森となりました。山守たちも常日頃から大変熱心に仕事をしておりますよ」
「それは何よりね」
一度失われてしまったこの港町の誇りである美しい森を、山守たちは山神様が蘇らせた神の森と信じていて、いまでは毎年山神様のためのお祭りまであるほどに信仰を集めていた。
「そういえば今年の祭りも近いはずです。ぜひメイロードさまにもお楽しみいただきたいものでございますね。というより、本当に讃えられるべきはメイロードさまなのでございますよ」
セーヤ・ソーヤ、地脈の確認に来てくれたセイリュウもヒスイの言葉にウンウンと頷いているが、私はタイチたちの背中を押しただけのことで、この急激な復興は彼らの努力の賜物だと思う。そういう彼らの努力こそ讃えられるべきものだ。
「そうよ! 偉いのはこの領地を支えるみんななの。お祭りは街の復興を祝ってみんなのためにするのがいいと思うわ」
そう言って、どんなお祭りなのか楽しみだと話す私に
「それでも、森はメイロードさまへの感謝を忘れません。人が知らずとも、忘れても、ずっと……」
ヒスイは囁くようにそう言った。
私もこれまでに何度か入る機会があったけれど、この世界に存在するダンジョンというのは、とても不思議で重要な場所だ。
突然できたりなくなったりするダンジョンの発生理由についてはさまざまな説があるそうだが、まだ定説とされるような理由は明らかにはなっていないとグッケンス博士は言っていた。
ダンジョンには洞窟、塔、遺跡などなどさまざまな形のものがあり、地下へと降るもの、高くへ昇るもの、広いもの、狭いもの、その形は千差万別だ。共通するのは、すべてになんらかの魔物がいて、たくさんの売りものになる素材があるということ。そして、その多くがこの世界での生活にとって大事な資源の宝庫であるということだ。だから危険があろうとも冒険者たちはダンジョンを目指す。
過去にはその存在は秘密にされてきたそうだ。莫大な富を生むかもしれないダンジョンが見つかれば、なんとかして自分たちでそれを独り占めしようとして、多くの人々が命を落としたという。だがそれは過去の話、現在では多くのダンジョンはギルドによって秩序を保った状態で運用されている。とはいえ新しいダンジョンが見つかれば、大きな利益になるファーストアタックに挑戦しようとする命知らずがたくさんやってくるのは変わらない。
冒険者ギルドという組織が信用を得ている現在では、ほとんどの場合、ダンジョンを見つけた者がその存在を隠すということはない。それは過去の経験から、ダンジョン内部を安全に探索できるようになるまでには、個人ではどうにもならないほどの時間と資金が必要だということが広く知られているからでもあるし、発見者に対して商人ギルドと冒険者ギルドから莫大な報奨金が出るためでもある。
(いち冒険者がダンジョンを見つけたところで、闇雲に入れば命が危ないし、どうにもならないもんね。ダンジョンの存在を隠して独り占めするためには時間もお金もものすごくかかるし、まぁ……ギルドからガッツリ報奨金をもらう方が手っ取り早いよね)
多くの人たちの仕事や人生が絡んだ巨万の富を生み出すダンジョン。
このドライアドは、そんな人々が血眼で追い求めている未発見ダンジョンの位置情報をいとも簡単に手に入れられてしまうそうだ。
(この子を野に放ったままにしておくのは危険すぎるわ。たとえ少しでもこんなトンデモ能力を持つドライアドの存在が知られたら、必ず執拗に狙われてしまうだろうし、バンダッタの街にも災いを招きかねない)
私はこのドライアドとこの地の安全のために、この妖精さんを守ることに決めた。
「わかりました。あなたのその綺麗な緑の瞳の色から名前をつけましょう。あなたは森を守り、地の道を知る者〝ヒスイ〟です」
私がそう告げた途端、山全体が動くような振動と木々のざわめきが起こる。
「ご心配には及びません。私の打ち震えるようなこの喜びに、山の木々が反応しているのでございます。私は〝ヒスイ〟これより私はいついかなるときもメイロードさまの目となり耳となり、その御心のままに働きましょう。どうぞなんでもお命じくださいませ!」
やる気に満ちたヒスイの様子に、私はため息と共にこう言った。
「人に姿を見せることは極力控えてね。わたしたち以外の人とは、あまりたくさん話さないように。特に〝ダンジョンのありかがわかる〟なんていうことは、絶対人に言ってはダメよ。あなたにもこの街にも、それは危険を及ぼすことだから」
「了解いたしました。もちろんでございます。
人は大層ダンジョンを大事にしているようでしたので、メイロードさまがご興味を持たれるかと思いお伝えしただけのこと。すべてはメイロードさまの御心のままに……」
ドライアドにとってはダンジョンに関する情報など、特に意味のあるものではないようで、至極あっさりと箝口令に承知してくれた。
そこからは私の従者となったことで知っておいた方が良いことをいくつか確認し《無限回廊の扉》を使うことで、かなり遠距離でも《念話》が使えることも教えた。
「私の住む家には必ず解放状態の《無限回廊の扉》を設置してあるから、ヒスイの住む場所の近くにもこれを設置しておけば私が世界のどこにいても連絡は取れるわ。何かあったら《念話》で教えてね」
「それはなんと素晴らしいことでございましょう! メイロード様、私の力が必要なときはいついかなるときでも《念話》で即刻お命じくださいませ!」
「あ、ありがとう、ヒスイ」
ヒスイはかなり積極的な性格のようだ。
そのあとは、ヒスイに森に住むものの視点から、現在のバンダッタを含むガウラム領の状況を聞いてみた。
「バンダッタ湾に面しておりますアカツキ山は、メイロードさまがそのお力で手厚く癒してくださいましたおかげをもちまして、以前と変わらぬ美しい森となりました。山守たちも常日頃から大変熱心に仕事をしておりますよ」
「それは何よりね」
一度失われてしまったこの港町の誇りである美しい森を、山守たちは山神様が蘇らせた神の森と信じていて、いまでは毎年山神様のためのお祭りまであるほどに信仰を集めていた。
「そういえば今年の祭りも近いはずです。ぜひメイロードさまにもお楽しみいただきたいものでございますね。というより、本当に讃えられるべきはメイロードさまなのでございますよ」
セーヤ・ソーヤ、地脈の確認に来てくれたセイリュウもヒスイの言葉にウンウンと頷いているが、私はタイチたちの背中を押しただけのことで、この急激な復興は彼らの努力の賜物だと思う。そういう彼らの努力こそ讃えられるべきものだ。
「そうよ! 偉いのはこの領地を支えるみんななの。お祭りは街の復興を祝ってみんなのためにするのがいいと思うわ」
そう言って、どんなお祭りなのか楽しみだと話す私に
「それでも、森はメイロードさまへの感謝を忘れません。人が知らずとも、忘れても、ずっと……」
ヒスイは囁くようにそう言った。
277
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。