利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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5森に住む聖人候補

844 ヒスイ

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844

私もこれまでに何度か入る機会があったけれど、この世界に存在するダンジョンというのは、とても不思議で重要な場所だ。

突然できたりなくなったりするダンジョンの発生理由についてはさまざまな説があるそうだが、まだ定説とされるような理由は明らかにはなっていないとグッケンス博士は言っていた。
ダンジョンには洞窟、塔、遺跡などなどさまざまな形のものがあり、地下へと降るもの、高くへ昇るもの、広いもの、狭いもの、その形は千差万別だ。共通するのは、すべてになんらかの魔物がいて、たくさんの売りものになる素材があるということ。そして、その多くがこの世界での生活にとって大事な資源の宝庫であるということだ。だから危険があろうとも冒険者たちはダンジョンを目指す。

過去にはその存在は秘密にされてきたそうだ。莫大な富を生むかもしれないダンジョンが見つかれば、なんとかして自分たちでそれを独り占めしようとして、多くの人々が命を落としたという。だがそれは過去の話、現在では多くのダンジョンはギルドによって秩序を保った状態で運用されている。とはいえ新しいダンジョンが見つかれば、大きな利益になるファーストアタックに挑戦しようとする命知らずがたくさんやってくるのは変わらない。

冒険者ギルドという組織が信用を得ている現在では、ほとんどの場合、ダンジョンを見つけた者がその存在を隠すということはない。それは過去の経験から、ダンジョン内部を安全に探索できるようになるまでには、個人ではどうにもならないほどの時間と資金が必要だということが広く知られているからでもあるし、発見者に対して商人ギルドと冒険者ギルドから莫大な報奨金が出るためでもある。

(いち冒険者がダンジョンを見つけたところで、闇雲に入れば命が危ないし、どうにもならないもんね。ダンジョンの存在を隠して独り占めするためには時間もお金もものすごくかかるし、まぁ……ギルドからガッツリ報奨金をもらう方が手っ取り早いよね)

多くの人たちの仕事や人生が絡んだ巨万の富を生み出すダンジョン。

このドライアドは、そんな人々が血眼で追い求めている未発見ダンジョンの位置情報をいとも簡単に手に入れられてしまうそうだ。

(この子を野に放ったままにしておくのは危険すぎるわ。たとえ少しでもこんなトンデモ能力を持つドライアドの存在が知られたら、必ず執拗に狙われてしまうだろうし、バンダッタの街にも災いを招きかねない)

私はこのドライアドとこの地の安全のために、この妖精さんを守ることに決めた。

「わかりました。あなたのその綺麗な緑の瞳の色から名前をつけましょう。あなたは森を守り、地の道を知る者〝ヒスイ〟です」

私がそう告げた途端、山全体が動くような振動と木々のざわめきが起こる。

「ご心配には及びません。私の打ち震えるようなこの喜びに、山の木々が反応しているのでございます。私は〝ヒスイ〟これより私はいついかなるときもメイロードさまの目となり耳となり、その御心のままに働きましょう。どうぞなんでもお命じくださいませ!」

やる気に満ちたヒスイの様子に、私はため息と共にこう言った。

「人に姿を見せることは極力控えてね。わたしたち以外の人とは、あまりたくさん話さないように。特に〝ダンジョンのありかがわかる〟なんていうことは、絶対人に言ってはダメよ。あなたにもこの街にも、それは危険を及ぼすことだから」

「了解いたしました。もちろんでございます。

人は大層ダンジョンを大事にしているようでしたので、メイロードさまがご興味を持たれるかと思いお伝えしただけのこと。すべてはメイロードさまの御心のままに……」

ドライアドにとってはダンジョンに関する情報など、特に意味のあるものではないようで、至極あっさりと箝口令に承知してくれた。

そこからは私の従者となったことで知っておいた方が良いことをいくつか確認し《無限回廊の扉》を使うことで、かなり遠距離でも《念話》が使えることも教えた。

「私の住む家には必ず解放状態の《無限回廊の扉》を設置してあるから、ヒスイの住む場所の近くにもこれを設置しておけば私が世界のどこにいても連絡は取れるわ。何かあったら《念話》で教えてね」

「それはなんと素晴らしいことでございましょう! メイロード様、私の力が必要なときはいついかなるときでも《念話》で即刻お命じくださいませ!」
「あ、ありがとう、ヒスイ」
ヒスイはかなり積極的な性格のようだ。

そのあとは、ヒスイに森に住むものの視点から、現在のバンダッタを含むガウラム領の状況を聞いてみた。

「バンダッタ湾に面しておりますアカツキ山は、メイロードさまがそのお力で手厚く癒してくださいましたおかげをもちまして、以前と変わらぬ美しい森となりました。山守たちも常日頃から大変熱心に仕事をしておりますよ」

「それは何よりね」

一度失われてしまったこの港町の誇りである美しい森を、山守たちは山神様が蘇らせた神の森と信じていて、いまでは毎年山神様のためのお祭りまであるほどに信仰を集めていた。

「そういえば今年の祭りも近いはずです。ぜひメイロードさまにもお楽しみいただきたいものでございますね。というより、本当に讃えられるべきはメイロードさまなのでございますよ」

セーヤ・ソーヤ、地脈の確認に来てくれたセイリュウもヒスイの言葉にウンウンと頷いているが、私はタイチたちの背中を押しただけのことで、この急激な復興は彼らの努力の賜物だと思う。そういう彼らの努力こそ讃えられるべきものだ。

「そうよ! 偉いのはこの領地を支えるみんななの。お祭りは街の復興を祝ってみんなのためにするのがいいと思うわ」

そう言って、どんなお祭りなのか楽しみだと話す私に

「それでも、森はメイロードさまへの感謝を忘れません。人が知らずとも、忘れても、ずっと……」

ヒスイは囁くようにそう言った。
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