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6 謎の事件と聖人候補
874 多すぎる贈り物
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874
模擬戦から一週間後のこと。
魔法学校にあるグッケンス博士の研究棟のリビングは、溢れかえらんばかりの大量の贈り物で埋め尽くされていた。
皇宮から使者がやってくるという先触れがあり、それには私も同席するようにと書かれていたので、その日は私も魔法学校にきていた。博士は使者のことを伝えた段階から、ものすごく迷惑そうに眉を顰めていたが、ちゃんとリビングにいて興味なさげにコーヒーを啜っている。
到着した使者を迎えた私はソーヤにも手伝ってもらって、従者の方々と一緒に小一時間かけて品物を一番広い部屋に運び込んだ。
(皇宮から贈られたもので、しかも高価なものばかりだから、やたらと作業が丁寧で時間がかかるんだよね)
検品を終えたあとは使者の口上が始まる。その丁寧極まりない長い長い説明によると、この大量の品物は、日頃の帝国への貢献と先日の模擬戦に対するお礼の品だそうだ。座ったまま動く気のないグッケンス博士の代わりに私が受け取った分厚い目録によれば、どれも庶民なら売り払ってしまえば一生暮らしていけそうな高価な品々で、例によってギラついた金ピカな像だの燭台だの家具だのがどっさりだ。
グッケンス博士はまったく興味なさげに、それでも確かに受け取ったことを使者に伝えると、目録の読み上げも不要だと伝えて、さっさと型通りの下賜の儀式を終わらせた。
「受け取ったのじゃ。それで良かろう。もう帰りなさい」
グッケンス博士に睨まれた使者は、それでも丁寧に挨拶をしてから、逃げるように帰っていった。
(でも使者の様子はどうも博士の〝塩対応〟がわかっているみたいだったんだよね。博士はいつもこんな感じってことなのかな)
「さて、これこのままだと邪魔ですね。整理しましょうか。ソーヤ手伝ってくれる?」
「はい、メイロードさま。こちらの金色家具はとりあえず倉庫に移動しますね」
「うん、そうして……モノはいいんだろうけど、ここで使うにはあまりにも落ち着かない色合いなのよねぇ」
大物は力持ちのソーヤに任せて、私は机の上に山積みの小物の整理を始めた。
「なんだか、小物もずいぶん多いですね。ネックレスもいくつかあるし、指輪にイヤリングに……変なの?」
男性であるはグッケンス博士に与える褒賞にしては、やけに多い女性物の装飾品に私が不思議な顔をしていると、博士が教えてくれた。
「それはな、当然メイロード、お前さんへの褒賞のつもりで持ち込まれたものだぞ」
「ええ!! わ、私にですか!? この装飾寡多な金ピカアクセサリーなんだかすごく高価そうだし、あんまり私の趣味には合わないし…‥正直いらない……」
私はそう言いながら品物を見ていき、ひとつだけとても素敵なネックレスを見つけた。
「ああ、これはなかなか品があって素敵かも、って……」
私がいいなと思ったのは〝パレス・フロレンシア〟謹製のネックレスだった。
「自分がプロデュースした商品を贈られてもなぁ……ははは」
(それだけ高価で有名な宝飾品としてパレスで認知されているということなんだろうけれど、贈り物の選定をした人は私のことよく知らずに選んでるのかな。まぁ、これだけの品物の数だし、そういうこともあるのかもね。私はいまではパレス・フロレンシアで表に出ることもないからなぁ。それにしても……)
「博士、どう考えても私には高価な品物過ぎて荷が重いので、この宝飾品全部お返ししたいんですが……」
私の言葉にグッケンス博士はコーヒーを啜ってから首を振りこう言った。
「それは寝覚めの悪いことになるから、やめておきなさい」
「え?」
そこでやっと私は、グッケンス博士が使者を追い返したりもせず、仰々しい説明も聞き、欲しくもない品物を受け取った理由を知った。
「皇命を受け、使者としてこれだけのものを用意する大きな仕事なのじゃ。仮にわしが受け取らずに終われば、使者の仕事は失敗となる。わしのキゲンを損ねるようなことをした、と評価されたその使者がどんな目にあうと思う? 降格、労役、最悪なら死罪かも知れぬな。それほど皇命というのは重い。それに使者ひとりの首では済むまいよ。任務失敗となれば、類はこの贈り物の剪定に関わった者たちにまで及ぶだろう」
「そんな……なんですか、それ! そんな無茶苦茶なことって……」
目を向いて驚く私にグッケンス博士は優しい顔で言う。
「皇帝家の名の下に行なわれたことで、その実行者が失敗をすることはこの世界ではそれほどに重いのよ。皇子もあの模擬戦をわしに受けさせたことで、わしが不愉快な気持ちでいることはわかっているのだ。それでも、これを受け取ることで〝特級魔術師〟との関係は良好と、対外的にもわしにも認めてほしいのだろうな。まぁ、そんな理由もあってな。これを受け取らねば、さらに面倒ごとが増えるだけなのじゃ」
「博士の家に、どう考えても博士が買いそうにもない大量の品物があるのは、この贈り物のやり取りのせいだったんですね」
「あやつらとの付き合いも長いからの。それに、高価すぎる品は簡単には売りにくくての抱え込むしかないのよ」
「確かに宝物庫にあるような品が大量に流出したら噂になりますね」
うなずいたグッケンス博士は、興味なさげに宝の山を見渡し、ふとその中から一枚の絵に目をとめた。
「ソーヤ、これはわしの寝室に運んでおくれ」
「はい、かしこまりました!」
それは、古びたひとりの女性の肖像画だった。
「なにか聞きたそうだな、メイロード」
「教えていただけるのであれば、ですけど……」
「ふふ、なに大したことではない。では、その荷物の整理が終わったところで茶飲み話でもしようかの」
模擬戦から一週間後のこと。
魔法学校にあるグッケンス博士の研究棟のリビングは、溢れかえらんばかりの大量の贈り物で埋め尽くされていた。
皇宮から使者がやってくるという先触れがあり、それには私も同席するようにと書かれていたので、その日は私も魔法学校にきていた。博士は使者のことを伝えた段階から、ものすごく迷惑そうに眉を顰めていたが、ちゃんとリビングにいて興味なさげにコーヒーを啜っている。
到着した使者を迎えた私はソーヤにも手伝ってもらって、従者の方々と一緒に小一時間かけて品物を一番広い部屋に運び込んだ。
(皇宮から贈られたもので、しかも高価なものばかりだから、やたらと作業が丁寧で時間がかかるんだよね)
検品を終えたあとは使者の口上が始まる。その丁寧極まりない長い長い説明によると、この大量の品物は、日頃の帝国への貢献と先日の模擬戦に対するお礼の品だそうだ。座ったまま動く気のないグッケンス博士の代わりに私が受け取った分厚い目録によれば、どれも庶民なら売り払ってしまえば一生暮らしていけそうな高価な品々で、例によってギラついた金ピカな像だの燭台だの家具だのがどっさりだ。
グッケンス博士はまったく興味なさげに、それでも確かに受け取ったことを使者に伝えると、目録の読み上げも不要だと伝えて、さっさと型通りの下賜の儀式を終わらせた。
「受け取ったのじゃ。それで良かろう。もう帰りなさい」
グッケンス博士に睨まれた使者は、それでも丁寧に挨拶をしてから、逃げるように帰っていった。
(でも使者の様子はどうも博士の〝塩対応〟がわかっているみたいだったんだよね。博士はいつもこんな感じってことなのかな)
「さて、これこのままだと邪魔ですね。整理しましょうか。ソーヤ手伝ってくれる?」
「はい、メイロードさま。こちらの金色家具はとりあえず倉庫に移動しますね」
「うん、そうして……モノはいいんだろうけど、ここで使うにはあまりにも落ち着かない色合いなのよねぇ」
大物は力持ちのソーヤに任せて、私は机の上に山積みの小物の整理を始めた。
「なんだか、小物もずいぶん多いですね。ネックレスもいくつかあるし、指輪にイヤリングに……変なの?」
男性であるはグッケンス博士に与える褒賞にしては、やけに多い女性物の装飾品に私が不思議な顔をしていると、博士が教えてくれた。
「それはな、当然メイロード、お前さんへの褒賞のつもりで持ち込まれたものだぞ」
「ええ!! わ、私にですか!? この装飾寡多な金ピカアクセサリーなんだかすごく高価そうだし、あんまり私の趣味には合わないし…‥正直いらない……」
私はそう言いながら品物を見ていき、ひとつだけとても素敵なネックレスを見つけた。
「ああ、これはなかなか品があって素敵かも、って……」
私がいいなと思ったのは〝パレス・フロレンシア〟謹製のネックレスだった。
「自分がプロデュースした商品を贈られてもなぁ……ははは」
(それだけ高価で有名な宝飾品としてパレスで認知されているということなんだろうけれど、贈り物の選定をした人は私のことよく知らずに選んでるのかな。まぁ、これだけの品物の数だし、そういうこともあるのかもね。私はいまではパレス・フロレンシアで表に出ることもないからなぁ。それにしても……)
「博士、どう考えても私には高価な品物過ぎて荷が重いので、この宝飾品全部お返ししたいんですが……」
私の言葉にグッケンス博士はコーヒーを啜ってから首を振りこう言った。
「それは寝覚めの悪いことになるから、やめておきなさい」
「え?」
そこでやっと私は、グッケンス博士が使者を追い返したりもせず、仰々しい説明も聞き、欲しくもない品物を受け取った理由を知った。
「皇命を受け、使者としてこれだけのものを用意する大きな仕事なのじゃ。仮にわしが受け取らずに終われば、使者の仕事は失敗となる。わしのキゲンを損ねるようなことをした、と評価されたその使者がどんな目にあうと思う? 降格、労役、最悪なら死罪かも知れぬな。それほど皇命というのは重い。それに使者ひとりの首では済むまいよ。任務失敗となれば、類はこの贈り物の剪定に関わった者たちにまで及ぶだろう」
「そんな……なんですか、それ! そんな無茶苦茶なことって……」
目を向いて驚く私にグッケンス博士は優しい顔で言う。
「皇帝家の名の下に行なわれたことで、その実行者が失敗をすることはこの世界ではそれほどに重いのよ。皇子もあの模擬戦をわしに受けさせたことで、わしが不愉快な気持ちでいることはわかっているのだ。それでも、これを受け取ることで〝特級魔術師〟との関係は良好と、対外的にもわしにも認めてほしいのだろうな。まぁ、そんな理由もあってな。これを受け取らねば、さらに面倒ごとが増えるだけなのじゃ」
「博士の家に、どう考えても博士が買いそうにもない大量の品物があるのは、この贈り物のやり取りのせいだったんですね」
「あやつらとの付き合いも長いからの。それに、高価すぎる品は簡単には売りにくくての抱え込むしかないのよ」
「確かに宝物庫にあるような品が大量に流出したら噂になりますね」
うなずいたグッケンス博士は、興味なさげに宝の山を見渡し、ふとその中から一枚の絵に目をとめた。
「ソーヤ、これはわしの寝室に運んでおくれ」
「はい、かしこまりました!」
それは、古びたひとりの女性の肖像画だった。
「なにか聞きたそうだな、メイロード」
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