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6 謎の事件と聖人候補
875 ペザンテ侯爵家
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875
私は運ばれる前に、グッケンス博士が唯一関心を示した一枚の肖像画をじっくりと観察した。
描かれている女性はまだあどけなさの残る年齢で、長い金色の髪は編み込まれ後ろに垂らされている。うっすらと笑顔を浮かべたその立ち姿は、上品で優しげに見えた。背景が皇宮にある特徴的な噴水のある庭なので、彼女はおそらく皇族のひとりだろう。
(かなり若い女性ね。額縁も絵のタッチも年期が感じられる。ずいぶん昔に描かれたものみたい。他の絵に比べるとサイズも小さいし、日常風景の写真がわりのような絵ね。綺麗だけど、絵画的な価値が高いわけではなさそう……どうしてこの絵がグッケンス博士の贈り物になるのか、よくわからないなぁ)
私はコーヒーに合うお茶菓子をいくつか用意し、深煎りで焙煎したコーヒーを淹れる。
部屋中にいい香りが広がり、のんびりとしたお茶の時間にぴったりだ。
私はカフェオレ、博士はブラック、ソーヤはミルクを少し、それぞれの好みに作ってテーブルに運んでいく。
「これは異世界から取り寄せた〝羊羹〟っていうんですけど、日本茶にも合いますがコーヒーとも相性がいいんですよ。こちらは手で摘んで食べやすい〝フィンガー・サンドウイッチ〟です。定番のスモークサーモンと胡瓜、自家製のハムも挟んでみました。こちらの一口サイズのタルトは、ダークチェリーにチーズクリームそれに林檎のキャラメル煮を載せてます。どれも甘さ控えめで食べやすいですよ」
横でソーヤが子犬のようにスタンバイしているので、説明もそこそこにコーヒータイムをはじめた。
(まぁ、ソーヤは食べる方にほとんどの神経がいっちゃうんだろうけどね)
私はソーヤに《念話》を送る。
〔グッケンス博士のお話を聞くことが優先だから、料理の感想は後でね〕
〔了解しました。では本気に集中させていただきますね〕
見れば、もうサンドウイッチを頬張っで幸せそうにもぐもぐしている。私は早速気になっていた、あの絵のことを博士に質問だ。
「あの肖像画の方は、グッケンス博士がご存知の人物だったのですか?」
私の質問に、博士はうなずくとゆっくり話し始めた。
「そうだな……まだあの肖像画の頃は出会ってはいなかったがな。彼女の名はオルキーディア・シドといった。先代皇帝の第五皇女だ」
「ああ、やはり皇女様ですか。博士はその皇女様とお知り合いだったのですね」
「うーん、まぁそうなのだが、その辺り複雑での」
そこから博士は、皇女オルキーディアの数奇な運命について話してくれた。
先の皇帝の第五皇女だったオルキーディアは、幼い頃から才気煥発で高い魔法力を有していた。オルキーディアの母は侯爵の血筋で、とても高い魔法力を有し、見た目も美しかったが線の細い女性だったそうだ。
「オルキーディアの母は、躰の弱さから皇宮にはなかなか召されなかったのだが、魔法力が高かったことが理由で結局選ばれることになった十番目の側妃でな」
「十人目の側妃ですか。いまの皇宮と比べるとかなり多いですね」
「当時、先皇はなかなか男児に恵まれず、皇子はひとりきりで、しかもあまり躰が強くなかったのじゃよ。そのため多くの側妃が皇宮へ入ることになった。実はあまり皇家と関係の良くなかったペザンテ侯爵家の娘であったオルキーディアの母親までもな」
「魔法力や家柄を考えると、多少仲が悪くても上級貴族から選ばれるんですね」
「そういうことじゃな。そういうわけだったので、オルキーディアの誕生はさして喜ばれなかった。皇宮が欲していたのは皇子だけじゃったからの」
皇子を待ち望む皇宮にとって、オルキーディアの突出した魔法力や才気は意味がなかったようで、誰も注目していなかったそうだ。そして、そうこうするうち、他の側妃に第二、第三皇子が誕生すると、さらにオルキーディアは目を引かない存在になっていった。
「その頃のオルキーディアは自己主張の強い娘ではなかったようだ。魔法の勉強をしながら母とともに皇宮の一角で静かに暮らしていたのじゃがな……」
その頃のシド帝国は、まだロームバルトとも睨み合っており、小規模な戦争とそれによるいくつかの小国の併合も繰り返されていた。戦争のほとんどに勝利していたシド軍だが、その新しい領地の分割をどうするかで深刻な政治的対立が起こった。領地がその小国に隣接し、戦争でも戦果を挙げたと主張する貴族たちと、新たな領地の獲得を狙う新興貴族の対立が激化していたのだ。
「ペザンテ侯爵家はそうした小国と隣接した場所に領地があり、同じ立場の貴族たちの代表に据えられてしまったのじゃ。もともと先皇が決定される過程で他の皇子を推していたペザンテ侯爵家は、当時の政権側から冷遇されていたからの。不満が噴出したのじゃろう……」
政治闘争の末、ついにはペザンテ侯爵家に〝皇帝に対する不敬罪及び政治の的混乱を招いた罪〟が課せられることになり、ペザンテ侯爵家はお取り潰しとなってしまった。
「当主は自害。一族もすべて刑に処された。そして、皇宮にいるペザンテ侯爵家の人間にも類が及んだのよ」
私は運ばれる前に、グッケンス博士が唯一関心を示した一枚の肖像画をじっくりと観察した。
描かれている女性はまだあどけなさの残る年齢で、長い金色の髪は編み込まれ後ろに垂らされている。うっすらと笑顔を浮かべたその立ち姿は、上品で優しげに見えた。背景が皇宮にある特徴的な噴水のある庭なので、彼女はおそらく皇族のひとりだろう。
(かなり若い女性ね。額縁も絵のタッチも年期が感じられる。ずいぶん昔に描かれたものみたい。他の絵に比べるとサイズも小さいし、日常風景の写真がわりのような絵ね。綺麗だけど、絵画的な価値が高いわけではなさそう……どうしてこの絵がグッケンス博士の贈り物になるのか、よくわからないなぁ)
私はコーヒーに合うお茶菓子をいくつか用意し、深煎りで焙煎したコーヒーを淹れる。
部屋中にいい香りが広がり、のんびりとしたお茶の時間にぴったりだ。
私はカフェオレ、博士はブラック、ソーヤはミルクを少し、それぞれの好みに作ってテーブルに運んでいく。
「これは異世界から取り寄せた〝羊羹〟っていうんですけど、日本茶にも合いますがコーヒーとも相性がいいんですよ。こちらは手で摘んで食べやすい〝フィンガー・サンドウイッチ〟です。定番のスモークサーモンと胡瓜、自家製のハムも挟んでみました。こちらの一口サイズのタルトは、ダークチェリーにチーズクリームそれに林檎のキャラメル煮を載せてます。どれも甘さ控えめで食べやすいですよ」
横でソーヤが子犬のようにスタンバイしているので、説明もそこそこにコーヒータイムをはじめた。
(まぁ、ソーヤは食べる方にほとんどの神経がいっちゃうんだろうけどね)
私はソーヤに《念話》を送る。
〔グッケンス博士のお話を聞くことが優先だから、料理の感想は後でね〕
〔了解しました。では本気に集中させていただきますね〕
見れば、もうサンドウイッチを頬張っで幸せそうにもぐもぐしている。私は早速気になっていた、あの絵のことを博士に質問だ。
「あの肖像画の方は、グッケンス博士がご存知の人物だったのですか?」
私の質問に、博士はうなずくとゆっくり話し始めた。
「そうだな……まだあの肖像画の頃は出会ってはいなかったがな。彼女の名はオルキーディア・シドといった。先代皇帝の第五皇女だ」
「ああ、やはり皇女様ですか。博士はその皇女様とお知り合いだったのですね」
「うーん、まぁそうなのだが、その辺り複雑での」
そこから博士は、皇女オルキーディアの数奇な運命について話してくれた。
先の皇帝の第五皇女だったオルキーディアは、幼い頃から才気煥発で高い魔法力を有していた。オルキーディアの母は侯爵の血筋で、とても高い魔法力を有し、見た目も美しかったが線の細い女性だったそうだ。
「オルキーディアの母は、躰の弱さから皇宮にはなかなか召されなかったのだが、魔法力が高かったことが理由で結局選ばれることになった十番目の側妃でな」
「十人目の側妃ですか。いまの皇宮と比べるとかなり多いですね」
「当時、先皇はなかなか男児に恵まれず、皇子はひとりきりで、しかもあまり躰が強くなかったのじゃよ。そのため多くの側妃が皇宮へ入ることになった。実はあまり皇家と関係の良くなかったペザンテ侯爵家の娘であったオルキーディアの母親までもな」
「魔法力や家柄を考えると、多少仲が悪くても上級貴族から選ばれるんですね」
「そういうことじゃな。そういうわけだったので、オルキーディアの誕生はさして喜ばれなかった。皇宮が欲していたのは皇子だけじゃったからの」
皇子を待ち望む皇宮にとって、オルキーディアの突出した魔法力や才気は意味がなかったようで、誰も注目していなかったそうだ。そして、そうこうするうち、他の側妃に第二、第三皇子が誕生すると、さらにオルキーディアは目を引かない存在になっていった。
「その頃のオルキーディアは自己主張の強い娘ではなかったようだ。魔法の勉強をしながら母とともに皇宮の一角で静かに暮らしていたのじゃがな……」
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政治闘争の末、ついにはペザンテ侯爵家に〝皇帝に対する不敬罪及び政治の的混乱を招いた罪〟が課せられることになり、ペザンテ侯爵家はお取り潰しとなってしまった。
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