利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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3巻

3-1

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    プロローグ


「メイロードさま、こちらの薬草棚はいくらなんでも在庫が多すぎです。回廊内には容量の制限がないとはいえ、これでは薬種問屋のようですよ」
「うーん、さすがにため込みすぎかな。それじゃ、二割ぐらい残して、あとは薬局のハルリリさんに買い取りをお願いしましょう。使い道の多い素材ばかりだから、薬局で余った分は薬種問屋に流してもらえばいいかな。ハルリリさんを通せば薬局の利益にもなるしね」
「承知いたしました。これで薬草棚の整理が進みます」
「ハルリリさんに習って魔法薬が作れるようになってから、素材になりそうな植物を見つけると、採らずにはいられなくなっちゃって……」
「メイロードさまの《索敵》と《地形把握》があれば、どんな場所でも宝の山ですからねぇ。それにしてもこの量はやりすぎですよ」

 あきれ顔でため息をつきながらも爆速で仕事を進めるソーヤは私と契約中の家事妖精だ。そのかわいらしい少年の姿からは信じられない怪力で、私の持つ《無限回廊の扉》という容量無限の不思議な倉庫に山積みになっている薬の調合用素材の整理してくれている。すると今度はもうひとりの妖精さんから《念話》が飛んできた。

〔メイロードさま、調味料棚の在庫がだいぶ減ってきているようです。どうなさいますか?〕
〔ありがとうセーヤ、それじゃ少し多めに買っておきましょうか。器を用意してくれる?〕
〔承知いたしました〕

 セーヤは私の髪を偏愛しているちょっと変わった妖精さん、この子とも契約中だ。
 回廊内の調味料棚にすぐに向かった私は、慣れた動作で《異世界召喚の陣》を開き、味噌、日本酒、醤油、みりん、きび砂糖、出汁昆布、鰹の削り節など、まだこの世界にはない調味料を召喚して用意した器に入れていく。

「うーん、値段を気にしなくてもいい買い物って最高ね!」
「ありがたいことでございます。メイロードさまが成功してくださったおかげで、異世界のシャンプーやリンス、トリートメントやヘアオイルなども思う存分使えます」
「いついかなるときでも私の髪のケアが最優先なのねぇ……まぁ、セーヤにもずいぶん助けられているもんね。いくらでも買うわよ、異世界のヘアケアグッズ」

 私は現在、日々の生活費を気にすることなく、転生してきたこの世界で生きていけるようになった。ここまでの日々は、驚きに満ちた不思議だらけの慌ただしいもので、私の望むのんびりした生活とはかけ離れていたけれど、これからはきっとそう生きていける……そう思いたい。

「まさか、あんな死に方をするとは思わなかったし、しかも転生するなんてね。あのときは、本当に驚いたし、本当に痛かった!」

 以前の世界では家族のために懸命に生きてきた。その超多忙な生活からやっと自由になれる、その直前に事故死したのだ。
 そのとき私が出会った神様は私に手違いを詫び、〝滅私〟の生き方をしてきた〝小幡初子おばたはつこ〟を讃えた。そして〝聖人〟として生きないかと誘われた。だが、そんなのはお断りだった。私は自分のことだけを考えてのんびり暮らしたかったのだから。
 そして妥協案として提案されたのが、異世界への転生だった。
 私は〝メイロード・マリス〟というすでに魂の離れてしまった六歳の少女の躰の中に入り、新たな世界で人生を始めることになったのだ。

(おかげで転生初日から強盗と魔物に襲われて大怪我を負い、しばらく激痛と闘うことになっちゃったけどね)

 やっと回復してから知った、新しい世界での私の状況はなかなかきびしいものだった。両親は先の事件で死亡、見舞うはずだった祖父も他界。
 天涯孤独の孤児となり、シド帝国の北東部にある辺境の村にひとり残されてしまった。頼りは祖父が経営していたという雑貨店兼住宅と多少の現金だけ。

「六歳児にはかなりつらい状況だったんだろうけど、私の中身は二十歳を超えた大人だったからね。対処を考えられたし、村の人たちも良くしてくれた。それに神様からは珍しいスキルをもらっていたから、それを有効活用してみようと思ったんだよね」

 もらったスキルのひとつは以前の世界から品物を取り寄せられるという不思議な能力。ただ、それには対価(ただし補正あり。モノによっては原価の数百倍もする)が必要だった。そこでまずは比較的対価が安い消耗品を中心に買ってみることにした。

(そのときから、自由に〝お取り寄せ〟を楽しみながら、この世界で快適に暮らすなら、しっかりお金を稼がなきゃいけないって思ったんだよね)

 一念発起した私は、遺産として受け継いだ雑貨店を利用して商売を始めた。そこで活躍してくれたのが《生産の陣》という、この世界で一度作ったものは自由に複製できるというスキル。これをフル稼働すれば原価を気にせずマヨネーズやトマトソースといった商品が複製できた。それを雑貨店で売ったのだ。

「この〝メイロード・ソース〟、爆売れしちゃったんだよねぇ」
「あのときは大変でございましたね。サイデム様のご尽力のおかげで商会を作られるところまで一息でございました。最年少商人ギルド登録者としても有名になられて……本当に忙しい日々でございました」
「そうだね。サイデムおじさまはイスの首領ドンらしい手助けをしてくれたよね」

〝メイロード・ソース〟というブランドで大々的に売り出された商品は大都会イスで大成功し、私に莫大な利益を与えてくれた。
 それを後押ししてくれたのが、大商人でありメイロードの両親の幼馴染で親友でもあったサガン・サイデムという人物だ。

「口が悪くて、仕事中毒ワーカホリックな人だけど、まぁ、メイロードにとっては数少ない知人だったし、貴重なアドバイスをくれる後見人だよね」
「いまではどちらかというと、メイロードさまがサイデム様の世話をされている気がいたしますが……」
「だって、ちゃんと食べない、ちゃんと寝ない、お酒は飲み過ぎ、ラーメン食べ過ぎなんだもの。心配するじゃない」
「いや、ラーメン食べ過ぎはメイロードさまのせいでは?」
「そうかな……でもまさか、あそこまでハマるとか、思わないじゃない」

 サイデムおじさまは私が研究を重ねて作り出した異世界ラーメンをいたく気に入り、いまでは立派なラーオタ(ラーメンオタク)なのだ。

「私の周りのオトナはみんな変なのよ。グッケンス博士だって、天才魔術師なのに料理は壊滅的だし、家事は全然できないし、怪しい魔道具を大量に収集してる研究オタクなんだから。聖なる龍の一族のはずのセイリュウだって、いっつもお酒を飲みながらヘラヘラしてるし」
「ヘラヘラって……まぁ、確かにそうですね」
「でも、そのグッケンス博士のおかげで、この世界では貴重な乳牛も手に入れられましたし、メイロードさまの資産も増えましたよ。魔法だって教えていただきました」
「それは、とっても感謝してるけど……」

 そう、それは私が料理に乳製品を使いたいと思ったことがきっかけだった。
 だが、この世界では、乳製品を庶民が手に入れることは極めて難しかったのだ。魔物たちは牛が大好物だったため、放牧などしたらあっという間に食い尽くされてしまう。それを防ぐため、自前の騎士たちを多数抱えている大貴族たちだけが牧場を防衛でき、維持できるという状況で、牛に関するすべてが超高額で取引されていた。
 それを農学博士でもあるグッケンス博士と私、そして大商人サイデムおじさまでタッグを組んでひっくり返し、牛乳やバターを庶民が食べられるような値段で作れる農場経営を始めたのだ。

(あの成功で信じられないような大金が私に入ってくるようになったんだよねぇ)
「おじさまにすっかり気に入られちゃったおかげで、帝都パレスに行ったり、そこで大貴族であるドール様ご一家と仲良くなったり、家賃のために高級ジュエリーを作ってみたり、そうそう、おじさまの天敵だったパレス商人ギルドの統括幹事エスライ・タガローサとも会っちゃったわね」
「しかし……お忙しいですね」
「うん、私はのんびり田舎暮らしがしたいんだけどね。いや、するけどね!」
「……」
「それは無理な……」
「そんなことないもん! 私は自分のやりたいことを自分勝手にやっていくから! もう、ワガママ放題にやっちゃうんだからね!」

 むくれた顔でそう言う私を見る妖精さんたちの目は、駄々をこねる子供を見るようだった。

「……そうでございますか。ところでメイロードさま、そろそろセイリュウ様とグッケンス様がおいでになる時刻では?」
「え、もうそんな時間!? 今日は辛い料理が食べたいってセイリュウのリクエストがあったから、麻婆豆腐を作ろうと思ってたんだ。ああ、豆板醤トウバンジャンの買い置きはあったかな。ええと、お酒は中国酒を用意しましょうか。老酒ラオチュウに氷砂糖もね。ピータンも取り寄せようかな。お野菜もしっかり食べさせたいから、炒めものも作りましょう。野菜の在庫を見てくるね」

 パタパタと駆け出す私の背中にセーヤはこうつぶやいた。

「ワガママねぇ……?」




   第一章 好奇心のままに学んでいく聖人候補


〝薬師ギルド〟代表のトルッカ・ゼンモンさんは、イスの老舗しにせ薬種問屋〝仙鏡院せんきょういん〟のご主人だ。
 この店は薬種問屋として薬関連の素材を販売しているだけでなく、薬のおろしと小売販売も行っている。その品質は世界一とうたわれており、なかでも天才薬師トルッカ・ゼンモンが作る〝仙鏡院特製薬〟は大人気。その薬を求める人々で、店はいつもごった返している。
 今日もその格式を感じさせる立派な木彫りの看板を掲げた大きな建物の中で、たくさんの優秀な薬師たちが忙しく立ち働いていた。売り子たちが対応する店舗部分の壁一面には、高い天井の際まで薬やその素材の箱がびっしりと並んでおり、〝ここにないならどこにもない〟とまで言われる品揃えを誇っているそうだ。世界中のありとあらゆる動植物、それに鉱物が薬の材料として集積された世界一の薬屋と評される店、それが〝仙鏡院〟だ。
 この世界の薬にはふたつの系統がある。それは魔法薬とそうでないもの。魔法薬以外はいわゆる漢方薬に近い。そして多くの人にとって薬とはこの漢方薬に近いものを指し、この薬を作る薬師が実は大多数だ。

(でも魔法力があって、魔法技術を使えたほうが、普通の薬を作るときも圧倒的に便利なんだよね。だから、薬師のほとんどはそれなりの魔法力を持ってるってわけ)

 実際に薬作りを体験してわかったことだが、魔法が使えると大量の材料を均一に精製できるし、衛生管理も楽だ。ほかにも調合の微調整のやりやすさなど、いろいろな点でものすごく効率のいい作業ができる。そのため薬師にまったく魔法力がないという人は少ない。だが、魔法薬が作れるレベルの魔法力を持つ薬師もまた存在で、薬師の中でも別格の扱いを受ける技能士となる。〝魔法薬師〟はかなりの高給であることはもちろん、ステータスも非常に高い敬われる存在だ。

(事実上〝魔法薬師〟は元の世界の医師に近い仕事なんだよね。そんな特別な薬師が作る魔法薬は処方薬に近いのかな、と私は理解してるんだけど、どうなんだろ?)

 稀少な技能士であるため、当然、仕事の依頼もひっきりなし。市場流通量も少ないので魔法薬は高額なのだが、それでも需要は常にそれを上回っている。価格を下げるためにも流通量を増やしたいところだが、圧倒的に供給側のマンパワーが不足していてどうにもならないと村の薬師であるハルリリさんは嘆いていた。ド田舎に住んでいるハルリリさんでさえ、ときには疲労困憊こんぱいになるほどの依頼を抱えることもある。それぐらい〝魔法薬師〟が激務なのも、どことなく医師を思わせる。
〝仙鏡院〟の店主であると同時に、世界最高峰の技術を持ち〝神に一番近い魔法薬師〟と称されているゼンモンさんも、とてもお忙しい方だと聞いている。
 今日は、そのゼンモンさんからご招待いただき、ハルリリさんと一緒に、世界一と称されるこの薬種問屋を見学させてもらえることになった。ゼンモンさんにお会いする昼食までの間は、倉庫でもどこでも好きに見ていいという素晴らしい許可も得た。私もハルリリさんも興味津々で、見慣れないものだらけで不思議な香りが充満した、この薬種問屋の店舗へ入った瞬間からワクワクがとまらない。

「すごい薬の種類ですね、ハルリリさん!」
「イヤイヤ、こちらの倉庫を見たらびっくりするよ。ものすごいからね、ここの素材庫は!」

 ハルリリさんも、耳がピョコピョコ動きっぱなしで興奮が隠しきれていない。早速、案内役の店員の方に説明をしてもらいながら広い店内を抜け、いよいよ噂の巨大倉庫に潜入だ。

「貴重な素材はできるかぎりアイテムボックスでの保管を行なっておりますが、なにせ量も数も膨大ですので、すべてを完璧に保管することはできません。通常保存されている素材がほとんどですので、管理はなかなか大変なのでございます」

 案内のお姉さんがとても悩ましそうにため息をつく。気の毒になった私は、見せていただくお礼に、もし問題のある素材を見つけたら知らせると提案する。

「それはありがたいことでございます。本当に助かります。棚番号と品名をわかる範囲で書き留めていただけましたら、こちらで作業いたしますので、よろしくお願いします」

 私とハルリリさんにはすぐに記録用の薄板と筆が渡された。お客様だろうと仕事ができる人には遠慮なし。ここも本気で人手が足りないらしい。私とハルリリさんは薄板を抱えて苦笑しながらも、第一倉庫へと足を踏み入れた。ここは植物素材中心で、一般的に多く使われる材料が集められた倉庫だという。荷物の出入りも激しく、人の出入りも多い。
 私は棚を見ながらどんどんチェックを入れていく。


(東零一の一三五九棚ポンポン草、劣化した商品が奥に山積みのまま。同じく三二六五棚カンジン草、間違った品が混入している。西三四の二二九二棚、虫が発生している。アカミミ草が食べられている……っと)

 私の新しいスキル《真贋しんがん》は、この倉庫チェックには最適の能力だ。問題のある場所は一目でわかる。もちろん《鑑定》もバリバリ発動中だ。
 買いたい素材のリストも作成しながら、広い倉庫を移動していくと、そのうち私が棚の問題点を書き留めている様子をずっと横目で見ていた案内役の方がだんだん焦り出し、ついに声を出した。

「あ、あの、いまチェックしていただいている分だけでも先にいただけませんか? すぐに作業させたいので!」

 すでに十枚ほどにびっしり書かれた問題点に目を通した案内役のお姉さんは、目を白黒させながら倉庫管理者の方と真剣に相談を始めてしまい、あれこれ指示を出している。どうやら時間がかかりそうなので、私とハルリリさんはチェックを続行しながら、勝手に見て回ることにした。うれしいことに早速知らない品種の薔薇ばらの種をたくさん見つけたので、購入決定。

(ここは宝の山だね! いいものがまだまだありそう!)
「しかし想像を絶する量ですね、この倉庫」

 第三倉庫にやってきた私とハルリリさんは、さすがにちょっと疲れてきた。
 案内係の方もソワソワしているので、とりあえず倉庫内の机に座ってここまでの問題がありそうな棚のチェックリストを整理し、渡せる分を提出すると、案内係のお姉さんはパァっと顔を明るくして、何度も頭を下げた。

「ありがとうございます。いま、管理担当の者たちが総出で棚整理を行っています。やるべき仕事がはっきりしているので、考えられないぐらい効率よく進んでいます。本当に助かります!」

 私もいろいろなものが見られて《鑑定》し放題なので、この倉庫見学、楽しくてしょうがないのだが、それにしても確かに量が多すぎる。この巨大倉庫を管理維持していくのは並大抵ではない。おそらくエンドレスな仕事だ。しかも問題はいつどこで発生するかわからず、チェックのタイミングによっては素材の全滅といった取り返しのつかない事態も起こりうる。

(私の《真贋しんがん》が役に立ってなによりだけど、この状態もう少しなんとかならないかなぁ)

 私の《無限回廊の扉》は、文字通り無限収納だし、劣化問題もないが、それでも管理は必要だ。アップグレードしてからは空間に自由に仕切りも作れるようになったので、いまでは綺麗に棚を並べている。試しにやってみたらできたので、インデックスでの素材管理も稼働中だ。ものの場所とカードを魔法で紐付けしてみたところ、カードを持てばその場所まで線が引かれ道案内をしてくれるようになった。
 私以外の人が無限回廊の中でものを探そうとしたとき、その方が圧倒的に早いのでとても助かっている。ちなみに私の頭には《地形把握》スキルを使った完璧な倉庫地図が入っているので迷うことはない。

(ここでも使えそうな効率のいい整理法があるといいんだろうけど……うーん)

 いま見て回っている第三倉庫は輸入品が多く、価値のほどはまちまちだが、珍品が多いというので連れてきてもらった。
 確かになんだか倉庫全体に漂う匂いも独特で、ほかの倉庫と違う気がする。ちょっとイスの外国人市場を彷彿とさせる匂いだ。

「ここ薬種問屋〝仙鏡院〟では、研究のため、薬としての可能性のある素材はなんでも買い取りいたします。冒険者の方が持ち込まれるもの、遠い国から船で運ばれてきたもの、旅の薬師が山で見つけてきた珍種など、なんでも買い取り、分類し研究しております」
「それは素晴らしいですね」

 ここはただの薬種問屋以上の存在なのだろう。研究機関としても機能しているし、ある意味博物学の領域を含んでいる。私は心底感心した。

「私もアイテムハンターをしながら旅をしていたときに、何度か買っていただきました。ここに持ち込めば必ず適正な価格の取引をしていただけるので安心できるんですよね。いまも買い取りではお世話になってます」

 ハルリリさんの若いころの旅の資金も、このお店が頼りだったらしい。最近は素材集めもあまりできなくなってしまったけど、資金が必要だった最初の時期に私が山から集めた素材も、ハルリリさんの薬となって一部はこの店に買い取られていたという。
 この世界に来たばかりのあのころは手持ちの資金を増やす方法がまだなく、素材集めで得られた収入は本当にありがたいものだった。そう考えると、間接的に私も大変お世話になっているわけだ。薬や医療にかかわる人たちが聖地のようにこの店を崇める理由もちょっとわかってきた。
 そんなことを話しながら棚のチェックと《鑑定》を続けているうち、ついに私は欲しかったアイテムをふたつ見つけてしまった。

「ああ、あった。あったよ、お米だ!! あっちにあるのは胡椒!!」

 どちらも少量しか保存されておらず数キロ程度しかなかったが、私には種が数粒あればこと足りる。

(絶対、なにがあっても買って帰るぞ!!)

 私はニヤニヤと笑いそうになるのを堪えながら、棚番号をがっちりメモし二重丸を付けた。

(小麦があるのに米がないなんてあり得ないと思ったんだ。ついに発見したぞ。ヒャッホーイ!!)

 表面上平静を装っているが、私の頭の中はお祭り騒ぎだ。とにかく稲さえ作れれば、米麹こめこうじへの道が開け、この世界での醤油醸造への道が開ける可能性が高まる。

(ちょっとほっそりした米だったな。でもこれがあるなら、もう少し探せば日本米に近いものも見つかる気がしてきた。人目がなければもっと本格的に《索敵》を展開して探したいんだけど……うーん)

 これだけモノが密集した場所で《索敵》をやり始めると、さすがに集中しないといけないので、スキルを使っていると丸わかりになってしまう。〝スキルも魔法も使えません〟というていの私としては、人目が多いところではそういう姿は見せたくない。
 そうこう悩んでいるうちにお昼が近づいてきた。

「そろそろお昼ですね。ゼンモン様のお仕事が一息ついたところでご案内いたしますので、しばらくこちらでお待ちくださいませ」

 私はここまでのチェックリストと購入したい品物のリストを案内の方にお願いし、薬草茶をいただきながら隠密行動中のソーヤと《念話》で交信する。

〔ゼンモンさんはどんなご様子かしら?〕
〔メイロードさまにとても関心を持たれているのは間違いないですね。倉庫でのご様子も逐次報告を受けていて、とても興味深いと話されていました〕

 実はこの倉庫に来る前に、ソーヤには隠密行動が得意な性質を生かして、ゼンモンさんの様子を観察してもらっていた。
 今回のご招待に関しては、サイデムおじさまからも油断するなと事前に言われていたし、ほかの情報からもゼンモンさんがなかなか一筋縄ではいかない人らしいと判断してのことだ。

〔それから、こうも言われていました。『サイデムとゴルムを敵に回すのは得策ではないし、いまは親交を深めるに留めておくとしようか。どうやら向学心のある娘らしいし、いずれ私が手を貸す機会もやってこよう』だそうです〕
〔なるほどねぇ。興味を持たれたことがいいのか悪いのか微妙なところだけれど、悪い印象は持たれていないみたいで安心したわ〕
〔この方もサイデム様に負けず劣らずの仕事人間のようでございますよ。常に複数の仕事をしながら話を聞いている状態でしたから。有能なほど忙しくなるというのは皮肉なものでございますね〕
〔みんな忙しいのね。観察ありがとうソーヤ、あとは適当なところで戻ってきてね〕

 そこで案内の方がやってきたので、私たちは席を立ちゼンモンさんのお部屋へ向かった。
 案内の方からの情報もソーヤと同じで、ゼンモンさんの仕事ぶりもサイデムおじさまと同様に多忙を極めているそうだ。月の半分は〝仙鏡院〟で寝泊まりしているので、店の中に生活できる部屋をお持ちなのも同じ。その部屋のキッチンをお借りして最後の仕上げをしてから、お土産代わりのお弁当をお出ししようと思っている。
 テーマは医食同源。
 丁寧に出汁を取って塩分を控え、栄養も十分取れるようバランスを考えてみた。野菜の煮物、鳥の焼き物、白身魚の一夜干し、卵焼きに漬物数種、汁物は野菜と芋、デザートはプリン。
 ものすごくご飯を食べたくなるメニューなので、今回は異世界産のおにぎりを持ち込んだ。魚沼産コシヒカリの上モノの塩むすびだ。

「この献立に合う主食として、まだ普及はしていない食材ですが、米を炊いて持って参りました」

 私の前の席に座られたゼンモンさんはニコニコと料理を見渡している。
 片やハルリリさんは、憧れというか〝神〟というかそういう存在の人との食事にガチガチで、いつもの圧倒的な食欲さえ出てこないようだ。

「先ほどの購入希望品リストにも、これと似たものがございましたね。ふむ、あれは主食としてこのように使える食材でしたか」
(さっき渡したあのリストももうチェック済みですか。さすがゼンモンさん、目端が効く人だ)

 塩むすびを美味しそうに頬張りながら、パリパリと漬物を食べるゼンモンさんは、なんとも幸せそうだ。

「先ほど倉庫から購入させていただいたものも米という点では同じなのですが、食味しょくみはだいぶ違うものです。できればこれに近いものが欲しいのですけれど、なかなか見つかりません」

 私の言葉にゼンモンさんは、もしこれに近い米が入荷したら教えてくれると約束してくれた。大変心強い。

「あなたの料理の塩の使い方は、とても洗練されていますね。塩以外の味を使って上手く塩分を減らし、でも単調にならないよう、効かせるところはきっちり塩の味が生きている。素晴らしい調理技術ですね」
「ゼンモンさんもこの国の食事全般に感じられる味の濃さ、塩味偏重は良くないとお考えなんですね」
「塩は必須の栄養ですが、摂り過ぎれば毒。そう言われておりますが、実際に食するとなると、慣れた味を変えることは難しいですね。困ったことです。塩を排出する魔法薬というものもあるのですが、安価ではないので常用できる方は少ないですね」

 私はメイロード・ソースや給食、レシピ本を通じて、これからも塩味だけに頼らない食を普及していきたいとゼンモンさんに語った。
 健康な人が増えれば私の仕事が楽になるのでぜひそうしてください、とゼンモンさんは笑う。

「あなたの食事を食べると元気になるというのは本当ですね。なんだか疲れが取れた気がします。それでは午後の薬作り、ご覧になりますか?」
「ぜひ!」
「ぜひ!」

 私とハルリリさんの言葉が重なった。
 午前中のゼンモンさんは〝魔法専門薬〟を何種類か作っていたそうだ。
 ハイパーポーション並みの効き目のある、一定の症状のみを改善する薬らしい。配合は極めて難しく作るための技術も要するが、効果のある疾患を限定することで稀少素材の量を圧倒的に減らせるため、かなり抑えた価格で売ることができ、数も作れるという。

「素晴らしいお薬ですね」

 感心する私にゼンモンさんは少し困ったような顔になる。

「こうした価格と効能のバランスのとれた魔法専門薬は、需要が高く常に注文が入る薬のため、定期的に一定数を作り続けなければなりません。分業できればもっと効率がいいのでしょうが、素材の用意や必要な機材の運搬などは弟子にも任せられるものの、それ以上となると……」

 優秀な薬師の揃う〝仙鏡院〟でもゼンモンさんレベルの薬が作れる人材となると、その不足は深刻らしい。


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