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6 謎の事件と聖人候補
924 調査報告
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924
ダンジョンから外へ一歩足を踏み出すと、月明かりだけが周囲を照らしていた。外界と隔てられたダンジョンでは気にならなかったが、もう深夜に近い時間なのだ。
いくら禁止しても功を焦る不心得者がいるので、こうした新ダンジョンの出入り口は二十四時間警備の方が詰めており、篝火も焚かれている。彼らも眠そうにそれでも立っていたが、私たちの姿を見て一気に目が覚めたようだ。
ダンジョンから私と冒険者のみなさんが現れると、警備の人々は叫び出しそうな勢いで慌て、驚いていた。そして深夜だというのに、詰所にいる人たちまで、脱兎の如く駆けつけてきたのだ。
「キックスさん! ああ無事だったんだな!」
「心配させやがって!」
やはり彼はかなり名の知れた冒険者なのだろう。ダンジョン警備の人たちともかなり親しげだ。
「悪い悪い。いや、酷い目にあったよ、本当にダメかと思ったぜ。ご覧の通り怪我人もいる。ともかくみんなを休ませてやってくれ。話はそれからだ」
「それはお前もだよ、キックス。大変な調査だったな。とにかくいまは休め」
「ああ、そうだな。さすがに疲れた」
すぐに傷を負った人たちが運ばれていき、キックスさんを始めとする冒険者の方々が休めるようテントも急遽用意された。どうやら医療系の設備や薬は準備はあるようなので、私の出番はなさそうだ。
話を聞きたい人たちに取り囲まれたキックスさんは、すぐに連れて行こうとする人を制すると、私の前にやってきた。そして、目に涙を浮かべながら膝をつくと、深く首を垂れた。その最上位の敬意を表す行動に、周囲の注目が集まる。
「メイロードさま…‥あなたには感謝してもし足りない。あなたがあのときわれわれの前に道を開いてくれなければ、間違いなく半日後にはこの調査団のほとんどが死に絶えていただろう。たったひとりで調査にやってきたあなたには、われわれを無事にダンジョンの外へ救い出すことはしなくてもいい仕事だった。それなのに……ありがとう、本当にありがとう!」
「いえ、そんな……この脱出はみなさんが優秀な方々だったからできたことです。不運な事故でしたが、でも誰も欠けることなく帰還できてよかったですね。私もほっとしました。あとはゆっくり休んでください。ね?」
「ありがとう……ございます」
「私への感謝は十分です。それよりもいまはご自分とお仲間を気遣ってあげてください」
私の言葉に立ち上がったキックスさんは、また深々と頭を下げてから宿舎に案内されていった。なぜだか、警備の方々からも頭を下げられ、大変こそばゆい。
(あの、気にしないでー)
「ふぅ、なんだかとんでもないダンジョン探索になっちゃったな。ふあぁ、もう眠いし、帰ろっか、ソーヤ」
「はい、メイロードさま」
私とソーヤは、忙しく立ち働いている警備の方々に見つからないようこっそり岩陰に《無限回廊の扉》を開き、イスのマリス邸へ帰宅。
昆布とシャケのおむすびと具沢山のお味噌汁で一息つき、お風呂。セーヤのヘアケアも時間短縮版でお願いし、髪にいいので絶対使うようセーヤから厳命を受けたシルクのナイトキャップをしてぐっすり休んだ。さすがに疲れていたのか、ベッドの入った瞬間即落ちだった。
翌日、スッキリ目覚めた私はグッケンス博士やセイリュウと朝食をとりながら、今回のダンジョンでの出来事を話した。
今日の朝食は純和風のちょっと高級旅館風。湯豆腐に色とりどりの香の物。軽く塩をして干しておいた焼き魚に赤だしのきのこ汁。小鉢料理も青菜や煮物中心に。
「アタタガ・フライの住んでいたダンジョンでは、大規模な崩落のため地形が変わってしまったという出来事がありましたけど、新しいダンジョンで今回のように何度も中が変化していくなんてこと、よくあるんでしょうか?」
湯豆腐にちょんと生姜を乗せて箸でつまむさまもすっかり板についているグッケンス博士も、これには首を傾げている。
「ダンジョンというのは、通常は最後の口を開けるはずなのじゃがな。入り口ができているのに、中が変化するというのはついぞ聞いたことがないぞ」
「やっぱり……そうですよね。そうじゃなきゃ〝ダンジョン図〟なんてなんの役にも立たないですもんね。あれが有効ってことは、普通ダンジョンは変化しないものってことですよね」
ひとり朝酒を冷やで楽しんでいるセイリュウは、青菜のお漬物をつまみながらこう言う。
「だとすると、そのダンジョンはとてつもなく危険だね。正直ダンジョンなのかも怪しいな。気が向いたら僕も見に行ってみるよ」
「ありがとう。たくさんの人が住んでいる場所からそう遠くないから、危険があるなら、早めに対処したほうがいいとは思うけど、どう対処すべきなのか……現状では底が知れない感じがして、どこか不気味。でもそれ以上の目立つ危険は閉じ込められることぐらいだから、閉鎖できないかも」
いまかいまかとダンジョンの公開を待っている無数の冒険者たちをどこまで待たせられるのか、厳しい判断になるだろう。
「今日はユリシル皇子に調査報告に行くのじゃろ?」
「はい、早い方がいいでしょうから」
「また、変なお役目を押しつけられないようにねー」
「セイリュウ! 怖いこと言わないでってば、もう」
そんな風に、いつもの賑やかな朝食のあと、私はパレスの皇宮へと向かったのだった。
ダンジョンから外へ一歩足を踏み出すと、月明かりだけが周囲を照らしていた。外界と隔てられたダンジョンでは気にならなかったが、もう深夜に近い時間なのだ。
いくら禁止しても功を焦る不心得者がいるので、こうした新ダンジョンの出入り口は二十四時間警備の方が詰めており、篝火も焚かれている。彼らも眠そうにそれでも立っていたが、私たちの姿を見て一気に目が覚めたようだ。
ダンジョンから私と冒険者のみなさんが現れると、警備の人々は叫び出しそうな勢いで慌て、驚いていた。そして深夜だというのに、詰所にいる人たちまで、脱兎の如く駆けつけてきたのだ。
「キックスさん! ああ無事だったんだな!」
「心配させやがって!」
やはり彼はかなり名の知れた冒険者なのだろう。ダンジョン警備の人たちともかなり親しげだ。
「悪い悪い。いや、酷い目にあったよ、本当にダメかと思ったぜ。ご覧の通り怪我人もいる。ともかくみんなを休ませてやってくれ。話はそれからだ」
「それはお前もだよ、キックス。大変な調査だったな。とにかくいまは休め」
「ああ、そうだな。さすがに疲れた」
すぐに傷を負った人たちが運ばれていき、キックスさんを始めとする冒険者の方々が休めるようテントも急遽用意された。どうやら医療系の設備や薬は準備はあるようなので、私の出番はなさそうだ。
話を聞きたい人たちに取り囲まれたキックスさんは、すぐに連れて行こうとする人を制すると、私の前にやってきた。そして、目に涙を浮かべながら膝をつくと、深く首を垂れた。その最上位の敬意を表す行動に、周囲の注目が集まる。
「メイロードさま…‥あなたには感謝してもし足りない。あなたがあのときわれわれの前に道を開いてくれなければ、間違いなく半日後にはこの調査団のほとんどが死に絶えていただろう。たったひとりで調査にやってきたあなたには、われわれを無事にダンジョンの外へ救い出すことはしなくてもいい仕事だった。それなのに……ありがとう、本当にありがとう!」
「いえ、そんな……この脱出はみなさんが優秀な方々だったからできたことです。不運な事故でしたが、でも誰も欠けることなく帰還できてよかったですね。私もほっとしました。あとはゆっくり休んでください。ね?」
「ありがとう……ございます」
「私への感謝は十分です。それよりもいまはご自分とお仲間を気遣ってあげてください」
私の言葉に立ち上がったキックスさんは、また深々と頭を下げてから宿舎に案内されていった。なぜだか、警備の方々からも頭を下げられ、大変こそばゆい。
(あの、気にしないでー)
「ふぅ、なんだかとんでもないダンジョン探索になっちゃったな。ふあぁ、もう眠いし、帰ろっか、ソーヤ」
「はい、メイロードさま」
私とソーヤは、忙しく立ち働いている警備の方々に見つからないようこっそり岩陰に《無限回廊の扉》を開き、イスのマリス邸へ帰宅。
昆布とシャケのおむすびと具沢山のお味噌汁で一息つき、お風呂。セーヤのヘアケアも時間短縮版でお願いし、髪にいいので絶対使うようセーヤから厳命を受けたシルクのナイトキャップをしてぐっすり休んだ。さすがに疲れていたのか、ベッドの入った瞬間即落ちだった。
翌日、スッキリ目覚めた私はグッケンス博士やセイリュウと朝食をとりながら、今回のダンジョンでの出来事を話した。
今日の朝食は純和風のちょっと高級旅館風。湯豆腐に色とりどりの香の物。軽く塩をして干しておいた焼き魚に赤だしのきのこ汁。小鉢料理も青菜や煮物中心に。
「アタタガ・フライの住んでいたダンジョンでは、大規模な崩落のため地形が変わってしまったという出来事がありましたけど、新しいダンジョンで今回のように何度も中が変化していくなんてこと、よくあるんでしょうか?」
湯豆腐にちょんと生姜を乗せて箸でつまむさまもすっかり板についているグッケンス博士も、これには首を傾げている。
「ダンジョンというのは、通常は最後の口を開けるはずなのじゃがな。入り口ができているのに、中が変化するというのはついぞ聞いたことがないぞ」
「やっぱり……そうですよね。そうじゃなきゃ〝ダンジョン図〟なんてなんの役にも立たないですもんね。あれが有効ってことは、普通ダンジョンは変化しないものってことですよね」
ひとり朝酒を冷やで楽しんでいるセイリュウは、青菜のお漬物をつまみながらこう言う。
「だとすると、そのダンジョンはとてつもなく危険だね。正直ダンジョンなのかも怪しいな。気が向いたら僕も見に行ってみるよ」
「ありがとう。たくさんの人が住んでいる場所からそう遠くないから、危険があるなら、早めに対処したほうがいいとは思うけど、どう対処すべきなのか……現状では底が知れない感じがして、どこか不気味。でもそれ以上の目立つ危険は閉じ込められることぐらいだから、閉鎖できないかも」
いまかいまかとダンジョンの公開を待っている無数の冒険者たちをどこまで待たせられるのか、厳しい判断になるだろう。
「今日はユリシル皇子に調査報告に行くのじゃろ?」
「はい、早い方がいいでしょうから」
「また、変なお役目を押しつけられないようにねー」
「セイリュウ! 怖いこと言わないでってば、もう」
そんな風に、いつもの賑やかな朝食のあと、私はパレスの皇宮へと向かったのだった。
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