利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

1003 微笑むふたり

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1003

ずっと複雑な魔法に集中し続けるのは、魔法力だけでなく体力も奪われる。

ここまで合計十一個の球体に大魔法級の術式で大量の〝神の聖雫〟を作りまくっているのだから、この弱い躰が疲弊するのは当たり前といえば当たり前だ。魔法力だけならまだまだ余力があっても、すでに立ち上がるにもだるく、肉体的な限界が近い。

(球体の移動をどうしよう……すぐに動くのキツいかも……)

二本目の〝糸〟を消滅させたことでエピゾフォールは私たちの存在に気づいてしまった。

おかげで現在私たちは強力な鞭となり攻撃してくる〝糸〟に対処せねばならなくなった。あの鞭のせいでやっと完成した十個の魔法薬は落としそうになるし、最適な位置にあった足場も移動せざるを得ず、状況は悪くなってきている。

(さっきいまでよりだいぶ〝聖なる壁〟から離れちゃったなぁ……あの傍若無人にブンブン暴れる鞭はすごいスピードと威力だし、アレ確実に掻い潜れるか微妙なんだよね。まだ躰にしっかり力も入らないのに、いろんな魔法操作しながら十個の球体を壁まで移動かぁ……)

失敗すれば、次はない状況だ。やるしかないと思ってはいても確実にこなせるのかどうか、私は不安を感じていた。躰もふらっと揺れている。

「メイロードさま、おまかせください」
「これぐらいすぐにお運びいたします」

考えを巡らせていると、きっと不安な顔をしていただろう私を支えながら、セーヤとソーヤが笑顔でそう言った。だが、私はそれを即座に否定する。

「だめだって! あの鞭に襲われたら大変なことになっちゃう! 絶対ダメ‼︎」

首を振る私に、セーヤとソーヤは諭すように続ける。

「メイロードさまのあの素晴らしい美食を極められたお料理の数々から授けられたこの力、いまこそ使うときでございます」
「ええ、そうです。メイロードさまの比類のない美しき翠の御髪おぐしに誓います。私たちの力はご存じでございましょう? 必ず無事に近づき、壁を修復いたしましょう!」

「ふたりとも……」

そう、セーヤとソーヤの隠密能力は、私の異世界料理によってとてつもなく磨かれている。グッケンス博士もこんな能力を持った妖精はついぞ見たことがないと驚くほどなのだ。

(でも、常に爆食いのソーヤと常識的な量しか食べないセーヤの差はあんまりないんだよね。量というより、毎日摂取するのが重要みたい。私のお料理を食べる日々の生活の中で成長してくれたって、なんだか嬉しいね)

確かにふたりの言うことが正しい。

私が自分の体力に不安を覚えているいま、あの壁に誰にも気づかれることなくたどり着けるのはこの子たちしかいない。きっと、ここにセーヤとソーヤがいてくれることに感謝すべきなのだろう。そしてふたりは心からこの任務を託されることを望んでくれている。

決断しなければいけない。

私が〝お願い〟しなければ、この子たちは動くことができないのだ。この子たちの気持ちに応えるためにも、心配は尽きないが、主人としてふたりを信じてみよう。

「わかったわ……ありがとう」

ふたりを見つめひとつ深呼吸した私は、声を出した。

「セーヤ・ソーヤ、ふたりにお願いよ。この十個の球体を〝聖なる壁〟まで運んで、あの傷ついた壁を修復してきて!
でも気をつけてね、本当に気をつけて……」

私はなんの屈託もなく微笑むふたりをぎゅっと抱きしめた。

「お任せください、メイロードさま」
「お任せください、メイロードさま」

ふたりの声が綺麗に重なり、私も泣きそうな気持ちを抑え、すこし微笑む。

そっと私から離れ、笑顔のまま立ち上がったふたりは、目の前に球体を積み上げた。私は持ちやすさを考え四つの球体を《光りの縄ライトロープ》の魔法で縛り上げて固定し、その上に五つ目を置き全体を再度固定した。

ふたりは重さを感じさせない動きでこれをヒョイっと担ぎ上げてみせる。

「ふふ、相変わらず力持ちね」

私はそう言いながら、十個の球体に祈りと心を込めて《隠蔽魔法》を施した。

(絶対ふたりが見つかりませんように)

「では行ってまいります」
「すぐ戻ってきますね」

「お願いね……いってらっしゃい」

(どうして私の大事な妖精さんにこんな危険なことを頼むことになっちゃんたんだろう。私のわがままにふたりを巻き込んで……ごめんね、ごめんね……)

笑顔のふたりに私も笑顔で返そうとするが、もう涙は止まってくれない。それでも泣き笑いで私が手を振ると、もうふたりの姿は消えていた。

「大丈夫、鞭はまだこちらの攻撃に必死だ。隠密能力の高いセーヤとソーヤならきっとできるよ」

私のいる雲を守る防御結界を保ちながら、セイリュウが力強くそう言ってくれた。

「そうですね……きっと大丈夫ですよね。帰ってきたらうんとほめてあげなくちゃ!」

ふたりが飛び去った方向を見つめながら、私はただセーヤとソーヤの無事を祈っていた。
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