利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

1006 ある商人の結末

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1006

魔王の発するその《念話》らしき声には、背筋が凍るような冷たさと、とてつもない怒りをはらんだ怒号のような響きがあった。

この明らかな魔王の〝怒り〟に、先ほどまでヘラヘラしながらこちらを嘲るような態度で不敵に笑っていたタガローサは、油汗の吹き出した顔を引き攣らせ、その目は泳ぎ続けている。

「あ……アッ……も……申し訳ございません、魔王様……」

よほど恐ろしいのだろう。エピゾフォールの威圧にうまく声も出せなくなっているタガローサは、大きな体躯を無理やり折りたたみながら、それでも振り絞るように声を出し、ひたすら甲板で平伏する。

「あの……あまりにも魔王様からご連絡が遠のいておりましたので、わが尊き主に何か良くないことが起こっているのではないかと心配になったのでございます」

やはりエピゾフォールはタガローサを傀儡とし、まだ人間界に実態をほぼ持てない自分の代わりに動かしていたようだ。そして、タガローサの部下と金を動かして自らの強化を図るために必要な〝魔力〟の調達を命じていた……

「魔王様より教えていただきました魔道具の技術によりまして〝ストーム商会〟は一気に躍進いたしました。あれは素晴らしい技術でございます。もっともっと儲けることも容易でございましたが、ご指示の通り〝魔力〟を集めるため、断腸の思いで価格を抑え魔道具を普及させてきたではございませんか!」

タガローサがものすごく悔しそうな顔をしているところを見ると、やはり〝ストーム商会〟の経営方針はエピゾフォールの指示だったようだ。

(タガローサがこんな儲かりそうなことを、赤字覚悟の低料金で広めるなんて考えられないもの。おかげで、なかなかタガローサの存在に辿り着けなかったわ)

「しかし、何者かの妨害で魔王様との唯一の連絡手段であった教会が破壊されてしまい、私どもは途方に暮れました」

(あ、はい。それ私ですね。そうだったんだ……あそこが魔王との連絡場所でもあったんだ。思ったより魔王の出現は、まだまだ魔王にもいろいろ制約がある難しい状況だったんだね)

〔……〕

魔王は何も語らず、黙って突然現れた自分の傀儡の言葉を聞いている。

そしてタガローサは魔王の威圧に恐怖しながらも、保身のため一方的に話し続けた。

「教会が破壊されたあと、魔王様は残っていた〝魔力〟の受け渡しのため、一度だけ空間を繋いでくださいました。ご連絡を受けて、沿海州のその場所まで慌てて球を運びご指定の井戸にそれを放り込みましたが、そこから一切のご連絡がなく……」

そのとき、エピゾフォールの怒りに満ちた声が脳内に響いてきた。

〔これか……〝しるべの魔石〟よくこんなものを……〕

どうやらタガローサは例の〝吸魔玉〟の受け渡しのとき、何かを仕込んだらしい。

〔ねえセイリュウ。〝しるべの魔石〟ってなにかな? 聞いたことないんだけど……〕
〔ああ、それは当然さ。とてつもなく珍しい魔石で世界に数個しか確認されていないからね。グッケンス博士でも持ってるかどうかってところかな〕
〔それは……かなり珍しいわね〕

世界一の変なものコレクターであるグッケンス博士も持っていないだろうほどの珍品〝しるべの魔石〟は、特殊な方法でふたつに割るとお互いに引き合い、お互いのある場所を教えてくれる魔石で、磁石のように方位を示し続けるそうだ。

〔そんな国宝級の魔石を使うほどタガローサも必死だったってことだろうね〕

セイリュウの言う通り、すべてが明らかになれば確実に極刑が待っているだろうタガローサにしてみれば、魔王エピゾフォールは彼が返り咲くための最後の希望だ。どうしても連絡を断たれたときの保険をかけずにはいれなかったのだろう。

「……あれ以来、魔王様との連絡手段がないままに、まったくご指示のない日々が続きました。ところが、気がつけば〝しるべの魔石〟に反応が現れたのでございます! それでいてもたってもいられず、まかりこしました次第で……すべては魔王様の御身を心配するあまりの……」

どうやら〝糸〟の出現により開いた〝聖なる壁〟の綻びから〝しるべの魔石〟の反応が検出できるようになったということらしい。

「魔王様、わが主様! 私はどうしてもお助けいたしたく……」

黙って聞いている魔王の様子に気をよくしたのか、不気味な笑顔で擦り寄るようなことを言い続けるタガローサ。
だが、その姿は一瞬で甲板から消えた。鞭のような太さになった〝糸〟が目にも止まらぬ速さで甲板から掴み取ったのだ。

「主人の指示も待てない下僕など必要ない。もうお前の役目は終わりだ」

「まおう……さ……ま、なに……を……うわぁぁ‼︎」

〝糸〟に触れられたところから、タガローサは見る間に見るも無惨に爛れていった。それと同時に、大きな躰が急速に萎むように小さくなっていき、絶叫がなくなるころには、薄い焦げた紙が風に散るようにその姿は消え去り、身につけていた大量の宝石や貴金属がきらめきながら海中に落ちていった。

次の瞬間、大きく鞭が振り落とされ、タガローサの乗っていた〝天舟アマフネ〟を真っ二つに破壊して海へと落としていた。この攻撃は凄まじくエピゾフォールの放った瘴気と炎に包まれ落下した舟はあっという間に燃え尽き、そのまま海中へ消えた。

「あれには乗組員もいたでしょうに、なんてことを……」

青ざめる私に、セイリュウが見たことのない焦った表情を浮かべながら言う。

「なんてことだ。これはもうすでに僕の知っていた魔王じゃない……エピゾフォールの精神は完全にヤツの権能に取り込まれつつある気がするよ。あれはこのまま世界にただひとりになる気なのかもしれない」

自分のあまりにも強いスキルに囚われ、理性も自らの損得すらも感じない〝破壊者〟になりつつある魔王の姿に、私は彼を絶対にこちらの世界に入れてはいけないと強く感じていた。

(なんとしてもエピゾフォールを止めなくちゃ!)
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