利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

1027 説明会

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1027

グッケンス博士だけでなくシド軍としても、今回の〝巨大暴走〟の最終局面においてシド軍の優位を決定づけた兵器の存在については出来る限り内密に扱いたかったようだ。

『それが軍の装備として使えようとそうでなかろうと、その存在について知る人間は極力少ない方が良い』

多くの人々がその脅威的な威力を目の当たりにしている謎の兵器の実態を他国に知られること、それが最も恐ろしい展開だったからだ。

徹底的な隠蔽と秘匿……その方針は帝国そして軍部の総意であった。

そして、その兵器を知る唯一の人物との極秘の会議が今日となる。

グッケンス博士の話を直接聞けるのは、事前に希望を出した人物の中で博士が許可した人物に限られた。緊張した面持ちの軍部の魔法研究者三名とドール参謀長そして二名の皇子が博士に指定された演習場へとやってくると、すでに博士は待っていた。その背後には布が被せられた大きな机ぐらいの大きさのものが置かれている。

ドール参謀長はまずは情報の漏洩がないよう付近に人がいないことを再度確認し、そして魔法による情報の遮断が完了したかどうかを配下の魔術師に確認している。

「はい《索敵》による付近の警戒は継続して行なっております。いまのところ異常はございません。情報遮断結界も複数はりめぐらせております」
「わかった、引き続き警戒は怠らぬようにしてくれ」
「はい、承知しております」

「では我々は結界の外でお待ちいたします」
「ああ、皇子方もいらっしゃる、警戒は怠らぬように」
「はい、心得ました」

そして最後にドール参謀長が結界へと入ると、全員が集まったということで博士が早速口を開く。周囲の緊張に反して、グッケンス博士の口調はいつもと何ら変わらない落ち着いたものだ。

「百聞は一見にしかずじゃろう。ほれ、これがその装置じゃ」

博士が布を取り去ると、そこには博士がマジックバッグから出したと思われる奇妙な発射台が据え置かれていた。

「これがあの怪物を串刺しにしたという兵器か……思ったより小さなものだな」

この兵器の威力を知っているドール参謀長は、打ち込まれた極太の矢からかなりの大きさを想定していたが、発射台はそれほど大きいものではなかった。

「ああ、矢の設置はその場で土魔法を使った台座を作った。これは矢がなくとも機能するのよ。これを使って打ち出した矢のようなものは、〝四双竜クアッドドラゴン〟のために作ったもので、ひとつきりなのじゃ。あの矢も軍部が持ち帰ったのじゃろう?」
「はい……あれにはミスリルを始め貴重な金属が大量に使われておりましたので、あの場に残すのは危険と判断し持ち帰りました。いずれご返却……」

ドール参謀長の言葉に博士が手を振る。

「もう役目の終わったものじゃ。好きにしたら良い」
「ありがとうございます。それでは研究ののち、今回の戦いの記録として武器庫で厳重に保管させていただきます」

そんなふたりの話を聞きながら、第二皇子ダイン・シドは目を輝かせて、興味深そうにその装置へ近づいた。

その姿にドール参謀長が、少し慌てた様子で博士に確認する。

「グッケンス博士、近づいても問題ございませんか?」
「ああ、大丈夫じゃ。そいつが起動するためにはが必要じゃからな」

博士が手にしたのは頼りないほどに小さな、銀色をした骨のような形状のものだった。

そこから博士はこの装置についての説明を行いながら〝銀の骨〟を発射台に設置した。

「ここで実演しても良いがの。なにせこの〝銀の骨〟は貴重品じゃ。ここで使えば手元にはもうあとしか残らん。これを軍で使えるように試験したいのならば、もう少し集まるまではこの発射装置は封印しておくがよかろう」

震えながらうやうやしく博士から〝銀の骨〟を受け取った魔法研究者たちは、その場でその保管方法について相談を始めた。

一方、ユリシル皇子とダイン皇子は、〝銀の骨〟が設置されたその不思議な装置に釘付けになっていた。

「こんな小さな装置から放たれたものが、あれほどの魔物を貫くとはな」
「確かに小型の台ですが、これが世界最強の兵器のひとつであることは間違いありません……こんな斬新な兵器を個人で開発されるとは、さすがはグッケンス博士ですね」

ふたりの皇子は、博士の技術力に感心しきっていた。

「では、グッケンス博士。この装置がこの世界に複数あるということはないのですね」

細かい質問を続けながら、ドール参謀長は確認するように何度か目の同じ問いを投げかけた。

「くどいのぉ、それは有り得んよ。あの時点で手に入れられるだけの〝銀の骨〟は回収済みじゃ。それのほぼ全部を使って研究した末にできたのがこの装置よ。大量に確保した〝銀の骨〟と常軌を逸した〝魔法力〟を使い続けられる胆力と根気、これが揃わねばどうにもならん……他の者には到底再現はできんじゃろう」
「……凄まじいですな。そういうことであれば、この兵器が今後使われる可能性は考えなくともよさそうですが……」

実物と研究論文を提出したことで、やっとこの兵器に関して納得させられた。博士はやれやれという表情だ。

「言っておくが、もうわしはコレの研究には拘らんからな。もう、わしの興味はそれにはない。なんとか使いたいというのならお前たちで考えよ!」

それは本当に軍部にとっては残念なことだったが、これ以上の譲歩を博士から引き出すことは誰にもできなかった。

「個人的なご研究の開示と貴重な物資のご提供に、帝国は心より感謝申し上げます、グッケンス博士」

ダイン皇子がにこやかにそう言うと、皇子たちを含む全員が、グッケンス博士に深く頭を下げた。こんな兵器すら作ってしまう天才が帝国側にいてくれることに心から安堵しながら……

そして、最上級の感謝を帝国から捧げられたグッケンス博士が、なんともいえない複雑な表情をしていたことには誰も気づくことはなかった。
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