無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

文字の大きさ
3 / 52

茜色の校舎にて

しおりを挟む
 野球部の奴らから便利屋のような女の存在を聞いた俺は、2年A組の教室に向かって歩く。

 もう部活動も終わった頃合だ。

 放課後の校舎は、極端に人気ひとけがない。

 ふと思う。

 こんな時間まで教室に居残って、その西澄とかいう便利な女子はなにをしていたんだろうか。

 というか、ほんとにそんなやついるのだろうか。

 俺、野球部のやつらに担がれてないよな。

 誰もいない茜さす廊下を歩いていると、少しばかり不安がよぎった。

 ◇

 廊下の端のほうに、A組の教室が見えてきた。

 ちょうどそのとき、教室の引き戸が開かれ、なかからひとりの男子生徒が出てきた。

 妙にスッキリとした表情をした男だ。

 彼はあごをくいっと持ち上げ、得意げな顔をしたままこちらに向かって歩いてくる。

 とりあえずこいつに話を聞いてみよう。

「おい。
 ちょっといいか?」

 すれ違いざまに声を掛けると、男子は煩わしそうに舌打ちをしてからこちらを振り返った。

「……北川か。
 こんな時間までなにてしやがる。
 というか問題児がこの俺に、気安く話しかけるな」

「問題児で悪かったな。
 それに遅くまで残ってるのは、お前だって同じだろうが。
 ……まぁそれはいい。
 なぁ、お前。
 いまA組の教室から出てきたよな。
 西澄アリスっての、まだいるか?」

「はっ!
 お前もあの売女ばいたが目当てかよ。
 所詮北川もその程度ってか。
 正義面せいぎづらした問題児の正体みたりって感じだなぁ?」

 なんだこいつ。

 随分とイケ好かないやつだ。

「正義面ぁ?
 なんの話だよ。
 俺ぁそんないい子ちゃんぶった真似は、した覚えがねぇぞ」

「……ふん。
 ちょっと上級生と喧嘩して勝ったくらいで調子に乗るなよ。
 みんながみんな、お前にぶるってる訳じゃねえからな」

 男子生徒がくるりと背中を向けた。

 一方的に言いたいことを言い放った彼は、結局俺の質問には答えずにそのまま立ち去っていく。

「……わけがわからん。
 なんだったんだ」

 ああいう手合いが、じいちゃんがよく話している『キレやすい今時の若者』ってやつなのかもしれない。

「っと。
 そんなこたぁ、どうでもいい。
 いまは子猫のことだ。
 西澄アリスってのがまだ居て、捜すの手伝ってくれたらいいんだが……」

 俺は気を取り直して、2年A組へと足を運んだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……西澄ぃ!
 西澄アリスってやつ、いるかぁ?」

 扉を開いてなかを覗く。

 西陽の差し込む茜色の教室に、金色の髪をした女子がひとり、ぽつんと机に座っている姿が目に飛び込んできた。

「……?」

 窓際のその女子が、教室に入ってきた俺に顔を向ける。

 髪の色こそ人目をひく金髪だが、目鼻立ちは日本人のそれで、瞳も碧眼というわけではなく、赤みがかった黒だ。

 しかし俺には、彼女がまるで西洋の人形のように思えた。

 そう感じたのはおそらく、彼女を形作るすべてのパーツがありえないほど整っていて、いっそ無機質さすら感じさせるほどだからだろう。

「……はっ⁉︎」

 気付けば彼女の幻想的で、ある意味人間離れした美貌に目を奪われてしまった。

 頭を振って心を落ち着ける。

 もう一度ゆっくりと彼女を観察して、俺はようやく気がついた。

「……なんだ、お前。
 泣いてんのか?」

「……泣いてません」

 鈴が鳴るような透き通った声だ。

 でもいまはその綺麗な声も、どこか涙声である。

「でもお前……。
 目が真っ赤じゃねぇか」

「……夕陽のせいです」

「いやそれは無理があるだろ。
 って、さっき廊下で妙にスッキリした感じのイケ好かない男子とすれ違ったけど、あの野郎になにかされたのか?」

 応えを待つも、目の前の女子はなにも言わない。

 だが俺には、彼女がどこかつらさを堪えているように見えた。

「……ちっ。
 ちょっと待ってろ!
 さっきの野郎、取っ捕まえて――」

 女を泣かせるようなヤツは許すな。

 じいちゃんだって、いつもそう言っている。

 くるりと踵を返すと、女子が俺の背中を呼び止めてきた。

「……待ってください。
 本当に、なんでもありませんから」

 いや、なんでもないはずがない。

 実際に泣かされているだろ。

 そう言ってやろうと振り返った俺は、いつの間にか雰囲気の豹変していた彼女に驚いた。

「お、お前……」

 女子はもう目の赤さが引いていた。

 それどころかさっきまで泣いていた彼女は、いまは死人みたいな無表情である。

 俺と女子の視線が交差した。

 光彩の失われた生気の感じられない瞳に、ゾクッと怖気おぞけが走る。


 彼女のあまりにも唐突な変わりように不気味さを感じてしまった俺は、どんな態度を取ればいいのかわからなくなって、その場に立ち尽くした。

 ◇

「……それより、あなた。
 わたしの名前を、呼んでいましたけど、なんの用ですか?」

 死んだ目をした女子が、ぽつほつと小さな声で途切れ途切れに話しだす。

「あ……。
 お、おお!
 そうだ、そうだ」

 固まっていた俺はようやく金縛りが解けて、ズボンの後ろポケットから財布を取り出した。

「噂を聞いたんだよ!
 たしかお前、500円払えばなんでも言うこと聞いてくれるんだってな?」

 女子からの返事はない。

 ただ黙って俺を観察している。

「ほら、500円!
 いままでだって、色んなやつのお願い聞いてきたんだろ?
 なら、俺も頼むよ!」

 俺は彼女の手をとって、無理やり500円硬貨を握らせた。

 女子の表情が、今度こそはっきりと歪む。

「あなたも……。
 さっきの男子と一緒なんですね……」

「あん?
 なんだって?
 そんな小さな声じゃ聞こえねぇよ。
 えっと。
 西澄……。
 名前、西澄アリスでいいんだよな?」

 やはり西澄はなにも答えない。

 というか俺に向けてくる視線に、なにやら非難めいた色が混ざっているように思える。

「な、なんだよその目は。
 俺、お前になんかしたか?」

 どうにも俺は、彼女に嫌われてしまったらしい。

 とはいえ元々俺は学校一の嫌われ者だ。

 誰かに嫌悪感を向けられることになんて、もう慣れてしまっている。

 そんなことよりも、いまは子猫を捜す人手の確保が優先なのである。

「とにかく、お願いなんだが――」

 言葉を話し切る前に、西澄は500円硬貨を机に置いて立ち上がった。

 そのままスタスタと歩き出し、俺の横を通り過ぎて教室の出口に向かっていく。

「待ってくれ!
 さっきの男子のお願いは聞いたんだろ?
 だったら俺のことも、手伝ってくれてもいいじゃねぇか!
 人手がいるんだよ」

 西澄の歩みは止まらない。

「はやくしないと猫が危ねえんだ!」

 彼女の足がピタリと止まった。

「校舎裏で飼ってた猫が居なくなったんだよ!
 あのバカ猫まだ多分生後2ヶ月くらいなんだ。
 はやく見つけねぇと……。
 またカラスにでも襲われたら、今度こそ殺されちまうかも知れねぇ」

 振り返った西澄は、キョトンとして俺を眺めている。

「だから人手が必要なんだ。
 お前、500円でなんでも願い事を聞いてくれる便利屋なんだろ?
 だったら一緒に子猫を捜すのを手伝ってくれよ!」

 俺は机に放置された500円玉を手に取った。

 振り向いて立ち尽くしたままの西澄に歩み寄り、再びその手に硬貨をしっかりと握らせる。

「……な?
 頼む!」

 俺をじっと見つめてくる彼女は、やはり理解不能なものを眺めるような目をしていたが、その視線にはもう先ほどまでの嫌悪感は混ざっていなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...