無表情だけどクラスで一番の美少女が、少しずつ俺に懐いて微笑むようになっていく

猫正宗

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西澄アリスについて

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 翌日の休み時間。

 俺はA組に向かい、ちょうど教室から廊下に出てきた見知らぬ男子生徒に声を掛けた。

「なぁ、ちょっといいか?」

「……あ、はい。
 って、ひぅッ⁉︎
 き、北川……くん⁉︎
 ど、どうしたんだい?」

「悪いんだけど、時宗ときむね呼んでくれない?」

「とき……。
 あっ。
 ざ、財前くんのことだよね!
 ちょっと待っててね!」

 男子が慌てて教室に戻っていく。

 廊下の壁にもたれてその姿を目で追っていると、開け放たれたドアの向こうに、西澄アリスの姿が見えた。

 彼女は窓際の席にぽつんと座り、じっとしている。

 1日ぶりにみた西澄の印象は、昨日と変わらずやはり人形のようだった。

「珍しいな、大輔。
 お前がA組までくるなんて、初めてじゃないか。
 どうしたんだ?」

 ぼーっと西澄を眺めていると、呼び出しに応じてやってきた時宗に声を掛けられた。

 視界の隅に彼女の姿を追いやり、意識を切り替える。

「いや、ちょっと聞きたいことがあんだよ。
 昼休み、屋上いいか?」

「ああ、構わないぞ」

「悪りぃな」

「特に悪くはない」

 それだけ話すと、時宗は教室へと戻っていった。

 俺は最後にもう一度、西澄アリスの姿をちらりと眺めてから、自分のクラスに戻った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 昼休みの屋上には、連れ立って昼食を楽しむグループがちらほらいた。

 春の陽射しがぽかぽかとして暖かい。

「……おい。
 あそこ見ろよ。
 北川だぜ」

「近づかないほうがいいわよ。
 なんでも彼、すごい乱暴なんだって……」

 グループの連中は遠巻きに俺を眺めながら、なにかを囁きあっている。

 どうせろくでもない噂をしているのだろう。

 俺は特に彼らを気に留めず、給水塔の影に入って壁にもたれかかった。

 ◇

「すまんな、大輔。
 待たせた」

 ほどなくして、時宗のやつがやってきた。

「別に待ってねぇよ。
 それより俺のほうこそ、呼び出したりしてすまねぇな。
 あと、人目につかないように屋上を選んだつもりだったんだが、場所の選択を間違えたみたいだ」

「人目につくと不味いのか?」

「いや、俺といるところを見られたら、お前まで悪い噂が立つかもしれないだろ」

 こいつは学年成績トップの優等生だ。

 対して俺は、入学早々派手に喧嘩をやらかして停学を喰らった問題児である。

「……くだらんことを言うな。
 友人と一緒にいるだけだ。
 悪い噂もなにもない」

 そう言えばこいつはこういうヤツなんだった。

「それより大輔。
 聞きたいことがあると言っていたな。
 話してみろ」

「ああ。
 じゃあ早速で悪いんだけど……」

 こほんと咳払いをする。

 離れて聞き耳を立てている生徒たちに聞こえないよう、トーンを落として尋ねた。

「聞きたいのは、西澄アリスについてだ。
 お前、あいつと同じA組だろ。
 知ってることを教えてくれ」

 俺は昨日知り合った彼女のことが気に掛かっていた。

 あの笑わない美少女。

 どうして彼女の瞳は、あんなに死んでいるのだろうか。

 なぜ彼女はあんなに、人形みたいに無表情でいられるのだろう。

「……西澄?
 どうしてそんなことが知りたい?」

 時宗が普段より、さらに真面目な顔をした。

「別に大した理由はねぇよ。
 ただ昨日ちょっと話したから、どういうヤツなのか気になっただけだ」

 少しの沈黙が流れる。

「……ふむ。
 興味本位か。
 だがそれもいいだろう。
 お前が悪意を持って誰かについて聞きたがる人間ではないことを、俺はちゃんと理解している」

「そりゃどうも」

「それで、西澄についてなにが知りたい?
 と言っても、俺も大したことは知らないが――」

 時宗の話はこうだ。

 こいつは1年のときも、西澄アリスと同じクラスだったらしい。

 西澄は入学したての頃は、その類稀なる美貌からそれはもう学校中の注目を浴びていた。

 ちょうど俺が入学早々、停学を喰らっていた時期のことみたいだ。

 噂の美少女をひと目見ようと、色んなクラスから取っ替え引っ替え男子たちがやってきては、わるわる彼女に話しかけた。

 だが西澄はその頃からもうすでに、あんな調子だったらしい。

 死んだ目をしたまま表情を変えない彼女に、同級生たちも次第に距離を置くようになっていった。

 ◇

「……いじめられてる訳じゃねぇんだよな?」

「いじめではないな。
 ただ純粋に異質なものとして扱われている。
 西澄が金髪のハーフだってことも、そういった扱いに拍車をかけているな。
 これは俺の推測だが、たぶんみんなも、彼女にどう接すればいいのかわからないんだろう。
 なにせ西澄は無表情だし、まったく笑わないからな」

「笑わない……」

 そんなことはない。

 俺は昨日のことを思い出す。

 茜さす放課後の校舎裏で、白い子猫をじゃらす西澄アリス。

 その顔にはたしかに、暖かく血の通った微笑みが浮かんでいた。

「そういえば……。
 あと、彼女には変な噂が流れているみたいだな」

「……噂?」

「ああ、噂だ。
 西澄アリスは一回500円ぽっちで、どんなお願いでも聞いてくれる。
 そんな噂を耳にすることがある」

 時宗は眼鏡を人差し指で押し上げ、眉をしかめる。

「それか。
 その噂なら俺も聞いたことがあるぞ。
 というか、噂じゃなくてマジだ。
 実際に昨日、俺も500円払ってあいつに頼みごとをしたしな」

 時宗が怪訝な表情をした。

 こいつが俺にこんな顔を向けてくるのは珍しい。

「なんだよ、その目は?」

「……大輔。
 西澄に、なにを頼んだんだ?」

「なにって、猫探しを手伝ってくれって頼んだんだよ。
 便利屋みたいなやつだよな。
 実際にちゃんと、猫も探し出してくれたしよ」

「ああ。
 昨日お前が放課後まで残ってやっていたのはそれか。
 だが西澄が便利屋?
 なにを言ってるんだ大輔」

「……?
 お前こそなに言ってんだよ。
 500円払って頼みごとが出来るんだから、便利なやつじゃねぇか」

 時宗がこれ見よがしにため息をついた。

「……はぁ。
 お前らしいと言えばお前らしいが……。
 よく聞け大輔。
 あの噂は、そういう意味じゃない」

「はぁ?
 だったらなんだってんだよ。
 回りくどい話し方はやめろ」

「美少女の同級生がなんでも言うことをきく。
 なら、普通の男子高校生がなにを願うかなんて、相場が決まっているだろう」

「……あ」

 ようやく噂の意味に思い至った。

 なるほど、そういうことか。

 ふいに昨日の放課後のことが頭に浮かぶ。

 得意げな顔で2年A組から出てきた、いけ好かない男子生徒と、教室にひとり佇んでいた西澄アリス。

「……時宗。
 その噂、本当なのか?」

「そこまでは知らない。
 俺が知っているのは、そういう噂が流れている、ということだけだ」

「……そうか」

 呟きながら俺は、窓際の席に座り、静かに泣いていた彼女の顔を思い出していた。
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