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事後の処分
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トントンとまな板を包丁で叩く心地良い音が、俺の耳に届いてくる。
続いて鍋から吹きこぼれた味噌汁が、じゅわっと鳴った。
「あっ。
お味噌汁、沸いちゃった。
ンもう……!」
雫が慌ててコンロの火を弱める。
――週末。
北川家の台所。
白い割烹着姿でそこに立った雫は、昼食の用意をしながら少しムッとしている様子だった。
「ねぇねぇ、雫ねぇ。
雫ねぇってば、昨日からずっとなに怒ってんの?」
「……怒ってません」
明希が話しかけるも、雫は素っ気ない。
「なぁなぁ兄ちゃん!
なにやらかしたんだ?
あれ、絶対怒ってるぜ。
どうせ雫姉ちゃんには敵わないんだから、さっさと謝ったほうがいいぞ」
拓海が俺を見上げてくる。
「うっせぇチビ。
別になんもやらかしてねぇし」
話した瞬間、リズミカルに音を響かせていた包丁がぴたっと止まった。
まな板の前に立ち、背中を向けたままの雫がぽつりとこぼす。
「……なにも。
……やらかしてない?」
「あ、ああ、そうだ。
というか、雫。
やっぱりお前、なんか怒ってんのか?」
雫がゆっくりとこちらを振り返った。
握ったまんまの包丁が、窓から差し込む陽光をキラリと反射して怖い。
「怒ってるに決まってます!」
「い、いやでもさっき、明希には怒ってないって言ったじゃねぇか」
「むぅ~!」
雫は見事なふくれっ面だ。
手にした包丁をまな板に置いて、俺の胸に飛び込んできたかと思うと、ポカポカと小さな拳で胸板を叩いてくる。
「ど、どうした⁉︎
おい雫」
「むぅぅ~~っ!」
「ほら!
落ち着け。
……な?」
「落ち着いてなんていられません。
お兄ちゃんのバカ!
まさか……。
まさか、また暴力事件を起こすなんて!」
「……あー。
やっぱ、そのことかぁ」
「そのことだよ!
これでもう、2度目じゃない……。
うぅぅ……!」
「いや、そりゃあそうなんだけどよ。
これには色々、訳があってだなぁ」
「そんなの知ってるよ!
だって、お兄ちゃんが理由もなく喧嘩するわけないもん。
でも……」
雫がしょぼくれた顔で、弱々しく胸を叩いてくる。
どうやら随分と心配されてしまっているらしい。
「……悪りぃ」
俺は可愛い妹の背中をそっと撫でながら、事の顛末を思い返した。
昨日。
校舎裏で襲われていたアリスを間一髪で助け出した、あの後のこと――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お前ら!
そこでなにをしている!」
声を張り上げながら校舎裏に現れた生活指導の教師は、鼻から大量の血を流して倒れている田中を見るなり顔を青ざめさせた。
「だ、大丈夫かお前!
意識はあるのか!」
「た、たひゅけて……。
たひゅけてくれぇ……!」
駆け寄ってきた教師の足に、田中が縋り付く。
無様ではあるが、どうやら意識自体ははっきりとしているその姿に、教師はホッと胸を撫で下ろした。
そして俺に向き直り、今度はあからさまな嫌悪を向けてくる。
「……北川。
またお前か。
よくよく問題を起こすヤツだな」
「んだよ?
言っとくけどな。
俺ぁ悪いことをしたつもりはねぇぞ」
「ふざけるな!!」
教師が額に青筋を貼り付けて怒鳴る。
「悪いことはしてないだとぉ?
お前は、暴力を悪いこととすら認識していないのか!
この現場をどう言い繕うつもりだ。
この男子を殴ったのはお前だろう!
血を流して倒れている姿をみても、反省のひとつもないのか!」
「そりゃあ、それをしたのは俺だけどよ。
ぜんぶそいつの自業自得――」
「うるさい!
言い訳なら生徒指導室で聞く!
いや、その前にこの生徒の治療が先か……」
「ま、待ってください。
大輔くんは、わたしを助けて――」
吐き捨てるように話していた教師が、視線をアリスに移した。
「なんだお前は?
口を挟むな!
っと、その金髪は2年A組の西澄か。
……お前、北川なんかと寄り添いあって、なにをしている。
まさかお前も加害生徒じゃあるまいな?」
「――なっ⁉︎
待てよ!
アリスはなんもしてねぇ。
むしろこいつは、被害者だってぇの!」
教師は俺の抗議を聞き流して、満身創痍の田中を支えた。
「ひゅぅ……。
ひゅぅ……。
痛え……よぉ……」
「は、鼻が折れてるのか⁉︎
なんて酷い怪我だ……」
痛ましげな顔で、怪我をした田中をいたわる。
「保健室はもう閉まっているな。
……仕方ない。
俺が車を出して、病院まで連れていく」
教師が田中に肩を貸して立たせた。
「お前ら!
今日はもう帰れ!
そして北川!
お前は明日朝一番で、生徒指導室までこい!」
「……いや、明日は学校休みだろ」
「休みでも構わん!
9時に生徒指導室までやってこい。
いいな!」
それだけ言い残してから、教師は田中を連れて校舎裏を立ち去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――回想を終える。
俺は雫の作った昼食を食べ終えてから、食後の時間を微睡んでいた。
しばらくそうしていると、玄関チャイムがピンポンとなった。
「ごめんください」
おそらくアリスやってきたのだろう。
壁掛け時計を見上げると、時刻は午後2時すぎ。
彼女は病院帰りにウチに寄ると言っていたから、そろそろ来る頃合いだと思って、こうして待っていたのである。
「お兄ちゃん。
アリスさん上がってもらったよー」
雫に案内されて、アリスが居間に顔をだした。
「こんにちわ。
大輔くん」
「よう。
足の具合はどうだ?」
アリスは捻った足首に包帯を巻かれていた。
軽くびっこを引きながら、松葉杖をついている。
「思ったより酷くはありませんでした。
もう腫れは引いていますし、1週間もすれば普通に歩けるようになるそうです」
「……そっか。
よかったよ。
とりあえずそこに座ってくれ。
足は投げ出したままでいいからな」
「あ、じゃあ私。
お茶を入れてくるね」
雫が台所に向かう。
アリスは座るなり神妙な面持ちで尋ねてきた。
「……それで。
大輔くんのほうはどうでしたか?」
彼女が心配しているのは、生徒指導室に呼び出されたことだ。
昨日生徒指導室まで呼び出された俺は、今朝、休みにもかかわらず学校まで行ってきたのである。
「誤解はちゃんと解けたのでしょうか。
わたし、とても不安で……」
「……どこまで信じてもらえたかは、正直なところ分かんねぇな」
生徒指導室に呼ばれた俺は、複数の教師に囲まれて、事の経緯を根掘り葉掘り尋ねられた。
「でも、あるがままを話してきたよ」
アリスがずっと田中のヤツにつけまわされていたこと。
根も葉もない噂を流されて、傷つけられていたこと。
そして昨日――
遂に直接アリスを襲った田中から、間一髪で彼女を救い出したこと。
「先生たちはどう言っていたのですか?
なんでしたら、私からも……。
私からも、説明しようと思うのです」
「……いや、それはいい」
見ればアリスの肩は震えていた。
きっと昨日の出来事を反芻して震えているのだろう。
よくよく考えれば、恐ろしげな顔の男に無理やり押し倒されてから1日しか経っていないのだ。
未遂に終わったとは言え、その恐怖は相当なものだったろうし、いまになって震えがきてもそれは無理からぬことだと思う。
「心配すんな」
「でもわたし……。
大輔くんに迷惑をかけてばかりで……」
「迷惑だぁ?
はははっ。
んなもん、かけられた覚えは微塵もねぇな」
ニカッと笑って見せるも、アリスの表情は冴えないままだ。
「……そうして笑い飛ばしてくれますけど、やはり考えてしまうのです。
大輔くん……。
わたしと出会ったこと、後悔してませんか?」
「はぁ?
なに言ってんだよ!」
とんでもない話の展開に驚く。
「俺はお前とのことで後悔したことなんて、ひとつもねぇよ!
……いや。
強いてあげるなら、田中についてだな。
アイツをあそこまで放置しちまったことについては、正直後悔している。
でもよ。
俺ぁお前を助けたられたことに安堵こそあっても、後悔なんかねぇぞ。
もし昨日みたいなことがまた起きたら、俺は同じように相手を殴ってでもお前を助けるから……!」
思ったままを告げる。
「……もう。
暴力はだめなのです」
アリスが困った顔で微笑んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌週、俺は担任の教師に生活指導室に呼び出されていた。
要件は言わずもがな、田中についてだ。
「……北川。
お前が暴行を働いた男子生徒。
田中大翔についてだがな。
鼻骨骨折で手術が必要になった」
「そっすか」
「2泊3日の入院が必要で、全治1ヶ月だ。
整形はするらしいが、元に戻る保証はないらしい」
そりゃあそのくらいの怪我はしただろう。
そのつもりで殴ったのだ。
だが反省はしていない。
「なぁ、北川。
なんとか言ったらどうだ?」
「…………別に」
とくに顔色を変えない俺の態度に、担任が深いため息をついた。
「……はぁぁ。
どうしてお前は、そんなに乱暴なんだ」
「理由ならもう説明したっすよね。
俺は襲われたアリスを助けるために――」
「そのことについてだがな。
被害者側の男子生徒は『俺はなんにもしていないのに、適当な理由で校舎裏に呼び出されて、いきなり暴力を振るわれた』と話しているぞ」
やっぱりそうか。
ある程度は、予想していた。
あの野郎のことだから、素直に自分の仕出かした悪行を話すことはないだろう。
とは言えここまで見事にしらを切ってみせるとは、本当に下衆な野郎だ。
いっそ感心すらしてしまう。
「……俺はそんな真似はしねぇよ」
通じるとは思わないが、抵抗してみた。
「といっても北川。
これで2度目の暴力沙汰だ。
それに暴行現場を、実際に生活指導の吉澤先生が押さえている」
俺はそろそろ諦めだしていた。
この担任の教師は、口調こそ穏やかなものの、端から俺が悪者だと決めつけている。
これはもうなにを言っても無駄だろう。
口を噤んだ俺をみて、担任がもう一度盛大にため息をついた。
呆れたような口調で告げてくる。
「それじゃあ学校側の決定を伝えるぞ。
北川大輔。
お前には――」
そうして俺に、無期停学の決定通知、及び自主退学の勧告がなされた。
続いて鍋から吹きこぼれた味噌汁が、じゅわっと鳴った。
「あっ。
お味噌汁、沸いちゃった。
ンもう……!」
雫が慌ててコンロの火を弱める。
――週末。
北川家の台所。
白い割烹着姿でそこに立った雫は、昼食の用意をしながら少しムッとしている様子だった。
「ねぇねぇ、雫ねぇ。
雫ねぇってば、昨日からずっとなに怒ってんの?」
「……怒ってません」
明希が話しかけるも、雫は素っ気ない。
「なぁなぁ兄ちゃん!
なにやらかしたんだ?
あれ、絶対怒ってるぜ。
どうせ雫姉ちゃんには敵わないんだから、さっさと謝ったほうがいいぞ」
拓海が俺を見上げてくる。
「うっせぇチビ。
別になんもやらかしてねぇし」
話した瞬間、リズミカルに音を響かせていた包丁がぴたっと止まった。
まな板の前に立ち、背中を向けたままの雫がぽつりとこぼす。
「……なにも。
……やらかしてない?」
「あ、ああ、そうだ。
というか、雫。
やっぱりお前、なんか怒ってんのか?」
雫がゆっくりとこちらを振り返った。
握ったまんまの包丁が、窓から差し込む陽光をキラリと反射して怖い。
「怒ってるに決まってます!」
「い、いやでもさっき、明希には怒ってないって言ったじゃねぇか」
「むぅ~!」
雫は見事なふくれっ面だ。
手にした包丁をまな板に置いて、俺の胸に飛び込んできたかと思うと、ポカポカと小さな拳で胸板を叩いてくる。
「ど、どうした⁉︎
おい雫」
「むぅぅ~~っ!」
「ほら!
落ち着け。
……な?」
「落ち着いてなんていられません。
お兄ちゃんのバカ!
まさか……。
まさか、また暴力事件を起こすなんて!」
「……あー。
やっぱ、そのことかぁ」
「そのことだよ!
これでもう、2度目じゃない……。
うぅぅ……!」
「いや、そりゃあそうなんだけどよ。
これには色々、訳があってだなぁ」
「そんなの知ってるよ!
だって、お兄ちゃんが理由もなく喧嘩するわけないもん。
でも……」
雫がしょぼくれた顔で、弱々しく胸を叩いてくる。
どうやら随分と心配されてしまっているらしい。
「……悪りぃ」
俺は可愛い妹の背中をそっと撫でながら、事の顛末を思い返した。
昨日。
校舎裏で襲われていたアリスを間一髪で助け出した、あの後のこと――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お前ら!
そこでなにをしている!」
声を張り上げながら校舎裏に現れた生活指導の教師は、鼻から大量の血を流して倒れている田中を見るなり顔を青ざめさせた。
「だ、大丈夫かお前!
意識はあるのか!」
「た、たひゅけて……。
たひゅけてくれぇ……!」
駆け寄ってきた教師の足に、田中が縋り付く。
無様ではあるが、どうやら意識自体ははっきりとしているその姿に、教師はホッと胸を撫で下ろした。
そして俺に向き直り、今度はあからさまな嫌悪を向けてくる。
「……北川。
またお前か。
よくよく問題を起こすヤツだな」
「んだよ?
言っとくけどな。
俺ぁ悪いことをしたつもりはねぇぞ」
「ふざけるな!!」
教師が額に青筋を貼り付けて怒鳴る。
「悪いことはしてないだとぉ?
お前は、暴力を悪いこととすら認識していないのか!
この現場をどう言い繕うつもりだ。
この男子を殴ったのはお前だろう!
血を流して倒れている姿をみても、反省のひとつもないのか!」
「そりゃあ、それをしたのは俺だけどよ。
ぜんぶそいつの自業自得――」
「うるさい!
言い訳なら生徒指導室で聞く!
いや、その前にこの生徒の治療が先か……」
「ま、待ってください。
大輔くんは、わたしを助けて――」
吐き捨てるように話していた教師が、視線をアリスに移した。
「なんだお前は?
口を挟むな!
っと、その金髪は2年A組の西澄か。
……お前、北川なんかと寄り添いあって、なにをしている。
まさかお前も加害生徒じゃあるまいな?」
「――なっ⁉︎
待てよ!
アリスはなんもしてねぇ。
むしろこいつは、被害者だってぇの!」
教師は俺の抗議を聞き流して、満身創痍の田中を支えた。
「ひゅぅ……。
ひゅぅ……。
痛え……よぉ……」
「は、鼻が折れてるのか⁉︎
なんて酷い怪我だ……」
痛ましげな顔で、怪我をした田中をいたわる。
「保健室はもう閉まっているな。
……仕方ない。
俺が車を出して、病院まで連れていく」
教師が田中に肩を貸して立たせた。
「お前ら!
今日はもう帰れ!
そして北川!
お前は明日朝一番で、生徒指導室までこい!」
「……いや、明日は学校休みだろ」
「休みでも構わん!
9時に生徒指導室までやってこい。
いいな!」
それだけ言い残してから、教師は田中を連れて校舎裏を立ち去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――回想を終える。
俺は雫の作った昼食を食べ終えてから、食後の時間を微睡んでいた。
しばらくそうしていると、玄関チャイムがピンポンとなった。
「ごめんください」
おそらくアリスやってきたのだろう。
壁掛け時計を見上げると、時刻は午後2時すぎ。
彼女は病院帰りにウチに寄ると言っていたから、そろそろ来る頃合いだと思って、こうして待っていたのである。
「お兄ちゃん。
アリスさん上がってもらったよー」
雫に案内されて、アリスが居間に顔をだした。
「こんにちわ。
大輔くん」
「よう。
足の具合はどうだ?」
アリスは捻った足首に包帯を巻かれていた。
軽くびっこを引きながら、松葉杖をついている。
「思ったより酷くはありませんでした。
もう腫れは引いていますし、1週間もすれば普通に歩けるようになるそうです」
「……そっか。
よかったよ。
とりあえずそこに座ってくれ。
足は投げ出したままでいいからな」
「あ、じゃあ私。
お茶を入れてくるね」
雫が台所に向かう。
アリスは座るなり神妙な面持ちで尋ねてきた。
「……それで。
大輔くんのほうはどうでしたか?」
彼女が心配しているのは、生徒指導室に呼び出されたことだ。
昨日生徒指導室まで呼び出された俺は、今朝、休みにもかかわらず学校まで行ってきたのである。
「誤解はちゃんと解けたのでしょうか。
わたし、とても不安で……」
「……どこまで信じてもらえたかは、正直なところ分かんねぇな」
生徒指導室に呼ばれた俺は、複数の教師に囲まれて、事の経緯を根掘り葉掘り尋ねられた。
「でも、あるがままを話してきたよ」
アリスがずっと田中のヤツにつけまわされていたこと。
根も葉もない噂を流されて、傷つけられていたこと。
そして昨日――
遂に直接アリスを襲った田中から、間一髪で彼女を救い出したこと。
「先生たちはどう言っていたのですか?
なんでしたら、私からも……。
私からも、説明しようと思うのです」
「……いや、それはいい」
見ればアリスの肩は震えていた。
きっと昨日の出来事を反芻して震えているのだろう。
よくよく考えれば、恐ろしげな顔の男に無理やり押し倒されてから1日しか経っていないのだ。
未遂に終わったとは言え、その恐怖は相当なものだったろうし、いまになって震えがきてもそれは無理からぬことだと思う。
「心配すんな」
「でもわたし……。
大輔くんに迷惑をかけてばかりで……」
「迷惑だぁ?
はははっ。
んなもん、かけられた覚えは微塵もねぇな」
ニカッと笑って見せるも、アリスの表情は冴えないままだ。
「……そうして笑い飛ばしてくれますけど、やはり考えてしまうのです。
大輔くん……。
わたしと出会ったこと、後悔してませんか?」
「はぁ?
なに言ってんだよ!」
とんでもない話の展開に驚く。
「俺はお前とのことで後悔したことなんて、ひとつもねぇよ!
……いや。
強いてあげるなら、田中についてだな。
アイツをあそこまで放置しちまったことについては、正直後悔している。
でもよ。
俺ぁお前を助けたられたことに安堵こそあっても、後悔なんかねぇぞ。
もし昨日みたいなことがまた起きたら、俺は同じように相手を殴ってでもお前を助けるから……!」
思ったままを告げる。
「……もう。
暴力はだめなのです」
アリスが困った顔で微笑んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌週、俺は担任の教師に生活指導室に呼び出されていた。
要件は言わずもがな、田中についてだ。
「……北川。
お前が暴行を働いた男子生徒。
田中大翔についてだがな。
鼻骨骨折で手術が必要になった」
「そっすか」
「2泊3日の入院が必要で、全治1ヶ月だ。
整形はするらしいが、元に戻る保証はないらしい」
そりゃあそのくらいの怪我はしただろう。
そのつもりで殴ったのだ。
だが反省はしていない。
「なぁ、北川。
なんとか言ったらどうだ?」
「…………別に」
とくに顔色を変えない俺の態度に、担任が深いため息をついた。
「……はぁぁ。
どうしてお前は、そんなに乱暴なんだ」
「理由ならもう説明したっすよね。
俺は襲われたアリスを助けるために――」
「そのことについてだがな。
被害者側の男子生徒は『俺はなんにもしていないのに、適当な理由で校舎裏に呼び出されて、いきなり暴力を振るわれた』と話しているぞ」
やっぱりそうか。
ある程度は、予想していた。
あの野郎のことだから、素直に自分の仕出かした悪行を話すことはないだろう。
とは言えここまで見事にしらを切ってみせるとは、本当に下衆な野郎だ。
いっそ感心すらしてしまう。
「……俺はそんな真似はしねぇよ」
通じるとは思わないが、抵抗してみた。
「といっても北川。
これで2度目の暴力沙汰だ。
それに暴行現場を、実際に生活指導の吉澤先生が押さえている」
俺はそろそろ諦めだしていた。
この担任の教師は、口調こそ穏やかなものの、端から俺が悪者だと決めつけている。
これはもうなにを言っても無駄だろう。
口を噤んだ俺をみて、担任がもう一度盛大にため息をついた。
呆れたような口調で告げてくる。
「それじゃあ学校側の決定を伝えるぞ。
北川大輔。
お前には――」
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