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それでもお前を愛と呼びたい
二人の世界がたとえ地獄でも
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学内コンテストが終わる。表彰式が始まる。講堂には多くの生徒が集まっていた。生徒の間に、ちらほらと保護者の姿も見える。学内コンテストに参加した生徒は講堂の前の席に集められて、並んで座っている。隣に腰掛けた純太は、普段の口数の多さが嘘みたいに、さっきから何も喋らない。まあ、学内コンテストのあとは、大抵こんな風に静かなものだけれど。終一は純太に向けていた視線をステージに戻した。ステージの上では、三枚のキャンバスがイーゼルに立てかけられている。三枚のキャンバスにまたがって一枚の大きな白い布がかけられ、それが誰の絵なのかは、まだ分からない。
(……あそこに、ちゃんとあるかな)
学内コンテストは、参加者全員の絵を体育館にランダムに、匿名で配置し、その絵の前に誰かが立っていた累計の時間数を競う。それに加えて、出口に配置された投票所で、どの絵が一番気に入ったか、番号を投票する。その得票数と時間数が多いものが一番になる。そういう、シンプルなルールだ。もちろん、そのルールを知っているのは、出展者だけだ。だからこそ、数字は素直に、その絵の価値を示す。
その絵が、どれだけ人を惹きつけて、どれだけ多くのひとに刺さったか。
天才も鬼才も秀才も凡人も、全員が同じ土俵に立ち、たった一枚の絵だけで勝負する。
「……こわいね」
ぽつりと、純太がつぶやいた。純太の視線はまっすぐ、ステージに並んだ三枚のキャンバスを見ている。膝の上で握りしめられた白い手が震えていた。それを見てようやく、彼が神様なんかじゃなく、ただの、同い年の子供であることに気が付く。
「そうだね」
照明が落ちる。表書式が、始まる。
ざわめきから離れた美術科室三で、唯希は天井を見上げていた。樋口に背中を押されて表彰式の会場を除いてはみた、けれど。講堂の入口のガラス戸に映った自分の顔は酷いもので、明らかに泣いていたと分かる腫れた目元だとか、赤くなった鼻頭を人目にさらす勇気はなく、足を踏み入れることはできなかった。学内コンテストの出展者は当日の朝から表彰が終わるまでの間、外部との接触を一切禁止される。話をすることはおろか、スマホでのやり取りすらできない。
だから今唯希にできるのは、こうして終一の帰りをまつことだけだった。
ごろり、と寝返りを打って、東向きの、窓の方を向く。空は薄い雲が覆っていて、もうすぐ雨が降り出しそうだった。梅雨明けは、まだ少し遠いらしい。
(せっかくのハレの日なのにな)
終一のはじめての優勝になるのか、森の全勝になるのかは、まだ分からない。でも、どちらにせよ、どちらかにとってはめでたい日だ。めでたい日には青空の方が似合う。だって、傘をさしていたんじゃ互いの肩を抱くことも、笑った顔を近くで見ることもできないから。
(あー、けど、俺、雨男なんだっけ……)
まだ、雨は降り始めていないけれど、なんとなく見つめていたら降る気がする。どっちが勝っても祝う気持ちはあるのに、上手くいかないものだ。やっぱりもう、一人で居た方がいいのだろうか。一緒にいても、どれだけ手を尽くしても、終一を幸せにすることなんてできなくて、ただ、あいつの優しさに寄生するだけの、醜い害獣にしか、なれないなら、いっそ。
離れてしまった方が、
「……あー、くそ」
幸せを願っている。
笑っていてと祈っている。
そのためなら、なんだって出来ると思っていた。なんだって差し出すと覚悟を決めていた。その、はずなのに。
「離れんのは、やだなぁ」
これだけは譲れないと、心が叫ぶ。二人の世界がたとえ地獄でも、幸せなんてひとつもなくても、そばに居たい。そばに居てほしい。朝から泣き通しで涙腺が馬鹿になってしまったのか、簡単に視界が滲んだ。まだ、夜でもないのに。
美術科室の床で唯希は体を丸める。鼻先で独特な匂いがしている。結局名前も知らないままの、何かの画材の匂い。終一に出会ってから刷り込まれた、あいつのいる場所の匂い。この匂いが、生涯傍にあればいいと願っている。この匂いがあたり前すぎて分からなくなるくらい、そばに居たいと祈っている。
(終、早く来ないかな)
でも、醜さを曝け出したあとで、さよならになるなら、いっそ、来ないで欲しい。
矛盾した気持ちを抱え込んで、唯希はひとり、終一の帰りを待っている。
(……あそこに、ちゃんとあるかな)
学内コンテストは、参加者全員の絵を体育館にランダムに、匿名で配置し、その絵の前に誰かが立っていた累計の時間数を競う。それに加えて、出口に配置された投票所で、どの絵が一番気に入ったか、番号を投票する。その得票数と時間数が多いものが一番になる。そういう、シンプルなルールだ。もちろん、そのルールを知っているのは、出展者だけだ。だからこそ、数字は素直に、その絵の価値を示す。
その絵が、どれだけ人を惹きつけて、どれだけ多くのひとに刺さったか。
天才も鬼才も秀才も凡人も、全員が同じ土俵に立ち、たった一枚の絵だけで勝負する。
「……こわいね」
ぽつりと、純太がつぶやいた。純太の視線はまっすぐ、ステージに並んだ三枚のキャンバスを見ている。膝の上で握りしめられた白い手が震えていた。それを見てようやく、彼が神様なんかじゃなく、ただの、同い年の子供であることに気が付く。
「そうだね」
照明が落ちる。表書式が、始まる。
ざわめきから離れた美術科室三で、唯希は天井を見上げていた。樋口に背中を押されて表彰式の会場を除いてはみた、けれど。講堂の入口のガラス戸に映った自分の顔は酷いもので、明らかに泣いていたと分かる腫れた目元だとか、赤くなった鼻頭を人目にさらす勇気はなく、足を踏み入れることはできなかった。学内コンテストの出展者は当日の朝から表彰が終わるまでの間、外部との接触を一切禁止される。話をすることはおろか、スマホでのやり取りすらできない。
だから今唯希にできるのは、こうして終一の帰りをまつことだけだった。
ごろり、と寝返りを打って、東向きの、窓の方を向く。空は薄い雲が覆っていて、もうすぐ雨が降り出しそうだった。梅雨明けは、まだ少し遠いらしい。
(せっかくのハレの日なのにな)
終一のはじめての優勝になるのか、森の全勝になるのかは、まだ分からない。でも、どちらにせよ、どちらかにとってはめでたい日だ。めでたい日には青空の方が似合う。だって、傘をさしていたんじゃ互いの肩を抱くことも、笑った顔を近くで見ることもできないから。
(あー、けど、俺、雨男なんだっけ……)
まだ、雨は降り始めていないけれど、なんとなく見つめていたら降る気がする。どっちが勝っても祝う気持ちはあるのに、上手くいかないものだ。やっぱりもう、一人で居た方がいいのだろうか。一緒にいても、どれだけ手を尽くしても、終一を幸せにすることなんてできなくて、ただ、あいつの優しさに寄生するだけの、醜い害獣にしか、なれないなら、いっそ。
離れてしまった方が、
「……あー、くそ」
幸せを願っている。
笑っていてと祈っている。
そのためなら、なんだって出来ると思っていた。なんだって差し出すと覚悟を決めていた。その、はずなのに。
「離れんのは、やだなぁ」
これだけは譲れないと、心が叫ぶ。二人の世界がたとえ地獄でも、幸せなんてひとつもなくても、そばに居たい。そばに居てほしい。朝から泣き通しで涙腺が馬鹿になってしまったのか、簡単に視界が滲んだ。まだ、夜でもないのに。
美術科室の床で唯希は体を丸める。鼻先で独特な匂いがしている。結局名前も知らないままの、何かの画材の匂い。終一に出会ってから刷り込まれた、あいつのいる場所の匂い。この匂いが、生涯傍にあればいいと願っている。この匂いがあたり前すぎて分からなくなるくらい、そばに居たいと祈っている。
(終、早く来ないかな)
でも、醜さを曝け出したあとで、さよならになるなら、いっそ、来ないで欲しい。
矛盾した気持ちを抱え込んで、唯希はひとり、終一の帰りを待っている。
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