聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~

雪丸

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第6話 謎の青年

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ある日の昼下がり。
私は牧草地の木陰に腰を下ろし、自然と休憩を満喫していた。爽やかな風に乗って漂ってくる動物特有の臭い、毛玉、牧草、全てが愛おしい。中にはこの動物臭さが苦手という人もいるだろうけど、聖獣と共に生きてきた私にとって動物の臭いはもはやアロマに近い。いや、違うな、普通の空気と変わらない、かな?

「今日はいつもより暑い気がするね、ゾロンは暑くない?」
「わふ!へっへっへっ…」
「大丈夫そうだねえ。それより遊びたくて仕方がないって顔してるねえ。」

私はゾロンの顔を両手で挟み、勢いよくわしゃわしゃと撫でる。興奮したのかゾロンは私に飛び掛かってきて、私は勢いのまま後ろに倒れる。

「わははは!いいなゾロン!楽しいねゾロン!わははは!」
「アウ!わぅわぅ…!へっへっ!」

私は上にのしかかってきているゾロンをどけて、体中に付いた土と埃と毛を払う。ゾロンは私の足の周りをぐるぐる周り、次の行動を待っている様子だった。

「お、その木の陰にいるのはシフかな?ヒッペかな?」

シフとヒッペは、この牧場で放し飼いされている6匹いるうちの2匹の猫の名前である。どちらも白黒のぶち模様が特徴の猫ではあるけど、シフの方が黒毛が多くてヒッペの方が白毛が多いので見分けやすかったりする。ただし、今見えているのは尻尾だけ。シフもヒッペも尻尾は真っ黒なので、ここからだとどちらか分からない。

「ほっ!…あ、シフだ!」
「……にゃ。」

私は勢いよく木の幹に近づき確認をする。そこにいたのは、シフだった。
シフは私とゾロンの姿を確認すると、再び目を閉じてしまった。寝ている様子はなく、木の根元で寝転がって涼んでいるらしい。シフの黒いお腹を見ていたら、私の猫を吸いたい欲が刺激されていく。私はガサガサと音を鳴らしながら四つん這いになり、シフのお腹に顔をうずめる。

「すううううっ……!」
「………。」
「……わう!」

シフが迷惑そうに目を開け、遠くの景色を見るような表情をしている。ゾロンは私の後ろで私の様子を見守り、『次、ゾロンのお腹も空いてますよ?』と言いたげな表情で寝転がっている。

「んんん~やっぱ猫は撫でるのもいいけど吸うのも乙なものでね、えへへ。」
「ほう、それは猫吸いと言うのか。俺もやっていいか?」
「どうぞどうぞ、シフが逃げちゃうかもしれないですけ……ど?」

いつも猫たち相手にしているように鼻の下を伸ばし、猫なで声で対応してから気が付く。

この声、誰の声だ…?

私はシフのお腹に顔を埋めたまま、固まってしまった。必然的に声の主に四つん這いでおしりを向けているという失礼極まりない格好なので、早く体勢を立て直したいところではあるけど、怖くて後ろを振り向けない。

「わふ!」
「ゾロンも猫を吸うのか?」
「ぶしゅっ!」
「お前はしないのか、そうか。」

私は恐る恐る立ち上がり、後ろから聞こえる声の主の顔を捉える。

私の背後にいたのは、黄色に近いクリーム色の髪に、綺麗な青空のような瞳をした背の高い青年だった。年齢は私より少し上くらいかな。

(そして結構な、いやとてつもない美形の部類に入るのでは…?)

くっきりとした二重に切れ長の目、そしてラフな服の上からでも分かる筋肉質な腕。
私の美的感覚が間違っていなければ、多分この人は女性たちに黄色い歓声を上げられるタイプの人間だ。所謂、”イケメン”というものではないだろうか。

まあ相手の顔立ちや醜美はさておき、私は初対面の他人に奇行を見られた事実を改めて認識し、逃げ出したい気持ちになった。

というか今になって気が付いたけど、ゾロンが彼に対して警戒心を抱いていない。それどころか、親しげに話している。ラフな格好、俗にいう汚れてもいい服を着ているであろう彼に対し、全力で飛び掛かって撫でられている。

この短時間で色々なことが起きすぎている。まずは…まずは何だろう、自己紹介からかな。

「あの私、アメリアと申します。申し遅れました。」
「アメリア…お前がそうか!ブランディ夫妻から話は聞いたぞ。新しい従業員だってな。」

青年はゾロンの相手をしながら、私の挨拶を受け止めた。舞い上がっているゾロンを制したかと思えば、青年は私に手を差し出し握手を求めてきた。

「俺はイヴァン。この牧場の先代であるパスカルの父と、俺の母方の祖母は姉弟でな。その縁で、幼いころから定期的に遊びに来させてもらっているんだ。」
「…なるほど!親族の方でしたか!」

合点がいった私は、差し出された手を強く握り、握手を交わす。

「気軽にイヴァンと呼んでくれ。俺も、お前のことはアメリアと呼ばせてもらう。」
「ええ、ええ!猫吸い同盟同士、よろしくお願いします!」
「ははは!良い同盟だな!」

イヴァンは口を大きく開いて満面の笑みで笑う。豪快なのにどこか品を感じるのは、彼の育ちの良さだったりするのだろうか。

「…で、猫はどう吸うんだ?作法を教えてくれ。」
「作法というほどのものはありません。誠意と感謝を持ち、猫の体に鼻を当てて吸わせていただくんです。」
「ほう。で、さっきそこで寝ていた猫はどこに行った?」
「…あれえ!?」

先ほどまで確かにそこにいたはずのシフが、いつの間にかいなくなっていた。私とイヴァンは辺りを見回すけど、その姿はどこにもない。私たちの横にいたゾロンが、どこかを向きながら小さく吠えた。その方角を見てみると、遠く小さくなっていくシフの姿が見えた。

「行ってしまいました。イヴァン残念です、猫吸いはまた今度で。」
「ふむ、残念だが仕方がない。またの機会に吸わせてもらうとしよう。」

私とイヴァンは彼方に消えていくシフを見つめ、見えなくなったタイミングでお互い顔を見合わせて笑う。特に理由はなかったけど、何となく笑いが込み上げてきた。

「アメリア、お前はここに来てまだ数か月と聞いているが。」
「はい、そうですね。」
「新人のお前に、この牧場の魅力を教えてもらいたい。聞きたいんだ、お前の話が。」

イヴァンはゾロンのような人懐っこい笑顔を向けると、私にそう話しかけてきた。笑顔の口からちらっと見える犬歯が、より一層ゾロンを連想させる。

「でも、イヴァンは幼いころからこの牧場に慣れ親しんでいるのでしょう?私より牧場について詳しいのでは?」
「年月だけではそうかもしれないが、俺はたまにしかここに来ない。毎日ここで過ごしているお前とはまた境遇が違うからな。」

(なるほど?この牧場に住み込んでいる新人の私だからこそ、客観的な話を聞いてみたいとか?)

よくは分からないけど、イヴァンにはイヴァンの思うことがあるんだろうと自分を納得させる。

私とイヴァンはゾロンを連れて、動物たちのいる獣舎に向かった。
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