さくらんぼの木

笹木柑那

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通園

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 ぼくたちが夜起きないで眠るようになった頃、今度はアカネが生まれた。
 やっとお母さんが眠れるようになって、元気になってきたところだったのに、またつわりでご飯が食べられなくなって、大きなおなかを抱えてよく眠れなくなった。

 無事に生まれたと思ったら、今度はまた一日中赤ちゃんアカネのお世話。そして僕たちもいる。
 でもお母さんは「女の子は本当に楽ね!」なんて友達に話すくらい、ぼくたちのときよりも元気に見えた。そうそう、ママ友っていう大人の友達もできたんだ。支援センターっていうところに僕たちを連れて行って、いつもそこで会う人と仲良くなった。

 そういうのもあるからか、お母さんが笑っていることが増えるようになった。
 だけどアカネが生まれて半年、僕たちが二歳半の頃、お母さんは仕事に戻ることになった。
 それで僕たちは保育園に行くことになったんだ。

 この頃のことは、ぼくも覚えている。
 アカネは抱っこ紐、僕たちはベビーカーに乗せられて、おかあさんはいつも一心不乱に走っていた。
 電車が三十分に一回しか来ないから、それを逃すと遅刻なんだって。
 夜もよく眠れないから朝起きるのも大変で、やっと起きたらお弁当を作らなくちゃいけない。アカネを着替えさせて、保育園に持って行くものも準備しなくちゃいけない。
 前の日に準備しておけばいいのに、って保育園の友達のママは言ってたけど、その「前の日」なんて既にあっという間に終わってる。
 お母さんは保育園から帰った後は、ぼくたちにご飯を食べさせて、お風呂に入れて、ぼくたちを寝かせて、その後一人で起き出して片づけをして、またアカネの夜泣きに付き合って、気づいたら朝だもん。「前の日」だって当日だって、いつもその時やらなきゃいけないことでいっぱいいっぱい。

 何年か経って、保育園の友達がたくさんできたとき、ママたちに言われたんだって。
 抱っこ紐の赤ちゃんとベビーカーを押して激走してたの、見たことあるわ。って

 周りにどう見られてるかなんて気にする余裕がないくらい、おかあさんはいつでも一生懸命だった。
 家でも、会社でも。
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