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第三章 周りを見れば
3.ヒト
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坂崎さんと居酒屋に行った。
誰かと一緒に行くのは久しぶりだった。
「スマホをテーブルの上に置いてるのは、誰かからの連絡待ってるの? そのわりには一度も気にしてないよね」
「いえ、ただの癖です。私、よく一人で居酒屋来てたんで。一人で喋ってたら気味悪いでしょう? だからスマホを置いてたんです」
カバンにスマホを仕舞った。
それから母の話をした。
坂崎さんは両親と仲がいいそうで、私の話は理解できないようだった。
それでも、何故私がずっと浮かない顔をしていたのかわかって、なるほどね、と頷いた。
「私は幸いにも親が味方だったけど、親が敵って思うのは辛いことだね。一番相談できるはずの人にできないし、頼れない。それどころかその世話をしなきゃいけないんだもんねえ。今までよく頑張ってきたね」
そう言って坂崎さんは「エライ、エライ」と私の頭を撫でてくれた。
冗談みたいにしてくれたのに、思わず涙が滲んでしまって、慌てて隠した。
坂崎さんは気づかなかったように話を続けてくれた。
「親に頼れなくても、生きるってのは一人で頑張らなきゃいけないことじゃないよ。介護なんて特にそうじゃない? 一人でやろうとしたら倒れるよ。そうなったときの方が、みんな困る。行政も介護サービスもそのためにあるんだから。親戚も友人知人も彼氏も、なんでもうまく使いなね」
「ありがとうございます」
私が倒れた時の方が迷惑をかける。言われてみれば確かにそうだ。
「塩原さん、この間足を捻ったって言ってたよね」
「はい」
いきなり何の話かわからずとりあえず頷くと、坂崎さんはにっと笑って言った。
「じゃあ知ってるよね。手も、もう片方の足も、”使えない足”の代わりにはならないってこと。支えるには、普段足を使ってたときよりももっと多くの力が必要になるってこと。だって、手もその片足も、元々の役割も持ってる上に使えない足を助けなきゃいけないんだから。介護も一緒なんじゃない?」
足を捻っていたとき、電車で物凄く大変だったことを思い出す。
踏ん張れない片足をカバーするために必死でつり革に捕まり、もう片方の足を踏ん張って、電車を降りた時には疲労困憊、しばらく筋肉痛に悩まされた。
その時に、坂崎さんが言っていたことを確かに実感した。
「お母さんが自分で立ってたのとは比べ物にならないくらいの力が必要なんだよ。意志ある人間が動かせないものを動かそうとするんだから。だから、そもそも介護なんて一人でどうこうできるもんじゃないんだと思うよ」
精神的にも、身体的にも、助けは必要なんだよ。
だから頼っていいんだよ。
そう言ってくれた。
「そうですね」
素直に頷けた。
他人に頼るなと叔母に言われた。
兄と妹は逃げた。
けれど親戚でも家族でもない坂崎さんが、私を助けてくれた。
話を聞いてくれただけ。
私のための言葉をくれただけ。
それだけで私は確かに救われたのだ。
「ありがとうございます」
それしか言葉が見つからなかった。
喉の奥にこみあげるものを必死で飲み下した。
「いやいや。私にもいつか訪れる未来の話だからさ。私もいろいろ現実を思い知らされたわ。自分の親に介護が必要になるなんて話、考えたくなくてつい逃げちゃうからね。でも、逃げられないときはくるんだよね。こういう話、なかなか聞けないからさ、私もありがたかったよ」
お互いWinWinだね。
そう言ってくれた。
「他人は互いに足りないものを補うことができるのがいいとこよ」
坂崎さんはそう言って、私のお皿にシーザーサラダをよそってくれた。
「私ミニトマト苦手なんだよね。食べてー」
そう言ってひょいひょいとミニトマトをのせていく。
「じゃあクルトンお願いします」
笑って、私はクルトンを坂崎さんのお皿に乗せ換えた。
誰かと一緒に行くのは久しぶりだった。
「スマホをテーブルの上に置いてるのは、誰かからの連絡待ってるの? そのわりには一度も気にしてないよね」
「いえ、ただの癖です。私、よく一人で居酒屋来てたんで。一人で喋ってたら気味悪いでしょう? だからスマホを置いてたんです」
カバンにスマホを仕舞った。
それから母の話をした。
坂崎さんは両親と仲がいいそうで、私の話は理解できないようだった。
それでも、何故私がずっと浮かない顔をしていたのかわかって、なるほどね、と頷いた。
「私は幸いにも親が味方だったけど、親が敵って思うのは辛いことだね。一番相談できるはずの人にできないし、頼れない。それどころかその世話をしなきゃいけないんだもんねえ。今までよく頑張ってきたね」
そう言って坂崎さんは「エライ、エライ」と私の頭を撫でてくれた。
冗談みたいにしてくれたのに、思わず涙が滲んでしまって、慌てて隠した。
坂崎さんは気づかなかったように話を続けてくれた。
「親に頼れなくても、生きるってのは一人で頑張らなきゃいけないことじゃないよ。介護なんて特にそうじゃない? 一人でやろうとしたら倒れるよ。そうなったときの方が、みんな困る。行政も介護サービスもそのためにあるんだから。親戚も友人知人も彼氏も、なんでもうまく使いなね」
「ありがとうございます」
私が倒れた時の方が迷惑をかける。言われてみれば確かにそうだ。
「塩原さん、この間足を捻ったって言ってたよね」
「はい」
いきなり何の話かわからずとりあえず頷くと、坂崎さんはにっと笑って言った。
「じゃあ知ってるよね。手も、もう片方の足も、”使えない足”の代わりにはならないってこと。支えるには、普段足を使ってたときよりももっと多くの力が必要になるってこと。だって、手もその片足も、元々の役割も持ってる上に使えない足を助けなきゃいけないんだから。介護も一緒なんじゃない?」
足を捻っていたとき、電車で物凄く大変だったことを思い出す。
踏ん張れない片足をカバーするために必死でつり革に捕まり、もう片方の足を踏ん張って、電車を降りた時には疲労困憊、しばらく筋肉痛に悩まされた。
その時に、坂崎さんが言っていたことを確かに実感した。
「お母さんが自分で立ってたのとは比べ物にならないくらいの力が必要なんだよ。意志ある人間が動かせないものを動かそうとするんだから。だから、そもそも介護なんて一人でどうこうできるもんじゃないんだと思うよ」
精神的にも、身体的にも、助けは必要なんだよ。
だから頼っていいんだよ。
そう言ってくれた。
「そうですね」
素直に頷けた。
他人に頼るなと叔母に言われた。
兄と妹は逃げた。
けれど親戚でも家族でもない坂崎さんが、私を助けてくれた。
話を聞いてくれただけ。
私のための言葉をくれただけ。
それだけで私は確かに救われたのだ。
「ありがとうございます」
それしか言葉が見つからなかった。
喉の奥にこみあげるものを必死で飲み下した。
「いやいや。私にもいつか訪れる未来の話だからさ。私もいろいろ現実を思い知らされたわ。自分の親に介護が必要になるなんて話、考えたくなくてつい逃げちゃうからね。でも、逃げられないときはくるんだよね。こういう話、なかなか聞けないからさ、私もありがたかったよ」
お互いWinWinだね。
そう言ってくれた。
「他人は互いに足りないものを補うことができるのがいいとこよ」
坂崎さんはそう言って、私のお皿にシーザーサラダをよそってくれた。
「私ミニトマト苦手なんだよね。食べてー」
そう言ってひょいひょいとミニトマトをのせていく。
「じゃあクルトンお願いします」
笑って、私はクルトンを坂崎さんのお皿に乗せ換えた。
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