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第三章 周りを見れば
4.オヤ?
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明日はうちの会社の創立記念日で、休みだった。
母は週に一度の泊まり。
だから私は久しぶりに平日に平太の家に向かった。
合鍵で中に入り、素早く夕飯の支度を始める。
先程連絡があったから、間もなく帰ってくるだろう。今からご飯を炊いていたら間に合わないから冷凍ご飯でいいや。
冷凍庫の中をがさごそ探し、残り二つだった冷凍ご飯を見つけだす。
レンジにセットしたところで、ガチャガチャと鍵の開く音が響いた。
「おかえり」
ぱたぱたとスリッパを鳴らし玄関に出迎えに行くと、作業着のままの平太が、「ただいまあ」と私にもたれかかった。
「わあ。くっさいし、おっもいし」
「ははは、一日働いてきた男の汗をくらえ」
「お断りする。着替えといでよ」
「へいへーい」
はははははとなんだか楽しそうに笑いながら、平太は自室へと消えていった。
なんだか今日の平太は機嫌がいい。
鶏肉をぐにぐに切っていると、平太が後ろから抱きついてきた。
「何? 今日はどうしたの。まさか酔ってる?」
「お酒なんて飲む暇なかったよ。この汗臭さが一番の証明でしょ」
「じゃあ何? 鶏肉と間違えて平太の指切っても知らないよ?」
そう言うと平太はぱっと手を引っ込めたが、私の背中に頬をぺたりとくっつけた。
何故今日はやたらと甘えてくるのか。
「いや。おかえり、って、いいなと思って。時間を気にせず一緒にいられるの久しぶりだし。そしたらなんか、『ああ~』って気が抜けた」
その言葉に何も言えなくなった私を、平太が先んじて制した。
「ごめん、って言わなくていいからね」
それから「ご飯、手伝うことあったら言って」と言い置いて大人しくリビングへと下がった。
温めたご飯の上に具を乗せたら完成。盆に乗せて運ぶと平太が「はやっ」と目を剥いた。
「ちゃちゃっと親子丼だから」
具を小さめに切って火の通りをよくして、ダシも顆粒。
私の料理はおいしさより、王道より、時短。
「いただきまーす」
二人手を合わせて茶碗を手に持つ。
解凍したてのご飯は、周りだけ激熱で、一口食べると「あっふ!!」となった。真ん中まで解凍しようとするとこうなるんだよね。性能のいいレンジが欲しい。
けど親子丼の味はまあまあかな。
「お母さん、どんな感じなの?」
「前はまだらボケだったけど、今はほぼボケね」
「ふうん。まだ若いのにお母さんも大変だね。でも、本人にとってはその方がいいのかもね」
私もこんなに進行が早いとは思っていなかった。お医者さんもなんだか微妙な顔をしていた。
「面倒みることになったのが、兄弟の中でも特に愛着のない私だから、まだマシだろうけどね。兄や妹にはあんな姿見せたくないだろうなあ。プライド高い人だったし」
「どの子でも、子供に世話されるのはやっぱり嫌だろうね。俺もさ、入院した時に着替えすら自分でできないことがあって、そのとき痛感したわ」
軽く事故に遭ったことがあると話していたことを思い出す。
軽くとは言われても、今考えてもヒヤッとする話だが。
「『動けるけど世話を焼いてもらう』ってのは、いいんだよ。嬉しいし、もっとやってほしい」
おい、と思わず睨む。
平太は悪びれない。
「でも、動けなくて面倒かけるのは、すごく嫌なんだよ。相手の都合があるわけじゃん? 看護師さんも忙しいから、俺の手前まで清拭の濡れタオルが回って来てるのに、直前で他から呼ばれてUターンされちゃって、そのまま忘れられたりとか。待つんだけどさ、改めて『お願いします』とか声かけなきゃいけなかったり」
「あー……。不自由感じるね」
忙しいとわかっている人に手間をかけさせているという申し訳なさも上乗せされるし、これはけっこうなストレスだと思えた。
「普段なら着替えも自分の体を拭くのも当たり前にできるのに、って思うと、そのままならなさが堪らないんだよなあ。日を追うごとに地味に効くんだよ」
開き直れればいいのかもしれない。
けれど、当たり前にやって来たことほど、人の手を借りなければならないのが辛いのはわかる気がする。
いつもならちゃちゃっとできるのに、とか。
こんなことまでさせてしまって申し訳ないとか。
「お母さんもそういうのが辛くて、演技してるだけだったりしてね」
とか言ったら失礼か、と言って平太は苦笑したけど、私は首をひねった。
「そうかなあ。あの人、厚顔だし。私にどう思われようと気にしないと思うな。っていうか、老後のために子供産んだってはっきり言われたし」
「はは! はっきりしてるよね、芽衣子のお母さん」
「はっきりっていうか……。あの人は他人の気持ちなんてどうだっていいから何でも言えるのよ。特に私のことなんて気にもしてないから」
実は、私も演技なのではないかと疑ったことはある。
だって、ボケるにはあまりにも早すぎる。
でもそれは家族なら一度は誰もが思うことなのかもしれない。
試すようなことを言ってみたりやってみたりしたけれど、どうにも本気でボケてるらしかった。
お医者さんの診断も出てるし。
「何より、あの人はボケた演技なんてそれこそプライドにさわってできないよ」
「そうかなあ? プライドが高い人ほど、ボケたふりのがマシだと思いそうだけどね。だって、相手を騙してるってことは、自分が一つ上だって思えるからね」
そう言われて、私は口を閉じた。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
そしていかにもあの母の考えそうなことではあった。
「平太ってさ。うちの母親にロクに会ったこともないのに、なんかよく理解してるよね」
「まあ、その娘をよく見てるからじゃない?」
今日一日で一番イラッとした。
「一緒にしないでくれる?」
「はは! そう言われてもそれこそ芽衣子のお母さんのことなんてよく知らないし。冗談だよ」
平太は笑って親子丼をかきこんだけど、私は全く笑えない。
ボケる前でも後でも、あの強烈な母親に会えば平太だって笑えなくなるはずだ。
まあ、会うこともないだろうけど。
重荷を背負った私と平太が今後この先に進めることは、ないだろうから。
母は週に一度の泊まり。
だから私は久しぶりに平日に平太の家に向かった。
合鍵で中に入り、素早く夕飯の支度を始める。
先程連絡があったから、間もなく帰ってくるだろう。今からご飯を炊いていたら間に合わないから冷凍ご飯でいいや。
冷凍庫の中をがさごそ探し、残り二つだった冷凍ご飯を見つけだす。
レンジにセットしたところで、ガチャガチャと鍵の開く音が響いた。
「おかえり」
ぱたぱたとスリッパを鳴らし玄関に出迎えに行くと、作業着のままの平太が、「ただいまあ」と私にもたれかかった。
「わあ。くっさいし、おっもいし」
「ははは、一日働いてきた男の汗をくらえ」
「お断りする。着替えといでよ」
「へいへーい」
はははははとなんだか楽しそうに笑いながら、平太は自室へと消えていった。
なんだか今日の平太は機嫌がいい。
鶏肉をぐにぐに切っていると、平太が後ろから抱きついてきた。
「何? 今日はどうしたの。まさか酔ってる?」
「お酒なんて飲む暇なかったよ。この汗臭さが一番の証明でしょ」
「じゃあ何? 鶏肉と間違えて平太の指切っても知らないよ?」
そう言うと平太はぱっと手を引っ込めたが、私の背中に頬をぺたりとくっつけた。
何故今日はやたらと甘えてくるのか。
「いや。おかえり、って、いいなと思って。時間を気にせず一緒にいられるの久しぶりだし。そしたらなんか、『ああ~』って気が抜けた」
その言葉に何も言えなくなった私を、平太が先んじて制した。
「ごめん、って言わなくていいからね」
それから「ご飯、手伝うことあったら言って」と言い置いて大人しくリビングへと下がった。
温めたご飯の上に具を乗せたら完成。盆に乗せて運ぶと平太が「はやっ」と目を剥いた。
「ちゃちゃっと親子丼だから」
具を小さめに切って火の通りをよくして、ダシも顆粒。
私の料理はおいしさより、王道より、時短。
「いただきまーす」
二人手を合わせて茶碗を手に持つ。
解凍したてのご飯は、周りだけ激熱で、一口食べると「あっふ!!」となった。真ん中まで解凍しようとするとこうなるんだよね。性能のいいレンジが欲しい。
けど親子丼の味はまあまあかな。
「お母さん、どんな感じなの?」
「前はまだらボケだったけど、今はほぼボケね」
「ふうん。まだ若いのにお母さんも大変だね。でも、本人にとってはその方がいいのかもね」
私もこんなに進行が早いとは思っていなかった。お医者さんもなんだか微妙な顔をしていた。
「面倒みることになったのが、兄弟の中でも特に愛着のない私だから、まだマシだろうけどね。兄や妹にはあんな姿見せたくないだろうなあ。プライド高い人だったし」
「どの子でも、子供に世話されるのはやっぱり嫌だろうね。俺もさ、入院した時に着替えすら自分でできないことがあって、そのとき痛感したわ」
軽く事故に遭ったことがあると話していたことを思い出す。
軽くとは言われても、今考えてもヒヤッとする話だが。
「『動けるけど世話を焼いてもらう』ってのは、いいんだよ。嬉しいし、もっとやってほしい」
おい、と思わず睨む。
平太は悪びれない。
「でも、動けなくて面倒かけるのは、すごく嫌なんだよ。相手の都合があるわけじゃん? 看護師さんも忙しいから、俺の手前まで清拭の濡れタオルが回って来てるのに、直前で他から呼ばれてUターンされちゃって、そのまま忘れられたりとか。待つんだけどさ、改めて『お願いします』とか声かけなきゃいけなかったり」
「あー……。不自由感じるね」
忙しいとわかっている人に手間をかけさせているという申し訳なさも上乗せされるし、これはけっこうなストレスだと思えた。
「普段なら着替えも自分の体を拭くのも当たり前にできるのに、って思うと、そのままならなさが堪らないんだよなあ。日を追うごとに地味に効くんだよ」
開き直れればいいのかもしれない。
けれど、当たり前にやって来たことほど、人の手を借りなければならないのが辛いのはわかる気がする。
いつもならちゃちゃっとできるのに、とか。
こんなことまでさせてしまって申し訳ないとか。
「お母さんもそういうのが辛くて、演技してるだけだったりしてね」
とか言ったら失礼か、と言って平太は苦笑したけど、私は首をひねった。
「そうかなあ。あの人、厚顔だし。私にどう思われようと気にしないと思うな。っていうか、老後のために子供産んだってはっきり言われたし」
「はは! はっきりしてるよね、芽衣子のお母さん」
「はっきりっていうか……。あの人は他人の気持ちなんてどうだっていいから何でも言えるのよ。特に私のことなんて気にもしてないから」
実は、私も演技なのではないかと疑ったことはある。
だって、ボケるにはあまりにも早すぎる。
でもそれは家族なら一度は誰もが思うことなのかもしれない。
試すようなことを言ってみたりやってみたりしたけれど、どうにも本気でボケてるらしかった。
お医者さんの診断も出てるし。
「何より、あの人はボケた演技なんてそれこそプライドにさわってできないよ」
「そうかなあ? プライドが高い人ほど、ボケたふりのがマシだと思いそうだけどね。だって、相手を騙してるってことは、自分が一つ上だって思えるからね」
そう言われて、私は口を閉じた。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
そしていかにもあの母の考えそうなことではあった。
「平太ってさ。うちの母親にロクに会ったこともないのに、なんかよく理解してるよね」
「まあ、その娘をよく見てるからじゃない?」
今日一日で一番イラッとした。
「一緒にしないでくれる?」
「はは! そう言われてもそれこそ芽衣子のお母さんのことなんてよく知らないし。冗談だよ」
平太は笑って親子丼をかきこんだけど、私は全く笑えない。
ボケる前でも後でも、あの強烈な母親に会えば平太だって笑えなくなるはずだ。
まあ、会うこともないだろうけど。
重荷を背負った私と平太が今後この先に進めることは、ないだろうから。
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