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ここから始まる僕らの物語

ゴブリン嘗めんなよ~前編

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 身体の資源──

 それは一見すると拳大の石のようであって、淡い光を宿す宝石のようでもあって、禍禍しい気配を発する魔物の心臓そのものようでもある。

 人間はそれを『魔石』と呼び、様々な道具や武具の材料として、はたまた魔術を用いるための燃料として用いている。

 この大森林が支配する大陸にはまだ数は少ないが、冒険者なるもの達は、日々を暮らす糧を得るための対価へと替える。

 魔物にとって、生命を繋ぐための種族を存続させるための大切なその石を奪う人間は、魔物にとって害悪でしかありえない。

 しかし──

 資源を奪いあうのは魔物対人間だけではなく、魔物同士もお互いの種族を繋ぐためにお互いの生命を奪いあうのだ。


 身体の資源が湧き出る鉱脈から少し離れた森の中に、20にも満たないもの達が並ぶ。

 相対するそこから少し離れた場所に拓けた平原には、百程の獣達が整然と群れを築き、ただ一声でそれは動き出さんとする寸前であるようだ。



「──トラップさん。おまたせ」
「・・・間ニアッタカ」

 僕が到着したのはもうお互いにぶつかる寸前の頃合いだったようだ。相手──コボルト達の数はだいたい想像の通りだ。

「ガハハハハ!間ニアッテヨカッタナ。モウ少シ遅カッタラ俺ガスベテ終ワラセテイタゾ」

 ホブおじさんは堅い木の幹を削って鍛え上げた愛用の棍棒を肩に担いでいる。周りには人間のものだっただろう短剣や斧などを手にした見慣れないゴブリン達もいる。

「よかった。生き残りがいたんだね?」
「アア。結構派手ニヤラレテシマッテイテ、ガキ共モアワセテコレダケシカ残ッテイナカッタガナ・・・」

 ハントさんの表情はとても苦々しい。他の棲みかも相当にひどい有り様だったようだな。

「それでもこれだけ集ってくれたんだ。元の数の倍にもなったんだし、これで勝率も2倍だね」
「ハッ・・・、ソウ上手クイケバイイガナ・・・」

 ハントさんは愛用の弓の弦をきつく結び直す。背中に背負った矢筒にはぎゅうぎゅうに矢が詰まっている。罠に使う分以上に十分用意できているみたいだ。

「トラップさん、皆に作戦の説明は済んでる?」
「アア、問題ナイ。罠モ予定通リ仕掛ケテアル」

 間にあわなかった場合もある程度想定はしていた。

「案外余裕だったみたいだね?コボルト達、途中で昼寝でもしてたのかな?」
「材料集メヲ任セテイタ子達ノ話デハ、奴ラ途中ノ川沿イデ夜営ヲシテイタヨウダナ」
「夜営?!」

 鉱脈を独占できる格好の機会にのんびり夜営とは。これは僕達相当嘗められてるね。

「ソレニ奴ラノ出方ヲ探ルタメ、見張リヲツケテイタンダガ、俺達ナド敵デモナイトイウノカ陽ガカナリ高クナルマデダラダラト過ゴシ、ヨウヤク動キダシタトコロヲ『蛙』達ト出クワシテ一戦交エテモイタラシイナ」

 コボルト達が遭遇した蛙達はそれほど大人数でもなかったみたいで、軽くやりあっただけみたいだけど、それでさらに時間がかかり多少なりとも傷を負ってくれただなんて、なんてラッキーだろうか。

「コボルト達もついてないね」
「マア、ソノオカゲデタップリ1日以上、罠ヲ仕掛ケル時間ヲ作レタカラナ」
「今度、蛙さん達にお礼しないとね」

 蛙さんって何を贈ったら喜ぶかな?やっぱり食べ物かな。虫を食べるって聞いたことはあるけど、どうなんだろ?

「オイ。ソロソロ奴ラ、動キダシソウダゾ」

 正面の平原を見やると確かに聞こえ響く喧騒が増したようだ。では、こちらも始めますかね。

「よっし!じゃあ僕達も始めようか。ホブおじさん、作戦通りよろしくね!」
「オウッ!任セテオケ。ガハハ!久々ニ腕ガナルゾ!」

 ホブおじさんは手にした棍棒を大きく振り回す。お願いだから作戦通り動いてね・・・。

「ヨオシッ!野郎共ッ、行クゾオッ!」
「「オオオオッッ!!」」

 棍棒を高々と掲げたホブおじさんを先頭に、それぞれの武器を手に15人程のゴブリンが特攻をしかける。それを見たコボルト達も釣られて前に出だした。

 まさかこちらから攻撃をしかけるとは思っていなかったようで、コボルト達の動きはちぐはぐだ。正面の集団はいくらか動きが早かったものの、左右に広がっていた部隊はまだもたついているようだ。

「ホブおじさんっ。もう少し進んだら合図するから」
「ンン?アア、分カッテイル。俺ハコノママ突撃シテモイインダカナ」
「ち、ちょっとホブおじさんっ!?」
「ガハハハハッ!冗談ダ、冗談」
「───もうっ!」

 ホブおじさんがこんなにも戦闘狂だったとは。本当に突撃しちゃうかと思った・・・。まぁでもその分向こうもそう思ってくれてるみたいだけど。

「いくよっ。3・2・1──いまだっ!」

 僕の合図にあわせて急ブレーキ。そのままくるりと向きを変え走ってきた道を全速力で戻る。

「っ?!」「なんだ!?」
「ミドリ共めっ!怖じ気づいたか!」

 コボルト達は驚いたり声を荒らげたりしながら、こちらを追いかけてくる。僕達は森の入口へと走る。その道は左右を高い崖に挟まれていて、森へ近づくにつれ道幅が狭くなっている。
 僕達が今通り過ぎた辺りは大体くらいの幅だ。

「このまま奴らを追い込めっ!森に隠れようが大したことはない。数で圧倒しろっ!」

 指揮官だろう黒茶の毛並みの獰猛な顔つきのコボルトが、後ろに続く軍勢を引き連れただ真っ直ぐに突撃してくる。そして、その足が幅の地面を踏んだ──
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