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水の竜の王の憧憬
逃走する脅威
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盾で防御しなければ、確実に高温の水蒸気で肺を焼かれ喉を潰されていただろう。
それでもかなりの高温には違いなく、弱体化したアイギスにどれだけスキルをかけたとしても防ぎきれるものではない。露出している顔と手の肌がチリチリと痺れ、盾の持ち手がどんどんと儂の手を焼く。
もう一方の手で竜結晶を胸に抱き抱える。これはティアマトのそのもののようなものだ。これも守りきらなければならん。
『・・・アイスレギオン』
儂の後ろに隠れていたミリアーナが小声で魔法を唱える。氷属性に変換された魔素が周囲を包み込み、僅かにだが熱気が弱まり呼吸も楽になる。
「・・・もうほとんど魔力がないから気休め程度だけど」
「いや、少しは楽になった。助かる」
次第に雲の中に飛び込んだかの様な真っ白な水蒸気は晴れ、視界が戻るのと共に熱気も治まっていく。
すぐ後ろのミリアーナも、かなり後方まで避難したカイン達も無事なようだ。
盾を下ろし前方の状況を確認する。そこには先程のように両腕で防御姿勢を取ったゴーレムが立っていた。
「チッ・・・これでもダメか?!」
これだけの魔法を受けて尚、立っているとは思わなかったがこれで倒せないのであればもう打つ手がない。
どうする──
「・・・フェンス。よく見て」
「ん?」
儂の横から顔を出したミリアーナがその指を視線の先へと向ける。言われたままに目を凝らしゴーレムを見つめる。
揃えられた腕からはみ出している箇所やその腕自体もミリアーナの放った超絶魔法の威力によって、形を留めているのがやっとな程に溶け爛れている。その表面には幾つもの細く黒い筋が走っていた。
ピシリ──と氷塊が砕けるかのような音が周囲に響くと、黒い筋はどんどんとその数や範囲を大きく広げ、自重に耐えきれなくなった箇所からガラガラと音をあげて地面へと崩れ落ちていった。
舞い上がった砂埃が治まると、そこには腕によって守られていたゴーレムの胸部から上の部分だけが地面に突き刺さるかのように残っていた。
「・・・うん。倒せた─・・・
「おっと!」
倒せたことに満足がいったのか、ミリアーナは急に儂の背中にもたれ掛かるとそのまま意識を失ってしまった。
其ほどまでにとつてもない魔力量を込めた魔法だったのだろう。万全の状態の儂でもあれを防げる自信はない。
魔王を討伐してからの三十数年の間にその破壊力も格段に向上していたようだ。今のミリアーナなら魔王すらひとりで倒せるのではないだろうか。
「総隊長!ご無事ですかっ?!」
後方からカインが駆け寄ってくる。その後ろからはルーテを支えながらロディも近付いてきていた。
「ああ。なんとかな」
何も言わずともカインは儂にもたれ掛かっていたミリアーナの身体をそっと地面に横たえる。
身体が自由になった儂はすぐ後ろまで来ていたルーテの腕に努めて優しくティアマトの結晶を返す。ルーテはそれを大事そうに胸に抱えた。
「ティアマトの力・・・とても助かった。彼女の力が無ければ負けていたかもしれん。ルーテも、大事な友が遺したものを託してくれてありがとう」
「い、いえっ・・・ティア、マトは─・・・
儂の言葉に驚いた表情をしたルーテは何かを言おうとしたところで、ミリアーナ同様に気を失ってしまった。彼女も相当無理をしたようだからな。むしろよくここまで耐えてくれたものだ。
ルーテをロディに託し、改めてゴーレム・・・ゴルドバの残骸に目をやる。側に近寄ると何かが聴こえたような気がした。
よくよく見ると、ゴルドバだったモノの口に当たる部分が僅かにだが蠢いていた。音はそこから聴こえてくる。
「・・・私ノ、街・・・金トチ、カラデ・・・ニヲノットリ・・・私ガ、王・・・ニナル・・・誰ニモ、ジャ・・・マハ・・・セン、ゾ──」
次第に口の蠢きも弱くなり完全に止まってしまった。そこからはもう・・・生気も何も感じられない。
詳しくは調べてみなければ分からないが、抱いてしまった邪な野望をルードヴィングに利用されてしまったのだろう。哀れではあるが自らが招いた結果だ。
そういえば、ルードヴィングはどうしただろうか。途中から姿が見えなくなったが、まさかミリアーナの魔法に巻き込まれたとは言うまいな。
辺りをざっと見回してみるがそれらしき姿は見えない。ゴーレムが出てきた池の穴の中にも見当たらなかった。跡形もなく消し飛んでしまったのだろうか・・・いや、かつての残党狩りをも逃げ延びた男がそう簡単に倒れるとは思えない。逃げられてしまったのだろう。
奴を野放しにするのは危険だ。すぐにでも捜索をしたいところだが、如何せんこちらもかなり満身創痍だ。戻り次第フリオニールに報告をして対処してもらわなければいけないな。
ゴーレムへと近付き細部まで確りと目をやる。
星明かりだけでは細かいところまでは調べようがないが、ゴルドバだった人型の部分の色や質感はゴーレムを構成するミスリルとまったく同じもののようだ。更にその接合部にも繋ぎ目などまったく見えず完全にひとつの生物…物質と化してしまっている。
これだけ大量のミスリルを用意出来たことといい、ダマスカス鋼に関しては更に希少なものだ。どう考えてもルードヴィングがただひとりで成せる限度を超えている。
想定以上に大規模な帝国軍残党組織が存在しているのか、それとも人ならざるモノが関与しているのか。
魔人。更には魔神の問題だけでも頭が痛いというのに、また新たな問題が発生してしまったようだ。
これはもうシャルマート王国だけのものではなく、世界的な問題だ。慌ただしくなりそうだ。
「ん?」
背後からかなりの人数の集団が近付いてくる気配と足音を感じ、少しだけ身構える。殺気や剣呑とした空気は感じないがそこには揃いの鎧と槍を携えた一個小隊規模の軍隊が居た。
周辺の状況を見てざわついている集団の中央からひとりの男がこちらに近付いてくる。ひとりだけ鎧ではなく貴族然とした整った身なりをしている。暗く遠目なため確りと顔を確認出来ないがどこか覚えのある佇まいをしている。
「!・・・これは、フェンス殿ではありませんか?」
覚えがあるわけだ。知っている人物だった。
「・・・こんな夜更けに完全武装でご登場とはどこの軍隊かと思えば、カルタスじゃないか」
男の名はカルタス・フォン・モンテフェルト。
帝国との戦争の際に当時連合軍中隊の長だったジェイガンの部下のひとりだった騎士で、シャルマート王国発足後は王国騎士団に所属しつい数年前まで第1騎士団の団長を務めていた男だ。
ジェイガン大臣も自分が引退したあと軍務卿任せるつもりだったようだが、確か西方地区を統治していた彼の父が亡くなったためその領地を継いだのだったか。
「今から戦争にでも行くのか?」
「何を言われますか・・・。戦争は既にここで行われたようですが?」
辺りにはゴーレムの残骸が散乱し、地面は荒れ果て、周囲の木々も焼け薙ぎ倒されている。確かに戦場はどこかと言われればここだろう。
「北西区街の被害もかなり大きいようですがここの有り様はかつての戦い並みに酷い。フェンス殿ひとりでもかなりの戦力だと思いますが、そこにおられるのはミリアーナ殿ですね?それならばこの惨状も納得がいきます」
カルタスは儂だけでなく、ミリアーナも、王である前のフリオニールも、勿論マリアのこともその実力まで知っている。
「ほとんどミリアーナの仕業だがな?」
「ハハッ!相変わらず非常識な力を持たれたお方だ。
・・・して、お疲れのところ恐縮ですが、説明をお願い出来ますかね?」
カルタスがかけた眼鏡が星明かりを反射してキラリと輝いた──
#ルードヴィング
まさか、ヴェロスクード以外にもあの魔法使いまでこの街に来ているとは思わなかったな・・・。
何人か連れがいると報告は受けていたがかつての怨敵が二人もいたとは──流石に分が悪い。
まだ試作段階とはいえあれだけの資材と資金を使ったゴーレムを失ったのはかなり痛手だが、まぁ仕方ない。
得られたものの大きさを考えれば十分に価値はあっただろう。
用が済んだら元からそうするつもりだったが、急だったとはいえあの豚も核として役に立ったしな。やはり核には一定以上の魔力保有量以外にも欲望、それにすがり付く強い思念が必要なようだな。
ゴーレムだけでなく、魔道剣、魔道盾の開発研究も十分に出来たことも良かった。理想への完成は近そうだ。
「しかし、ヴェロスクードめ・・・。またしても私の・・・我々の邪魔になるとはっ!ジジイになっても変わらず忌々しい奴だ」
だが、試作段階のゴーレムに情けなく逃げ惑っていたのは最高だったな。次会うときは完成した真の魔道ゴーレムで虫けらのように踏み潰してくれるっ!
「ククク・・・ヒヒ、ヒャーハッハッハッハッハッ!!!」
それでもかなりの高温には違いなく、弱体化したアイギスにどれだけスキルをかけたとしても防ぎきれるものではない。露出している顔と手の肌がチリチリと痺れ、盾の持ち手がどんどんと儂の手を焼く。
もう一方の手で竜結晶を胸に抱き抱える。これはティアマトのそのもののようなものだ。これも守りきらなければならん。
『・・・アイスレギオン』
儂の後ろに隠れていたミリアーナが小声で魔法を唱える。氷属性に変換された魔素が周囲を包み込み、僅かにだが熱気が弱まり呼吸も楽になる。
「・・・もうほとんど魔力がないから気休め程度だけど」
「いや、少しは楽になった。助かる」
次第に雲の中に飛び込んだかの様な真っ白な水蒸気は晴れ、視界が戻るのと共に熱気も治まっていく。
すぐ後ろのミリアーナも、かなり後方まで避難したカイン達も無事なようだ。
盾を下ろし前方の状況を確認する。そこには先程のように両腕で防御姿勢を取ったゴーレムが立っていた。
「チッ・・・これでもダメか?!」
これだけの魔法を受けて尚、立っているとは思わなかったがこれで倒せないのであればもう打つ手がない。
どうする──
「・・・フェンス。よく見て」
「ん?」
儂の横から顔を出したミリアーナがその指を視線の先へと向ける。言われたままに目を凝らしゴーレムを見つめる。
揃えられた腕からはみ出している箇所やその腕自体もミリアーナの放った超絶魔法の威力によって、形を留めているのがやっとな程に溶け爛れている。その表面には幾つもの細く黒い筋が走っていた。
ピシリ──と氷塊が砕けるかのような音が周囲に響くと、黒い筋はどんどんとその数や範囲を大きく広げ、自重に耐えきれなくなった箇所からガラガラと音をあげて地面へと崩れ落ちていった。
舞い上がった砂埃が治まると、そこには腕によって守られていたゴーレムの胸部から上の部分だけが地面に突き刺さるかのように残っていた。
「・・・うん。倒せた─・・・
「おっと!」
倒せたことに満足がいったのか、ミリアーナは急に儂の背中にもたれ掛かるとそのまま意識を失ってしまった。
其ほどまでにとつてもない魔力量を込めた魔法だったのだろう。万全の状態の儂でもあれを防げる自信はない。
魔王を討伐してからの三十数年の間にその破壊力も格段に向上していたようだ。今のミリアーナなら魔王すらひとりで倒せるのではないだろうか。
「総隊長!ご無事ですかっ?!」
後方からカインが駆け寄ってくる。その後ろからはルーテを支えながらロディも近付いてきていた。
「ああ。なんとかな」
何も言わずともカインは儂にもたれ掛かっていたミリアーナの身体をそっと地面に横たえる。
身体が自由になった儂はすぐ後ろまで来ていたルーテの腕に努めて優しくティアマトの結晶を返す。ルーテはそれを大事そうに胸に抱えた。
「ティアマトの力・・・とても助かった。彼女の力が無ければ負けていたかもしれん。ルーテも、大事な友が遺したものを託してくれてありがとう」
「い、いえっ・・・ティア、マトは─・・・
儂の言葉に驚いた表情をしたルーテは何かを言おうとしたところで、ミリアーナ同様に気を失ってしまった。彼女も相当無理をしたようだからな。むしろよくここまで耐えてくれたものだ。
ルーテをロディに託し、改めてゴーレム・・・ゴルドバの残骸に目をやる。側に近寄ると何かが聴こえたような気がした。
よくよく見ると、ゴルドバだったモノの口に当たる部分が僅かにだが蠢いていた。音はそこから聴こえてくる。
「・・・私ノ、街・・・金トチ、カラデ・・・ニヲノットリ・・・私ガ、王・・・ニナル・・・誰ニモ、ジャ・・・マハ・・・セン、ゾ──」
次第に口の蠢きも弱くなり完全に止まってしまった。そこからはもう・・・生気も何も感じられない。
詳しくは調べてみなければ分からないが、抱いてしまった邪な野望をルードヴィングに利用されてしまったのだろう。哀れではあるが自らが招いた結果だ。
そういえば、ルードヴィングはどうしただろうか。途中から姿が見えなくなったが、まさかミリアーナの魔法に巻き込まれたとは言うまいな。
辺りをざっと見回してみるがそれらしき姿は見えない。ゴーレムが出てきた池の穴の中にも見当たらなかった。跡形もなく消し飛んでしまったのだろうか・・・いや、かつての残党狩りをも逃げ延びた男がそう簡単に倒れるとは思えない。逃げられてしまったのだろう。
奴を野放しにするのは危険だ。すぐにでも捜索をしたいところだが、如何せんこちらもかなり満身創痍だ。戻り次第フリオニールに報告をして対処してもらわなければいけないな。
ゴーレムへと近付き細部まで確りと目をやる。
星明かりだけでは細かいところまでは調べようがないが、ゴルドバだった人型の部分の色や質感はゴーレムを構成するミスリルとまったく同じもののようだ。更にその接合部にも繋ぎ目などまったく見えず完全にひとつの生物…物質と化してしまっている。
これだけ大量のミスリルを用意出来たことといい、ダマスカス鋼に関しては更に希少なものだ。どう考えてもルードヴィングがただひとりで成せる限度を超えている。
想定以上に大規模な帝国軍残党組織が存在しているのか、それとも人ならざるモノが関与しているのか。
魔人。更には魔神の問題だけでも頭が痛いというのに、また新たな問題が発生してしまったようだ。
これはもうシャルマート王国だけのものではなく、世界的な問題だ。慌ただしくなりそうだ。
「ん?」
背後からかなりの人数の集団が近付いてくる気配と足音を感じ、少しだけ身構える。殺気や剣呑とした空気は感じないがそこには揃いの鎧と槍を携えた一個小隊規模の軍隊が居た。
周辺の状況を見てざわついている集団の中央からひとりの男がこちらに近付いてくる。ひとりだけ鎧ではなく貴族然とした整った身なりをしている。暗く遠目なため確りと顔を確認出来ないがどこか覚えのある佇まいをしている。
「!・・・これは、フェンス殿ではありませんか?」
覚えがあるわけだ。知っている人物だった。
「・・・こんな夜更けに完全武装でご登場とはどこの軍隊かと思えば、カルタスじゃないか」
男の名はカルタス・フォン・モンテフェルト。
帝国との戦争の際に当時連合軍中隊の長だったジェイガンの部下のひとりだった騎士で、シャルマート王国発足後は王国騎士団に所属しつい数年前まで第1騎士団の団長を務めていた男だ。
ジェイガン大臣も自分が引退したあと軍務卿任せるつもりだったようだが、確か西方地区を統治していた彼の父が亡くなったためその領地を継いだのだったか。
「今から戦争にでも行くのか?」
「何を言われますか・・・。戦争は既にここで行われたようですが?」
辺りにはゴーレムの残骸が散乱し、地面は荒れ果て、周囲の木々も焼け薙ぎ倒されている。確かに戦場はどこかと言われればここだろう。
「北西区街の被害もかなり大きいようですがここの有り様はかつての戦い並みに酷い。フェンス殿ひとりでもかなりの戦力だと思いますが、そこにおられるのはミリアーナ殿ですね?それならばこの惨状も納得がいきます」
カルタスは儂だけでなく、ミリアーナも、王である前のフリオニールも、勿論マリアのこともその実力まで知っている。
「ほとんどミリアーナの仕業だがな?」
「ハハッ!相変わらず非常識な力を持たれたお方だ。
・・・して、お疲れのところ恐縮ですが、説明をお願い出来ますかね?」
カルタスがかけた眼鏡が星明かりを反射してキラリと輝いた──
#ルードヴィング
まさか、ヴェロスクード以外にもあの魔法使いまでこの街に来ているとは思わなかったな・・・。
何人か連れがいると報告は受けていたがかつての怨敵が二人もいたとは──流石に分が悪い。
まだ試作段階とはいえあれだけの資材と資金を使ったゴーレムを失ったのはかなり痛手だが、まぁ仕方ない。
得られたものの大きさを考えれば十分に価値はあっただろう。
用が済んだら元からそうするつもりだったが、急だったとはいえあの豚も核として役に立ったしな。やはり核には一定以上の魔力保有量以外にも欲望、それにすがり付く強い思念が必要なようだな。
ゴーレムだけでなく、魔道剣、魔道盾の開発研究も十分に出来たことも良かった。理想への完成は近そうだ。
「しかし、ヴェロスクードめ・・・。またしても私の・・・我々の邪魔になるとはっ!ジジイになっても変わらず忌々しい奴だ」
だが、試作段階のゴーレムに情けなく逃げ惑っていたのは最高だったな。次会うときは完成した真の魔道ゴーレムで虫けらのように踏み潰してくれるっ!
「ククク・・・ヒヒ、ヒャーハッハッハッハッハッ!!!」
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