盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

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水の竜の王の憧憬

再びの魔法

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 あの巨大なゴーレムを易々と吹き飛ばすとは、相変わらずミリアーナの魔法の威力は絶大だ。

  ゴーレムは自らが出てきた池に空いた穴へと落ちていった。その足元に居たはずのルードヴィングの姿は見当たらない。

  巻き込まれたのだろうか。

  後ろに目を戻すと、ミリアーナは憂さでも晴れたかの様などこか満足気な表情をしている。ロディに身体を支えられたルーテは魔力切れの状態は変わらず立っているのがやっとのようだ。

「・・・ロディ。北西区の方はもう大丈夫なのか?」

  ドーガとルークの姿は見えない。

「は、はい!フェンス殿が行かれた後、街の衛兵と冒険者達が大勢現れまして、生存者の確認、救助を協力してくれています。ルークとドーガ殿はその場に残りその指揮を取っております。私はルーテ殿がどうしてもフェンス殿の元へと行きたいと申されるので、こちらに・・・」

  ルーテを見る。星明かりに照らされたその表情は胸に抱いた結晶の光のせいもあってか、かなり青白い。だがその瞳には力強い輝きが灯っていた。

「ルーテ、無理はするな。立っているのもやっとだろう?」

  ルーテは首を振ることすら辛そうだったが、その首をゆっくりと横に振ると、儂の目をまっすぐに見つめた。

「い、いえ・・・。ティアマトが守ろうとしたこの街を・・・壊そうとする人がいるのなら、そ、そのままでは・・・いれません。もう私は何も出来ないですが・・・さ、最後まで見届けますっ・・・!」

「・・・そうか。分かった」

  つい今朝までは何処か変わったところのある不思議で少し浮世離れした女性であったが、今儂の目の前に居るルーテは確りとした志を持つひとりの勇者の顔をしていた。

「そ、総隊長。あれは倒せた・・・んですか?」

  儂が盾で殴り付けた二の腕辺りを抱えたカインが、少しふらつきながらやってくる。咄嗟のことだったので加減も出来なかったが、流石に守護隊1番隊の隊長を任せているだけはある。大きな怪我はないようだった。

「カイン、すまなかったな。大事はないか?」
「え、ええ。少し腕と脇腹を痛めたくらいです。これも日頃の訓練のお陰ですね。はは・・・」

  守護隊の訓練内容は、儂がまだ駆け出しだった頃に冒険者の先輩でもあり盾騎士の師でもあるギリアムに課せられた訓練を元に儂が考えたものである。

  所属している隊員達はそれを淡々とこなしていると思うが、月一で行っている王国騎士団との合同訓練では若い騎士達から非難の声が上がるらしい。

  裏では儂のことを盾のような腕を持つ魔物になぞらえて『盾鬼シールドオーガ』と呼んでいる輩もいるとかいないとか・・・。

「それは何より。だが、儂がやったとはいえ今後は咄嗟の攻撃に対する防御訓練も追加したほうが良いな。馬鹿正直に正面から襲ってくる敵など少ないしな」
「えっ!?い、いや・・・もう十分・・・」

  カインの声から耳と意識を池の方へと向ける。ゴーレムが落ちていった穴からはまだ何も聴こえてこない。

  普通の魔物であればミリアーナの魔法で間違いなく息絶えていると思うが、流石にミスリル製のゴーレム相手に先程の一撃で終わったとは思えない。

  次第に低く唸る音が周囲に響き始めると、穴の底からゆっくりと鈍く白銀の輝きを放つゴルドバ──そしてゴーレムの頭部が現れる。

  表面の装飾が爆発の熱によって多少溶けているようだがやはり大して効果はなかったようだ。それどころか黒鉄だと思われる箇所ですら変化は見られない。魔法耐性の高い黒色金属──まさかミスリルに並ぶ希少金属ダマスカス鋼だとでも言うのか?

「・・・む。効いてない?」

  自らの魔法でほとんど傷を与えられていないことにミリアーナは納得がいかないようだ。

「ミリアーナ。あのゴーレムはミスリル製だ。一発二発の魔法では効果はないぞ」
「・・・そう。じゃあ、効くまでやる」

  頭上へと掲げたミリアーナの杖に深紅の魔光が灯る。光は次第にその姿を荒れ狂う炎へと変貌させる。

「ミ、ミリアーナ、待て──

『・・・タービュラントフレイム』
 
  先程黒ずくめの男達を焼き払ったときよりも更にその暴威を増した八筋に別れた炎は、龍の姿を象り周囲の空気を焦がしながら儂の隣をすり抜けゴーレムを突き刺さんと襲いかかる。

  この威力──相手との距離が近すぎるっ!

「クソッ──!『オーラシールドッ!』

  カインと後ろの三人が隠れるように移動し盾スキルを発動する。

  その刹那、甲高い嘶きを響かせた炎の龍は、辺りを雨上がりの夏の夕暮れかのように真っ赤に染め上げた。

『イージスシールドッ!』

  更にスキルを重ねる。小さく弱体化している神盾ではその余波を防ぎきれず、直撃したわけでもないのに弾けたその炎と熱で身体の表面を焼かれるようだ。

「ミ、ミリアーナっ!!魔法を使うなら状況をちゃんと確認しろ!全員巻き込むつもりか?!」
「・・・それを守るのがフェンスの役目。それに、これぐらいじゃないとアレには効かなそうだし」

  赤光と煙が晴れた場所には、その長い両腕を顔前に揃え防御姿勢を取ったゴーレムが居た。

  流石にその両腕の損傷は甚大なようだが完全に破壊出来てはいない。腕に守られていた頭部と胴体はほぼ無傷のようだ。

「・・・む。もう一発」
「ま、待てって!」

  杖を掲げまた魔法を唱えようとしたミリアーナを慌てて止める。

「・・・邪魔しないで」
「ああもう!だから、一二発では倒せないと言ってるだろう!手を考えるから少し待てと言ってるんだ!」
「・・・むう。分かった」

  同程度の魔法を何発か繰り返せば破壊出来るとは思うが、損傷の程度を見るに少なくともあと四五発は必要だろう。

  ミリアーナの魔法の威力は、魔王にすら傷を与えられる程の高威力ではあるのだが、実はミリアーナ自体の魔力量はそう多くない。

  特級魔法を五回も使えば──まぁそれでも一般の魔法使いよりも倍以上の魔力量を有しているのだが──魔力切れを起こしてしまう。

  相手によってはどれだけ危機的な状況でも一発で引っくり返せる切り札ではあるが、上手く運用しなければ肝心な時に役に立たなくなってしまう。

  かつての旅の際も、そのせいで何度か危ない場面があった。

  知る限りでは既に、特級を二回。複合の上級を一回使っている。使えてあと二回が限度だろう。

  無駄打ちはさせられない。


  しかし・・・どうしたものか。

  現状、ゴーレムに有効な攻撃手段はミリアーナの魔法しかない。

  ルーテの魔法では大空洞の時のようにユリアの加護がなければ威力不足だろうし、そもそもルーテはもう限界を越えてしまっている。これ以上無理はさせられない。

  カインとロディは儂と同様に攻撃魔法は使えない。

  考えられる最も有効な手段はやはり『焼入れ戦法』なのだが、高温で熱したあとの冷却は瞬時に行わなければならないため、同時に同威力の別々の魔法を詠唱しなければならず、ミリアーナひとりでは成立しない。

  今、この場でそれが一番出来そうなのはやはりルーテなのだが、胸に抱いた結晶の力を用いたとしても、その身体は魔法の行使に耐えきれないだろう。

  魔法に憧れて、その知識と理解だけが無駄に膨らんだ儂に魔力があれば、ユリアの『付与魔法』のようにせめて今この一時だけでも、儂に魔力を与えてくれるものがあれば──


  ん?魔力を与える?

  ルーテが持つ蒼い輝きを放つ結晶が目に留まる。

  あれは、イグナーツのものと同じ竜結晶で間違いないだろう。ということはティアマトはやはり竜王だったという証になるのだが、あれには竜王の膨大な魔力が込められているはずだ。

「・・・ルーテ」
「えっ・・・?は、はいっ。な、何でしょうか・・・?」

  急に自分の名を呼ばれたルーテは肩をびくりと揺らし困惑顔をしている。儂はそのままルーテへと近寄る。

「先程、雨を降らせたとき、魔力はどうしたんだ?確か初級魔法程度しか使えないと言っていたよな?」

  あの時のルーテは儂の様に魔力が無い状態だったはずだ。その状態であれだけの降雨魔法は絶対に使えない。

「ふ、ふええっ、そ、それは・・・ティアマトが私に魔力を貸してくれたので・・・」

  そう言うと、胸に抱いた結晶を儂の顔に近付ける。透明な結晶の内部には光を放つ水球が浮かんでいる。

「・・・ティアマトは儂にもその力を貸してくれるだろうか?」

  ゆっくりと結晶に手を伸ばすと、柔らかな蒼い光が儂の手を包んだ。

「は、はい。フェンス様ならきっと──ティアマトも力を貸してくれるはずです」

  ルーテはその胸から結晶を離すと儂の手へとそれを預ける。

「だって、ティアマトは私以上にフェンス様のファンですから」

  結晶から蒼光が溢れだし儂の手を、腕を、身体を包んだ。

  同時にユリアの付与魔法を受けた時のように、暖かく優しい大きな力が身体中に流れ込んでくるのを感じた。

「・・・ありがとう、ルーテ。ティアマトも感謝する」

  結晶を優しく胸に抱くと、無機質であるはずのそれから僅かに温もりを感じた。

「・・・フェンス。どうするの?」

  隣で成り行きを見ていたミリアーナは確信めいた表情でゴーレムを見つめる。

  魔法の衝撃から立ち直りゆっくりと動き出したゴーレムがその脚を一歩また一歩前に進める。奴ももう余裕はないのだろう。

「ああ。残りの魔力で特大の一発を頼む。儂と合わせてくれ」
「・・・フェンスが魔法?ふふ…それは楽しみ」

  珍しくミリアーナが少し驚いた顔で儂を見ると、少しだけその頬を緩めた。普段なら悪態のひとつでも飛んできそうなところだが、彼女は魔法の玄人だ。儂の身体を流れる魔力を感じとったのだろう。

「カイン、ロディ。ルーテを連れてなるべく遠くに下がっていてくれ。大分大がかりになる」
「「ハッ!了解しました」」

  二人も驚いた顔をしたあとに僅かに微笑む。皆何が愉しいのか・・・ああ。儂が微笑っているのだな。

「・・・フェンス様。ティアマトを、宜しくお願いします」
「ああ。任せておけ」

  そう静かに微笑んだルーテにも笑みを返し、そのまま視線をゴーレムへと向ける。既に距離はもう二三歩でその巨腕の射程に入る程に近付いていた。

  使うべき魔法はもう決まっている。

  頭の中に二重円を描きそこに魔法文字をはひとつずつ埋め込んでいく。ミリアーナの魔法に匹敵させるにはひとつでは足りないだろう。二重円をひとつ、またひとつ増やし五つの術式を描き出す。

  次第に屋敷でユリアの付与魔法を受けたときの感覚と感動が甦り、不謹慎かもしれないが鏡を見るべくもなく微笑っているのが確実に分かった。

  四十年以上憧れたこの感覚──やはり最高だな。

「ミリアーナ。準備は出来たか?満遍なく奴の全体を温めてやってくれよ」
「・・・ふん。フェンスこそ慣れてないからって失敗しないで」

  今の儂にはこの程度の悪態など可愛いものだ。

「そっちこそ、驚いて失敗するなよ?」

  ミリアーナは杖を。儂は右手を、頭上へと掲げる。

  杖からは紅色の特大な術式が展開される。儂の手からはその四分の一程の大きさの術式が五つ展開される。
 
「・・・今度それ教えて」
「・・・考えておくよ」

  ひとつでも相当な威力のミリアーナの特級魔法でこの多重展開術式を唱えでもしたら、間違いなく街ひとつ──下手したら地形や気候にすら影響が及ぶかもしれない。教える前にマリアにでも相談したほうが良いだろう。
 
「・・・行くよ」
「ああ。いつでもいいぞ」

『・・・インブレイスフレイム』
『フィフス・ヘイルストームッ!!』

  ミリアーナが唱えたのは、先程とは異なる火属性特級魔法『焔之抱擁インブレイスフレイム』。太陽の様な炎の球体を造り出す魔法であり、その渦巻く豪炎で対象を文字通り抱擁し塵も遺さず焼き尽くす。

  ミリアーナの魔力を存分に吸った太陽はゴーレムの巨体を飲み込んでいく。周囲に発せられる熱で肌が焼け、身体中から溢れだした大量の汗が流れるそばから蒸発していく。

  対して儂が唱えたのは、氷属性上級魔法『雹嵐ヘイルストーム』。黒曇を発生させそこから円錐型の巨大な雹を降らせる魔法を五重にし、その威力と範囲を高めたものだ。

  確信はあったが無事成功して何より。そして、また魔法を使えた悦びに身体が打ち震える。


「ウォォォオオオオォォォォッ!!!」


  ミリアーナの炎で真っ赤に熱せられたゴーレムに無数の雹弾が突き刺さり、高熱の水蒸気を発生させる。

『オーラシールドッ!』『フォートレスッ!』『イージスシールドッ!』『ガーディアンフォースッ!』『ファランクスッ!』

  防御力は心許ないが、ありったけの盾スキルを発動させる。あっという間に周囲は真っ白な灼熱の水蒸気に包まれた──
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