盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

文字の大きさ
70 / 91
水の竜の王の憧憬

水竜王ティアマト1

しおりを挟む
 儂は今、宿場街から2時間程北東に歩いた場所にある森に囲まれた湖の畔に立っている。

  森は程よく木漏れ日が差込み涼やかな風が木葉を揺らし、森独特の心地好い香りを運んでくる。魔物が棲む森が多い中この森は小動物も暮らしているようで鳥が鳴き声を奏で栗鼠などもたまに枝の上に見掛ける。
  湖も陽の光を反射して輝き透明度も非常に高く、すぐ足元で小魚が群れをなして游いでいる。

  儂の横には、ティアマトのものだった竜結晶を大事そうに抱えたルーテと、眠いのか退屈しているのか相変わらずよく分からないミリアーナがいる。

  あとの4人はと言うと、カインとドーガの2人は儂らが戻るまでの間、宿場街の衛兵等と一緒に燃え崩れた北西区の片付けと王都守護隊の活動内容や訓練の仕方など色々と交流を深めている。

  ロディとルークの2人はカルタスと話した内容をフリオニールに伝えるため、話の後すぐに早馬で一足先に王都へと戻った。
  火竜の峰の時もそうだったが彼等も疲れてるだろうによく働くものだ。フリオニール御付きのエダとディーンもよく出来た兄妹だった。王国騎士団は中々に見所がある者が多いようだ。


  さて、ところでどうして儂らがこんな場所に居るかというと──


 ◇◆◇◆


「わ、私と一緒に行って欲しいところが、あ、あるんですっ!!」

  カルタスとの話を終え廊下に出たところでルーテにそう声を掛けられた。

  行って欲しいところ?何処だろうか。

  ふと、ルーテが胸に抱える魔結晶に目をやる。ゴーレムを倒す際この結晶の力を借りたのだが、その内部に宿っていた蒼光は今は見えない。
  ゴーレムを倒すために必要だったとはいえ、結晶に残ったティアマトの全てを儂が使いきってしまった・・・。

  今は何も宿らない大型の魔結晶と化している。

「・・・そうだな。そのままにはしておけんな。ちゃんと弔ってやらねばな。場所は決めてはあるのか?」
「えっ?!あ・・・い、いえっ!フ、フェンス様・・・?ティアマトは──」

  如何に竜王とはいえ生命とも言える竜結晶の力を全て使いきってしまえばその存在は消えてしまうのだろう。

「水竜であるならば水辺の近くなどが良いのではないか?この街の近くに湖や滝とかあるのか?」
「えっ?!あ、あのっフェンス様・・・そそそ、そうではなくてっ!」

  いや、待てよ。仮にも王と名の付く存在。教会の神父などに頼んで形式に則った儀式などをしたほうが良いのだろうか。

「すまんすまん。そうだな。こういったことは確りと行わねばな。しかし、どうしたものか?カルタスにでも聞いてみるか?」

  カルタスであればその辺りも詳しいのではないだろうかと今出てきたばかりの部屋に戻ろうと体の向きを変える。部屋の中ではソファーに座ったままのカルタスが少し呆れ顔をしていた。

「フ、フェンス様っ!!ティアマトは・・・まだ生きてますっ!!」

「・・・・・・」

「へっ?」


 ◇◆◇◆


「それで?何処にティアマト──水竜王はいるんだ?」
「は、はい。ティアマトから聞いた話ですと、この結晶を湖に──」

  ルーテは湖の縁に膝を付くと抱えたままでいた魔結晶をゆっくりと湖面に浸していく。
  すると、結晶から霧が湧きだしあっという間に周囲を真っ白に染める。それまで感じていた森の香りも鳥の囀りも遠くへ消えていく。

  徐々に霧が薄れ始め視界が戻るとそこは先程まで居た場所とは明らかに違っていた。

「・・・こ、ここは?」
「・・・ティアマトに会いに来たんだから、あの世なんじゃないの?」

  折角の神聖な雰囲気を壊すかのようにミリアーナが余計な事を言う。

「・・・・・・」

  あの後、竜人のティアマトは実は水竜王のティアマトが本体とは別に作り出した竜結晶に自信の魔力と意識を写した、言わば現し身だったということをルーテから説明された。
  ちょうどその嫌~なタイミングで起きてきたミリアーナにも確りとその内容とその説明を聴かれ、こうしてからかわれているわけである。

「ゴホンっ!そ、それでティアマトが居る場所は、こ、ここからまだ遠いのかな?」

  ここに来るまでの道すがらもミリアーナにいい様に言われ放題であったのだが、ティアマトが死んでしまったという勘違いをしていたことがなんとも恥ずかしく言い返す事が出来ないのがとてつもなく悔しい・・・。

  ふんっ!絶対に多重展開術式の方法は教えてやらん!


  辺りをキョロキョロと見渡してみるが、それらしき場所も姿も見当たらない。
  周囲は先程までの穏やかな森とは違く、深く陽の光を通さない巨樹の森が広がり、前方の湖はというと中央に島が浮かぶ池へと変わっていた。これならゴルドバの屋敷奥にあったあのゴーレムが出てきた池のほうが大きいくらいだ。

『──ようこそいらっしゃいました』

  直接頭の中に心地好く何処かで聞き覚えのある声が響く。

  その声に誘われるように池の中央へと進む。中央の島までは道が繋がっており問題なく辿り着けた。島の中心には小さな祠が置かれており、なるほど。この空間を満たす厳かで神聖な空気はどうやらこの祠から発せられているようだ。

  島の周囲の水面がざわめき始めると島をぐるりと囲う様に、池の底から蒼く煌めく鱗を纏った巨大な竜が現れた。

  火竜王イグナーツの様な翼を持つ所謂『ドラゴン』とは違い、どちらかと言うと東方の異国で『龍』と畏れられている大蛇に似た姿をしている。

『フェンス様、ミリアーナ様。・・・そして、ルーテ。お待ちしていました』

  現れた巨大な水竜はゆっくりとその頭部を儂らの前に降ろすと優しく…竜に表情があるのかは分からないが、優しく微笑んだ様な雰囲気で語りかけてきた。
  間違いない。これは彼女と同じ声だ。

『改めまして。私の名はティアマト。・・・水竜の王と呼ばれている者です。あの街を救ってくださり本当にありがとうございました。ルーテも、よく頑張りました』

「~~っティアマトぉっ!!」

  叫ぶと同時に飛び出したルーテは結晶を抱えたままその頭部に抱きついた。
 
「ティアマトっ!よかった・・・よかった・・・。無事でよかったよぉ!」
『あらあら、この子ったら。あの人としての私は現し身だから大丈夫だと言ったではないですか』
「でもっでもっ!~~っ本っ当によかったよぉ」

  ルーテはあの時点で既に本当の事を知っていたらしいのだが、現し身とはいえ大切な人が目の前で傷付き消えてしまったことに堪えられなかったそうだ。

  あそこまでされては彼女…ティアマトが死んでしまったと勘違いしても仕方ないだろう?何も儂が鈍いわけでは断じてない。

『ふふっ。さぁルーテ。フェンス様達が呆れられてますよ』
「はっ!!?すすす、すみませんっ!!わ、わた、私ったら・・・」

  慌ててティアマトから離れたルーテは儂とミリアーナに何度も頭を下げる。

「ま、まぁまぁ。感動の再会だ。儂は構わんよ」
「・・・うん。私も平気」

  儂らの言葉にティアマトもその頭部を下げる。

『お二方ともありがとうございます』

  そう言って顔を上げたティアマトの表情はそれまでの優しさと穏やかさだけでなく凛とした雰囲気をはらんでおり、火竜王イグナーツの様な圧倒的迫力とは違う神聖な力強さを感じた。

『フェンス様。人の姿の時は大変失礼を致しました。街とルーテを救ってくれたお礼というわけではありませんが、私が知る範囲のことだけではありますが何なりとお聞きください』

「あ、ああ。ありがとう。あの時のことは気にはしてませんよ。貴女にも守らなければいけない物がある。こちらこそ不躾で失礼をしました」

  今度は儂とティアマトで頭を下げあう。

「・・・ねぇ。ところでここは何処なの?さっきの湖とは違う場所に転移したみたいだけど・・・」
 
  ミリアーナがあからさまに呆れ声でそう言う。こいつには竜の王とはいえこういった威厳のある存在に対しての礼儀礼節というものがないのだろうか。

「・・・おまえなぁ。ちょっとは礼儀というものを──
「・・・なに?挨拶しにきたわけじゃないでしょ?皆でペコペコしても話が進まない」

「──っ!」
『失礼しました。ミリアーナ様。そうですね・・・。余り悠長に時間を過ごしている場合ではないのかもしれませんし、本題に入りましょう』

  一発頭をどついてやろうかと思ったがティアマトの言葉に止められる。

『ここが何処かを詳しくお教えすることは出来ないのですが、私と繋がりのある者であれば先程のように転位出来るようになってはいます。この水場の周囲は邪なる存在から気付かれぬよう結界が張られているのです』

  そう言うとティアマトはその頭部を島の中心に置かれた祠の上へと移動する。

「・・・結界?何を守っているの?ううん。何を隠しているの?」
『流石ミリアーナ様。素晴らしい慧眼をお持ちで。
 そうです・・・。この場所は私の寝所でもあるのですが、あるものを隠してあるのです』

  ティアマトの眼前に一粒の雫が現れるとその真下にある祠へと落ちた。祠は仄かな光を放つとその周囲に見たこともない複雑な紋様を並べた円陣・・何かしらの魔法術式を浮かび上げた。

「こ、これは──」

『ここは封印の地なのです』

「・・・封印?何を・・・ま、まさか!?」

  ミリアーナは何かを感づいたのか、滅多に見ない…それこそ魔王と戦った時くらいにしか見せたことがない真剣な表情をしていた。

『・・・ここは三柱の善神が施した、魔神の一柱を封じた場所なのです──
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

処理中です...