盾の騎士は魔法に憧れる

めぐ

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水の竜の王の憧憬

水竜王ティアマト3

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 そう言ったティアマトはより恥ずかしそうに顔を俯け、その巨体をモジモジとくねらせているものだから、水面がバシャバシャと音を立て跳ねる。

「えっ・・・今、なんと?・・・関係は、ない?」

  登場からずっと醸し出されていた竜王としての神聖な雰囲気など何処へやら。目に映る巨竜はまるでひとりの乙女の様だ。

『・・・ええ。あの人間はただ単に立ち退きに応じない私に嫌がらせをしていただけでして…まぁ、最後はかなり本気のようでしたが。
  それに、私も何か理由があってというわけではなく、住み慣れた家や街を手放したくなかっただけでして・・・』

「・・・・・・」

  ん?んん?!駄目だ。頭の中が整理出来ない。

「・・・じゃあ、結局現し身を造った理由はなんなの?」
『ええと・・・それはですね──

  儂に向けていた呆れ目を今はティアマトに向けているミリアーナに促され、ティアマトはその理由を話始めた。

 
  話を要約するとこうだ──

  ティアマトは善神から与えられた自らの使命として、何万年もの間この地で封印の守護をしていた。
  その間も危機に備えるため世界の情勢を各地に棲息している水竜を介して集めていたそうだ。

  中には、小さな小競り合いや国通しの戦争、魔物の氾濫や火山噴火や洪水などによる天変地異の報告などもあったそうだが、それこそ魔神に関わるような情報はなく、流石の使命感も薄れ始め日々眠って過ごすようになっていった。

  そんな中、帝国と連合軍との戦争が始まりそこに魔物や魔人が関与をしているという報告を受け、より集中的にそれに関する情報を集めさせた。そこに、儂ら…勇者フリオニールの冒険譚が混じっていたそうだ。

  気が遠くなる程の永い時間、何処にも行かずこの場所でくだらない人族同士の生命の奪い合いの話ばかりだったティアマトの時間に、四英雄が活躍したという報告をする水竜の言葉ひとつひとつが輝いて見えたという。

『それで、すっかり皆様のファンになってしまいまして・・・、水竜からの報告だけでは物足りなくなり、実際にこの目で皆様の活躍を見てみたいという欲望が抑えきれず、竜結晶に自身の魔力と意思を移し人型の現し身を造り出したんです』

  その身体で結界の外に出たティアマトだったが、ちょうど時を同じくして儂らが魔王を打ち倒し戦争が終わってしまったそうだ。

  事実に愕然としながらも、数万年ぶりの外の世界、折角造った人の身体。 ずっと興味を持っていた人族の暮らしに触れてみたいという欲求も生まれ、流れ流れて宿場街に辿りに着きそこで人としての生活を始めたそうだ。


「フ、ファン??ははっ。な、なるほど・・・。そういった理由だったのですね」

  魔道ゴーレムを倒す際にルーテから竜結晶を借りたとき、「ティアマトは『ファン』だから大丈夫」と言っていたことを思い出す。
  目の前で直接水竜王にそう言われると、気恥ずかしいような畏れ多いような。

『~~っ!』
「ティアマト?ど、どうしたの?顔…真っ赤だよ?」

  真っ赤?ルーテが心配そうにティアマトの顔を覗いているが、全身蒼い鱗で覆われた水竜の顔色は正直分からない。先程よりも更にその顔が俯いていることだけは分かる。

『いえっその・・・フェンス様に優しく抱き締められ、私の魔力がフェンス様の体内を巡った時の感覚を想い出してしまって。フェンス様の御顔を直視出来ませんっ』
「えぇっ!?あの時感覚あったの?!う~~うらやましい・・・」

 「は・・・ははっ、はははっ・・・」

  ええと…これは、どうしたらいいんだ?

  まるで同年代の女子二人が愉しくはしゃいでいるようだ。

「・・・はぁ」

  そんな状況を一発で変えたのはミリアーナの溜息。その場に居た全員が一瞬で静かになった。

「・・・ふざけるのはそのくらいにしてくれない?フェンスもバカみたいな顔してないで聞くこと早く聞いて。マリアに言うわよ?」

  最大限に呆れ顔をしたミリアーナから叱責が飛ぶ。最後の言葉のときだけ邪悪な微笑みを浮かべていた気もするが。

「なっ?!お、俺は何もしていないだろ。なんでマリアに言うんだ?!」
「・・・いいから早く聞く」

  こいつ、もう絶対に言う気だろ。しかもあることないこと付け足して。こうなったミリアーナはもう何をしても無駄だからな・・・。王都に帰ったらいの一番でマリアに説明をしないとな。

『おほんっ・・・、ミ、ミリアーナ様、大変失礼致しました。ど、どうぞ何なりとお尋ねください』
「・・・うむ。フェンスよろしく」

「はいはい。まぁでも今回の目的は水竜王の存在確認だからなぁ。目的はもう達成出来たんだが。そうだな…水竜王、貴女は地竜王と風竜王の所在を知っているのですか?」

『フェンス様。私のことは是非、ティアマトとお呼びください。あと・・・、出来ればその、もう少し、ルーテと話すときのように砕けた話し方をして頂けると嬉しく思います・・・』
「ええっ?!え、ええと、貴女がそれで構わなければ儂も堅苦しい喋りかたは苦手なので助かりますが」
『ふふ。ありがとうございます』

「・・・おほんっ」

『あっ・・・、ええと、それで地竜と風竜についてですね』

  ミリアーナの咳払いに慌てて話を元に戻す。

  しかし、イグナーツもそうだったが、どちらも名前で呼ばれることを好むのだな。

  善神に造り出され魔神の封印の守護と世界の監視という重い責任を担わされ、いつまで続くかも分からない永い時間を過ごしてきたからか・・・。孤独だったのかもしれんな。

  ふふ。こうして話していると、ルーテやヒルダなどと変わらない年頃の娘の様だな。

『フェンス様?どうされました?私の顔に何か付いてますか?』
「ん?いや、なんでもない。続けてくれ』

『??はい。まず地竜王は私と同様にもう一柱の魔神の封印を守護しています。場所はこの大陸の南東、山岳地帯を越えた先に広がる不毛の大地を抜け、その更に奥に口を開けた渓谷・・・。その何処かにある『ガイアの穴』にいるはずです』

  ふむふむ。かなり遠い場所のようだな。行くときには確りと準備をしなければならなそうだ。ギリアムかヨルニール先生当たりは知っていないだろうか?帰ったら聞いてみるとしよう。

『そして風竜王ですが・・・、申し訳ありませんが彼の居場所は検討がつきません。』
「ふむふむ。風竜王は分からないね──えっ?」

  順調に水竜王も見つかり、地竜王の情報も手に入れ、案外簡単に全ての竜王を見つけられそうだなと思った矢先だったのだが。

『風竜王はその名の通り、風に乗り遥か上空から世界の全てを監視しています。ですので何処か一所に留まることは無く、余程何か大きな出来事や彼が興味を持つようなことが起きないことには、見つけることは難しいのです』
 
  う~む。竜王と言うからには風竜もそれなりに大きいのだと思うが、そんな巨体が空を飛んでいたら目に留まりそうなものだが。

  いくら常に空を飛んでいるとはいえ、何処かしらで目撃されたりはするだろう。儂はこれまで生きてきて見たことはないが…そう言われると周りの誰からもそういった話は聞いたことがない気もする。

「風竜王が飛んでいるのを探すのは無理なのか?何処を飛んでいるかは分からないにしろ、大勢で空を見ていれば見つかる気もするのだが」
『それは難しいでしょう。彼が居るのはこの大地と空の狭間。人族の眼では捉えられない高空です。それに、その空域には地上では考えられない程の速さの風が吹き荒れており、彼はその風に乗って飛んでいますからもし見つける事が出来たとしても瞬く間に消えてしまうでしょう』

「ううむ。そう簡単にはいかんか・・・」

  だが、そんな場所に居るのなら魔人達もそう易々と手を出すことは出来ないのでは?それなら無理に風竜王を探す必要はないかもしれないが…まぁでも、何があるのかは分からないからな。

『こちらから見つけることは無理ですが、あちらから来てもらう方法はあるにはありますが』
「ん?そんなことが出来るのか?』

  それなら話が早い。

『ええ。ですが、ここでは出来ませんし、それに簡単に出来ることでもありません。可能だとしてもそれに気付いた彼が襲い掛かってくる可能性もあります。』
「ええっ?!襲う!?」

  う~む。どうしたものか。

  こう色々と考えることがあるならば、出来ればフリオニールやマリア達も同席してもらったほうが良いのだが。
  彼等にこの場所に来てもらう訳には行かないだろうし、そうほいほいと封印の地に人を入れる訳にもいかないだろう。

「出来ればティアマトに王都に来てもらって、フリオニール達と更に詳しい話や今後の事など話せれば良いのだがなぁ・・・」

  ティアマトにはこの地を護るという大事な役目があるし、巨大な竜を連れ帰ったら王都が大混乱だ。

『出来ますよ』
「そうか、出来るか。それだとありがたい──えっ?!出来るのか!?」

『はい』

  ティアマトはそう優しく微笑む。

  なんだが表情が解るようになってきたな。

『ルーテ。竜結晶を』
「えっ?う、うんっ」

  ティアマトは顔をルーテに近付ける。ルーテは竜結晶をティアマトに向けて掲げた。

  ティアマトから蒼く光る魔力がルーテの持つ結晶に流れ込む。次第に空っぽだったその内部に、宝石の様に輝く球体が造り出される。
  暫くしてティアマトからの魔力が止まったかと思うと、彼女は何も言わず静かにその身体を水の中へと沈めていった。

「な、なにを・・・?うおっ!?」

  唐突にルーテの持つ竜結晶が強い光を放つ。

  思わず眩しさに眼を閉じてしまった。

「──さあ、これで何処にでも行けますよ」


  光が収まったその場所に居たのは──

  宿場街で出会った少し気が強そうな竜人族の女性。

  ティアマトその人であった──
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