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大魔導士との生活②

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 貴族の中には、表面上親切に装っていても心の中に打算を抱え込んで接触を謀る者も少なくなかった。王子の婚約者である私を利用しようと近付く者もいた。そんな生活の中でボランティアなどを通じて、市井の者や騎士たちと触れ合い、人を見る目はかなり養われたと自負している。

 私は二人に真実しか話すことが出来ない制約魔法を掛けた。

 この世界の物価は分からないけれど、平民の月収分相当の賃金を支払ってくれる上に住み込みで働かせてくれるらしい。まず衣食住の確保が必要だったため、この申し出は正直言うと有難かった。

 本来であれば出会ったばかりの他人に、こんな好条件の仕事を紹介してくれるなんて、騙されているのではないかと疑うところだろう。貴族社会で生きて来た中で、簡単に他人を信用してはならないことは十分理解している。しかし制約魔法を掛けたのは私なのだ。私が何かを仕掛ける可能性もゼロではないというのに、自分ケビンが掛けるよりも安心だろうと言ってくれたのだ。

 異性と二人で暮らすことに少しだけ不安を感じたけれど私の心情を察したのかケビンは言葉を紡いだ。

「君が不安に思うことは分かるが、これはあくまでも純粋に住み込みの家政婦を雇うという話なので安心して欲しい。決して邪な対象として見ることはないし、嫌だと思うことは遠慮せず言って欲しいとも思っている」

 貴族の邸で働くメイドは、嫌なことでも拒否など出来ないものだと思うので、かなりの好待遇だろうことは間違いない。

「これから共同生活をするんだ。遠慮して我慢をしていたらお互いに辛いだろう。俺も気になったことは言うから、君もそうしてくれると助かる」

 ケビンの提案は、全く知らない世界で頼るものが無い私にとって、とても有難いものだった。いずれ街に出るにしても、ある程度の知識を身に付けて、生活できるだけの資金が貯まってからの方が良いことは明らかだ。それにまずは、この世界のことを学び把握する必要がある。

 侯爵令嬢として生まれ育った私だけど、騎士団の遠征に付いて行く様になってからは、食事の用意を手伝ったり洗濯を手伝ったりしていたため、メイドの様に手際よくとはいかなくとも多少の家事はこなせるのだ。

 綺麗好きな性格のおかげで掃除も苦ではない。

 私はケビンの申し出を有難く受けさせてもらうことにした。勿論、衣食住を保証してもらうのだから、給料から食費や生活費を引いてくれるように言うと、自ら損をする提案をして欲がないなと言われた。しかし、私にかかる生活費を引かれるのは当然のことだと思うので、ケビンにはその条件を受け入れてもらった。

「これからどうぞ宜しくお願い致します。私に仰っていただいたように、ケビン様も嫌なことがあったら遠慮なく仰ってくださいね」

「分かった。しかし、サマはいらない。ただケビンと呼んでくれれば良い。あと、畏まった話し方も不要だ」

「ふふっ。分かったわ。ケビン、これから宜しくね」

「ああ、こちらこそ」

 まずは、一緒に暮らす上でお互いのことを知る必要があるということで、それぞれのことを話すことになった。

 初めに私は異世界に追放された経緯を話すことにした。事実のみを話したため、案外短い内容で済んで驚いた。内容は濃いけれど、今日あったことなのだ。長年婚約者として過ごしていたけれど、終わりは本当に一瞬の出来事で、殿下にとっての私の存在はそんなものだったのだなと改めて実感した。――まあ異世界に追放するくらい邪魔だったのだろうが。

「その男は愚かだな」

 ケビンは渋い顔をしてそう言った。辛辣な一言だけど、私の気持ちを代弁してくれたのかと思うほど心情的にもピッタリだった。

 碌に調べもせず一方の言い分を鵜呑みにし一方的に糾弾したあげく、貴族の令嬢を独断で異世界に追放しただなんて、説明した私も改めて殿下の正気を疑った。

 ピエール殿下は少し短絡的な所はあるけれど優しく良い人だと思っていたのに、まさか長年一緒に過ごした私に何一つ確認することもなく、被害者だと言う愛人一人の証言だけであのような行動を起こすなんて――。話しているとまたムカムカしてきたけれど、ここは解放されたことを喜ぶべきだろう。

「いきなり婚約破棄されて、この世界に飛ばされてしまったけれど、正直なところ新しい生活にワクワクしているの」

 私がそう言うと、ケビンは「強いのだな」と言って微笑んでくれた。表情豊かな方ではないと思われるケビンの微笑みを初めて目にして、私は頬に熱が灯るのを感じた。殿下も美丈夫ではあったのだけど、笑顔を見たのは婚約が成立して間もない頃だけだったから、ケビンのような自然な微笑みへの耐性はない。こらから一緒に生活していくのだから、慣れていかなければ……。微笑まれるたびに、いちいち顔を赤くしていたら大変なことだ。騎士たちの中にも見目の良い者は居たし、笑顔を向けられることもあったけれど、その時の私の立場は王子の婚約者であり、あくまでも業務中のことなので特段意識することはなかった。ケビンは私の雇い主で、これは仕事なのだと自分に言い聞かせる。

 ケビンはさっきの説明通り立ち入り禁止の森の番をし国境を護りながら、この塔で研究をしていて、それらのことを定期報告するために週に一度王宮に行くらしい。先程は森の管理を任されていることしか聞いていなかったので、国境を護るということや研究のことを聞いて、忙しくて自分のことが疎かになると言っていたことにも理解できた。

 本来であれば、立ち入り禁止の森に不法侵入した者は拘束の後、即刻王宮の牢に転移させ、尋問の末に裁かれることになるらしい。侵入者に対してあまりにも容赦がないことで、知らずに侵入してしまっていた私は、自身がそうならなかったことにこっそり安堵の息を漏らした。

 今回強制転移させられなかったのは、私の纏う魔力の色味がこの世界の人とは異なることから、何かしらの事情があると判断してくれたからだそう。そして私の態度から、目的を持って不法侵入したのではないと分かってもらえたということを聞いて、ホッと胸を撫でおろした。

 問答無用で王宮の牢に送られることになれば、事情を話し理解を得られたとしても、この銀の髪のせいでその後王宮から出ることは出来なかっただろう。

 咄嗟に判断して私の話を聞いてくれたケビンには頭が上がらないし、どこかの殿下のよりも優秀なことが分かる。比べるのも失礼なことだけど……。
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