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両想いになった私たち①

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 これだけ毎日食事や休憩の時に言葉を交わしたり、一緒に街へ買い物に行ったりすれば、私たちの距離が近くなるのは当然のことだった。仕事なのだし男女を意識するようなことはないと思っていたけれど、家族以外でここまでの時間を共に過ごした異性はケビンが初めてなのだ。婚約者がいた頃はそのための教育や活動で忙しかったし他の男性に目を向けることなどなかったから、婚約破棄されてフリーになった今の己の免疫のなさに戸惑いを隠せない。この世界にもケビンと暮らすことにも慣れてきたから、余計なことを考える余裕が生まれたのかもしれない。

「ごちそうさま。今日も美味しかった」

「ありがとう。いつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわ」

「俺一人だったら最悪ポーションで済ませていたところだ」

「それは身体に悪いわ」

「一人分を用意するのも手間だし、そもそも研究に没頭している時は食事のことなどすっかり頭から抜けてしまうんだ。それで空腹に気付いた時に適当に何か摘まむかポーションに頼ったり……」

「私がいるうちはそんな不規則な生活はさせないから、ケビンも呼ばれたらちゃんと来てね?」

「勿論だ。アンジェリカが来てから騎士団でも王宮でも血色が良くなったと言われるんだ」

「確かに初めて会った時に比べたら随分顔色が良くなったわね。ポーションも性能は良いけれど、常用するための物じゃないもの。ケビンの健康に一役買っているのなら、ますます頑張らないと」

「家族にも自己管理能力が低いと心配されていたから、君には感謝してもしきれないくらいだ」

 ケビンは家事についても気が付いた時にお礼の言葉をくれたりするのだ。貴族の屋敷で働く使用人に対していちいち感謝の気持ちを伝えるような雇用主はあまりいない。だからこそケビンの人柄が分かるというもので、この人のために次は何をしようかと考えながら働くのがとても楽しくて仕方がない。

 一般人と思考も発想も違い変人扱いされてしまうせいで、仕事以外で特定の人と交流を持つことを避けていたというケビン。しかし街に出てたくさんの人に声を掛けられても邪険にすることなく優しく対応しているところを見る限り、普通に友人などが欲しかったはずだ。

「俺は自分の考えを伝えるのが下手なんだ。だから君にも嫌な思いをさせていないか、それだけが心配だ」

 ケビンはたまにこのような発言をする。王宮で研究成果の定期報告をするときも、自分の中では辻褄があっているし効率的だと思って説明をするのだけど、結果の素晴らしさは伝えられても理論までは理解してもらえないのだそう。正しく天才というものなのだろう。自分が難なく理解できてしまう故に、分からない人に教えることが苦手な人は元の世界にもいたし、そういう人はやはり研究職に多い気がする。

「私は嫌な思いなんてしてないから大丈夫よ。難しいと思ったら聞くし、あなたの話を聞くのは好きだもの」

 私自身も魔法が好きだし元の世界との違いも多いから、ケビンから聞く話はとても勉強になっているのだ。専門用語なんかはその都度質問すればキチンと教えてくれるし。

 そんなケビンは子供の頃には仲良い友達がいたそうなのだけど、学校に通うようになり魔力量の差や魔術の習得速度の違いで疎まれるようになり、段々と孤立するようになってしまったんだって。

 きっとケビンは自慢したり驕ったりなどはしていなかったと思うけれど、劣等感を感じたり嫉妬した者たちがケビンを傷つけてきたのだろうということは想像に難くなかった。

  私たちの会話は、当初は殆ど私が喋ってケビンが相槌を打つといった感じだったのだけど、いつからかケビンも少しずつ自分のことを話してくれるようになった。彼の懐に入れたような気がしてそれがとても嬉しい。

 ケビンは幼い頃に受けた心の傷のせいで随分寂しい思いをしてきたのだろう。私にも覚えはある。殿下の婚約者として侮られないように努力を重ねてきたけれど、それを知らない者たちには地位だけでその縁を得たのだろうと心無い陰口を叩かれたりもした。それでも友人に恵まれたおかげで寂しい思いはせずに済んだけれど、ケビンにはそれもなかったのだ。私は一人だったら堪えられたか分からない。それを堪えて心折れることなく自分の道を貫き通したケビンは本当に尊敬すべき精神の持ち主で、そんなところもとても好ましく思っている。

 見知らぬ世界にたった一人で放り出された私のことを助けてくれたケビンを、愛しく思い支えていきたいと日に日に強く思うようになっていくのは仕方のない事だろう。そしてまた、ケビンからも好意のような物は感じていたけれど、二人の関係はなかなか進展することはなかった。

 私がこの世界にやってきてそろそろ一年が経とうというある日。二人でお茶を飲んで休憩していると、何でもないようにケビンは私を元の世界に戻すことが出来るかもしれないと言った。

「俺が魔術について研究しているのは知っていると思うが、君がこの世界にやって来た痕跡から手掛かりを得ることが出来たんだ」

「えっ、あの魔法陣ですか?」

「そうだ。立ち入り禁止の森のおかげで、何者かに荒らされることもなかったのが幸いだった」

「でも異世界転移は元の世界でも王族しか使用することの出来なかった魔法で、飛ばされた私にもその痕跡を見付けることなど出来なかったのよ?」

「確かに高度な魔法だったようだが、魔術を使用すれば何らかの軌跡が残るものなんだ。それさえ見付けることが出来れば、解読することは不可能ではない」

「凄い……。さすがと言えばいいのか……」

「元の世界に置いてきた大切な者たちを思って泣いていただろう?」

「…………」

 仕事の傍ら、ピエール殿下が私を異世界転移させた魔法陣についての研究もしていたらしく、元の世界の持ち物さえあれば可能だという。

 元の世界では、異世界に通じる道を開くことが出来るのは王族のみが使うことの出来る魔法だった。

 そのため私には帰る術はなく、この世界で生きて行くことを決めたのだ。――それなのに元の世界に戻ることが出来ると聞けば、激しく動揺してしまうのも無理のないことだろう。

 こちらに来たばかりの頃は、別れを告げることもなく引き離されてしまった家族や友人を想い、一人涙したことも度々あった。
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